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「ああっ、ちょっとなんか血がついてる! ヴィー!」


ウッドデッキは、土汚れと一緒にかすかに血のしみがある。

よく見ると、ヴィーの毛皮も薄汚れていた。

当人は、フードボウルを鳴らすのをやめ、上目づかいでこちらを見ている。


「その足でクッションに乗らないでね?

 あ、バイツェルさんもどうぞ、靴脱いで上がって下さい」

「履物を?」

「はい、お願いします」


戸惑いつつも靴を脱いでウッドデッキに乗った彼は、そのまましゃがみこんで床板を撫でたりしている。


「あったかくしてます。あとすみません、まとめて綺麗にしていいですか?」

「あたたかく……」


呟いているバイツェルと、床全体とクッションと、上目遣いのヴィーと自分、全部まとめて浄化(ルクス)をかける。

泡立つ感覚とともに、汚れが全て掃き出される。

これで安心だ。



何を作ろうか。

簡単に作れるものがいいだろう。

そう考え、紗良は部屋から三食入りの焼きそばと、冷凍庫から下ごしらえ済みのイカとエビを出す。

思いついて、じゃがいもを6個ばかり部屋のシンクで洗い、ラップで包んでレンジにかけておいた。

それから、野菜類と共に外に出て、かまどに火を入れる。


鉄のフライパンにごま油をひき、そこに四角く固まったままの麺を並べる。

焦げ目がつくまで、動かしてはならない。

野菜を切ったら、麺をひっくり返す。

いい色だ。

少し酒を入れ、ほぐしてから、また触らずに置く。

もうひとつのフライパンで具材を炒め、焼き目のついた麺と合わせて、オイスターソースとみりん、塩コショウで味をみて、うーんと唸ってから醤油を足す。

これでよし。



部屋に戻ると、レンジが止まっていた。

冷蔵庫のバター、それからアンチョビの缶詰とともにかまどに戻る。

焼きそばを三等分。

熱さに耐えながらじゃがいものラップを外して包丁で割り、そこにバターとアンチョビをちょいとのせた。


やばい、これはビールでは?

日はまだ高い。

しかし、だからなんだと言うのだろう。

いつ飲んだって、誰も何も困ることはないのだ。


「バイツェルさん、ビール飲みますか?

 あ、そこのシンクで手、洗ってくださいね、ハンドソープ使ってくださいね」


部屋へと戻りがてらそう尋ねる。

答えはなく、怪訝に思って振り向くと、彼はじっと何かを見つめていた。

その視線の先をたどる。

我が家のドアがあった。


「……」

「……」

「……あんまり日常で忘れてました。変ですよね」


フィルは、はっとしたように紗良を見て、目をまたたく。


「ええ、まあ、その、変ですね。

 しかし、女神さまの加護がある界渡り様という時点で、精霊にも等しい稀有なお方なのです。

 見慣れぬ扉に入っては消えていくくらい、どうということはないのです」


そう言いながらも、フィルはドアを凝視している。


「あれ、私が向こうで住んでいた部屋なんです。

 私、部屋ごとこっちに来たんですよね。だからまだ生きてるっていうか」

「なるほど。紗良様がご無事で、本当になによりですよ」

「あそこには私しか入れないみたいなので、いざとなったら籠城もできますしね」



どうやらちょっと入ってみたかったらしい。

隠してはいるが、がっかりした風のフィルに、部屋からとってきたビールを渡す。

そして、取り分けた食事を勧める。


「いただきます」

「ご相伴に与らせていただきます」






紗良は箸で、フィルにはフォークを渡しておいた。

食べ方が綺麗だな、と思う。

きっとご両親の躾が良いのだろう。


缶を物珍しそうに触っているので、開け方を教える。


「アルコールです。飲めますか?」

「ええ、たしなむ程度に」


プルトップを引くと、いつものいい音がした。

紗良は海鮮焼きそばの濃い味を、ビールで一気に流す。


「美味しいです。紗良様は料理もお上手なのですね」

「いえ、普通ですよ。でも、苦ではないです」


じゃがいもの皮を、箸でつまんでつるっとむいた。

ヴィーはといえば、まるごと口に詰め込んでいる。

じゃがいもはのどに詰まるのに。

案の定、飲み込むのに目を白黒させている。


紗良は、流水(フルクツ)で出した水を、萌絵の真似をして玉にした。

ヴィーに向かって飛ばすと、心得たようにばくんと飲み込む。

そしてまた、じゃがいもをまるごとひとつ。


「学ばない魔物ね、あんたってば」


うぐうぐいっている口元に、もう一度水球を飛ばしておく。


「そういえば、街のほうは大丈夫ですか?

 バイツェルさんの戻りを待ってるんじゃないですか?」

「紗良様が厨にお立ちの間に、伝言用の鳥を飛ばしておきましたので、問題ありませんよ」

「へえ、そんなものが。

 でも、なら良かったです、私の勘違いでここまで連れてきちゃって……」

「おかげで未知の食べ物にありついていますからね、逆に役得でしょう」

「焼きそば、ないですか、こっちに」

「似たようなものはあります。それよりもこの芋ですね、このように甘い品種はありません」


紗良は、なるほど、と肯く。

この黄味の強いじゃが芋は、日本でもここ十年ばかりで拡大してきたもので、故郷以外にはあまり広がってさえいない。

母親が送ってくれるから食べられるようなものだ。


「種芋として多少、差し上げることはできますよ?」


そう言うと、フィルは少し考えこむ。


「うーん……いえ、そうですね……。

 ありがたいご提案ですが、少し考えたいと思います。

 色んな影響が考えられますから」

「そうですね、流通するに耐える量がとれるかもわかりませんし、そうなると変な輩がよってこないとも限りませんしね」


はい、とフィルは頷き、にっこり笑う。

うふふ、と笑い返しながら、この人は本当によく笑う人だな、と紗良は思う。

紗良が恵みをもたらす役割だから愛想がいいのか、それとも、こういう人柄なのだろうか。

女神様が森に入れてもいいと考えたのだから、後者なのかもしれない。


少し寒くなってきた。

紗良は、ファイヤーピットにたき火を起こし、ついでに、晴れてはいるがエアカーテンを展開した。

これで、暖かさがカーテンの中にとどまり、凍えずに済む。


「どのように暮らしておられるのか、少々心配しておりましたが、健康に害のない快適なご様子で安心しました」

「えっ、心配してくれたんですか」

「加護はあるでしょうが、若いお嬢さんでもありますし」


紗良は、思わず微笑んだ。


「誰も知らない世界で、誰かに心配されるのは、ちょっと嬉しいですねえ」

「やはりこちらにお知り合いはおられない?」

「いえ、正確には一人、同郷の友人が同じように呼ばれていますよ。

 でもまあ、お互いに心配するような間柄じゃないので」


なにせあちらは聖女だし、こちらは現代マンションの一室をねぐらにしている魔力持ちだ。

お互いに心配などない。


焼きそばを食べ、じゃが芋のアンチョビバターのせを二個ずつ食べ、ビールを空ける頃には、辺りは少し暗くなってきた。


「わあ、大変、日が暮れる前に帰りましょう。送りますね」

「いえいえ、とんでもない、戻りが暗くなってしまいますよ。私は一人で大丈夫なので」

「でも、私がいれば、悪い奴は寄ってこないんです。

 前も言いましたね、これ」

「はい、伺っておりますよ」

「だから安全なので」

「足元の悪さは、寄って来ないもののなかに含まれませんよ。転んでお怪我でもされたら大変です」


でもなあ。

紗良は、頑ななこの紳士ぶりに、送っていくのは難しいなと思いはするものの、一人放置するのも嫌だなあとも思う。

魔物も、それから普通の野生動物も、どちらも恐ろしい。


「あ、じゃあ、間をとって、ヴィーについてってもらいましょう!」

「えっ」

「ねえヴィー、この人、送って来てよ。安全に。

 ちょっと、寝ないで。今度好きなもの作ってあげるから。

 生姜焼き? おにぎり? 違うの?」


あれもこれもだめだ。


「あ、今まで作ったことのない美味しいものは?」


思いついて最後に提案すると、ヴィーはすっと立ち上がった。

思考がSNS女子、と思いながら、ありがとねと言っておく。


「え、あの、いえ、そこまでしていただかなくても」

「いえいえ、バイツェルさんが怪我でもして来られなくなったら、多分色々と困るので」

「そうですか……」


なんだか遠慮しているフィルになんとかヴィーの警護を受け入れてもらい、ではまた、と送り出す。

紗良がいつも通る草地ではなく、藪をかき分ける方向に行った気がするが、ヴィーなりの近道なのだろうとそのまま見送った。


毛皮に枯草をいっぱいにつけたヴィーが帰って来たのは、それからほんの十数分後だった。

随分早いね、と驚く紗良だったが、魔物は我関せずの顔で、いつものクッションにごろりと横になった。

スマホの警報は鳴っていないので、フィルは無事なのだろう。

紗良は、よかったよかった、と思いながら、ヴィーに浄化(ルクス)をかけた。








ヨシッ

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― 新着の感想 ―
[良い点] フィルさんがサラのお家の前まで来た! なんか交流が深まっているようで嬉しいです 猫ちゃん、思考がSNS女子だったの? 可愛いからヨシッ! [一言] ヨシッ!かなぁ?(´・ω・`)
[良い点] ヨシッ 焼そばとビールでお近づきに?領主に無理を言われて無いかな?ちょっと心配。 [一言] ヴィーが、すっかり食いしん坊さんに。あぁ!聖女ちゃんの嫉妬メーターが上がって行く…
[良い点] 楽しく読ませていただいてます。 ヴィー、いいのかそれで?やっつけ仕事すぎないか? (*´∀`)♪ [一言] にゃ~ん♪  ∧∧ (・∀・) c( ∪∪ )
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