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転移(おじぞう)石に飛んだ紗良は、Tシャツにジーンズだった。

今日は朝から暑さを感じるほど天気が良かった。

まだ午前中だというのに、日差しはすでに刺すような強さで、どうせリセットされると分かっていても、なんとなく日焼け止めを塗ってしまったほどだ。



「さて、海はあっちか」


あまりにいい天気で、海の探索を進めておこうと決めたのだ。

二つ目の川を、氷の橋を作って渡る。

ここより先は、かなり見通しがいい。

左手はまばらな林だが、川沿いの平地がとても広くなった。

それに、足元は石というより、砂利っぽい。



てくてくとしばらく歩くと、前方に何か、茶色い物体を見つけた。

一応警戒しながら進むが、安全地帯(パルサス)は発動しないようだ。

近づくにつれ、何か毛の生えた動物だと分かってくる。

微動だにしないそれは、どうやら仰向けで寝ているようだ。


どうしよう。

距離をとったほうがいいかな?


紗良は、ぐるっと大回りしながら、その横を通り過ぎた。

注視していたが、動く気配はない。

と、過ぎ去った瞬間に、茶色い塊がむっくりと身体を起こし、きゅっと首を回して視線を合わせてきた。


「あれは……あれは、何?」


今まで、動物も植物も、やや外見や大きさが違っていたとしても、元の世界の造形をほうふつとさせるものばかりだった。

魔物ですら、だ。

けれど、今目の前にいるのは、まさに「何?」としか言いようのない生き物だった。

しいて言うならば、


「トド……?」


角のあるトドのようだ。

手足は大きなひれ状で、まさに海獣を思わせる。

けれど、それは少し毛皮っぽくて、アザラシの幼獣のような毛並みをしていた。

紗良がじっと眺めていると、なぜか少し気まずそうな表情をして、ごろりと転がるとそのまま川べりから水の中へ消えてしまった。

日光浴をしてたようだったのに、邪魔をしたようだ。


正体は後でマニュアルノートに聞いてみるとして、とりあえず今は先に進む。

もう夏も真っ盛りだというのに、まだ海に着いていない。

宅配便の仕事をしたり、ピザ窯を作ったりしていたからだ。

今日だって、パン窯のある農家の夫婦宅へ行こうかどうしようか迷った。

プラムを収穫する手伝いを約束していたからだ。

ただ、フィルが、この辺のプラムはまだ時期が少し先と言っていたので、ならばやはり海を目指そう、となった。


安全地帯(パルサス)がちょくちょく反応するのを感じつつ、3㎞ほど進んだ。

おそらく、自室のある河原から10㎞ほどの距離だろう。

これでまだ、海まで半分だ。


「あっ、大葉発見」


左手の藪の中に、特徴的な形の葉を見つけた。

寄って行って嗅いでみると、確かに紫蘇の匂いがする。

それでも、成長した紗良はちゃんとマニュアルノートを開いてみた。


以前、夏の野草として紹介してもらった中に、まったく同じ絵がある。

よし、これは採取だ。

冷蔵庫の中にも、リセットする方の大葉はあるが、こちらのほうが明らかに香りが強い。


ちなみにコンテナで育てていたものよりも大きい。

別に育てるのを失敗したわけではない。

ただちょっと、ほっそりしていて弱々しいだけ。


目の前のものは、少し下の方は固くなってしまっているが、先端はまだ柔らかいものが生えていた。

満足するまで摘んでから、ふとノートを見る。



***********************************

<食べられない野草>


以前もお話した通り、植物には危険なものが多くあります!

死ななければ魔法で解毒することも可能ですが、死んでしまえばどうしようもありません。

特徴をよく見極めましょう!


秋の危険な野草はこれ!


************************************




解毒すればOK、ということじゃないだろうに。

紗良は、しゃがみこんだままじっくりとノートを眺めた。

次に、ぐるっと周囲を見回してみる。

大葉の少し奥に、白い放射状の花が咲いているのを見つけた。


「お、芹?」


あれ、芹の季節っていつだっけ。

首を傾げながらまたノートを見ると、そこに全く同じ花が描いてあった。

やたらと長ったらしい名前がついているが、毒があるらしいので、つまりこれは日本で言う所のドクゼリなのだろう。

近くにこれがあったから、危険な野草を教えてくれたらしい。


大葉を入れたレジ袋をザックにしまい、先を目指すことにする。

それにしてもいい天気だ。

結構歩いたな、と空を見上げれば、太陽の位置はかなり高くなっていた。


「お昼にしようかな」


川の傍の、少し大きな石に腰かけて、お弁当を取り出す。

今日はサンドイッチだ。

辛子マヨを塗って冷製の塩豚ときゅうりを挟んだものと、ハムチーズレタスのシンプルなもの。

水筒には冷たい紅茶が入れてある。

やはり喉が渇いていたようで、ごくごくいってしまう。


さてサンドイッチを一口、と思った瞬間、目の前の川から何かがとぷんと出た。

飛び出た。

角のある茶色い何か。

ここへ来る途中に見かけたやつだ。


「トド……?」


どうみてもトドではないが、他に呼びようがない。

そのトドは、じっと紗良の手元を見ている。


「だ……だめだよこれは、人間の食べ物だから」


しかし目をそらすことは出来ない。

ぐぬぬ。

紗良はトドの圧力に負けた。

手に持った塩豚サンドの方を、少しぎゅっとつぶしてはがれないようにしてから、ゆるく弧を描くように投げる。

すると、トドがそれを追いかけ──がばぁっと口が裂けた。

いやそう見えるほどに大きな口が開き、サンドイッチをばくんと飲み込む。


「味わえよ!」


思わず言ったが、口の中に鋭い歯が沢山並んでいる光景にちょっと引いてもいた。

トドは水面でくるくる回ったり潜水したりとご機嫌なようだ。

そして、最後に長く潜ったかと思うと、川岸に何かをぐいっと押し上げ、ブフッ、と鳴いた後、去って行った。


トドの残したものを見に行く。

大きな平べったい石だが、不自然に円形だ。

ごろんと裏返すと、やはりというか、驚いたことにというか、青い幾何学模様が刻んであった。

川底にあったのだろうか。

もしかしたら、長い年月の間に川の流れが変わったのかもしれない。

元々設置してあった場所が浸食され、えぐられて消え、転移石も一緒に川に沈んだのか。

だから、設置場所ももっと上流だった可能性がある。

今となっては分からないことだ。


転移石を持ち上げようとしたが全くもって無理だったので、魔法を使う。

浮遊(ティリースティク)でふよふよ運び、河原と雑木林の境目あたりに降ろした。

石はとてもぐらぐらする。

木工職人としてのトラウマが刺激されるが、耐える。


少し考えて、地面を浅く掘って石を据え、周囲の隙間を埋めてみた。

うん、いいようだ。


改めて見てみると、やはり、春子の転移石で間違いない。

今回、文様に混じっている言葉は──Sweet red bean bun。


「あん……パン? あんぱん? あ、あんぱん?」


前回のコロッケといい、今回のあんぱんといい、もしかして、春子さんの食べたいものを入れただけなのでは。

いやまさか。

そんな。

どうでもいい情報をわざわざ。


「うーん、でも食べたいものの情報はどうでもよくないよね。うん」


最初のどんぐりはなんだろう。

あれは聖なる森に一番近い石だった。

もしかして、誘導用の文言かもしれない。

春子の名前を彫られた石は、とういちろうさんが解放を手伝ってくれた。

そういえば、コロッケの石もそうだ。

もしかして、『コロッケを食べるか、とういちろうさんに手伝ってもらう』が条件だったのかもしれない。

どんぐりを食べた時は、彼はいなかったし。

じゃあこれも、あんぱんかとういちろうさんが必要だろう。

あんぱんはない。


「わあ残念、じゃあ条件どっちか整えて、またここまで来なきゃ駄目かぁ」

「わっふわっふ」

「だよねえ、二度手間だよねえ」

「わふぅ……」

「まあそう落ち込まないでよ、【戦士】のレベルも上がるしさ」


ね、と横を見ると、とういちろうさんがいた。


「…………」

「…………」

「いつ来たの……」


ふぉん、ふぉん、とゆっくりしっぽが振られている。

どういう返事なのか分からない。

当のとういちろうさんは、転移石に鼻を近づけ嗅いでいる。

匂いがするのかどうか分からないが、心なしか嬉しそうにも見える。


彼のでっかい肉球が紗良の膝に載せられる。

あったかくて柔らかくて、ほやん、となったが、解放を促されているのだと気づいた。

慌てて、転移石に触れる。

見覚えのある青い大きな光が立って、石とのつながりを感じた。


「使えるようになったみたい。ありがとうね、とういちろうさん」


彼は、わふ、と返事のように鳴いた。

同時に、なんだか微妙な表情をされた。


「え、なに。なんでそんな可哀想なものを見る目をするの」


とういちろうさんはそっと目をそらした。

なんなの。

首を傾げつつ、アプリを確認する。

海まであと、7㎞といったところか。

結構来たな。


「今日はここまでにして帰ろうか。

 とういちろうさんもおいで、今日は何か美味しいのにしようね」


スマホをポケットに突っ込んでからそう言うと、お座りしていた彼が立ち上がった。

そして、勢いよく突っ込んでくる。

転がる紗良。

その襟首をくわえると、とういちろうさんは無言で転移した。





はっと気づくと、自宅前の草っぱらに転がっていた。

とういちろうさんはと言えば、ウッドデッキの前で行儀よく座っている。

美味しいものが食べたかったんだね。

紗良は、寝ころんだまま彼に浄化(ルクス)をかけた。


よっこらしょ。

さて、何にしよう。


「ああ、そうだ」


コロッケにしよう。

春子が転移石に刻むほど好きだったものだ。

きっと、とういちろうさんにおすそ分けしたこともあったに違いない。

なに、材料はどうとでもなったはずだ。

だって彼女も、どこでも好きなところへ転移できたのだし。


「あ」


そうだった。

別に転移石がなくとも、『女神の飛翔(ヴォーラーレデオ)』で飛べるじゃん。

とういちろうさんが来なければ、徒歩で往復していたに違いない。

危なかった。

彼はそれに気づいていたから、微妙な顔をしていたのだろう。


今の紗良にはもう、転移石は必要ない。

それでも、まあ──きっとまた探しに行こう。


春子が残した石を、ひとつひとつ辿る。

その傍にはとういちろうさんがいる。

まるで、残された思い出をひとつひとつ解放するように。








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