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ベッドから出て、伸びをする。

毎朝のことだが、起きてすぐ、今日は何をしようかと考える。

以前は、しなければならないことを確認していた時間だ。


紗良は、その時間が嫌いではなかった。

予定を立てて消化するというのは、ToDoリストを埋め、そして消していくこと。

蒐集癖のある紗良には、その日の予定が消化されることで、毎日コンプリート気分が味わえたようなところがあった。


さて、今は、リストそのものを作るところから自分でやらなければならない。

そしてなにより、リストを作らなくてもいい、という選択肢がここにはある。

それが、以前と今との一番大きな違いだと思う。



シャワーをあび、歯磨きをして、申し訳程度にアイブロウを使ってみたりする。

眉毛は案外大事だな、と、化粧をするようになってから知ったのだ。


「よし」


今朝はなんとなく、ちゃんとしない日にしてみようと思う。

丁寧な暮らし、の反対のような日だ。


手始めに、冷蔵庫と冷凍庫を交互に漁ってみた。

見つけ出したのは、ソーダ味のアイス。


「今日の朝ご飯はこれ」


実にちゃんとしていない。

紗良は、外袋から中身を出してごみを捨てると、一口かじる。

冬のアイスは、夏とはまた違う味わいがある。


シャリシャリとした触感を味わいながら、靴をつっかけて外に出る。

とたんに冷たい風が吹き付け、震えあがった。

慌てて、保温(カリダ)をかける。

危ない、気持ちがくじけるところだった。


ウッドデッキで丸まっていたヴィーが、紗良に気づいて顔を上げた。

興味深そうに見ている。

あげてもいいけど、この子、アイスなんて食べていいのかな。

ちょっと迷ったが、塩も砂糖も今さらだと肩をすくめ、部屋に戻ってもう一つ持ってくることにした。


木の棒はよくないよね、きっと。

ヴィーならまるごと食べそうだし。

考えたあげく、包丁でこそげるようにして棒から外し、ガラスボウルに食べられる部分だけを入れることにした。


「あっ、当たり!」


引き換える先がない。

ちっ!


再び外に出ると、自分ももらえると確信していたかのように、お座りしたヴィーが待っていた。

ウッドデッキに置くと、まず匂いをかいで、それから三分の一ほどを口に入れた。


「意外に慎重だね?」


まるごと一口でいくだろうとか思ってごめん。

と、思った次の瞬間、ボウルの中のアイスはぺろりと一口で消えた。

歯がキンキンする様子も、頭がキンキンする様子もない。

ひどくご満悦だ。

美味しかったようで、なにより。


さて。


「……」


ちゃんとしてない日って、あと何をすればいいんだろう。

とりあえず、まだパジャマ代わりの着古したワンピースだというのは、ポイントが高そうだ。

食べ終わったアイスの棒を、ファイヤーピットに投げ入れる。

そのうえで、焚き付けと薪を運び、火をつけておいた。

紗良のははずれだったので。



ぱちぱちと燃える薪の匂いを感じながら、大の字で寝ころんで空を見上げた。

夏に比べると色あせたような青だ。


「あっ、そうだ、お土産!」


年末年始に、フィルの実家へお邪魔した。

初市は活気があり、しかも、かなりのセール価格だった。

どうやら、新しい年を迎えたことを慶ぶとともに、それを女神に感謝する習わしらしく、その一環として、最初の七日間は善行をすべしとなっている。

そのため、儲け度外視で値をつけるのだそうだ。


前回は、ヴィーのチョーカーの材料しか買わなかったので気づかなかったが、あれも普段より安かったのだそうだ。


なんにせよ、今回はかなりゆっくりと市を見て回り、数少ない知り合いにもお土産を買う余裕があった。


「マチューとマリアにお土産を渡しにいかなくちゃ」


別に腐るものではないが、こういうのは時機を逃すと渡しづらいものになる。

紗良は急いで立ち上がり、簡単に着替えてコートを羽織った。


「ねえヴィー、ちょっとマリアのとこに行くけどどうする? 来る?

 来ないのね、じゃあ、火を見ておいてくれる?

 お願いね!」


寝ころんだまま動く気配のないヴィーに焚火を任せ、農場へと転移した。








「あら! あなたが魔法使い様ね!」


マチューとマリアの家を訪ねると、見たことのない少女がドアを開けた。

紗良と同じくらいの年だろうか。

しかし、表情が豊かで元気いっぱいのせいか、年下のように思えた。


「こんにちは」

「どうぞ入って! 叔母様、魔法使い様が来たわよ!」


体をずらして迎え入れられると、キッチンからマリアが顔を出した。


「あら、紗良ちゃん、いらっしゃい」

「こんにちは。急に来てごめんなさい、お土産を持ってきたの」


こちらはお土産の文化があまりないようだが、今までも何度か手土産を持ってきているせいか、マリアはすぐに顔をほころばせた。


「まあ、どこに行ってきたの?」

「ええと、王都のもっと北のほう」


しまった、あの地方はなんという名前なんだろう。

あとで聞いておかないと。


「そりゃあ遠くまで行ったんだねえ。

 あんた! 紗良ちゃんが来たよ!」


マリアが叫ぶと、奥からマチューがゆっくりと歩いてくる。

挨拶を交わすより先に、そうそう!とマリアが声をあげた。


「紗良ちゃんは初めてだったわね、この子、姪のアンナよ。

 マチューの妹の子なの。

 普段は山向こうの大きな町に住んでてね、たまに顔をだしてくれるのよ」


ずっとにこにこ話を聞いていた少女は、そばかすのある顔でさらに大きく笑った。


「叔母様から手紙で聞いていたけど、本当にいたのね!

 あ、お土産のことなら気にしないで、私の分がないから気まずいかもしれないけど、私がいることなんて知らなかったんだから当たり前だもんね!

 でも良かったら一緒に見てもいい?

 私、自分の家より北には行ったことがないわ!」


とても元気がいい。

けれど、嫌な感じではない。

声が落ち着いているからだろうか、むしろ彼女の楽しい気持ちが伝わってくるようだ。


「ええ、もちろん。

 はいマリアにはこれ、ブローチなの。

 ほら、青っていうより、水色で、マリアの目の色みたいでしょう?」


今日の空の、少しかすんだ青空の色だ。

だから、お土産のことを思い出した。

おそらく、瑪瑙かなにかの、不透明な石を花の形に彫ってある。


「それとマチューには、これ」


金槌だ。

工具がお土産なんて、と紗良も少し躊躇したが、実は今マチューが使っているのは木づちなのだ。

この辺りではそれが一般的らしく、よく見ると、農耕馬のつけている工具もほとんどが木製だ。


「鉄製じゃないか! こりゃすごい、いいのかね!」

「もちろん。きっと、マチューは欲しいだろうなと思って」

「分かってるじゃないか、紗良!」


普段のほほんとしているマチューが大喜びしているので、紗良も満足だ。

もちろん、マリアもにこにこしながらブローチをつけ、鏡をのぞき込んでいる。


「えっと。ほんとにあなたの分がなくて、ごめんね」

「知らないことは謝ることじゃないわ。

 ねえでも、もし少し気まずいっていうなら、私とお茶しない?

 街に紅茶店があるのよ、二人でどうかしら!

 もちろんお代は別々、そういうんじゃないの、ただね、私は実は領主様のお計らいで領内の学校に通ってるんだけど、まあほかの生徒はお金持ちの子ばっかりでね、相手にされていないの。

 じゃあ近所の子たちはっていうと、今度は私が学校なんかに行って勉強してお高くとまってるなんて言って、そっちはそっちで敬遠されがちなのよ。

 だからほら、年の近い友達なんかほとんどいないっていうか、だから、たまにはお茶とおしゃべりを楽しんだりしたいと思うの!」


聞いているうちに、笑いがこみあげてきてしまった。

失礼だと思いつつ、こらえきれずに吹き出してしまう。

とたんに、マリアも大声で笑った。


「あーあ、まったく、あんたときたら、口から先に生まれてきたのねきっと。

 よくまあそれだけ喋って、なおお喋りがしたいなんて言えるわね!」

「あらやだ、私ったら」


どうやら気を悪くはしなかったらしい。

朗らかに笑うアンナに、紗良は好感を持った。


「こちらこそぜひ。私も、気軽に街でお茶ができる友達はいないの」


そうして、二人で歩いて街まで行き、評判の紅茶とやらを飲んだ。

話し上手なのか、それほどこちらの事情に踏み込んでくることもなく、自分の事情を話しすぎることもなく、アンナはいろんな話をしてくれた。

楽しいひと時だったといえる。

お茶はおかわりをし、さらに小さなデザートを追加して、二人は楽しい時間をすごした。

窓越しの二人の雰囲気につられるように、カフェはあっという間に満員になったため、名残惜しい気持ちで店を出た。


「明日には家に帰るの。でも、また来るわ。

 良かったらあなたもうちにいらっしゃいよ。

 小さな町だけど、それでもここよりいくらか色んなものがあるわ!

 そりゃあ王都ほどじゃないけれど、きっと楽しいと思うの!」


作り笑顔でもなく、心から住んでいる場所を愛している顔で言い、彼女は手を振って去っていった。

時間は昼を過ぎたところだ。

紗良は少し考えて、そのまま、教会あらため大聖堂へと向かった。

転移ではなく、なんとなく、徒歩で。

アンナが背筋を伸ばして歩いていく後姿を真似て、きびきび歩いてみた。


が、結局、忘れ物をしたことに気づいて、河原に転移するはめになった。

そしてすぐ、大聖堂へと転移した。



「こんにちは」

「あらぁ、いらっしゃいませ、紗良様。神官長は今、来客中ですわ。

 およびいたしましょうか?」

「あ、ううん、いいんです、アニエスさんに用があったの」


紗良は、背中に隠していたものをさっとアニエスに渡した。


「あら。まあ。素敵な花束!」


珍しく、飄々としているアニエスが、目を見開いた。

詳しい事情は知らないが、どう考えても彼女は貴族の娘だ。

聖職者ゆえ、アクセサリーは身につけていないし、常に修道服を着ている。

それでも、髪や肌はこの土地の誰よりも美しく、高価な手入れをしなければ保てないものだということは分かる。

それに、紗良の持ってくる砂糖や生クリームがふんだんに使われた菓子や、質の良い材料で作った料理を、当たり前のように口に運んでいた。

きっと、今でも実家からの援助があり、貴族時代と変わらない生活をしている気がする。

ほんと、いったい、何者なんだろ。


「王都から運べるものは色々届くけれど、花は初めて……」


実用品を優先し、嗜好品もいくらか運ぶにしても、生花の長距離輸送は難しい。

ましてや、この辺では野の花がほとんどで、商用化された豪華で希少な品種の花など、まず見かけることはない。

なんでも手に入りそうな彼女には、このほうが喜んでもらえる気がした。


「ああ、いい匂い、久しぶりに美しいものを見たわぁ、素敵……。

 くださるのね?」

「はい、お土産です」

「ありがとう、紗良様。

 使えも食べられもしない消えゆくものこそ、ここにはない、そして私が懐かしく思うものですわ。

 こんなうれしい気持ちは、久しぶり」


立ち姿も美しく、花に顔を寄せるアニエスは、その仕草ひとつで高貴な身分であることを感じさせた。


「喜んでもらえて良かったです。

 じゃあ、帰りますね」

「ええ、本当にありがとうございました。

 神官長にはお会いにならなくてよろしいの?」

「はい。あ、でも、近いうちに祝福しに来ますって言っておいてもらえますか?」

「承知いたしましたわ」


紗良は、ぺこりと別れの挨拶をすると、河原へと転移した。









ファイヤーピットの火はすでに消えていた。

にも拘わらず、ヴィーは出かけた時のままの恰好でまだ昼寝をしている。

というかもう夕方なので、一日寝だ。


さあ夕食は何にしよう。

そう考えて、ふと気づいた。


ちゃんとしない日にする予定、どうなった?


いつもよりずっと充実した日になってしまった。

紗良はせめてと、夜はカップラーメンにすることに決めた。



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― 新着の感想 ―
「ちゃんとしない日」良いですね! 読んでて微笑ましく感じました。 ありがとうございます。
きっと赤毛の女の子~ 何気ない日常エピソードを佳き雰囲気で描かれていて、やっぱりほっこりします。 これからも楽しみにしています。 ありがとうございます。
紗良さんはちゃんとした性格なんでしょうねえ。 まめなんですね。 ほんとにちゃんとしてない人は自然にちゃんとしないですから。ほんと気付いたら夜前。
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