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朝方のひんやりとした空気は、太陽によってだいぶぬるんでいる。

ここに来たのは夏。

秋を経て、すでに冬の入り口だとは思うが、予想よりも気温は下がらない。


紗良の予想は、おおよそ、生まれ育った故郷と、進学先の関東圏を基準にしている。

とすれば、もっと南の地域を想定しておくほうがいいのだろうか。


川岸は、ウッドデッキ付近から見える範囲では石ころだらけだった。

歩き始め、最初のカーブを曲がったあたりから、少し草が深くなってくる。

膝丈の草地をかきわけていると、安全地帯(パルサス)が発動している感覚が何度もあった。


「蛇とかかな……」


全く何もないよりは、安全地帯(パルサス)がちゃんと機能していることが確認出来ていい気がする。

なにしろ、足元が見えない中を進むのは、ちょっと怖いものだ。



実のところ、景色はあまり変わらないように思う。

右手に川、草地を挟んで、左手に森。

それでも、面白いもので、見慣れた森とは形が違って見える。

新しさを感じる。


さらに進むと、森の入り口あたりでガサガサと音がした。

はっとして見ると、数頭の動物が見えた。

鹿に似ている。

目の位置から考えて、草食動物だろう。


つぶらな瞳が、紗良をじっと見ている。

可愛いな、と思っていると、彼らは少しずつこちらへ近づいてきた。

頭を上げたり下げたりしながら、観察しているようだ。


動かずにいると、とうとう紗良のすぐ近くにやって来て、服の袖などを嗅いでいる。

リセットされているから臭くないはずだ、きっと。

一体、嗅いだ結果がどうだったというのか、彼らはすぐに興味を失くしたようにふっと立ち去ってしまった。


「不合格……?」



なんとなく振られた気分で先に進む。

【戦士】スキルのおかげで、3kmをさほど疲れずに歩ききることができた。

しかし、足元が悪かったこともあり、4、50分かかっている。


目的地である支流は、思ったよりは狭く、川幅は3m程度だ。

ただ、本流がカーブの内側であるせいか、水勢は結構強い。

合流地点はどちらも川岸が深く切れ込んでいて、足を滑らせたら引きずり込まれそうだ。


「しまった、竿を持ってくればよかった……」


昔話レベルの竿でも、新しい場所で試してみる価値はあったのに。

思ったより早く着いたことだし、次回こそ忘れず持って来よう。


支流は左手に伸びている。

紗良は方向を変え、そちらに向かってみることにした。

川岸はやはり本流と同じように少し開けていて、森はそこで途切れている。

多分、最初に地図に載っていたのはもっと手前までだろう。


木々で暗くなる先を覗き込んでみると、オレンジ色の実がいっぱいに生った大きな木が見えた。

思いついて、マニュアルノートを開いてみる。



**********************************


<新しいエリア>


新エリアでは、今まで見られなかった動植物が姿を現します。

安全なものと危険なものをきちんと見分けましょう。



*新しい動植物はこれ!


**********************************



相変わらず絵が上手い。

少し森に入って、ノートとオレンジの実を見比べてみる。


「柿だ!」


もちろん、名前は柿ではないが、その特徴は日本の柿とほぼ同じだった。

紗良は、マニュアルノートをお腹にしまいこんで、実のなる木に近づいた。

大きな木だけあって、枝はそこそこ高い位置にある。


風魔法を使って、まずは一個、落としてみる。

手に取ると、重さや固さは柿だが、形は少し円錐形をしている。

とてもつやつやしていて、いい色だ。

紗良は、ザックの遭難セットから小刀を取り出し、皮を削った部分にかじりついた。


「……し……ぶっ……」


思わず吐き出す。

吐き出したのに、渋みはあとからあとから口に湧いてきた。

慌てて、ペットボトルの水を出して、口をすすぐ。


「ぐう……異世界の自然、おそろしい……」


人生で渋いものなど食べる機会はそうそうない。

新しい体験だった。


渋柿も食べる方法はある。

7、8個を魔法で撃ち落とし、みんな大好きスーパーのビニール袋に入れて、ザックに収めた。


まだ口が苦い。

紗良は、ふらふらしながら川べりに出た。

支流の少し上流にあたるそこは、水深も浅く、さらさらと穏やかに水が流れていた。

ちょうどいい、お昼にしよう。

河原の石は痛そうなので、ザックに入れてあったお気に入りのチェックのひざ掛けを、尻の下に敷いた。


家中を漁って、一度使ったきりになっていた真空断熱の水筒を見つけていた。

今日は、温かいお茶を入れてある。

そしておにぎりは二個。

塩じゃけと、おかかだ。


そういえば、萌絵が持ってきてくれた生鮭があった。

何にしよう。

ちゃんちゃん焼きもいいし、鍋もいい。

バター焼きにしても、フライにしてマヨネーズソースで食べてもいいだろう。

全部、お酒に合うし。


時間は、1時を回ったところだ。

冬の日暮れは早い。

とはいえ、もう少し森を探索する時間はある。

紗良は、おにぎりを食べ終え、部屋に戻りがてら森の中を進んでみようかと考えた。



その時、ふと、川面に何かが跳ねた。

水しぶきは小さかったが、紗良には見えた。

そっと川に近づき、目を凝らす。


「魚がいる」


小声で呟く。

魚だ。

なんだろうこの、そわそわする気持ち。

水産大国で生まれた紗良だけに、肉ばかりの生活よりも、魚の方がずっと身近だった。


よし、あれを獲ろう。

釣り竿はない。

だが、紗良には魔法がある。

今一番得意なのは、風魔法だ。

どう使うべきか。

下から持ち上げる、運搬(アンゲスト)が一番良さそうだが、どうも水の中で瞬間的に発動させるのは難しそうだ。

一度失敗したら二度目はないぞ。


なんとかして空中に跳ね上げたい。

【戦士】のスキルで、それくらいの素早さはあるのではないだろうか。

そう、きっと出来る。

何か──何か棒のようなものがあれば。


紗良は、一瞬でそこまで考えた。

しかし、棒状のものなど、河原にはない。

森まで取りに行けば、魚から目を離すことになり、戻って来た時にはもう見つけられない気がする。


決断は早かった。

紗良は素早く耳に手を伸ばし、じっと魚から目を離さないまま、イヤーカフをむしりとる。

ぱっと杖になったそれを、素早い移動と共に、魚のしたに差し入れた。

足が冷たい!

しかし、その水音を魚が感じ取るより前に、紗良の杖はその魚体を空中に弾き飛ばしていた。

すかさず、風魔法で掴む!


「うおおおおおおやった!」


河原の石の上で、大きな魚がぴちぴちと跳ねていた。

以前釣ったものより、少し小さい。

鮎っぽい。


紗良はすぐさまマニュアルノートを開き、魚が食べられるかどうか確認しようとした。

そこには、こうあった。




**********************************


杖は! とても! 大事! 魚とる、ダメ、絶対!


**********************************



ダメだったらしい。







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― 新着の感想 ―
[良い点] マニュアルノートには杖で魚をとってはいけないって、書いてなかったですもんねー! ダメとは知らないですよねー!
[良い点] 杖は! とても! 大事! 魚とる、ダメ、絶対! めちゃくちゃおもしろかったです 杖の出番や!と思ったけど、ノートさんに怒られちゃいましたねw まさか杖をこんな野蛮な使い方されるとは思わ…
[一言] いわゆる「徒歩○分」の表記は時速 6km が基準であるものの、これは速歩き位の速度です(成人の平均歩行速度は時速 4km くらい) ただ、それでも日本の舗装状況とかが望むべくもない状況なので…
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