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浅く切り込みを入れたパンをトーストし、バターと、たっぷりのいちじくジャムを乗せて頬張る。
ぷちぷちとした粒が良い具合に残っていて、飽きずに食べられた。
部屋の中で淹れたコーヒーを持って、外に出る。
それにしても、いつまで暑いのだろう。
スマホのカレンダーは、もう晩夏を表示しているはずなのに、今朝も日差しは強かった。
去年はどうだっただろう。
そう考えて、もうすぐこちらへきて一年が経つと気づく。
一年か。
さすがに感慨深い。
季節が一巡し、一人だった世界には幾人かの知り合いもできた。
ここで着実に人生を歩き始めていることを、前向きにとらえ始めている。
習慣となった手順で、焚き火を組んで火をつける。
チェアに沈み込み、さて今日は何をしようかと考えた。
マチューとマリアは、今日は秋植えの作物の苗づくりをするらしく、裁縫教室もお休みだ。
フィルは最近なにやら忙しいらしく、お供えを届けに来てもすぐに帰ってしまう。
きっと今日も、忙しくしているだろう。
コーヒーを飲み終える頃、ヴィーが現れ、そのまま真っ直ぐ川まで走ってがぶがぶと水を飲み始めた。
何か食べてきたな。
ひとしきり飲むと、満足したのか、ウッドデッキに上がって来た。
紗良が浄化をかけるやいなや、どさりと寝転んで、クッションに身を預ける。
だいぶ、運動してきたようだ。
ヴィーを放っておいて、コンテナの葉物野菜がそろそろ終わりそうなのを確認する。
摘んでしまったほうがいいだろうか。
あまり固くなると、さすがに手塩にかけた愛情はあっても、美味しいといってやれなくなる。
パプリカはいっこうに実をつけない。
何かが足りなかったらしい。
しかし、枝豆は順調にそだっているので、まもなく収穫できそうだ。
来年はどうしよう。
根菜に挑戦してみようか。
しかしパプリカすらならなかったので、出来るだけ育ちやすいものがいいだろう。
マチューに相談しよう。
農業のプロだ、きっと良いアドバイスがもらえる。
「わふ」
一人肯いていたのに、相槌が入った。
横を見ると、とういちろうさんだ。
彼は、くわえていたものを紗良の足元に置き、ピアスをしゃらしゃら鳴らしながら小首を傾げた。
「お土産? ありがとう」
しゃがんで見ると、ごつごつした何かの果実だ。
「ん、これ、アボカド?」
皮の感触と色はまさにアボカドだ。
マニュアルノートを開くと、相変わらず違う名前がついていたけれど、食べられるらしい。
そのままでも美味しいが、火を通すとなお美味しい。
紗良は少し考えて、今日何をするか、思いついた。
「よし、ピザパーティーしよう! ヴィーは食べたけど、とういちろうさんは食べてないもんね。
ちょっとチーズ買ってくるから、待ってて!」
紗良は、あわただしく魔法使いスタイルに着替えると、飛来を唱えた。
着いたのは、森の中の泉のほとりだ。
「しまった、呪文間違えちゃった」
本当は村の中に出たかったのだが、ピザパーティーにテンションが上がってうっかりしてしまった。
歩いてもさほどの距離ではないので、森を出て、村の中を通り、赤い屋根の小屋を目指した。
ここは、最初に紗良が運送を請け負った村だ。
「こんにちはー」
「あら、魔法使い様、いらっしゃい。クリームかい?」
中にいた顔見知りの女性が、声をかけてくれる。
「いえ、今日はチーズを」
「おや嬉しいね、どんなのが食べたいの」
「えっと、フレッシュタイプのお薦めと、ハードタイプのお薦めを一種類ずつ。そのまま食べるのと、窯で焼いて食べるのと」
「ふんふん、だったらこれと……これがいい。状態もいいよ、牛が健康になったからね、ミルクも味がいいのさ」
「ああ、薬が合ってたんですね、良かったですねぇ」
「全くだよ、一時はどうなることかとおもったがね」
紗良は、いつものように、密閉容器を差し出した。
そこにチーズを入れてもらい、お代を払って、また来ますと外に出る。
そして今度こそ転移を唱え、河原に戻った。
ピザ生地は、冷凍してある。
なんと六枚分だ。
常温に戻している間に、具材を準備することにした。
コンテナの中の野菜も、ちょうど消費することができる。
食べられそうなところはあらかた摘み、水に放っておく。
「あ、まずこっちだ」
慌てて、忘れていたピザ窯の準備をした。
下段に焚き火を組んで、火をつける。
それから、じゃがいもを一口大にスライスし、レンジにかけて少し柔らかくしておいた。
ツナとコーンの缶詰を出して、それぞれ水分をきっておく。
そしてアボカドだ。
包丁を入れ、種に沿って一周して開くと、よく熟した状態だったが、なんと中は緑ではなく赤い色をしている。
「ええ……」
なんとなく、ここまで反対色だと、大丈夫かなという気になってしまった。
とりあえず、包丁の角を種に刺し、ひねって外して嗅いでみる。
ふむ。
アボカドだ。
マニュアルノートは食べられるって言ってるし、と、思い切って食べることにする。
スプーンでくりぬいて、スライスしておく。
ソーセージとピーマンと玉ねぎも、丁度良い状態に切った。
そうしているうちに、ピザ生地が伸ばせるようになったので、麺棒と重力を駆使してまるくしていく。
まず一枚、トマトソースを塗って、そこに冷蔵庫にあったクリームチーズを散らし、アボカドを並べる。
ツナとコーンも載せる。
さらに上から、さっき買ってきたハードタイプのチーズを削りながらたっぷりかけた。
香りからいって、チェダーチーズっぽい。
ピザ窯は十分熱くなっているので、いざ、投入。
一度焼いていることもあり、見極めはそんなに難しくない。
ピザスコップを構えて、じっと目を凝らしながら、一枚を焼き上げた。
最初のそれに、保存をかける。
ヴィーやとういちろうさんと食事をするようになって、一番あって良かったと思ったのは、この魔法だ。
どんなに沢山作っても、最初に出来上がったものが冷めないというのは、本当にありがたい。
出来上がりが同時になるように並行して作るのが良いのだろうけれど、実際のところ、料理そのものよりもその手順が一番難解だと紗良は思う。
効率と、かかる時間と、手際ともろもろ考えあわせて複数作るのは、疲れる。
頭のいらないリソースを使ってしまう気分になる。
だからこうして、出来たものを出来立てのまま保存して置けるのは、なによりもありがたかった。
よし、二枚目だ。
生地を伸ばし、ソースをぬって、シンプルに玉ねぎとピーマンとソーセージだ。
窯にイン、そして保存。
あとは、じゃがいもにアンチョビとチーズを載せたもの、チーズだけで焼き上げてから水菜やルッコラや生ハムを載せたもの、解凍したエビとイカにバジルとオリーブを追加したもの。
最後は、少し固いもらいものの桃を並べ、モッツァレラをちぎって載せて、はちみつをかけたデザートピザだ。
全てを焼き上げた頃には、もう午後も2時を回っていた。
ふと見ると、二匹がウッドデッキで並んで腹ばいになっている。
顔はどちらも真っ直ぐ紗良にむいていて、その期待感が圧になって伝わって来た。
相変わらずピザカッターはないので、包丁で六等分し、テーブルに運ぶ。
急いで部屋に戻り、ビールを取ってくると、みんなでウッドデッキに座った。
「いただきます」
適当に二匹に取り分け、自分も一枚、取り皿に載せる。
もちろん、とういちろうさんのお土産のアボカドのやつだ。
端っこが少し焦げている部分を選び、中央から噛みつく。
火の通ったアボカドは、柔らかく、濃厚さが増している。
そこにチーズの塩っ気が加わって、最高に美味しいタイミングだ。
チェーン店のMサイズくらいの大きさなので、ビールと一緒だと、紗良は各1ピースずつ食べてお腹いっぱいだった。
もちろん、残りは二匹が残らず引き受けてくれた。
ヴィーはソーセージの、とういちろうさんはシーフードが気に入ったようだ。
桃とはちみつのピザは、二匹とも好きそうだ。
覚えておこう。
食べ終わると、もう陽は沈んでいる。
気温は温かいが、日中は確実に短くなっていて、季節は確実に移ろっていると分かる。
河べりで並んで水を飲んでいる二匹の背中を見ながら、明日は何をしようかなと考えた。