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鹿と別れ、自宅に帰り着いたのは、15時を回ったころだった。

やはり山中は歩きにくく、しかも目に付く獲物をついつい収穫してしまう。

新しい種類のきのこと、こまごました香草が手に入った。


かなり汚れた気がして、先にシャワーを浴びることにする。


「……ぎょえ!」


細かい切り傷がついているようだ。

最近は、歩きやすい場所を選んで出かけていたから、癒し(アウロラ)をかけるのを忘れていた。

慌てて傷を治し、ようやく落ちついて髪を洗うことが出来た。


セーターともこもこのロングスカートで外に出ると、湯上りということもあって少し寒い。

部屋に戻って、毛糸の帽子とこれももこもこのネックウォーマーをしてみる。

ちょうどいい。


さて、魚ときのこはいいとして、問題は柿だ。

残念ながら、寡聞にして渋柿の取り扱い方を知らないため、予想で動くしかなかった。

日本の冬の原風景というか、よく見る光景として、吊るし柿のイメージは持っている。

それに、干し柿は食べたことがある。

だからきっと、いける。


紗良はウッドデッキにあがり、柿を傍らにおいて、まずは皮をむくことにした。


「……皮、むくよね? ……え、むいていいのかな」


ちょっと不安にもなってみたりしながら、干し柿に皮はついていないという予感に従って手を進める。

次に、さつまいものつるを干して作った紐を、そのへたに結んでみようとした。

ちょっと難しい。

つるが太すぎるのだ。

一本の紐に5、6個ぶらさがっている光景が理想だったのに、結局、紐一本に柿一個ずつしか結べない。

それを、木材を簡単に組み合わせた物干しざおのような場所に吊るす。


「……」


長さの違うつるに、柿が一個ずつぶらぶら横並びに揺れている。

思ってたんと違う。

しかし、これ以上のことは出来そうもない。

紗良はそこから目をそらし、夕飯にとりかかることにした。






++






同じ頃。

青白い光をほのかに放つ転移陣に、フィル・バイツェルが姿を現した。

そして、足元の石を撫で、確認している。

その背中に声をかける者があった。


「おや、君は」


振り返ると、そこには、長い髪と長いひげを生やした老人がいた。

髪もひげも、着ているローブも、全て真っ白だ。


「これはジュネス様」


フィルは、驚きつつも、礼にのっとった姿勢であいさつをした。


「そうかそうか、司祭長の任を断って飛ばされたときいておったが、この近くであったか」

「ははは、ナフィアの司祭を任じられたのでございますよ、それだけです」

「もったいなきこと。お父上はさぞお怒りであったのでは?」

「まあ……いやしかし私は次男ですので。家督を継ぐわけでもなし、最後は好きにせよとお許しがでましたとも」

「許しであると思っているなら、なぜ身分を捨てたのだね」

「好きにしたのですよ。生きることは良きかな、気楽であればなお良し、というのが信条でして」


老人は大笑し、


「ふーむ、お前の近くに界渡り様が落ちてこられたのも、女神様の采配であろう。

 信じるままに、信じる形でお仕えするといい」


そう言った。

フィルはその言葉で、そうそう、と思い出す。


「界渡り様といえば、この転移石ですが……」

「ふむ。この石を設置したのは、200年ばかり前の界渡り様であったと聞いておる。

 魔力が切れ、継ぐ者も再起の仕方も分からぬまま100年以上は経つが」

「完全に機能が戻っておりますね。おそらく紗良様でしょう。波長が同じであったのでしょうか」

「紗良? ああ、界渡り様の御名か。親しくなったのだな」


フィルはそれを聞き、自らの失敗に気づく。

津和野様が正解だったか。

少し困ったけれど、今は少し置いておくことにする。


「今のところ、転移陣に許可を受けたのは紗良嬢だけのようだな。

 とはいえ、再起に気づけば、転移魔法を使えるものはここを目印に飛来できてしまう」

「ええ。私自身は、光柱を目で見て参りましたが、遠方からでも魔力で感じる者もおりましょう」


心配げな老人に、フィルはにっこり笑う。


「ジュネス様は、王都からはるばる、紗良様を心配していらしたのですね」

「ふむ。不憫な来歴であるからなぁ。

 それに、聖女様は紗良嬢との交流後、少しずつ前向きになっておられる。

 どちらの乙女にも、心安くあって欲しいものだね」


二人はうんうんと肯き合う。


「紗良様に、悪意あるものは近づけぬようです。安全地帯(パルサス)を会得のご様子ですので」

「なんと! では聖女にも匹敵する力をお持ちなのか……。

 ならばそう心配することもないだろうか。

 聖域自体には女神様の結界があると聞いておるし」

「ええ。ご本人は大変に人が好い方で、森に馴染み、魔物とも心を通わせております。

 今は聖域にとどまっておられますが、行動範囲も広がってきているようですし、やがて人との関りもお望みになるでしょう。

 身を守る術もお持ちですし、アテルグランスを従えていらっしゃいますし」

「ほっほ、なんとなんと。頼もしいね」


老人は、聖域の方を眺めやり、微笑んだ。

そのローブの裾に、何かが触れる。

見れば、数頭のシェルヴスだ。

つぶらな瞳で、珍しそうに匂いをかいでいる。

どこからか突然現れたように見えた。


「おや、これは……紗良嬢の魔力かな?」

「そのようですね」


グランディフェライの実をぼりぼりと食べている彼らは、ほんのりだが魔力をまとっている。


「紗良嬢が魔法陣を起動した際、近くにおったのだな。

 どこから来たのかと思ったが、この転移石を使えるようにしてもらったらしい」

「ふむ。どこからでも食料確保に来られるということですか。

 おい、幸運だったな、お前たち」


シェルヴスは鼻をぶるんと鳴らす。


「ではフィルよ、紗良嬢によくお仕えしておくれ。

 お供物でお望みのものがあれば、私に伝わるようにしておくからね、教皇庁へ報告をあげるといい」

「ええ、もしあれば」

「大きなものをお望みにはならぬか」

「はい。控えめというより、この世界のことをまだ何も知らない方です。

 けれど、まあ、知ったとしても、きっと高価なものなどは欲しがらないでしょうが」

「聖女が共に呼んだだけはある、大人物のようだね」

「手放しで良い方と言えるでしょう。それに……とても美味しいものをお作りになられるのです!」


この世界に娯楽は少ない。

しかし、食べることに全力を傾けていた時代よりは、少し豊かになってきた。

食べることに喜びを見出す時代になりつつあるということだ。


老人は、きらりと目を光らせた。


「その話、もう少し詳しく聞かせるのだ、フィル・バイツェル」


二人は大木の下に向かい合って座り込み、長々と話し込んだのだった。








++







寒い夜にぴったりのあんかけ焼きそばを、それはそれは食べにくそうに、けれどしっかり平らげたヴィーに、声をかける。


「ねえヴィーちゃん。たまにお土産持ってきてくれるじゃない?」


紗良は、マニュアルノートを開いて、そのうちのある箇所を指さし、ヴィーに示した。


「この鹿、えー、シェル、ヴス?は持ってこなくていいから、ちょっと覚えておいて?

 ヴィーは自由に食べたらいいけど、私にはいいから。ね?」


弱肉強食、豚も鶏も平気で食べるくせに、いやなんなら実家ではジビエもよく食べに行っていたくせに、顔見知りになると食べられないなんて、甘えではある。

けれどまあ、そんな自然界の掟を、厳しく自分に突き付けねばならないほど、ぎりぎりの食生活ではない。


ヴィーはちらりとノートを見て、鹿を指さしている紗良の指先をフンフンと嗅いでいる。

分かってくれたのかなあ。

いや、分かれというほうが無茶か。

とはいえ、


「一応ね、お願いね」


と言っておくだけ言っておく。

言われたほうは、相変わらず熱心に紗良の指を嗅いでいる。


「目ざといな。いや鼻ざとい……?」


嗅いでいる指は、ついさっき、パウンドケーキの焼き上がりを確認した指だ。

もうほぼ最後の栗を使って、夕方から焼いていたのだ。


「でも残念、食べるのは明日だよ」



ヴィーはシャー!と鳴いて歯をむき出した。








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