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翌朝、配送のお仕事よ、と、萌絵から連絡があり、紗良はピザをお預けにして神殿へ向かった。

入り口に降り立つと、いつもの騎士が出迎えてくれる。

どうも、と挨拶をして、中へ入る。


「こんにちは、津和野さん」

「あ、佐々木さん、わざわざお迎えありがとう」

「いいの、礼拝の帰りだったの」

「ナイスタイミング」


萌絵の私室ではなく、前回と同じ、面会室のような部屋に向かった。

先に立った萌絵が入室すると、付き従っていた御付きの騎士は扉の両脇に立つ。

そのまま深々と頭を下げ、萌絵を見送っていたが、後ろからついていく紗良の番になっても、彼らは姿勢を崩さなかった。


それにしても、やはり日本人とは体格も筋肉の付き方も違う。

騎士たちのとんでもない筋骨隆々といった体つきを横目に、部屋の中へ入る。

中でさっと立ち上がったのは、フィルだ。


「聖女様、本日もご機嫌麗しゅう。紗良様も、お疲れ様でございます」

「お待たせしたわね。どうぞお座りになって。

 津和野さんもどうぞ。ちなみに、今日は、教皇様はいらっしゃらないわ」

「そうなんだ。偉い人っていつも忙しそうだもんね」

「うん。残念がってた」


三人でソファに座り、出てきたお茶を飲む。

前回とは違い、飲み頃で美味しい紅茶だった。


「今朝の連絡で急に来てもらってごめんなさいね」

「ううん、なんか大変なんだって?」

「そうなの、少し南の山裾の領地で、鉄砲水が出てね」


紗良の住む地域、というか、聖なる森ではほとんど雨が降らないが、今は雨季らしい。

暑い地域のスコールのようなものではなく、日本の梅雨のように長期間雨が降る。

山地よりも平地が多いこともあり、治水対策はあまり進んでいない。

だから、時々、例年よりも雨が強い場合などには水害が発生するそうだ。


その、例年より雨が強い年が、今年だったというわけだ。


「水はもう引き始めてるんだけど、そこって三年前も同じ被害があったんですって。

 国が街道の工事をしたら、川の流れが変わってね。

 広い領内の、よりにもよって人の一番住む街を水害が直撃するようになったらしいの。

 それでさすがに領主の人が、ずっと対策を陳情してたのにーって怒っちゃって」

「誰に怒ったの?」

「んー、おうさま?」


首を傾げる萌絵を、思わず凝視してしまう。

おうさま。

そうか、そういう人もいるのか。

萌絵がにやっとする。


「そういう人もいるのかー、って思ったでしょ?」

「えっ、うん、お、思った。もしかして佐々木さんも思った?」

「思ったよそりゃー、王様ってさあ、ねえ、いかにもだよねえ」

「そうだよね、もう、いかにもってかんじで」

「あー異世界に来ちゃったんだなってかんじで」

「ちなみに王子もいる?」

「いるいる」


自分には関係のない話だ、とは、さすがの紗良も呑気に考えたりはしない。


「治水対策用の荷物運びが今回のお仕事?」

「そうね、主に土嚢と木材、あとは避難民の食料と、衣類や毛布かな」

「配送業のお仕事がふたつとも、国の運営に関りがあるのってさ。私たちだから?」

「そうとしか思えないよねー」


やはりそうか。

前回も今回も、国の緊急事態を解決するための輸送だ。

いいように使われているのか、それとも、安全性の高い仕事しか回らないように監視されているのか。


「でもまあ」

「お金がもらえるならいっか」

「ね」

「ね」


おまけに人のためになるなら、いいじゃない。


「ってことで、わりとすぐ出てもらいたいんだけど」

「おっけーだよ。

 運ぶものの準備は出来てるの?」

「木材が一部、不足してるって。それはまた後からお願いしたいみたい。

 とりあえずは、ある分を先に運んで欲しいかな」

「料金は二倍で請求できるのでは?」

「もっちろん、請求済みよ」


なんて頼れる聖女だろうか。


「場所は一応、スマホのマップに送っておくけど、手順は前回と同じね。

 一番近い転移石にバイツェル司祭と飛んで、荷物の集積所まで移動。

 その後、もう一度戻ってきて、今度は荷物と一緒に転移ってことで」

「うん。荷物はどこにあるの?」

「前に、市場に遊びに行ったって言ってたでしょう?

 あの市場の、二股に分かれた右の道の1km先が、広い河原になってるの。

 もともとは、川を利用して物資を運ぶつもりだったみたいで、そこに集められてるんだって」

「じゃあ、ここじゃなくてそっちに直接飛ぶね」








フィルに連れられ、問題の村の中心に飛んだ。

力のある領主らしく、聖域などとは別に、村として所有できる転移石を設置したらしい。

使える人間はほんとうに限られているだろうが、こうして役に立ったという点で、とても仕事が出来る男のようだ。


「おお、お待ちしておりました、魔法使い様、神官様」

「ご苦労。

 紗良様、こちらが、領主のニルス・フロー子爵でございます」


子爵ということは、貴族なのか。

っていうか、領地を治める領主が貴族なのは当たり前なのかもしれない。

仕組みがいまいち分からないが、確かに上品で高貴な印象を受ける。

しかも、服の裾が汚れ、汗をかいているにも関わらずだ。


「お初にお目にかかります、魔法使い様。

 ご紹介に与りました、フロー家当主のニルスと申します。

 この度は、お力添えいただけるとのこと、まことにありがたく存じます」

「いえ、災害時に協力し合うのは当たり前ですから。

 それで、お荷物はどちらへ運べばよろしいでしょうか」

「お休みにならなくてもよろしいのですか、お茶の用意などさせてございますが」


紗良は首を振った。


「不要です。ついさっき神殿でいただきましたから」

「さようでございますか。

 場所ですが、この広場にお願いいたします」


周囲を見回す。

確かに、広くて、荷物を置くことは出来るだろうけれど。

見える範囲はほとんどが店舗用の建物で、広さ以外にここに運ぶメリットはないように思える。


「失礼ですが、避難されている方々はどちらに?」

「え? ええ、100人程度ですが、神殿と、それから我が家が所有する邸宅の内、空き家になっているところにそれぞれ半数ずつ」

「では、土嚢と木材はどこで使いますか?

 あ、いえ、もう直接、その場所に案内してください」

「は? 失礼、いや、それはもちろん……おい、手の空いている者……などいなかったか、ええと、おい、ジル」


領主が呼び寄せたのは、彼にとてもよく似た青年だ。

金髪碧眼で、萌絵との会話に触発されたわけではないが、王子様という言葉がぴったりだと思う。


「はい父上」

「こちらの魔法使い様を案内してさしあげてほしい。三ノ沢だ」

「あ、避難者の方々がいらっしゃる神殿とおうちも」

「……だ、そうだ」

「今ですか?」


綺麗な顔を、あからさまにむっとさせて、紗良たちを見た彼は、まるで舌打ちでもしそうだ。

父親も、息子ほどではないが、眉をひそめている。

それはそうだろう、忙しい非常時に頼むことではない。

紗良は慌てて言った。


「あの、資材と応援物資を、それぞれ直接お届けしますね。

 そのために、実際にその場所に行きたいので」

「……は?」


二人そろってまた顔を曇らせる。

雨は上がったとはいえ、雲がたれこめ、また降りだしてもおかしくない。

急いだほうがいいのだけれど、となお説明を加えようとしたが、さっと前に出たのはフィルだった。


「時間が惜しいのではないのか、領主よ。

 我々が誰からの命を受けてこちらへ来たのか、忘れたわけではあるまい。

 それともなにか、この方の願いがかなわぬ理由が──正当な理由があるのか?」


父と息子は、やはりよく似た顔を見合わせた。


「……とんでもございません、神官様。ジル、頼めるな?」

「はい、父上」


全然納得してないようだけれど、彼らはすぐに、馬を用意してくれた。

どうやら、川は少し遠いらしい。

紗良はフィルと相乗りし、むっつりと黙ったまま案内するジルの後ろを走った。

乗りなれない紗良にはつらいスピードだったが、フィルがしっかりと身体を固定してくれたので、なんとか耐えられる。


年送りでフィルの実家に行った時のことを思い出す。

あの時、少しでも乗馬を体験していて良かったなーとしみじみ思う。


「こちらが、三ノ沢になります。

 実際の決壊場所は、ここよりかなり上ですが、資材を置いておけるだけの広い場所はここしかありませんので、こちらへ」


かなり川に近いが、かなり川岸が高く、ここは安全のようだ。

身内でかき集めたらしい土嚢が数十ばかり、並べてある。

その周囲には、作業員らしい男たちが集まり、打ち合わせ中のようだ。


川の流れはまだ強く、鉄砲水の原因となったらしい折れた木や枝がどんどん流れてくるし、土石流が川岸にも溜まっている。

逆に、土嚢を積むべき場所はもうすこし下流のようだ。

人家にまであふれた水は引いていない。

急いで対処しなければならないだろうし、そうしたいとイライラしているのがジルから伝わってくる。


「責任者の方は?」

「おい、ジョフリー」

「これはジル様、どうしました?」

「こちらの御方から話がある」


丸投げだね。


「今からこちらに、水害対策用の土嚢と、護岸工事用の資材を運んできます。

 そうですね……15分後くらいに。

 人を集め、準備をしておいて下さい」

「おお、王都からそんなに早く!

 雨が降り始めた頃にはもう出発していたのですかな?

 さすが国王陛下だ!

 ありがたいことですな!

 おい、動ける男たちを集めろ、すぐにだぞ!」


おお、と気のいい返事があり、彼らはわらわらと働き始めた。



「じゃ、ジルさん、次は神殿を」

「……かしこまりました」


イライラしつつも言葉遣いは丁寧だし、自制心の強い人なのだろうけど。


「あのね、さっきも言ったけど、ちゃんと荷物は運びます。

 あの広場から人力で運ぶより、私が運んだほうが早いでしょ?

 急がば回れって言うでしょ?」

「……勉強不足で申し訳ありませんが、聞いたことのない格言ですね」


ジルはそう言い捨てると、馬首を返して来た道を引き返していく。

フィルもそれに続いた。


「仕方ありませんよ、紗良様。人知を超える魔術です、信じられぬのも分かります」

「そっかー……」

「しかし、それと無礼な態度とは別です。

 後程、この事態が落ち着きますれば、目にもの見せてやりますので」

「え?」


なんて?


「こちらが、神殿になります。それから、隣の敷地が、第二避難所になりますので」

「ああ、隣だったんですね。分かりました」

「では、私は忙しいのでこれで」


神殿の人にも顔を通しておいて欲しかったが、ジルはさっさといなくなってしまった。

うーん、確かに無礼かも?


「私が神官であることは証を立てられます。私がご一緒すれば、物資の受け取りに関しては問題ありませんよ」

「そうですか、良かった。頼りになりますね、フィルさんって」


彼はにっこり笑ってくれた。

いつもの笑顔だ。

癒される。


「じゃ、行きましょうか」


紗良は、フィルと共に王都へ飛んだ。






それから一週間ばかり、紗良はその街へ滞在した。

避難所はあきらかに食事の手が回っていなかったし、そもそも調理場がひとつしかない。

紗良は、聖域で磨いた技術を得意げに発揮し、かまどを設置した。

雨続きで湿った薪を、魔法で乾かして、焚き火も絶やさずおいたし、追加の食料も運んだ。


それに、まだ雨は続きそうだったので、鉄砲水が起こる問題の場所へ、工事用の道具を運ぶのを手伝った。

もちろん、いきなり転移はできない。

一度は自分の足でその場に立つ必要があったので、泣きながら険しい山道を登りもした。

あきらかに川底がせりあがり左右に土砂が積みあがっている個所を発見した時には、小鹿のように足がぷるぷる震えていた。

ついてきた地元の男たちは、可哀想なものを見る目で紗良を眺めていた。


協力して川幅を広げ、底をさらったが、やはり川下の護岸工事は必要だろう。

そうフィルに伝えると、そのまま国に奏上され、資材の補填があった。


家の復旧も始まったところで、避難所がうまく回り始めたので、そこで手を引いて帰って来た。

結果。

受け取った金額は、二人で580万ギルだ。

紗良と萌絵は、手をつないで踊りまわり、侍女にたしなめられた。






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― 新着の感想 ―
この案件も折半は…
[気になる点] え、もえなにもしてないのに折半!?!
[良い点] フィルさんが頼りになりますねぇ サラだけでは、もっと無駄な時間を取られたでしょうね きちんと説明しても、まともに聞いてくれないんじゃどうしようもないですし [気になる点] 猫ちゃんは置いて…
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