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ノートに、三点リーダが浮かんだ。
消えた。
また浮かんだ。
チャット入力中、じゃないんだよ。
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ステータスは常に確認しておきましょう!
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結局、浮かんだのはそんな言葉だ。
完全にごまかされたが、異世界8日目ならそんなものだろう。
かといって、言いなりになるのもなんだか不満で、紗良はコーヒーをことさらゆっくりと飲んだ。
そして結局……運動が堪えたのだろう、しばらくしてそこで眠り込んでしまった。
目が覚めると、夕方だった。
日暮れの景色は、朝とは違ってなんだか違和感がある。
多分、匂いだ。
日本にいた頃は、日が暮れる頃、どこかしらから食べ物の匂いがした。
人がいて、食べて、生きている証拠だ。
ここにはそれがない。
ただ、美しい景色だけがある。
一日が終わる。
紗良は、いててててと呟きながら、やはりチェアで寝落ちるのは良くない、と認識を新たにした。
とても今から薪を拾ってくる気になれず、そのまま部屋に入る。
スマホを確認すると、【魔法使い】のレベルが13と爆上がりしていた。
使えば使うほど上がるらしい。
なぜか、【戦士】のレベルが2になっている。
体力を使ったからだろうか。
魔法を使わないことにも意味があるのだなと思えば、あの労働も報われる気がする。
少し元気になった紗良は、冷蔵庫からじゃがいもを取り出した。
それから、オーブンの予熱をしておく。
じゃがいもも母が送ってくれた、故郷のものだ。
やや甘く、実は黄色みが強い。
新じゃがなので、そのまま皮ごと綺麗に洗い、下側1cmを残して5㎜幅にスライスする。
うーん、2個いっちゃえ。
ベーコンも出して、切ってじゃがいもの隙間に差し込み、グラタン用の皿に並べた。
バターを落として、オーブンにかける。
その間にシャワーを済ませ、今日は日焼けしたよなぁと思いながら、化粧水を念入りにたたいた。
明日から、化粧はしないけど日焼け止めだけは塗っておこう。
冷蔵庫から冷えたビールと、オーブンから鍋掴みで皿を取り出し、その辺の雑誌を底に敷いてテーブルに乗せた。
ハッセルバックポテトの出来上がり。
ハーブミックスソルトを振りかけ、一口で二枚くらい食べた。
焦げた外側の皮に、塩気のあるバターがしみている。
じゃがいも本来の甘みと食感が損なわれない程度に、ソルトを追加した。
ビールが美味い。
そして思った。
肉が食いたい。
冷蔵庫にあるのは、薄切りの豚バラと切り落とし、あとは鶏モモくらいだ。
切り落としに至っては、半分使いかけ。
賞味期限なんてとっくに切れているはずなのに、傷んでいる様子はない。
おそらく、どこかの時間で『リセット』されている気がしていた。
根拠はないし、リセットというのも感覚に過ぎない。
けれど、この部屋のものは消費されない、とマニュアルに書いてあったことと考えあわせると、あながち間違っていないとも思う。
せっかく外にかまどを作ったのだから、外で肉が食べたいものだ。
豚バラでは駄目だ。
分厚いやつがいい。
とはいえ、そうなるとどこかで肉を調達しなければならない。
一番食べたいのは生ラムだ。
サガリでもいい。
しかしだ。
じゃあその肉のために、羊か牛を、その。
アレするわけか。
「むりむりむりむり……」
諦めよう。
紗良はそのまま、ベッドに潜り込んだ。
目が覚めたのは、またも早朝だった。
なにせ、昨日はかなり早く寝てしまった。
疲れもあったし、なにより夜はやることがない。
もぞもぞ起きだして、顔を洗い、ジーンズとTシャツに着替えて外に出た。
あ、と気づいて戻り、日焼け止めクリームをぐりぐりと塗ってから、もう一度靴を履きなおした。
森へ向かう。
焚き付け用の皮を拾い、薪にするために枝を切りまくって、それぞれをスーパーのビニール袋に入れた。
鉱石を入れて運んでもまだ破れなかったやつの、使いまわし。
大発明すぎるね、これ。
定位置であるチェアの右に石のテーブル。
その反対側、少し離れた位置に、昨日体に鞭打って作ったかまどがある。
紗良はそのふたくちコンロに、たき火をセットした。
「着火」
燃え上がったのを確認して、網を載せた。
部屋に戻り、一切れずつラップしてある塩鮭の切り身と、梅干し、その他もろもろを一抱え持ち出し、かまどに戻る。
鮭をそのまま網に載せる。
熱してあったせいか、じゅうと一気に音が鳴り、慌てて少しだけ火から遠ざけた。
空いているもう片方のかまどには、水を入れた小鍋をかけ、そこに鰹節をひとつかみ放り込んで置く。
「場所がないな……」
まな板を持って少しうろうろし、仕方なく石のテーブルに置いて膝立ちで包丁を使った。
梅干しから種を抜き、包丁で叩く。
たくあんを二枚、端から細切りにする。
大葉は一枚をくるくる巻いて、これも端から刻む。
「あっ」
忘れていた。
かまどに駆け寄って、鮭をひっくり返す。
皮が焦げたが、セーフ。
小鍋の方は、端に寄せておく。
部屋に戻って、どんぶりにご飯をたっぷり盛って戻った。
さっきまで気づかなかったが、魚の焼けるいい匂いがしている。
かまどの加減がよく分からなかったので、何度か魚を持ち上げたりつついたりしてみて、良さそうだと思ったところで、引き上げる。
骨と皮を外し、身をほぐしてご飯の上に。
刻んだたくあんと梅干しを載せ、大葉をちょんと盛って、白ごまを振る。
どんぶりのふちにわさびをニュッと出し、そこに、網の細かいザル越しに小鍋の出汁を注いだ。
ちょっと鰹節のカスが入るけど、ご愛敬だ。
チェアに座り、ようやく暖まり始めた空気の中で、手を合わせる。
「いただきます」
わさびを少し取って溶かしながら、さらさらかきこむお茶漬けは、胃を温める。
ただ、最初に小刀で削ったあの自作の箸を使っているので、絶妙に食べづらい。
鮭のしょっぱさが出汁にしみ出て、全体に味がちょうどよく馴染み始めるかなという頃には、すっかり食べ終わってしまった。
梅の酸味が、口に残る。
出汁まで飲み干して、ごちそうさま、と呟いた。
また一式持ち帰り、洗って、今度はやかんを持ち出す。
まだ燃えているたき火でお湯を沸かし、コーヒーを落とした。
立って飲みながら、出しっぱなしだった玄関用ほうきで、一昨日のたき火を掃き寄せる。
ふと、マニュアルノートが開いているのが見えた。
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<職人スキルを上げよう!>
テーブルを作ってみましょう。
魔法と道具を併用しながら、作業を進めます。
どこに道具を使い、どこに魔法を使うか、選ぶのは自由です。
適性と照らし合わせて考えてみよう。
使える道具と魔法はこれ!
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これはきっと、調理台だろう。
さっき、かまどを使いながら、まな板を使う場所がなかった。
紗良はコーヒーを飲み終わると、よしと立ち上がった。
二十歳の食というより、酒飲みの食卓すぎる気がしてきた