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アンナの街のワインと果物を持ち帰ってきたときから、考えていることがあった。

今日はそれを実行に移すのだ。


以前、山菜を塩漬けにするのに使った瓶は、すでに中身を使い切っている。

空いたそれを、丁寧に洗って、煮沸消毒する。


「魔法でもできるんだろうけど……」


なんとなく、煮沸に絶対の信頼を置いているので、多少手間だがそちらを選んでしまった。

冷めた瓶に、一口大にカットした果物数種類と、はちみつ、シナモンを入れ、そこに赤ワインをどぼどぼと注ぐ。

そのまま、冷蔵庫に入れ、あとは何日か漬け込んでおくのだ。


日本ではできない。

度数が20度以下のアルコールに、穀類や果実を漬け込むことは違法だった。

しかし紗良はいまや、異世界の住人である。

好き放題だ。


チーズと違い、果物は季節によって出回るものが違うだろう。

夏になったらまた訪ねてみたい。

きっと新しい種類に出会えるに違いなかった。


満足して外に出ると、今日は少し曇り空だった。

かまどに火をおこし、お湯を沸かしてコーヒーを落とす。

それを飲みながら、紗良はマニュアルノートを開いた。

そしてにんまりする。



******************************

〈食べられる野草まとめ〉


あなたが会得した知識をまとめました。

ただし、中にはこの辺りでは入手できない野草、山菜もあります。

それについては別途、地域別にまとめてあります。

参考にしてください。


******************************


紗良なりに、『食べられる野草展』の内容を頭にいれようとはした。

しかし、大体は緑だし、大体はなじみのない名前がついている。

全部覚えるのは難しかったので、マニュアルノートに期待はしていたのだ。

思惑通り、相変わらずやけに上手い絵でまとめてくれた。

大変に助かる。


教会の主催だけあって、栄養のあるものの他、薬効のあるものも展示されていた。

ノートによれば、この聖なる森でもそれなりの種類が採れるようだ。

とはいえ、森の恵みを下げ渡すやりとりは、今のところとりやめになっている。

役に立てるのはまだ先だろう。




ノートを眺めていると森に入りたくなってくるが、空模様がいまいちな今日は、やめておいたほうが無難だろう。

じゃあ何をしようかな。


「せっかく果物もらったんだから、食べたいよね」


紗良は、よしと立ち上がった。

部屋から材料を持ち出して、キッチンに立つ。

横にある、出来たばかりの手作りの棚はまだすかすかだが、鍋や保存瓶がいくつか置いてある。

そこから蒸し器を出し、水を入れてかまどにセットしておいた。

さらに、小鍋に砂糖と水を入れ、その横に置く。

混ぜながら色がつくまで火にかけ、ほどよいところで火からおろしておいた。


「あ、忘れてた」


部屋に戻り、ごそごそ探して出してきた小さな耐熱ガラス容器6個に、小鍋からカラメルを分けて注いだ。


今度は、蒸し器の様子を見つつ、手元では、ボウルに卵を割り入れ、ときほぐす。

そこに砂糖と牛乳、バニラエッセンスを入れながら混ぜ、こしておく。

できた液体を、ガラス容器に静かに注ぎ、湯気の立つ蒸し器にセットした。


蒸しプリンは時間がかかるのだが、口当たりが柔らかいので、紗良はこちらのほうが好きだ。

時間がいくらでもある今だから出来るんだけどね。


そのまま、火加減を調整しつつ、40分ほどで出来上がり。

粗熱を取る間に、生クリームを泡立てた。

ふと思いついて、萌絵にメッセージを送ってみる。


『プリン食べに来ない?』

『行く』

『いつにする?』

『今から行く』


すごい速さで返信が来て、数分後には河原に例の光るドアが現れた。


「いらっしゃい。ごめん、まだ冷やしてないんだ……」


あまりにも早い到着で、待ったをかける暇すらなかった。

プリンは蒸し上がったばかりだから、冷蔵庫で休ませなければならない。

萌絵は、鍋のふたを開け、湯気の中のプリンを確認すると、うひょう、と小さく言った。

うひょう……?


「大丈夫、私がやる!」


笑み崩れた顔でそう言うと、まだ熱いプリンたちを浮遊させて作業台に取り出し、真剣な顔で何かをぶつぶつ呟き始めた。

そして数分で、よし、と満面の笑みで振り向く。


「詠唱するなんて珍しいね」

「急に冷やしたら、耐熱っていってもガラスだしやばそうじゃん。ガラス守りつつ最速で冷やしつつだから、ちょっと気を使った」


何だか分からないが、すごそうだ。


「ありがとう。ちょっと待っててね。

 コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

「私が淹れるよ。私はコーヒー。津和野さんは?」

「私も」


萌絵がやかんをかまどにかけるのを見つつ、部屋からデザート用の皿を二枚、出してくる。

そこにプリンをかぽっと出し、周りにアンナからもらった果物を飾り、生クリームでデコレーションする。

コンテナ栽培の最後の残りのミントをちょんと載せ、出来上がり。


「あれ、それ、ミルティルマ?」

「どれか分かんないけど、この間遊びに行った街で貰ったの」

「ブルーベリーみたいなやつよ。エドワード領の特産でしょう?」

「あ、そうなんだ。美味しいよね」


二人で向かい合って座り、いただきます、と手を合わせる。


「ああああ、甘い、美味しいいいいい」

「砂糖に砂糖かけて砂糖入り生クリームだもん、やばいよね」

「いいのよ、私、今日めっちゃくちゃ働いたから、これくらい許されるの」

「え、忙しかったの?」

「まあね。もう終わったけど」


果物の酸味と、プリンの甘味、交互にしばらく無言で食べる。


「そうだ、それこそ私も今、王都じゃないところにいたのよ。

 そこでいろいろ探したの。ほら」


そう言うと、萌絵はまた小さく何かを呟いた。

そのとたん、ウッドデッキにごろごろと何かが出現する。

野菜だ。

根菜類や葉物野菜、いろいろ種類があり、とても新鮮そうだ。

さらにもう一つ、籠に入った魚も出てきた。


「待って、情報量多すぎる」

「見たことある野菜に似てるから、使えそうでしょう?」

「うんまあそれはそう。それはいいとして、どっから出したの?」


萌絵は、ふふん、という顔をした。


「収納魔法、みたいなやつよ。すごいでしょ」

「みたいなってなに!」

「ほら、ファンタジーのイメージだと、空間を広げて収納する、みたいな感じじゃない?」

「ああ、うん、空間魔法、とか言うよね」

「そういうんじゃないみたい。

 物や人を、明らかに消してるのよね。消してる間、どこか行ってるみたい」

「こわい」

「多分、クラウド保存みたいな感じで、いったん女神様のところみたいな別の世界に行ってると思う」

「こわいこわい」

「だからね、覚えてないと取り戻せない」

「こわすぎ!」


魔法のバッグに入れて、手を突っ込むと中身が思い浮かぶ、みたいな仕組みではないらしい。

ほんとのクラウド保存じゃん。

唖然とする紗良に、しかし萌絵はふふっと笑った。


「でもさ、ほんとに女神さまの世界に行ってたらさ。女神様の横に、野菜とか魚とか積みあがってんの、面白くない?」


女神様とやらに会ったことはないけれど、なんとなく、白い衣の綺麗なお姉さんが思い浮かぶ。

その横に、じゃがいも。


「ふ、ふ、不敬だよ?」

「笑ってるじゃん」

「やめてよ!」


日本人のサガで、自分が信仰していなくても、誰かの神様を笑うのは抵抗がある。

あるにはある。

でも、思い浮かべたビジュアルに抗うことも難しい。

二人でにやにやしてしまう。


「津和野さんもそのうち使えるようになると思うよ」

「そうなったら便利だなぁ」

「めっちゃ便利だよ」


満足そうにコーヒーを飲む萌絵だが、確かに少し、疲れているような顔だ。


「夜ごはん食べてく?」

「ごちそうさまです! 持ってきた新じゃがを揚げて食べたいです」

「いいねえ。あとは魚と野菜でホイル焼きにしようか」

「お味噌汁も食べたい」


食べたいものを並べていると、萌絵の顔も少しずつ元気になっていくようだ。

分かる分かる、と紗良は内心で思う。


食べることは楽しい。

誰かとならば、なおさら。



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― 新着の感想 ―
今日は聖女の月一のお仕事日だったのかな 聖女の本当の仕事を知った時の紗良の反応が心配すぎる
親しい人と一緒にご飯を食べると、倍おいしいね。いいなぁ。来週は、4回の飲み会の予定があるんだ。久しぶりに会う人も来る。たのしみ。
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