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レンガの役に立つことと言ったらない。
そういえば、子豚の兄弟でも無事だったのはレンガの家を作った弟だけだ。
あれは最後にオオカミが死ぬ。
オオカミと言えば、赤い頭巾をかぶった少女の物語でも死んでいた。
嘘つきの少年の方は、逆にオオカミに殺される。
子ヤギたちも食われちゃう。
たいていオオカミは悪者だ。
それだけ、昔は身近な脅威だったのだろうか。
「こんなものかな」
どうでもいいことを考えながら、レンガを錬金釜で錬成し終わった紗良は、さてどこにピザ窯を据えようかと悩んだ。
どう考えても、今あるかまどの隣がいいだろうけれど。
お互いに熱を発するものを隣に置いても、いいだろうか。
カセットコンロだって、並べて使うのはためらうのに。
「やっぱり反対側にしよう」
かまどと、シンクを挟んだ位置に決めた。
そして、地面を平らにならす。
そこで思い出した。
モルタルがない。
実は、錬金釜で複製できるのは、『製品』だけだった。
鉄インゴットも、レンガも、製材された木材も複製できるが、鉱石や植物そのものは複製できないのだ。
そして、モルタルはその性質上、生成するとすぐに固まるため、作り置きできない。
つまり。
「また素材集めからだね」
まあ仕方がない。
紗良は、マニュアルノートをぱらぱらとめくって戻り、以前モルタルを作った時のページを探した。
確かモルタルっていう名前ではなかった。
なんだっけ?
「あった。サステント」
よし、と立ち上がった紗良は、久しぶりに山装備に着替えた。
大きなザックにビニール袋を入れて、山へ。
採取場所はわりと浅い位置にあった。
ノートを見ながら場所の見当をつけ、歩き出す。
今日、ヴィーは朝から出かけている。
まだ昼を過ぎたばかりだが、すでに気温が高い。
紗良は少し悩んだが、着たばかりのシャカシャカブルゾンを脱いで、ザックに押し込んだ。
すでに素材がどんなものか知っていたので、軽い順から回る。
今日は、魔法を使わずに運ぶつもりだ。
最近、【戦士】のレベルがほとんど上がらない。
なんでもかんでも魔法に頼るからだ。
たまには、身体を鍛えないとね。
「ひぃ……はぁ……」
案の定というかなんというか、河原に戻って来た時の紗良は、疲労困憊だった。
時間はすでに夕方で、大分長いこと山に入っていたことになる。
ザックの中には、指定の鉱石が4種類と、思いついて採取してきたただの砂利、そして摘んできた山菜がある。
よし、もう今日はここまでだ。
やるべきことなどひとつもない生活だから、後回しだってできてしまう。
紗良は鉱石類を放置し、摘んできた山菜を取り出すと、家から必要な材料を持ち出した。
シンク前に立ち、まずは大きな鍋と小さな鍋にたっぷりお湯をわかす。
その間に、今日の獲物に浄化をかけて汚れを落とした。
一番の成果は、菜の花だ。
まだ柔らかい。
根元の固いところを落とすと、すぐに青い香りが立った。
もうひとつは、またもこごみだ。
これは、山菜の中ではあくが少なく重宝する。
大きな鍋にパスタを、小さな鍋にはこごみを塩と共に放り込んだ。
冷凍のむきえびを流水にさらし、ニンニクを刻む。
かまどにフライパンをかけ、オリーブオイルとニンニク、頃合いになったら、エビをいれる。
そろそろパスタが茹で上がるので、同じその鍋に菜の花を追加。
エビに色がつくころ、菜の花ごとパスタを引き上げて、フライパンに移した。
そこに、生クリームとチーズをたっぷりだ。
これは、再びあの村に行って買ってきた生クリームで、最後に残った金貨を使った。
これで完全に一文無しだ。
そろそろ次の仕事をしないとね。
ゆであがったこごみをざるにあげ、冷水をかけて色止めする。
皿に載せ、端にマヨネーズをたっぷり添えた。
フライパンがふつふつしてきたので、塩コショウして、火からおろして盛り付け、粉チーズをふりかける。
部屋に駆けこんで、冷えたパックワインを取って来た。
もうすでに床暖を解除したウッドデッキに座り込み、まずはグラスにワインを注ぐ。
こごみにマヨをたっぷりつけて、一口。
ただ茹でただけなのに、とても美味しい。
パスタはクリームが熱を保ち、まだ熱い。
湯気の立つそれを口に入れると、エビの甘さと菜の花の苦みが絶妙にパスタに合う。
口にいつまでも残るうまみとともに、ワインを飲み下すと、幸せな気持ちになった。
その時、森からヴィーが飛び出してきた。
しまった。
いないと思って、余分は作っていない。
無意識に、ウッドデッキに乗る瞬間に浄化をかけてやる。
ヴィーはそのまま、紗良の手元をふんふんと嗅ぎに来たが、珍しくフードボウルを鳴らすこともなく、そのまま少し離れた位置に寝そべった。
ふむ。
どうやら、おやつを食べる気分ではないらしい。
ぽっこりしたお腹と、満足そうに口元を前脚でこする仕草で、そうと知れる。
何を食べてきたんだろう。
いやいや。
知らないほうがいいこともある。
「お前は、童話ならオオカミ側だね……」
退治されないように、せいぜい森だけで狩りをしてほしい。
ここなら、人間はフィル以外入ってこないから、大丈夫だろう。
食器を片付け終わって、さて、と手を叩く。
これは、気合をいれたのだ。
ピザ窯を作らない私には、他にやるべきことがある。
ファイヤーピット下に敷いてある、防火布のことだ。
相変わらず、布端から糸がびろびろし、たまにヴィーがそれをいたずらしている。
そのうち、ピットごとひっくり返しそうだ。
火が入っているときにやれば、大変なことになるだろう。
その前に、なんとかしないと。
のろのろと、部屋から裁縫道具とアイロンを取ってくる。
父の推薦の、龍のデザインではない。
デニム地にリボンのついた可愛いやつだ。
外見が可愛くても、中身は裁縫道具だ。
「はあ」
どうも苦手だ。
でも仕方ない。
ヴィーとウッドデッキの安全には代えられない。
紗良は、ピットをどかし、防火布を取り上げた。
まずは、ちょっと斜めに断ち切られているのを、まっすぐ切り直す。
まあ、目分量だ。
これまた目分量で端を三つ折りにし、アイロンをかけた。
外に電源はない。
これは、アイロンの金属部分を、魔法で直接熱している。
「あれ、なんか……曲がった?」
まあいいか。
紗良は、もぞもぞと座り直すと、ゆっくりと端から針を入れた。
そこから四苦八苦すること、一時間。
途中で何度かファンファーレが鳴り、少しずつ針は進みやすくなったが、飛躍的に技術が伸びたわけではない。
がったがたの縫い目で、少し斜めに歪んだ敷布が出来た。
「これはひどい」
布の値段に見合う出来ではない。
けれど、少なくとも、糸のびろびろはなくなった。
「……」
布の性能がなくなったわけではない。
「……」
見た目と性能は関係ない。
「よし、出来上がりとする」
紗良はすべてに目をつぶり、それをピットの下に戻した。
嫌でも目に入る縫い目だ。
紗良は学んだ。
まず、目分量をやめよう。
【裁縫】のレベルが3になったことを確認して、自分を慰める。
仕方ないよ、初めてだったからね。
仕上がりのひどさとは別の満足感を得る。
木工で最初に箸を作った時と同じだ。
勝ってはいないが、負けてもいないぞ、という精神だ。
ついでに、【戦士】のレベルも、45まで上がっている。
石を運んだ甲斐があるというものだ。
紗良は部屋から、ごほうびのチョコレートとコーヒーを持ってきて、夕日の中でゆっくりとそれらを堪能した。
たまに、ヴィーの方にチョコを放る。
ヴィーは、器用に口で受け止めては、背中をぐりぐりとウッドデッキにこすりつけている。
右に左にとぐねぐねしている。
ご機嫌らしい。
うん。
何食べてきたんだろうね。