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スーパーのビニール袋を三つ、どさりと草地に置いて、紗良は倒れこんだ。
手足がぶるぶると震えている。
「これが……低レベル帯……」
魔法があるらしい世界で、肉体労働をする。
ワープ機能が使えなくてひたすら徒歩で移動している、ゲーム序盤みたいなものだ。
そもそも、現実世界では運動とはあまり縁がなかった。
学校の授業でやるくらいで、大学に入ってからは体育祭で二人三脚を50m走ったのが最後だろう。
とにかく、マニュアルの指示に従って、紗良は手動で素材を集めてきたところだった。
バケツなどないので、入れ物は部屋にあったビニール袋だ。
河原から粘土質の土を取ってこいと言われた時点ではまだ、運搬の距離が少なくて済んでいた。
なにせすぐそこだった。
しかし、残りの三つは、森の中にあり、マニュアルには採取場所の地図が示されていたのだ。
しかも、モノは鉱石で、馬鹿みたいに重かった。
ひいひい言いながらようやく三種類を集めて、半ば泣きながら運んできた。
場所は、石ころだらけの河原ではなく、ドアから少し離れた草地だ。
なんとなく、地面が安定して平らなほうがいい気がした。
だから紗良は、遠慮なく、拾ってきた戦利品の横に倒れこんだ。
とはいえ、悪いことばかりではない。
マニュアルに地図が示されたと同時に、紗良のスマホには、地図アプリが増えたのだ。
開くと、周辺の地形と、紗良の現在地、そしてドアの位置がマッピングされている。
まあ、川と森しかないが。
「それ以外は空白かぁ……」
街がある、とマニュアルに書かれていたはずだ。
どのくらいの距離なのだろう。
ここに、誰かがやってくる確率はどのくらいだ?
紗良はなんだか無防備に寝ているのが気になって、起き上がる。
見渡す限りの自然。
「……」
馬鹿馬鹿しくなって、また寝転ぶ。
こねーよ、人なんか。
その状態で、腰に挟んでいたマニュアルを取り出した。
石の詰まった買い物袋を持つのに邪魔で、ジーンズと腹の間に突っ込んでおいたのだ。
さぞかし汗に濡れただろう、と思ったが、その表面は皺も折り目もなく、湿ってさえいなかった。
こわ、と思いながら、開く。
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<錬金初級>
素材を錬金釜に入れて錬金をしよう!
必要素材を必要数入れたら、釜の二つの突起に手を添えて、生成を唱えます。
まずは鉄インゴットを生成してみましょう!
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よっこいしょと起き上がる。
家電の説明書を読む感覚で、図示されている通りに二種類の鉱石を釜に入れ、丸いフォルムの釜の蓋に、角のようにちょっぴり出ている突起を触れる。
「生成」
ぽっふん、と何か小さな反応が起こったような振動が手に伝わって来た。
マニュアルを横目で見ながら、蓋を開ける。
中には、直方体に生成された鉄のインゴットらしきものがあった。
取り出してみると、ずっしり重い。
鉱石の片方は鉄鉱石、片方は炭素が含まれていたのだろう。
まだ中に何かあった。
マニュアルによると、錬金に使った要素以外の不要成分はゴミになって残るらしい。
便利かよ。
釜を逆さに振ると、砂っぽいゴミがさらさら落ちてきた。
揺するとまだ落ちてくる。
不便かよ。
ばばばばと振りまくって、ゴミをあらかた出すと、次に指示された別の鉱石を入れる。
そうやって、炭や粘土なんかのインゴットを次々作った。
さらに、粘土と鉱石でレンガを作ろうとした時だ。
ぱさっと勝手にマニュアルが開いた。
「……」
見ると、赤字で何か書いてある。
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*注 生成されたインゴットは、複製の魔法で増やしておこう!
素材を何度も取りに行く手間が減るよ!
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紗良はため息をつく。
こいつはもう意思があることを隠す気がないな。
黙々と作業をし、インゴットの複製と、レンガを次々作る。
さて、レンガはインゴットと同じ形なので、材料を放り込んで出来たことは不思議じゃない。
でも網は違うだろう。
鉄と、さらに複数の鉱石で、ステンレスらしきインゴットが出来ている。
これを釜に入れていいのか?
水道の蛇口とかが出来上がってこないか?
紗良は、ちらっとマニュアルノートを見た。
葛藤すること数分、小さな声で呟く。
「網作るの、同じ呪文でいいの?」
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*呪文はスイッチのようなものです。
魔法自体はあなたの中で発動しています。
イメージすればそれが生成されます。
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ふうん。
じゃなくて。
会話になっちゃってんじゃん。
「生成」
釜に手を突っ込む。
ぐにーっ、とゴムのように、狭い入り口から無理矢理網が引きずり出され、完全に外に出ると、ぽんと長方形に固まった。
もうなんでもあり。
「河原まで運ぶ魔法教えて」
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*運搬
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荷物を全部移動させ、運搬の魔法を応用してどかして平らな地面を確保する。
そして、同じように魔法でかまどを組んだ。
真ん中に仕切りがあって、網を乗せる突起も上下二か所についている。
強火と弱火の二口コンロ、といったところだ。
紗良は疲労でふらふらしながら、なんとかコーヒーを淹れ、定位置のチェアに座る。
そして目の前のノートに問いかけた。
「あんたが私をここに連れて来たの?」