表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/100

66


翌日、マチューとマリアにお土産を持っていくと、二人はとても喜んでくれた。

改めて買ったドーナツを食べ、王都がどんなところか話すと、いつか行ってみたいねえと盛り上がった。

ドーナツでお腹がふくれても、サスペンダーのおかげでマチューのズボンはずり落ちない。

マリアは、昼食にと、新しい木べらで料理をしてくれた。

ソーセージとキャベツの酢漬けの煮込みだ。

さっぱりして美味しいこともあるが、ソーセージにはニンニクとチリ味があって、これがまた酸味と合っている。


「これ、どこで買ったんですか?」

「ん、腸詰めかい? そりゃ俺が作ったんだ」

「えー!」


本当に、えー!、だ。

マチューが見せてくれた腸詰め用の道具は、絞り袋に長い口がついている程度のもので、思ったより簡素だった。

これならいつか作れるかもしれない。

紗良は、いろんな角度から写真だけ撮らせてもらった。


ハーブを入れたり、ジビエを使ったり、色々出来そうだ。

それに、ソーセージというのは、とにかくビールに合う。


「さすが魔法使い様だねえ、色んな魔法があるねえ」


マリアがスマホに感心している。

これは紗良の魔法ではないが、説明するのも難しいので、だよねえ、と同意しておいた。


すると、マチューが、思いもかけないことを言い出した。


「空は飛べないのかい?」


そ ら を と ぶ ?


紗良は、今までそんな発想が自分になかったことに、逆に驚いた。

そうだ、魔法と言えば、ほうきで空を飛ぶ姿が有名じゃないか!


ただ、紗良にとって魔法は、ほとんどが身を護る方法として覚えたものだ。

だから、どちらかといえば、ゲームのジョブとして捉えていたのだろう。

そのせいで、童話的発想がなかった。


しかし──。

ほうきで空を飛ぶ、宅配業の魔法使いか。

そしてその時、肩には黒猫が乗っている。


「うん。アウト」


思わず言うと、マチューはちょっと残念そうな顔をした。


「そうかい、ないのかい」

「なんで、何か必要でした?」

「いいや? だが、空を飛ぶというのは、ロマンじゃないか」


マリアは呆れた顔をしたが、紗良は首がもげるほど同意した。

宅配業に使いさえしなければ、きっと空を飛ぶことは不可能ではないだろう。






森に帰った紗良は、早速、試してみることにする。

ほうきはないので、以前、ウッドデッキを作った時に複製(イミタティオ)用にストックしておいた木材を出してくる。

幅があるのは良いが、ちょっと長すぎるので、切断(アニマ)でほうきくらいに短くした。


まず、いつもはフードの中のヴィーにかけている浮遊(ティリースティク)を、木材にかける。

ベンチくらいの高さに浮かせたそれに腰かけて、上昇させた。


「お」


浮いた。

足が地面から離れた──と思った瞬間、


「あ、あああああー」


ぐらり、と揺れて、紗良は背中から落っこちた。

幸い草地だったので怪我はないが、したたかに体を打ち、息が止まりそうになる。


「ひい……うう……あうあう癒し(アウロラ)


すうっと痛みが引いていき、楽になった。

ちょっと泣くところだった。

これは、魔法がどうとかの話ではないな。

紗良のバランス感覚の問題だ。


【戦士】のレベルも少しずつ上がっているので、身体能力は上がっているはずだ。

だが、もしかしてそれは体力面だけの話かもしれない。

そもそも、リセットが働いているので、紗良の【戦士】スキルというのは、筋肉を効果的に使うとか、からだの動かし方とか、そういう方面だ。

これは、最強と思えるリセット機能の最大の弱点だろう。


まあ、バランス感覚だって、鍛えれば身につく。

何回か練習すれば、いける気がする。


「あ」


思いついて、木材の一部をちょっと細く削った。

真ん中あたりを、鉄棒の握りくらいの直径にしたのだ。

そしてそこを掴んだまま、木材を浮かせる。

どんどん浮いて、そして、ぶら下がった状態の紗良の足は、地面から無事に離れた。


「浮いてる浮いてるー」


ぶらぶらと揺れながら、ゆっくり上昇してみた。

森の木よりも少し高い位置まで目線があがると、近隣が一望できた。

広く深く、美しい森だ。

景色もいいし、ちゃんと浮いている。

紗良は満足して、またゆっくりと地上に降りた。


そして思った。


「飛んではいないな……」


棒にぶら下がって浮いているのは、なんかちょっと。

思ってたんと違ったな……。


ゆっくりと降下し、地面に降り立つ。

ちょっと恰好悪かったので、誰にも見られなくて良かったと思う。

が、そう思った途端に、視線を感じた。

いやな予感がして、空を見上げる。


悠々と旋回する、ペリカン。

ゆっくりと高度を下げながら、そいつは鳴いた。


「アホー」


よし今日は焼き鳥にしよう、と紗良は思った。

その気配を察知したのか、ペリカンは、少し離れたところに降り立った。

そして、口をぱかっと開けると、自ら中身をぺっと吐き出す。


ごろん、と転がったのは、かなり大きな石だ。

一抱えはあるだろう。

紗良は近寄って、よく見てみた。

ただの石ではなく、平べったくて、上部はさらに滑らかに平面の加工をされている。

見たことのある形だ。

どこだったか。


そう、海を探しに行った日に、セイウチのような奇妙な海獣がくれたもの。

あれに似ている。

あれは、地形の変化で川底に沈んだ、春子の転移石だった。


「これ……私の転移石?」


なんの文様もない、ただの平たい石だが、直感でそう思う。

ペリカンは何も答えない。

そして、温かくないウッドデッキには用がないのか、そのまま勢いよく飛び立っていった。

力強い羽音は、気持ちよさそうに空の彼方に消えていく。

まさに空を飛ぶ鳥は美しく、棒にぶら下がっていた紗良は笑われても仕方がない気がしてきた。

焼き鳥は勘弁してやろう。


マニュアルノートを開くと、新しいページが書かれていた。



**********************************


<転移石>


【賢者】のレベルが上がりました!

転移石創造が可能になります。


転移石は、配布制です。

必要な場合は、配送を希望してください。


配布された石には、(フェルーラ)を使って術を定着させます。

文様は術者によってさまざまですが、術者の固有でもあります。

同一の術者による転移石は、同一の文様になります。

どのような形になるかは、術者の力量によります。


任意の場所に転移石を設置し、呪文(スペル)を唱え、目印となる名づけを行いましょう。



呪文(スペル)  我が心の欠片をここに(プトゥ コルメウミ)


***********************************



「ほう」


紗良は、最初の転移石をどこに置こうかと考えた。

正直、転移(カナブラデオ)があれば、そんなには必要なものではない。

魔力を節約できるとしても、そもそもが連続での使用に耐えうる魔力量なのだから、さほどメリットでもない。

なぜ今、わざわざ転移石なのだろう。


つるつるの表面を撫でてみる。

なぜか、石は少し、温かい。


「あ、そうか」


紗良は、その使い道を決めた。

耳からイヤーカフを外し、(フェルーラ)に戻すと、それを両手で握る。

石を浮かせて、我が家のドアの5mほど横に穴を掘って設置した。

息を吸って、さすがにいつもより集中する。


我が心の欠片をここに(プトゥ コルメウミ)(いしずえ)の名は──私のおうち(ドモスミア)


そのとたん、赤い光が天を貫いた。

立ち上がった光で、辺りが染まるほどだ。


「お、おおっ……」


さすがに、魔力が減った感覚がする。

体感では、3割くらい持っていかれたかもしれない。


そして光が収まると、そこには、文様の刻まれた転移石があった。


「……なんか……前衛的?」


春子の文様は、はっきりと対称性のある直線のパターン文様だったのに、紗良のそれは曲線が多い。

花や動物が適当に配置されているようにも見えるが、なんだかごちゃごちゃしている。


「まあ……いいか、私っぽくて」


目を凝らすと、『おうち』というひらがなも見えた。

春子のはかっこよく英語だったのにだ!

色々と思う所はあるが、初めての転移石を成功させたのだと思えば、全てどうでもよくなる。


紗良は立ち上がり、そのまま、転移(カナブラディオ)を唱えた。

飛んだ先は、教会だ。

外に足場が組まれ、どうやら建て直しが始まったらしい。

神殿に格上げしたと言っていたから、その関係だろう。


「こんにちは」

「これは紗良様。いらっしゃいませ」

「フィルさん、今ちょっと時間ありますか?」

「ありますよ」


即答だったし、隣にいたアニエスが目をむいていたが、フィルはさっさと一緒に外に出てきた。


「あの、すぐ済みますので!」


アニエスにそう伝え、紗良はフィルとともに再び河原へと転移した。


「フィルさん、ええと」


あれ、そういえば、転移石の許可ってどうやって出すんだっけ。

紗良は慌てて、マニュアルノートを開く。



************************************


<転移石の使用許可>


転移石は、術者の許可した人間のみ、飛来(ヴォーランス)での使用が可能です。

まずは、解放の条件を石に触れながら決め、最後に約諾(プロミット)を唱えます。

その後の許可を出す手順は、術者が決めることが出来ます。



例1)『鹿と一緒にどんぐりを食べる』などの条件を石に仕込み、クリアした者が自由に解放できる


例2)特定の生物と共に転移石に触れるなどの条件を石に仕込み、クリアした者が自由に解放できる


例3)術者と共に石に触れ、特定の合言葉を唱和する、などの条件を石に仕込み、術者自身が許可を出す


************************************



「ふむふむ」


紗良は少し考えて条件を決めると、石に触れてそれを伝え、最後に約諾(プロミット)を唱えた。

そして、フィルを振り向き、言った。


「この転移石、初めて作ったんです! 

 フィルさん、ここまで来られるのはフィルさんだけだし、いつも歩くの大変そうだから!」

「もうそんなところに到達されたのですか、素晴らしいですね!」

「うん、結構魔力持っていかれましたけど、まだ大丈夫です。

 それで、ほら、手を出して、石に触れてください。

 使えるようにしちゃいましょう」


フィルはゆっくりと手を伸ばし、石に触れる。


「一緒にこう言ってください。『神官長昇進記念』って」


彼は、小さく、くくっ、と笑った。

いつもよりずっと、自然な笑い方だ。


「かしこまりました」


せーの、で二人が同じ言葉を唱えると、さっきほどではないが、やはり赤い光が立ち上った。


「これで、来るの楽になりますね」

「はい」


フィルは優しい顔で笑った。

いつもと同じようで少し違う感じがして、ちょっとどきりとする。


「あ、大変、早く戻らなくちゃ。

 暇って言ってたけど、ぜったいお仕事の途中でしたよね?」

「私にとって、紗良様よりも優先されることなどありませんよ」

「あ、えへ、はい」


だって紗良は、森の恵みを外にもたらす存在で、聖女の半身で、特別な人間だからだ。

うん。

どぎまぎしながら、紗良はフィルと共に教会あらため神殿へ飛んだ。

じゃあまた、と手を振る。


「紗良様」

「あ、はい?」

「転移石の名を聞き忘れました」

「そうでした? 名前は──」


私のおうち(ドモスミア)、と早口で伝えた紗良は、すぐさま河原に転移した。

逃げたわけではないけれど、心当たりのない気恥ずかしさを覚えたから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
気恥ずかしい気持ちって読んでてこっちもほっこりしつつ照れる〜てなってにやにやしちゃう。とても好きな内容です!ありがとうございます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ