58
ぶに、という感触で目が覚めた。
身体が痛い。
ベッドではない。
照り付ける太陽すら感じる。
「二度寝してしまった……」
朝日の出る時間が早くなったせいか、妙に早朝に目が覚め、シンクのメンテナンスなどをした記憶がある。
その後、満足して、ウッドデッキに寝転んだ。
そのまま寝たのだろう。
ぶに、という感触が、また、した。
ふと見ると、仰向けになっていた紗良の足元に、ヴィーがいた。
そして、素足のつま先を、前脚でぶにぶに抑えている。
どうやら、触るたびにぴくぴく反応するのが楽しいようだ。
でっかい肉球は、柔らかいけれど、野生の固さもある。
土っぽいし、地面を走り回るせいで皮膚もところどころ厚くなっているのだろう。
「浄化」
自分の足とまとめて汚れを落とすと、紗良が起きたことにきづいたのか、すたっと前脚を体の下に収め、素知らぬ顔だ。
何もしていませんよ、とでも言いたいのだろうか。
ヴィーはその顔のまま、すすーっと立ち上がり、さっさと森に消えて行ってしまった。
「変な子」
よっこらしょ、と起き上がる。
さて、今日こそ、ピザ窯を作ろう。
レンガはある。
モルタルもある。
あとは、二段目と三段目のレンガを乗せる、レールみたいな鉄の枠が必要だ。
L字型が4本と、T字型が2本。
紗良は、おおよその長さで部品を錬金した。
さて、始めようかな、と地面を眺めて、ちょっと心配になる。
地面に直接、レンガを敷いて大丈夫だろうか。
かまどの方は、コの字型のため、前も上も大開放だ。
でも、ピザ窯は、もっと狭く、二段に天井を積む。
温度は当然上がるだろう。
そもそもピザを焼くのは400度以上のはず。
やはり、あれの出番か。
モルタルの材料を採って来た時に、一緒に適当な砂利を運んできた。
それで、コンクリートブロックを作ろう。
まず、錬金釜にモルタルの素材を放り込み、必要量の倍量を生成する。
そのうち半分をビニール袋に移し、そして残りに砂利を入れて、生成の魔法をかける。
のぞきこむと、紗良のイメージするまんまのコンクリートブロックができていた。
「やった」
灰色の、穴が三つ開いたあの、塀に使われるブロックだ。
これを、複製で増やして行った。
きっと他にも使い道があるから、ちょっと多めに。
これで準備は出来た。
紗良は、全ての材料を運搬し、いよいよピザ窯を作ることにする。
地面にブロックを並べ、その上にレンガを敷き詰める。
コの字に壁を積んで、そこに鉄材を渡す。
L字とT字の横棒にひっかけるようにレンガを渡し、一段目の天井だ。
そこからまた壁を積み、同じように二段目の天井をつける。
扉は諦めた。
ちょっとむずかしい。
蝶番の仕組みが良く分からないし、重さに耐えるかどうかも分からないし。
まあ、なくてもいけるはず。
知らんけど。
とりあえず、形は出来た。
あの町の牧場で見た、『日』の字の形のピザ窯だ。
あとは、モルタルが乾くのを待つだけだ。
よし、時間は夕方だ、昼を抜いているので早めの夕飯にでもしようか。
そう思って振り向くと、
「うわっ」
とういちろうさんがいた。
いつからいたのか、ウッドデッキにぺったりと腹をつけ、寛いでいる。
「びっくりした。遊びに来たの?」
聞いているのかいないのか、目を細め、耳をぴくつかせている。
しゃらしゃらとイヤーカフが重そうに揺れた。
何歳なんだろう。
分からないけれど、ヴィーよりも確実に落ち着きを感じる。
彼は、そのままごろんと横倒しになると、すぴすぴ言いながら寝始めてしまった。
太陽で温まったウッドデッキが気持ちよかったのだろう。
落ち着きとは。
ふと見ると、足元に土まみれの何かが落ちていた。
とういちろうさんの前脚も、同じように汚れているので、お土産だろう。
掘って来たの?
形はどうやら、玉ねぎだ。
一応、ノートを確認すると、春の野菜のページに描いてあった絵と同じだった。
やはり玉ねぎっぽい。
さわってみるとかなり柔らかいので、新玉ねぎにあたるのかもしれない。
紗良は、とういちろうさんと新玉ねぎをまとめて浄化した。
夕方になり、少し気温が下がって来たので、床暖もいれておく。
そのうち、ヴィーも帰ってくるだろう。
今日の夕ご飯は、三人分だ。
かまどに薪を入れ、火をつける。
ちょっと暑いようで、でもなんとなく火の暖かさも恋しいような、微妙な気温だ。
紗良は部屋に戻り、冷凍の枝豆とコーンをレンジにかけておき、残りの食材を外に運ぶ。
まずは、たまごを溶いて、卵焼きフライパンに流し込む。
明太子を芯にして巻き、次の卵液を流し込んでは巻く。
しっとり出汁巻きではなく、しっかり火の入ったふわふわの卵焼きだ。
隣の鍋には水を少しだけ張って、角切りにしたじゃがいもとソーセージ、小房に分けたブロッコリーを放り込む。
火が通ったら、牛乳を入れ、コンソメと塩コショウであっさり仕上げる。
そしてメインは、新玉ねぎだ。
厚めにスライスして、人参と、それからエビとを混ぜて、かき揚げにする。
天ぷらよりもちょっとだけ温度を上げて、端っこがちょっと焦げるくらいからっと揚げるのが好きだ。
どんどん揚げる。
部屋に戻って、チンしておいたコーンと枝豆を出し、今度は冷凍しておいたご飯を入れて、再びレンジにかける。
白ご飯は紗良の分だけだ。
ヴィーは好きでも嫌いでもないようだから、とういちろうさんもそうだろう。
外に出ると、いつのまにかヴィーが帰って来ていた。
転がって寝ているとういちろうさんを、じーっと見ている。
なんだか不満そうだ。
「ヴィーちゃん、お土産もらったよ、かき揚げにしたからね」
そう声をかけると、理解したのかどうか、フンッと鼻息を吐いて、仕方ないなというふうに腹ばいになった。
いつもよりだいぶ、二匹の距離は近い。
いいわね。
仲良くしてね。
枝豆とコーンは温かいままマヨネーズとハーブソルトを混ぜ、ホットサラダにする。
あとは、出来上がったものをいっぺんにテーブルに並べて、寝転んでいる二匹に声をかけた。
「ごはんだよ」
にゃっ、という声と、わふっ、という声が、重なって返事をする。
我先にとフードボウルの前にやって来ると、顔を突っ込んで食べ始めた。
ふと、可愛いね、という感想が浮かぶ。
どちらもでっかいし、顔は怖いし、そもそも魔物だし、大分年上っぽいけど。
自分の作ったものを食べているからかもしれない。
手をかけて、美味しくしたものを、美味しそうに食べている。
食べ物を通して、つながりを感じるのだろう。
母と姉が、調理を仕事にしている意味が、ちょっとだけ分かった。
気温がさらに下がって来たので、ファイヤーピットに火を入れる。
やはり山間部ということもあって、気温の変化が大きいかもしれない。
暖かい火が、食卓を照らす。
ふと、ピットの下の、がたがたの縫い目の防火シートが目に入った。
うーん。
何回見てもひどい。
ちょっとだけ、縫い物をやってみようかな。
スキルに【裁縫】レベルがあるので、やれば上手くなるはずだ。
母と姉が料理の仕事にやりがいを感じたように、父と兄は、アパレルの仕事を生き生きとやっていた。
きっと、同じように、裁縫を通して気持ちを共有できるに違いない。
今は何をしているだろう。
少しは紗良を忘れただろうか。
少しは、笑っているだろうか。
残されるほうがつらいから、せめて紗良は家族を忘れないでいる。
いなくなって、会えなくなっても、そうやって家族でいようと思う。
「沢山食べなさい」
母の口癖を真似してみる。
二匹の魔物は、ボウルに顔を突っ込んだまま、うー、と唸った。
ちょっと声をかけるタイミングを間違ったようだ。
お母さんになるにはまだ早かったな、と思った。