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森で枝を打ち払っている途中、聞きなれたファンファーレがなんだかいつもと違った。

なんだろう。

軍手を脱いで、とりあえずマニュアルを開いてみる。



*********************************


<上位解放>


風魔法のレベルが解放されました!


切断(アウラ)を使ってみましょう


*******************************



分かる、段階ね、あるある。

紗良は予定を変更して、もっと直径のある木から板を製材することにした。


切断(アウラ)


木の根元を狙って呪文(スペル)を唱えると、一瞬の後、どうと重い音と共に太い幹が倒れた。

想像より威力が強くて少し驚いた。


倒れた木を丸太状に切断し、河原に運ぶ。

錬金釜に放り込んで、板材を作った。



ちょっと家の中を探してみたが、やはり金槌などはないようだ。

記憶にもないし。

女子大生の家に、金槌は普通ない。


仕方ないので、鉄とステンレスのインゴット、それから木切れを釜に入れ、金槌と釘を生成した。





そして二時間後、紗良は、目を閉じ、気持ちを落ち着けていた。





出来上がったのは、がったがたのテーブルだった。

何か全体が歪み、何か足が安定せず、何かとにかくがたがたする。

目を開けてその現実を見る。


「想定内」


そう。

箸製作からいきなりのテーブルは無理があると思っていた。

だから、ちゃんと材料は複製(イミタティオ)で増やしてある。


「あっ」


躓いて、慌ててテーブルにつかまったが、頼みのその支えは盛大な音を立ててぺしゃんこになった。

おかげで結局転んだが、草地なので問題ない。

そう。


「想定……内……」


壊れたテーブルは薪用に切断し、新たにまた材料を運んでくる。

大丈夫、さっきから、ファンファーレが何度か鳴っている。

レベルは着々と上がっているはずだ。



それから、紗良は三つのテーブルを作り、二つのテーブルを薪にした。

通算四つ目の作品は、完全に直角な天板と脚、びくともしない接合部を持っている。

誇らしい気持ちだ。


日が沈みかけ、そろそろ嫌になってきたので、魔法で表面を滑らかにし、植物から生成したこげ茶の防水塗料を魔法で塗った。

もういい、これで。



かまどの横を平らに均し、テーブルを設置すると、とてつもない満足感があった。

魔法もいいが、手動もいいじゃないか。

レンガのかまどと、天然木のテーブルを並べると、オシャレ感さえある。



とはいえ、今日も疲れた。

紗良は部屋に戻り、シャワーを浴びると、ビールとパンとハムとその他もろもろを持って外に出た。

髪は濡れたままだが、すぐに乾くだろう。

こちらに来てから、ドライヤーは全く使っていない。


かまどではなく、片付けてあった石のテーブル近くにたき火を設置する。

火を燃やし、作ったばかりの木のテーブルで、パンにマヨネーズと粒マスタードを薄く塗る。

ハムを二枚、チーズも二枚、パンの間に挟んだそれを、ホットサンドメーカーでぎゅうぎゅうに挟んだ。

ブームに乗って買ったものの、すぐ飽きた姉がくれたものだ。


チェアに戻り、たき火にかざす。


「……」


重い。

失敗した。

フライパンの時と同じ過ちをまた、だ。

面倒がらずにかまどに火を起こせば良かった。

だがもう遅い。


これもレベル上げの一環だと我慢しながら、両面を焼いた。

隙間から漏れる匂いと音で、なんとなく焼き上がりが分かる。

これも、【調理】レベルが上がっているおかげだろう。


腕が痺れて震えてきたあたりで頃合いと見て、開いてみる。

良さそうなので、出来上がったばかりの調理台を使い、包丁で二つに切った。

チーズが落ちてしまわないうちに急いで切り口を上にし、皿に載せる。


チェアに戻って、熱いうちに一口ほおばる。


「……っち、あつ……」


溶けたチーズが凶悪なほどの温度で舌を焼くが、それも美味い。

マヨネーズの酸味が、ハムに良く合っている。

片方をあっという間に食べ終え、ビールを開けた。



その時。




背後に、大きな、生き物の気配がある。

なぜ分かったか、分からない。

今までなかった、何かの息遣いが、はっきりと聞こえてきたのだ。


紗良は固まった。

恐怖で、動けない。


その気配は、ゆっくりと近づいてきた。

とうとう紗良の真横に到達し、やがて、首筋のあたりに息がかかる。

獣の匂いがした。

目を閉じるのさえ恐ろしく、真横を通り過ぎて行くのを視界の端にとらえた。


何といえば良いだろう。

黒い、ヒョウに似た生き物だった。

ヒョウにしては少し毛足が長く、なにより、大きい。

四つ足で、頭の位置は座っている紗良より少し高いくらいまであった。



獣は、何度か紗良の匂いを嗅ぎ、その都度、鼻息が生臭い匂いと共にかかる。

体温を感じる。

それは、生きている。

目を合わせてはいけないと、本能で感じた。



やがて、獣が興味を示したのは、半分残ったホットサンドだった。

匂いを嗅ぎ、それから、前足でテーブルから叩き落とすと、一口で食ってしまう。


ぐう、と不機嫌な、低い唸り声がした。

体毛が逆立ち、それを見た紗良は震える体を縮めた。

熱かったのだろう。


それでも、最後まで食べ終えると、しばらくウロウロした後、また背後へと去って行った。

紗良は動けない。


どのくらい固まっていただろう。

涙で視界がにじんでいたが、必死で身体を動かし、背後をそっと確認する。

いない、と分かってから、立ち上がった。

ふらりとする。

膝が震えている。


腰が抜けそうな恐怖に追い立てられるように、必死で部屋のドアへと走り、鍵をかけた。

今までかけたことのなかったロックバーもかけた。


玄関の内側に座り込み、紗良はしばらく、泣いた。







それから二日間、紗良は部屋に閉じこもった。

怖くて外に出る気になれない。


夜には怯えて、何度も鍵を確認した。



三日目の朝、このまま一生、部屋の中で暮らすことはできないと思った。

それはもう、死んでいるのと同じだ。

狭い空間で、何もせず、ただ、寝て起きて。


自然しかないこの地で、自分は生きていかなければならない。



なんでこんな目に合っているんだろう。

一瞬そう思ったが、最初に決めた、考えても仕方のないことは考えない、に従って、それ以上を諦めた。


「獣除けの魔法とか、ないの」


問いかけながらマニュアルノートを開く。




*******************************


レベルが上がると、様々な魔法が使えるようになります!


*******************************



「レベル不足か……」


ならばやはり、外に出るしかない。

この部屋の中で、紗良のレベルが上がらないことは分かっているからだ。

ふと、さらに文字が浮かぶ。



*******************************


<豆知識コーナー>


【魔法使い】ってなあに?


魔法を使う職業のこと。

自然界に造詣が深く、属性エーテルを取り込み、力に変えて放出する。

物理とは根底を異なるものとするが、高位の【魔法使い】は両者を結びつけることも可能、すなわち、物理職と遜色ないかあるいはそれを超える力を秘めている。



*******************************



唐突になされたこの説明の意図は、明確だった。

紗良は今更ながらに気づくのだ。

自分が知っている魔法使いは、ゲームでも漫画でも、たき火に火をつけたり、薪拾いなんかしていなかった。


その炎は敵を焼き尽くし、その風は敵を切り裂く。


魔法使いは、まごうことなき、前衛職。

前線で、高い攻撃力を持って戦う、戦闘職なのだ。



女子大生には向かない職業では?







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― 新着の感想 ―
[一言] 良い!ここまで読んで、凄く面白いです! チートじゃなくてちゃんと普通の女子が頑張ってる姿に 現実味があって、でもどこかまだ他人事だったりw ツッコミも良いです♪続きもどんどん読み進められそう…
[一言] できるならば…ジャンル異世界(恋愛)ではなく、異世界(ファンタジー)で連載続けて欲しいと切に思います!! 続きを楽しみにしています♪
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