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一体これはなんなのだ?
紗良は、川に設置していた捕獲網を引き上げ、困惑した。
また、前と同じ、ライチのような丸い何かが入っている。
「魚は?」
魚が食べたいんだけど。
紐をほどいて、中身を河原にころころと出す。
するとまた、ヴィーが飛んできて、それをもぐもぐとやりはじめた。
「大丈夫なの? 私は食べちゃ駄目なのに、ヴィーはいいの?」
疑問をぶつけても、ヴィーは素知らぬ顔でひたすら口を動かしている。
一応、マニュアルノートを開いてみた。
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餌は?
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「それだーっ!」
紗良は部屋にとって返し、魚肉ソーセージを持って戻って来た。
ちぎって捕獲網に入れながら、ふと、共食いだな、と考えてしまった。
手が思わず止まってしまうが、その考えをそっと片隅に隠してから、残りをささっと放り込んだ。
ところで、マニュアルノート、見出し考えるのめんどくさくなってない?
などと考えながら、川の中に設置して、これでよし、と肯く。
今日は、萌絵のところに出かける日だ。
帰ってきたらきっと、大漁に違いない。
紗良はうきうきしながら着替え、ヴィーに声をかけてから、神殿へと転移した。
転移の時には杖を使う。
だから、神殿の入り口に到着した時から、すでに杖を手にしていることになる。
そのせいか、萌絵のところまでの案内はとてもスムーズだった。
「こんにちは佐々木さん」
「いらっしゃい。すごい荷物だね」
「うん、お土産」
前回は帰り際に、いろいろと食材を持たせてもらった。
そのお返しだ。
「私が焼いたバタークッキーと、あとポテチ、これ」
「うわあああああ、ありがとおおおおお!」
「それと、これとー、これとー」
トートバッグから次々取り出して、テーブルに並べていく。
ひとつは、ムダ毛用の剃刀。
これは萌絵に頼まれていたものだ。
丁度新品があって良かった。
あとは、サニタリー用品。
他に、使いかけではあるが、化粧水と乳液と化粧道具一式だ。
紗良の分はリセットするので、あるだけ持って来た。
「ほんっと助かる……」
萌絵がしみじみと言う。
だよねえ、と同意した。
ネットが使えないことよりも、意外とこういうところのほうが大変だと思う。
お金を稼ごうと思った時、紗良の部屋から日本製品を持ち出して売ることも考えた。
けれど、歴史に介入する、というと大げさだけれど、段階を踏まないいきなりの進化はどうも受け入れられない。
それに、紗良が考えた訳でも、作ったわけでもないのに、お金に換えることは抵抗がある。
なにより、長くは続かないだろうところが一番のネックだ。
「それでは、第一回、お金儲け会議を開催します」
会議の場所は、萌絵の私室だ。
神殿内にあるその部屋は、石造りだが、壁にはいくつものタペストリーがかけてあった。
寒くないように、という気遣いだろう。
自然を描いた心和む風景が、雰囲気を柔らかくしてもいる。
大事にされているようで、なによりだ。
それに、なんと、萌絵が希望したのであろう、座卓が据えてある。
どう考えても、こうやって靴を脱いでラグの上でくつろぐ文化ではないだろうに、床に座ってちょうどいい高さのテーブルだった。
紗良は、ノートとペンケースを出し、そのテーブルの上に広げた。
「各自、ふたつずつ発表しましょう。ではまず私から。
一案、転生知識を特許申請して、使用料をとる」
「特許とかあるんだ」
「ないよ。まあだから、アイディアを売って使用料を取るイメージかな」
「例えば?」
「原始的な仕組みが分かるものかなあ。カメラとか」
「あー、箱にピンホール開ける的な?」
「そうそう、あとは美味しいビールの作り方とか」
確かに、アイディアを売るというのは手っ取り早くお金が入る。
それに、いきなりの進化にもならない。
ただ、本当に原始的なアイディアだけで、後の研究は丸投げということになるため、さほどの金額にはならないだろう。
それに、
「そんな沢山は知らないってのがネックだよね」
その通り。
便利なものは沢山あるが、仕組みを知っているものなどほとんどない。
「次、第二案。食堂を開く」
「ほお……」
「私が物件を探して借り上げか購入、そこで津和野さんが働く感じ。
なにせ、私は気軽に外に出られないからね……」
「ほうほう」
食堂。
いい響きだ。
「問題点としては、経営なんてどっちもしたことないこと、知識もないことだね」
「二人とも教育学部だもんね……」
「仕入れとか従業員雇うとか、原価計算とか分かんないし」
「税金のこととか、法的なことも分かんないね」
「割と重大な問題点だけど、相談役を置けば解決は可能、って感じ。
その分、人件費はかかるけど。
さ、じゃあ、津和野さんは?」
紗良はペンを回しながら、メモを見返す。
「そういえば、聖女パワーストーンはどうなったの?」
「教皇様に怒られた」
にっこり笑って彼女は言った。
「そりゃそうか……」
「どうせ売るなら教会で売る、ですって」
「うわー、アイディア泥棒じゃん!」
「だよねえ? 断固、抗議するわ。売らせるもんですか、ふふっ」
聖女交通安全守り、私も欲しいもんな、と紗良は肯いた。
「じゃあ私の案ね。
一つ目は、佐々木さんの助手をすること」
「……どういうこと?」
「うん、この間、森の近くの神官さんの、実家にお邪魔したんだけど」
「ああ、年末年始ね」
「私、聖女様を助ける役なんだって。なんかそう言ってたんだよね。
だけど、全然そういう仕事回ってこないから、佐々木さんか誰かが止めてるんだと思って。
それで、そのお仕事をする。そして予算を適正にいただく」
すると、萌絵は、両手で大きくバツを書いた。
「だめー」
「だめとは!?」
「津和野さんは、私が無理やり呼んだこと、忘れないで。
教皇庁はね、その黒歴史を隠すために、聖女の半身っていう話をでっちあげてるの。
だから、津和野さんにそんなことする義務はないの」
「えっ、それ……本当?」
「うん。政治家みたいっていうか、大企業みたいっていうか、ここも結局はある種の利害関係がある組織だからね。イメージが大事なんだって。
私の我儘なのに、それを隠蔽してるんだよ。
だから、女神様の神託で、直々に津和野さんについてはノータッチって言われてるの」
知らなかった。
「私も少し前まで知らなかった。そもそも、半身って話になってるのも知らなかったから。
二人で商売する、って言ったら、その時になって初めて、タブーに触れたらいけないからって教えられたの」
「例えば今みたいな、私が神殿で働くとか、そういうことだ」
「そう」
萌絵は少し怒っているみたいだった。
もしかしたら、それを教えた人や、今まで隠していた人たちと、やりあったのかもしれない。
それを紗良に知らせる気はないようだけれど。
「そっかー。じゃあ二つ目の案ね。
荷物を運ぶお仕事はどうかなって」
「ふむ……そうか、魔法かぁ」
「うん、運搬と転移があれば、いわゆるチートレベルでは?」
萌絵は、あごに手を当てて、肯いている。
「つまり……魔……魔法使いのたっ……宅配便」
「ギリセーフ? ……いやアウト?」
「魔法使いの運送業!」
「セーフでしょ! いける!」
紗良と萌絵は頷き合う。
「荷物を持ち込む必要はないんだからさ、事務所は一畳分でもいいよね」
「まあ実際は色々と事務用品が必要だろうけど、2、3坪でいけそう」
「しかも、荷物を持ち運ぶ必要はない」
「うん。行ったことないとこには飛べないけど、転移石を解放してもらうか、私が足を運ぶだけ。
転移で帰ってきて、転移で荷物を運べばいい」
「天才では?」
「天才では?」
二人は両手をパチンと打ち合わせた。
「神殿の人にちょっと色々聞いて確認してみる」
「それは助かるかも。私が森にいる限り、依頼は佐々木さんを通してもらうことになるから。
つまり、佐々木さんが事務員、私が作業員」
「任せてよ」
話が聞け次第、第二回お金儲け会議を開催することとして、その日は解散になった。
森に戻って来た紗良は、そろそろ日が暮れそうだ、と空を見上げた。
少しずつ、日暮れの時間は長くなっている。
春は遠くない。
そんな気がした。
今日の議事録を作るべく、ウッドデッキに上がり込み、そこでようやく異変に気付いた。
河原にヴィーがいることは感じていたが、視界に入らなかったため、違和感があったのだ。
しかし、その理由はすぐに知れた。
いつもの魔物もダメにするクッションに、小さな黒い生き物が丸まっていた。
紗良が近づくと、それはひょいと顔を上げる。
あごの下に、赤い石が揺れていた。
いや、それを見るまでもなく、紗良は、それがヴィーであると魔力をもって感じていた。
「な……ななななななんで縮んでるの!?
やっぱりあの変なライチみたいなやつ! あれを食べたからでしょう!?
変なもの食べるから、こんなに……こんなに小さくなってー!」
見た限り、それはほとんど猫だ。
紗良はヴィーに駆け寄り、心配のあまり、オロオロと手を泳がせるばかり。
しかし、当のヴィーはと言えば、呑気にあくびだ。
そして、泣かんばかりの紗良の前で立ち上がり、見慣れた仕草で一周回ると、ひゅ、と息を吐いた。
そのとたん──ヴィーの身体はみるみる膨らみ、もとのでっかい魔物になった。
「……は?」
唖然とする紗良のお腹がもぞもぞとし、つい習慣で取り出したマニュアルノートを開くと、こうあった。
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<魔物の変態について>
高位の魔物は、魔力が強くなると、他の魔物を取り込みその能力を獲得することがあります!
その中には、変態の習性も含まれます。
例えば、ある種の魔魚は、危険が及ぶと食欲をそそらない色の種に形を変え、難を逃れるなどが挙げられます。
変態し、動物に擬態した魔物は、街に連れて行くことも出来るでしょう!
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ヴィーを?
街に?
「あんた、行きたいの?」
でっかい魔物は、むふん、と鼻息を吐いた。
すると、どういうことになるだろう。
さっきの小さな黒猫を連れ、運送業をすることになる。
「いや、アウト」
ヴィーがヒーロー説