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そっと杖に浄化(ルクス)をかけ、何事もなかったかのようにイヤーカフに戻すと、紗良はぱたんとマニュアルノートを閉じた。


「さ、帰ろう」


魚には保存(ノヴァ)をかけ、ビニール袋に入れる。

水筒とひざ掛けと一緒に、まとめてザックにしまい込んだ。


びしょびしょになった足元は、風魔法と火魔法の組み合わせで一気に乾かしておく。

ちょっと気持ち悪かったのが、大分マシになる。




森を通って帰ることは可能だろうか?

柿の木のあたりまでは、足元もそう悪くない。

問題は、途中で先に進めなくなったときに、河原に出られるかどうかだ。


カサカサと茂みが鳴った。

はっとして目をやると、柿の木の奥の草むらから、鹿の顔が突き出している。

来るときに見かけた個体だろうか。

残念ながら、見分けはつかない。


じっとしていると、鹿は、ケーンと一声鳴いた。

まるで、着いて来いと言っているようだ。


紗良は、道がなければ戻ればいいだろう、と、鹿について行ってみることにした。


近づいても、そいつは逃げない。

潜り込んでいった草むらに手をかけ、かき分けてみる。

少し茂みを切り開けば、歩きやすそうな草地に出るらしい。

そして、そこには、4、5頭の鹿が、やはり紗良をじっと見ていた。



彼らが身をひるがえし、先を進んでいくのを、ゆっくりと追う。

森は深いが、木漏れ日はところどころ地面を照らし、光の暖かささえ感じる。


ふと、鹿たちが駆けだす。

さすがに足元が悪く紗良は走れないが、方向を見失わないように目を凝らした。

少し背の高い草をかき分けると、彼らは、大きな木の下にたむろしていた。

なんだか嬉しそうに、その足元で何かを口に入れている。


「どんぐりだ」


とても大きな木だ。

御神木ほどではないが、それでも、樹齢を感じさせる。


鹿たちは、紗良に向かって、何度も首を上下させて見せた。

そして、戸惑っているこちらに、鼻先でどんぐりを押しやる。


「あ。ああー、おすそ分け? してくれるの?

 うわー、ありがとね」


でもさすがにどんぐりは食べられないな。

野生動物の好意、というなかなかレアな経験をさせてもらったが、それに応えてどんぐりを口に入れる勇気はない。


紗良は笑顔を作り、散々迷った挙句、ザックからビニール袋を出した。

ほんとあれ。

こんなに役に立つもの、他にない。

涙するほど感謝しながら、紗良はどんぐりをその袋に入れた。


鹿たちは、首を傾げるような仕草の後、次々とどんぐりを鼻先で集めてくれる。

可愛い。

可愛いけど困る。

笑顔を絶やさないよう、両掌一杯分くらいのところで声をかけた。


「もういいよ、ありがとう、あとは君たちがお食べ。

 なくなっちゃったら困るからね」


袋の口を結んでザックに仕舞うと、納得したのか、鹿たちはまたぽりぽりとどんぐりを食べ始めた。


その様子を微笑ましく眺めていたが、そのうち一匹の足元に何かがあることに気づく。

近づいてみると、深い落ち葉に埋もれた大きな石だ。

目を引いたのは、その表面に青い彫り込みがあったせいだった。

手で落ち葉を払うと、50㎝ばかりの平たい円形をしていることが分かる。

正円というにはややいびつだが、石の形としては驚くほどきれいな丸だ。


その表面には、同心円と直線を用いて複雑な文様が描いてある。


「なにこれ」


分からないことがあったら、頼る先は一つだ。

腹からマニュアルノートを出して、開く。





**********************************


<転移陣>


転移魔法が使えない人のために、魔力のみで起動する転移陣があります。

ただし、発動には条件があります。

設置した本人か、その本人が許可したものに限るのが通常です。

同じ魔力で設置された陣は、共通して許可されることが多いのも、個人設置の特徴です。


聖域の周辺には、全部で20の転移陣があります。

探してみるのも面白いでしょう!


**********************************



道の駅スタンプラリーかなんかかな。


この石の正体は分かったものの、肝心の、発動の条件とやらが分からない。

紗良はこういうものを作る知り合いはいないし、許可が出そうもないなと思う。

それにしても、どうやって色を付けているのだろう。

綺麗な刻みと、綺麗な青だ。

美術品のような気持ちで、陣を眺めてみる。


「ん?」


おかしいな、今、何かが意識に引っかかった。

複雑で細かな模様が幾重にも描かれいている、そのどこかに──。


「英語?」


思わずしゃがみ込み、顔を近づけると、模様に混ぜてはっきりと英語が書かれている。

こちらにはない文字のはずなのに、そこにはこうあった。

『Eat it』



「……それを食え?」


ってどれ?

近くに何か食べ物が置いてあるのだろうか。

紗良は、きょろきょろと辺りを見回してみた。

しかし、見えるのは秋の森の枯れた色ばかり。


あちこち見回している紗良の動きに反応したのか、また、一匹の鹿が、愛想よくどんぐりを鼻先で勧めてくれた。


「あ、うん、ありがと……」


はっとする。

えっ。

まさか?


「……うそでしょ」


それ、とはまさか、このどんぐりだろうか。

日本では鹿は神様の遣いだと言うが、そもそもこれは鹿じゃないし、大体、どんぐりって食べられるの?


紗良は、さきほどマニュアルノートが教えてくれた、近隣の食べられる植物を確認してみた。

柿しか見えていなかったが、一応、このどんぐりも載っている。

苦いらしい。


それからしばらく葛藤したが、結局、食べてみることにした。

日本にいた頃の紗良なら、絶対に食べないだろう。

けれど、今の自分は、いつもしないことをしてみたい衝動で一杯だ。


切断(アニマ)で殻ごと二つに切り、出てきた中身をころんころんと手のひらに出す。


良くない色をしている。


紗良が躊躇していると、すぐ近くでぶるんと鹿の鼻息が聞こえた。

目の前にぐるりと5匹分の鼻先が並び、なんだかとても期待した目をしている。

もはや食べないという選択肢はない。

紗良は、思い切ってそのふたかけらを口に放り込み、噛みしだいて呑み込んだ。


「……思ったより……香ばしい」


美味しくないピーナッツみたい。

そんな感想を持った時、紗良の身体がふわりと光った。

癒し(アウロラ)をかけた時に似ている。

けれど、もっとずっと青みを帯びている気がした。


光は少しずつ広がり、そして、魔法陣の描かれた石に触れると、そこに一瞬、強く青い光が立ち上がった。

すぐに消えてしまったが、まるで天に届くような高さだった気がする。


光が消え、鹿がぶるんぶるんと鼻を鳴らす。

嬉しいのかなんなのか、角を擦りつけ合って楽しそうだ。



紗良自身には何が何だか分からないので、当然、マニュアルノートを開く。




**********************************


<転移陣の解放>


おめでとうございます、【転移陣・グランディフェライ】が使用できるようになりました!

以後、ここへは自由にやって来ることができます。


転移の呪い(スペル)  飛来(ヴォーランス)


**********************************



「ん?」


来ることができる、ということは、つまり帰るのは徒歩か。

自宅に帰るには、やはり【賢者】のレベルアップを待って習得するしかないらしい。


紗良は、喜びの頭突きをしてくる鹿に小突かれながら、ザックを背負いなおした。






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[良い点] 鹿さん達が可愛いです [気になる点] 鹿さん達は女神様あたりに、人が来たらどんぐりを勧める様に言われてたのか? ピュアっピュアで、なんかか弱い生き物来た!ごはん分けてあげるーみたいな感じな…
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