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早朝の匂いがする。


目が覚めて、身体を軋ませながら、たき火がすっかり灰になって冷えているのを確認した。


ふと思いついてステータスアプリを開いてみた。

【魔法使い】のレベルが上がっている。

2だ。

枝を切断しまくったし、火も使ったからこんなものだろう。

いや必要経験値とか知らないが、なんとなくそう思う。


「ん?」


【調理】のレベルもなぜか上がっている。

まさか、ゆうべのチーズか?

どんなゲームも序盤はレベルの上りが早いものだ。

モチベーションを高めると共に、チュートリアルの意味合いがあるからだろう。



紗良は、立ち上がっていててててと首を押さえながら、椅子にもたれて寝るのはやめようと決めた。

傘立てをよけて、部屋に入り、トイレを使う。

流れでシャワーも浴びた。


この水がどこからきてどこへ行くのか、全く分からない。

そもそも電気もどうして使えているのか。


紗良は最初の一週間で何度も考えたことなので、もう、これ以上は気にしないことにしている。

考えて分かることならば時間も割くけれど、どうもそうは思えない。




タオルで頭を拭きながら、フライパンを取り出した。

テフロンではない、母直伝で自ら育てた鉄のフライパンだ。

油がしっかり馴染んだそれを火にかけ、十分熱くなったところで、濡れ布巾に押し付ける。

もう一度コンロに戻したところで、薄く油をひいて卵を落とした。


同時に、ほんの少し、周囲に水を入れる。

一瞬で沸き立つぽこぽこした音を聞きながら、昨日炊いておいたご飯を茶碗に盛っておく。

白身の端がカリッと焦げ、黄身が半熟になったタイミングで火を消し、ご飯の上に滑らせた。

醤油を垂らし、サニーサイドアップの黄身を崩して米と一緒にスプーンですくう。


卵の下に閉じ込められていた湯気が、一気に熱く舌を襲い、同時にとろりとした食感をまとったご飯を味わった。


立ったままあっという間に食べ終えると、そのまま洗い物まで済ます。

フライパンだけは、冷めるまで放置。



「あれ?」


スマホを開いて、首を傾げた。

【調理】のレベルが上がっていない。

経験値が達しなかったのだろうか。


ふと、紗良は思い付きで、まだ冷めていないフライパンと、新しい卵を持って外に出た。

石のテーブルに置いて、もう一度戻って、玄関用ほうきを持ち出した。

昨日のたき火の燃えカスを掃き寄せて、加減が分からず集めすぎていたたき火のセットをもう一度組み、


着火(フレーマ)


燃え上がった火にフライパンをかざし、卵を片手で割り落とす。

残っていた油で十分に熱せられはしたが、やや焦げ気味の白身を見つめているうち、手が震えてきた。


「ひ、ひぃ……」


鉄のフライパンは、重い。

もう駄目だ、というところで火からおろし、石のテーブルにそっと置いた。

急いで部屋から食パンを持ってきて、トーストしない柔らかい状態で卵を乗せる。

溢れる黄身を行儀悪く口に集め、小麦の香りと共に飲み下した。


【調理レベル】が2に上がった。


おそらく、経験値が溜まったタイミングである、というよりも、外で調理したことに意味がある気がする。

つまり、部屋の中での行動は、経験値に結びつかないのでは?


紗良は、沸かしたお湯を持ち出して淹れたドリップコーヒーを持って、チェアに座り込む。

すっかり定位置だ。

そして、外での調理について考えた。

目玉焼き程度の時間もフライパンを支えきれないのでは、到底まともな料理などできない。



けれど、あまり心配はしていなかった。

ある予感がある。

カップを置いて、そっと取り上げたのは、『異世界マニュアル』だ。


果たして、予感は当たった。






*******************************




<かまどを作ろう!>




まずはレンガを組んだ簡単なかまどを作ろう!

設計図を見ながら、積んでみましょう。


出来上がったら、網を渡して下さい。



*レンガは錬金釜で作ります。

*網は錬金釜で作ります。




*******************************




そこまで読んだ時、何かが聞こえた。

それが、羽音だ、と気づいた時にはもう、頭上に黒い影が差している。


軽い風とともに、生き物の気配がした。

見上げるほどの時間もなく、それは、目の前に降りてきた。


ペリカンだ。


思っているよりでかい。

いやでかい。


ペリカンは、首に赤いスカーフを巻いていた。

紗良をじっと半目で見つめた後、カパッと口を開ける。


「……」

「……」


ものすごく責めるような視線に促されるように、口の中をできるだけ遠くからちらっと覗いてみる。

釜だ。


「……」

「……」


ぐぅ、とペリカンがうなる。

紗良はびくびくしながら、口の中に手を差し入れ、その釜を引き上げた。

バケツくらいのサイズで、アラジンのランプみたいな色をしている。


「……」

「……」


バッサァ、と羽ばたきをし、ペリカンは飛び上がった。

風が立ち、上へ上へと登って小さくなっていく。

はるか頭上から、鳴き声が聞こえた。


「アホー」


次来たらぶっとばす。




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― 新着の感想 ―
[良い点] おーっ、マニュアルさんが親切。釜の即時配達とか、見てたみたい。 じゃあ無い!見てるだろう。誰が何処から?っても神様かマニュアルさんかだけどね。 女の子の一人暮らしを覗くなんて!作者様、物語…
[一言] おもしろないw来すぎるダメダメ
[一言] まさかの日通w
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