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それから一週間後、森に戻った紗良の元に、赤い石のチャームが届いた。
驚くほどに、紗良の耳に揺れるものとそっくりだ。
色こそ多少違うが、原石のような荒い形の石を、卵型の籠が包んでいる。
金の細工は美しく、網目の形までほとんど同じ。
あのほんの数分で、ここまで形を観察できるなんて。
さすが、領主様のいきつけの宝石店だけある。
そう、あの後教えてもらったが、フィルの実家は、あのあたりの土地を賜り統括している領主一家なのだそうだ。
なんにせよ、紗良のてのひらほどの大きさとはいえ、ヴィーの首元にはちょうどいいくらいだろう。
フィルはどうやら忙しいらしく、届けものをすると、お礼を言う紗良ににこにこしたあとすぐに帰って行った。
「さて、どうするか……元気いっぱいだからなあ」
首輪にしてあげたところで、あっという間に壊してくることも考えられる。
一応、教皇庁とかいうところで買ってもらったことになるのだから、それなりに大事にしなければならない。
その辺は後で考えることにして、紗良はまず、赤い革とチャーム、ステンレスインゴットを錬金釜に放り込んだ。
そこに、紗良が買った中で一番高価だった、ゴミ箱を追加する。
これはプラスティック素材として入れたものだ。
ヴィーに首輪を作るにあたって、参考にしたのは、探索の際に背負っているザックの留め具だった。
お腹の前でカチッと留める、あれだ。
潰れた矢印のような返しのついた部品を、ロの字型の部品に差し込むと、直角の返しがひっかかって取れなくなる。
本来であれば、人間は、その一部分を押して返し部分を狭め、抜くことが出来る。
この直角の部分を、少しだけ角度と丸みをつけたらどうだろう。
つまり、一度はめたら抜けないが、強く引っ張ると、返し部分が滑って抜ける仕組みだ。
これならば、普段はしっかり装着し、枝などに引っかかった場合は、強い力や体重をかければ抜ける。
とりあえず、やってみるに限る。
紗良は、生成の魔法をかけ、錬金釜を発動させた。
ぼっふん、と煙があがったので、蓋を開けてみる。
真っ赤な革の首輪に、金細工と宝石のチャーム。
イメージ通りのものが出来ている。
バックル部分はどうだろう?
紗良は、留め具をカチッと嵌め、それを両手で引っ張ってみた。
「ぜ……っんぜん抜けない!」
紗良はもう一度、首輪を錬金釜に放り込む。
今度はもう少し、丸みをつけるイメージで……。
「生成」
とても調整が細かかったので、呪文で補助をする。
そうして出来上がったものを、再び全力で引っ張る。
「ぐぬぬぬぬ……!」
本気で引っ張ると、ようやく、すぽん!と抜けた。
「……ど、どうかな、もっと弱い力で抜けるほうがいいかな……。
でも、あの子の体重、結構あるよなあ」
100㎏以上は確実にあるだろう。
なにしろ、でっかいのだ。
このくらいでいいかもしれない。
まあ、ヴィーがつけたがるかどうかも分からないし。
紗良は、後々また調整すればいいか、と考え、出来上がりとすることにした。
つやつやした革と石の色は美しく、金のカゴを纏ってとても可愛い。
生憎とヴィーはお出かけ中だったので、すぐに似合うかどうかは確認できない。
あ、いや、そうだ、そもそもまだ完成ではない。
「強化、みたいな魔法はないのかな?」
紗良は、マニュアルノートを開いてみた。
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<物質とエーテル>
素材を強くしようとすれば、それは素材のエーテルを操作することと同意です。
そして、エーテルを変化させれば、素材の質は変容し、なんらかの変化、あるいは全く別のものとなってしまうことでしょう。
魔法とは自然を知り、寄り添い、時に従わせるものですが、逆らうことはできないのです。
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【魔法】とは、自然そのもの。
その事実は、紗良の中にもあった。
魔法を理解し、レベルアップした時、そのことを知ったのだ。
しかし同時に、マニュアルノートは他のことも紗良に教えた。
【賢者】の存在意義だ。
【魔法使い】と似て非なるもの、それが【賢者】だった。
エーテルに囚われないというのが、最大の違いだろう。
ふたつはまるで、ひし形と長方形のように、定義の一部を共有しつつ、異なる形を指し示す。
そう考えた時、レベルアップの音が鳴り響いた。
予感はしていたが、一応、スマホのアプリを確認してみる。
【賢者】のレベルが76に上がっていた。
紗良はすぐに、再びマニュアルノートを開く。
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<【賢者】のレベルアップ>
おめでとうございます、新しい呪文を獲得しました!
転移
※転移は、一度行ったことのある場所か、転移石などの目印がある場所にしか行けません
護符
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おお、とうとう転移が使えるようになった。
フィルが使っていたのと呪文がちょっと違う気もする。
まだレベルアップがあるのかもしれない。
「それより、もう一つの方、チャームに使えるんじゃ?」
おそらく、守護とかそういうものだから、物質にかけたっておかしくないだろう。
紗良はすぐに、出来上がったばかりの首輪を前に、杖を現わした。
両手でしっかり握り、
「護符」
と唱えると、首輪が一瞬だけ光に包まれて消え、また現れた。
「お、おお、びっくりした……」
なくなったかと思った。
なんにせよ、首輪からは明らかに魔力の気配がする。
きっと、ちょっとやそっとじゃ壊れないように守ってくれるだろう。
今のは結構、魔力を使った気がする。
アプリで確認すると、12%ほど使ったようだ。
まあ日常生活に支障はない。
「数値じゃなくて%表示なの、助かる」
スマホの充電みたいに、実に分かりやすい。
目に見えて分かるほど減ることはほとんどないが、たまに、こういう時に役に立つ。
首輪に護符の魔法をかけたように、不測の事態に備えるというのは、大事なことなのだ。
++
「あら、フィルが来たと言わなかった?」
フィオーラ・バイツェルは、玄関先で立ち話をしている男たちに声をかけた。
片方は、実弟であるアイザック、もう一人は執事のセンティオだ。
二人はうやうやしく同時に礼をしたが、答えたのはアイザックだった。
「来ましたよ。そして、宝飾屋から届けられた品を受け取って、取って返していきました」
フィオーラは思わず眉の間にしわをよせた。
「転移を連続で? そんなことして、大丈夫なの?」
弟は、くすくすと笑った。
「さて、魔力はぎりぎり足りる、とのことでしたよ。
一刻も早く、あの細工物をお嬢ちゃんに届けたかったのでしょう」
「失礼な呼び方をしないでちょうだい、聖女様の半身様なのに」
「彼女自身にそんな自覚はなさそうですがね」
そういえば、と、老執事に話を向ける。
「あなた、あの時紗良様と何か話し込んでいたわね。なんだったの?」
「はい奥様。ツボ、でございます」
「……なんですって?」
「ツボですよ。目が疲れた時には、目の下のここと、眉のここ……、こう、ぎゅっと押すのです」
「……なんですって?」
「立ち仕事で足がむくんだ時には、足首の上のここと、膝の横のここですな」
「……なんですって?」
センティオがにこにこ説明する。
「いや、本当に楽になるのですよ。魔法ではないそうです」
「ああ……そう、良かったわね」
「はい。素晴らしいお嬢さんです。私は、坊ちゃんのお嫁さんにお迎えしたく思いますよ」
ゆったりと笑う、この長年仕えてくれている老人に、姉弟はうーんと言葉を濁す。
そりゃあね。
フィオーラは思う。
そりゃあ、可愛い息子のことだ、思いを遂げさせてやりたいのはやまやまだ。
しかし、こちらではとうに結婚適齢期でも、異なる世界ではまだ教育を受けている途中の子どもだというではないか。
さもありなん、あの娘は、恋愛のれの字も知らないようだった。
かたや息子は、もう24歳で、しかも平民で、紗良嬢を守る鼻息の荒い猫みたいな態度しかできやしない。
前途多難である。
いやなんならもう、絶望的といってもいい。
「まあほら、平民と言っても、3000万ギルの宝石を贈れる財力はありますし」
「紗良様は、教皇庁の予算で買ったと思ってらっしゃるのよ」
「……なんですって?」
フィオーラと同じセリフを繰り返し、アイザックはそれきり黙ってしまった。
ほらね。
絶望的だわ。
++
来たわね、と思った瞬間に、森からヴィーが飛び出してきた。
まったく、いつも本当に元気いっぱいちゃんだ。
「ヴィー、ちょっとおいでよ」
紗良は、完成したばかりの首輪を手に、ヴィーを呼んだ。
さて、気に入ってくれるだろうか?