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紗良の気づいたところによると、どうやら、ナフィアの町は僻地らしい。

ウォルハン地方を治める領主は、山一つ越えたさらにずっと向こうに住んでいる。

日本でいえば、そこが県庁所在地みたいなこと?

そしてナフィアは、いわゆる郡部といったところか。


その、いかにも田舎の一地方といった町に、神殿が建った。

王都のものほど大きくはない。

それでも、日本の学校の体育館くらいはある。

この町では見たことのない規模。

平屋だが美しい白い石造りで、はめこまれたステンドグラスはもはや芸術品だ。


内部は祭壇と広い信徒席があり、天井には豪華なレリーフが刻まれていた。


「すごーい、スペインの大聖堂みたい」


中を見せてもらって思わずそう言うと、フィルさんがはたと手を打った。


「大聖堂。良いですね。その名称、使わせていただいてよろしいでしょうか」

「え? ええ。でも、こちらでは神殿と言うのですよね?」

「はい。ただ、ここはもともと教会の区分です。神殿と名乗って良いのは、王都の大神殿の他は五か所しかありません」

「へえ」


初めて知った。

日本みたいに政教分離という訳ではなく、王政と神殿は深く結びついていると萌絵が言っていた。

だとすれば、簡単にぽんぽん権利を与えないのは当たり前だろう。


「ただ、神官長がいて、聖女の半身様の住む聖域もあるため、追加で神殿にしようとするむきがあるのです」

「……やっぱりフィルさん、無茶をしたのでは?」

「私としても、規律を引っ掻き回すのは本意ではありませんのでね。

 むしろ、ここをまったく新しい区分として扱うほうが良いでしょう」


フィルは、紗良のおそるおそるの疑問をスルーした。

ええ?


「大聖堂というのは、非常にこの場所と役割にふさわしい」


ということで、ナフィア大聖堂が爆誕した。


「そうだ、紗良様にお知らせしておかなければならないことがあるのです」

「はい、なんでしょう?」

「森の恵みのことです」


はいはい、と紗良は頷いた。

フィルからもらうお供物の代わりに、紗良のほうは森で採れる食べ物を少量渡している。

定期的に続いている習慣だが、どうしたのだろう。


「中央神殿とも協議いたしまして、一時中止との判断となりました」

「え、そうなの?」

「はい。……今までは、この小さな町のこと。重篤な症状だったり、子どもや老人が一時的に弱ってしまったりなど、いつ誰に恵みを与えるかの判断は難しくありませんでした」

「みんな知り合いですもんね」


小さな町のいいところでもある。


「しかし、今後は違います。神殿……いえ、大聖堂ができて、礼拝用の転移石が配置され、たくさんの信徒が聖女の半身様の恩恵を得ようと詰めかけます。

 もちろん、森の恵みについても、人の口に戸は立てられませんから、いずれ知れ渡ると考えたほうが良い」

「なるほど。そうなると……。

 うーん、お分けできる恵みの量は少ないですもんね。増やすとダメになっちゃうのは確認済みですし」


つまり、争いが起きる。

少ない利益をめぐって、それがたとえどんな小さな奇跡だとしても、必死な人間というのは何をしでかすか分からない。


「教皇の名のもとに、森の恵み自体を禁じる。それが最善と判断されました」

「分かりました。お役に立てないのは残念ですけど……」


フィルは、見慣れたあの笑顔を見せた。


「王都から遠く離れた村へ薬を運び、災害の起こった土地に物資を運び、そのあなたがいったいどうしてお役に立てないなどとおっしゃるのです?」

「え。そう……言われると、すごい気もしてきました」

「はい、すごいのです。紗良様の魔力量がなせることで、ほかの誰にも代わりはできませんよ」


もちろん萌絵はできるけど、彼女は気軽に出歩ける身分ではない。

そう思うと、ちょっとすごい気がしてきた。


「あ、そうだ、ラグを届けてくれてありがとうございました。

 お礼を言いにきたのに、ここの見学会みたいになっちゃって」

「仕上がりはお気に召しましたか?

 すぐにお見せしたくて伺ったのですが、ご不在でした。

 私もすぐ仕事があったので、お顔を見ることができず……」

「すごく可愛いし、厚さもちょうどいいです。

 布選びから手伝ってくださって、ありがとうございました」


とんでもありません、とフィルが答える。

と、そこへ、アニエスが珍しく足早にやってきた。

いつものんびりした修道女なのだが、何かあったのだろうか。


「神官長様」

「どうしました」

「教皇様がいらっしゃるそうです」

「……なんですって?」


フィルが眉を顰める。

アニエスは、分かります、とでもいうように深くうなずいた。


「予定外に時間が空いたとのことで、神殿と聖なる森の視察にいらっしゃると。

 転移石が設置されたことをご存じのようで」

「まあ、私が報告しましたからね。具体的には何刻に?」

「もう、すぐですわ。すぐ」


彼は、少し考えるように、首をかしげる。


「分かりました。さっさと済ませてしまいましょう。

 そうだ、紗良様、よろしければ、教皇に会っていかれませんか?」

「いいですよ。森にもお付き合いしますよ。帰り道だし」

「それはありがたい」


三人そろって、大聖堂の入口横、カーテンで仕切られた部屋へと入る。

中は小部屋だが広々していて、中央には見慣れた転移石があった。

ふと、暖かい魔力を感じた。

その瞬間、石の文様がほのかに光った。

アニエスが跪き、その横でフィルが頭を下げる。

感じる魔力が強まり、転移石が一瞬強く光ったと思うと、瞬きする間にそこに人が現れた。

人数は五人。

先頭の一人は、教皇だった。

その後ろに、見慣れた顔を発見する。


「あ、佐々木さん」

「津和野さん! きてたの?」

「うん、たまたま」

「すごい偶然!」


いつも森か神殿でしか会わないので、なんとなく新鮮な気持ちだ。

二人で手を取り合って、軽くはねる。


「あ、教皇様もこんにちは」

「はい、久しぶりですな。紗良嬢がいらっしゃるとは、知らなんだ」

「たまたまいたので」


教皇様は、そうかそうか、と頷いている。

残り香のようにただよう魔力は、どうやら教皇様のもののようだ。

忙しい合間なのか、すぐに、目の前にいたフィルと、訪問の目的について話し始める。

その間に、萌絵と小声で会話をした。


「教皇様に送ってもらったの?」

「そう。転移石は感じられたんだけど、建物の中だとちょっとまだ難しくて。

 教皇様は初めての転移先でもぴたりと特定できるのよ。年の功よね」

「変わった魔力だよね。柔らかいっていうか、ふんわりしてるっていうか」

「女神様にちょっとだけ似てるよね」

「ね。年の功かな」


教皇が、あきれたような顔で振り向く。


「人をじじい扱いするでないぞ。長年祈りを捧げることで、魔力も変じるのじゃ。

 しかし、ふむ、女神さまに似ているか……」


にやにやしている。

嬉しそうだ。

その顔のまま、フィルとともにカーテンをくぐって出て行った。

紗良と萌絵も後に続く。

さらにその後から、王都から一緒にやってきた、護衛らしき二人の騎士と神官が一人ついてくる。


「ふむ。少し狭くはないか?」

「転移石があるとはいえ、それを活用できる層は知れています。

 魔力のないもの、財力のないものは、馬か徒歩ということになりますからね。

 途切れないかもしれませんが、一度に詰めかけはしないでしょう」

「山があるからのぅ」

「はい。

 この向こうに我々の生活区域があります。

 ここもそうですが、建物自体は石造りでも、内装は木を使い、冬の寒さに備えられるようにしました」


教皇様はぐるりと内部を見回すと、そのまま、祭壇の前へと歩みを進めた。

女神像の前に立つ。

教皇以外の人たちは、全員が信徒席に座った。

紗良も、萌絵の隣に座る。


「なにするの?」

「祝福よ。建物と像は入れ物みたいなかんじ?

 ここから女神様に祈りを捧げますね、ってお知らせするのよ。

 そうすると、女神様が気づいてくれるんですって」

「へえ……」


壇上の教皇様は、祈りの姿勢のまま、自分の魔力を建物内部に沿わせるように広げていく。

やがて、全体が覆われると、振り向いて手招きをした。


「聖女よ、せっかくだ、あなたも祝福を」

「はぁい」


萌絵が気軽に立って、教皇と位置を入れ替えると、同じように祈りだす。

教皇はといえば、紗良の隣に座った。


「紗良嬢は、祝福の仕方はご存じかの?」

「いいえ、ぜんぜん」

「では、後日でかまわんが、聖女にやり方を聞いてごらん。

 そして、紗良嬢もよければこの……大聖堂とやらに祝福を与えてやっておくれ」

「私もできるんですか?」

「もちろんじゃ。頼めるかね?」

「はい、むしろぜひ。こちらにはいろいろお世話になっているので。

 ……あっ、え? 今、見ました?

 女神像、光りましたよね?」


教皇は微笑んで頷いた。


「ふう。終わりました」


萌絵にももちろん見えたのだろう。

すぐに、そう言って立ち上がった。


「では、森を見せてもらおうかの」

「入れないかもしれませんけど」

「ああ、もとより入ろうとは思っておらん。とはいえ、近づける場所が、ご神木を感じられる距離ならばいいのだが」


紗良は、ぴょんと椅子から降りた。


「お連れしましょうか? フィルさん、どこがいいの? 祭壇のところ?」


森の外で、ご神木に近い場所といえば、村がお供物を備えるために作った祭壇だろう。


「そうですね。あそこが良いと思います」

「じゃあ、行く人はみんな手をつないでくださいね」


右手をフィル、左手を萌絵に差し出した。

しかし、右手をさっと握ったのは、教皇だった。


「わしはここじゃ!」

「……」


フィルはいやぁな顔をして、教皇との間にアニエスを入れた。


「あらあらぁ、わたくしも参りますの?」

「せっかくですからね」


王都からやってきた護衛達も全員手をつないだ。

それを確認し、紗良ははたと気づいた。


「あ、杖出せなかった」


さっさと教皇とつないでいた手を外し、杖を出す。

別に輪になっていなくとも、全員つながっていればOKだ。

心なしかしょんぼりした教皇を気にすることなく、紗良は転移を唱えた。






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話数の遠し番号   誤 73   正 72
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