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<食用植物の栽培>



春蒔きの種をお届けします!

適した土を採取し、育ててみましょう。

手間のかからない種類を選びました。

適度なお世話で大きく実ります。


まずは、アプリに示した場所から土を採取してきましょう!


**********************************




紗良は、言われた通りにスマホを出して、アプリを開いた。

赤い透過した円で示された場所は、おおよそ2㎞圏内といったところだ。


「労働か……」


すっかりお気楽生活に慣れ切ってしまった紗良は、思わずそう呟いた。

しかし、ノートの続きにあった種の説明を見て、立ち上がる。


ホウレンソウのようなもの、水菜のようなもの、パプリカのようなもの、枝豆のようなものの絵が描いてあった。

それは、紗良の好きなものばかりだ。

マニュアルノートは、紗良の好みを完全に把握している。


他に、バジルやルッコラ、紫蘇などもあり、やはり葉物野菜中心になっている。

季節性が高く、紗良の冷蔵庫にないか、あっても新鮮ではないものが多い。

把握されている。

ずるいじゃないか。


「やる気しかない」


紗良は即座に部屋に戻り、山用装備に着替えた。

まだ残っていた丸パンを、ありったけ密閉ジッパーバッグに入れて、ペットボトルの水と一緒にザックに放り込んだ。

水筒を用意している場合ではない。

今日中に土は集めておきたい。


外に出て、ふと気づいた。

ペリカンがまだいる。

なにをしているのだろう。

ウッドデッキにぺったりと座り込んでいる。


「あったまってる……?」


こころなしか、平べったくなっている気がする。

溶けるのではと心配なくらいだ。

紗良は、ザックを背負いながらペリカンに近づいた。


「あのー、出かけてくるので。ごゆっくり?」


声をかけると、めんどくさそうな『グァ』という鳴き声が返って来た。

紗良は少し考えて、ザックの中の丸パンを二個出し、テーブルの上に置く。


「これ、手作りが嫌じゃなかったらどうぞ」


気の抜けたグァァ、の返事を聞いてから、紗良は山に足を踏み入れた。










家の背後に広がる聖なる森を、右手方向に進むと、ゆるやかな斜面になる。

最初の採取場所は、そこを少し登ったところだ。

やや藪になっているが、迂回すればさほど障害にはならない。

10分ほど、ゆっくり登ると、アプリ上で指定されたエリアと自分の点が重なった。

この辺だろう。


切断(アウラ)を地面にゆっくりめりこませ、土を柔らかく掘り起こす。

それを、抱えてきた45Lゴミ袋5つに詰め、運搬(アンゲスト)で浮かせた。

しかしビニール袋を従えたまま移動するのは、ちょっと難しい。

枝にひっかけたら終わりだし。


紗良は少し考え、一度転移して、河原に土を置いてくることにした。

周囲の様子をぐるりと見回し、位置を把握してから、転移(カナブラデオ)で飛ぶ。

遠くでペリカンがまだ溶けているのをしり目に、もう一度、さっきの場所へ飛ぶ。



「あっ、こごみ!」


なんと、山菜を見つけた。

土を掘ることばかり考えていたので、さっきは見逃したらしい。

色味が鮮やかで、柔らかそうだ。

手を伸ばしかけてから、寸前で思いとどまり、マニュアルノートを先に開く。

紗良も成長している。




*********************************


<春の植物>



季節がうつろうことで、山の恵みも変化します。

これから夏にかけて、飛躍的に食べられる植物の種類が増えていきます。

同時に、危険な植物も活動を始めます。

しっかり確認してから収穫しましょう!



春の山菜はこれ!



**********************************



その下に、いくつかの絵が描いてある。

シダ類は新芽のうちは見た目が似ているので、判別が難しい。

紗良は、母方の祖父母について山に入ることがあったので、多少は見分けかたが分かる。

とはいえ、ここは異世界だ。

少しずつ形が異なるため、油断は禁物だろう。


さっき見つけたこごみは、食べられるものに含まれていた。

採り尽くさないようにしつつも、自分と、それからフィルに渡す分を摘んで、ビニール袋に入れる。


近くに、わらびとセリも見つけた。

こごみよりも丸くぽこぽこしたフォルムは、いかにも春めいて可愛らしい。

また後日来るかもしれないし、来年のこともある。

採り尽くさないように気をつけながら、ほくほくと収穫をした。


「……ちがうちがう、土をとりにきたんだった」


ある程度のところではっと気づき、仕方なく獲物をザックにしまい込み、立ち上がる。

しぶしぶスマホを出した。

指定されているのは、あと一か所。

ここからさらに少し上ったところだ。


やはり、緑がだいぶ増えた印象だ。

下草が生え、枝葉も新芽がついている。

もしかしてこれから山も少し歩きづらくなるかもしれない。

でも収穫は増えるだろう。

悩ましい。



そうこうしているうちに、二か所目の採取場所に着く。

さっきと同じ手順で土入りゴミ袋を作り、紗良はさっさと河原に戻った。






コンテナはすでに、古い土を撤去してある。

植え替えで使用していたハーブはとっくになくなっていたし、芋類を埋めていたほうも、ひとつふたつ掘り出せばお終い。

レンガ作りとはいえ、ちゃんとセメントで固めてあるので、土の圧力でひびが入るようなこともなかった。

春夏も十分使えるだろう。


紗良は、二か所から運んできた土を、それぞれ別のコンテナに入れた。





「ルッコラは1㎝深さの溝に種をまき……水菜も同じと……。

 えっ、ほうれん草の種は一晩水に漬ける?」


マニュアルノートと首っ引きで、土と格闘する。

ほうれん草以外は、なんとか形にしてみた。

水をやれ、とあるので、紫蘇のあたりに流水(フルクツ)で水を出してみた。


「あっ」


勢いが強すぎて、土がふっとんでしまった。

慌てて流れた土を寄せ集めてかぶせてみたが、はたして種ごと流れたのか、ちゃんと戻せたのか、さっぱり分からない。

前途多難すぎる。


もっと水流を弱くしないと。

水道というよりも、イメージは──。


(プルーヴィア)


紗良の中から探し出した言葉をトリガーに、じょうろのように薄く万遍ない水が生まれ、コンテナに降り注いだ。

これは、マニュアルノートが用意した呪文(スペル)ではなく、初めて自分のイメージと言葉を結び付けた詠唱だ。

すぐに、レベルアップの音がした。

スマホを確認すると、不思議なことに、【魔法使い】ではなく【賢者】のレベルが上がっている。


「そういうものなの?」


そういうものなんだろう。

なんとなく、【魔法使い】のレベルは、まさに習熟度だが、【賢者】のレベルは『紗良が世界に馴染んだしるし』のような気がする。

異世界に暮らし、異世界の人になっていく。

【賢者】のレベルがあがるにつれて、かつての世界と離れていく。


それでいい。


紗良の世界は、ここだから。








「えーと。なんか食べる?」


紗良が尋ねたのは、ペリカンだ。

なんとこの鳥は、紗良が土を取りに行き帰ってきて種を植えても、まだいた。

ウッドデッキに腹ばいになり、両足を長々と放り出して、ずっといる。


ちなみに、置いていったパンは綺麗に消えていた。


紗良の質問に、ちろりと目を開け、なぜか大きく息を吐き出す。

まるでため息みたいだ。

そして、その視線を空に向ける。

どうやら、太陽の位置を確認しているようだ。

大分傾き、ほとんど夕方と言って良い。


ぐぅ、とペリカンがうなる。

そして、いかにものろのろと立ち上がると、いかにも不満という顔で、大きく翼を広げた。


ばっさぁ、とひとつ羽ばたき。

それから、一気に飛び上がると、まっすぐに空へと消えていく。


「よっぽど床暖が気に入ったんだね」


またおいでー、と声をかけると、あほー、と返って来た。

なんでだよ。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 溶けかけのペリカンさんが可愛いです グエッて鳴けるのに、去る時はアホーなのは草 [一言] ペリカンさんも餌付けされて、サラのとこに住んじゃえばいいのになぁ((/ω・\)チラッチラッ
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