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大きな翼が風を生み、紗良の顔を撫でる。

相変わらずでっかいな、と思いながら、少し下がって場所を空けた。


久しぶりに見たペリカンは、口に何かをくわえている。

そのせいでバランスが難しいのか、とても慎重にウッドデッキに降りてきた。


鳥特有の足が床に着いた途端、ぴょんとはねた。

どうやら、床暖にちょっと驚いたらしい。

しかし、再び降り立つと、確かめるように何度もその場で足踏みしている。

挙句、辺りをぐるぐる歩き回り始めた。

気に入ってくれたようでなにより。


「ヴィヴィドちゃん、ヴィー、食べちゃ駄目」


尻を上げ、頭を低く保って、あからさまにペリカンを狙っていたヴィヴィドは、仕方なさそうにまた腹ばいになる。

それに気づいたのか、ペリカンは慌てたように紗良の元にやって来て、くちばしを突き出してきた。


くわえられていたのは、プラチナのような柔らかい銀の色を持つ、綺麗な杖だ。

上部には金色の繊細なツタが絡みつき、てっぺんでカゴのようになっている。

中には、真っ赤な石が抱かれていた。


手に持ってみると、ずっしりと重い。


「え、これ、持ち歩くの? 無理だと思う」



ペリカンは、紗良の疑問を我関せずとばかりに無視し、ちょっとだけまたその辺りをぺたぺたと回った。

一度ぺたりと座り込み、鼻息を長くはいてから、バッサァと舞い上がった。

みるみる遠くなっていく。


「ねえこれ重すぎるよ!」

「アホー」


このやろう。

紗良は途方にくれた。


すると、風もないのに、マニュアルノートが勝手に開く。




**********************************


<賢者の杖>


賢者の杖は、力を増幅させるだけではなく、安定性を高めます。

繊細な魔法が多い賢者の場合、常に身につけておくのが良いでしょう。


まずは、あなたの魔力を登録します。

杖を握り、額に当てます。

名を名乗り、世界の(ことわり)に誓う者であることを告げましょう。


**********************************



そんななんだか分からないものに誓うのはどうだろう。

そう思ったけれど、世界の理というのが、エーテルの流れのことだと気づき、それならばと納得する。



「『我が名は津和野紗良、世界の理に誓う者』」



その途端、てっぺんの石が輝き始めた。

そして、そのままゆっくりと回転する。


すぐに、杖と一体になった感覚があった。

その感覚に従って、変化をイメージする。

手の中が一気に軽くなって、杖はそのまま小さく縮んで消えると、紗良の右耳にイヤーカフとなって現れた。


「これなら持てる」


頭を振ると、垂れ下がった金鎖と赤い石がしゃらしゃら揺れる。

耳から外せば、元に戻るらしい。

何の気なしに取ってみる。

わずかに光り、一瞬ののち、手の中に杖があった。


「あっ……ば……」


危ない、急にずしりと重くなって、取り落とすどころか一緒に転ぶところだった。

落としたら割れるだろうか。

危険すぎる。

今は保存の魔法にしか使わないから、心構えをしてから出すことにしよう。

紗良はもう一度杖をイヤーカフにした。


よし、森へ入る。

保存の魔法を覚えたからには、保存食に加工しなくてもいいということだ。

冬越えに十分なだけの量を採ってくれば、春までのんびり暮らせる。








翌日、いつものジーンズとブルゾン姿になり、おにぎりを二個作って、遭難セットに入れる。

ザックを背負って、外に出ると、ヴィーが河原で水を飲んでいた。


「ちょっと行ってくるねー」


そういえば、魚もなんとかしたいんだったなぁと思いながら、紗良は森へと足を向けた。




どこかで鳥の声がする。

動物たちはどうやって冬を越えるのだろう。

さほど雪が降らないらしいから、冬ごもりまではしないのかもしれない。

小さな鳥たちは、暖かい地方に渡るものもいるだろう。

マニュアルノートによれば、ここは大陸の南端だというから、だとすれば海を越えるに違いなかった。


「海か」


紗良は、部屋の前の広い川を思い浮かべた。

明らかに下流域の水量と流れだし、川幅もある。

もしかして、川に沿って下れば、海に出るのではないだろうか。

海の幸はとても魅力的だ。

とはいえ、釣り竿が昔話レベルの紗良では、漁など望むべくもない。

何か考えないと。



「うわぁ、無花果(いちじく)だ」


寒い地域で育った紗良には、高級品だ。

一度、四国の旅行先でとんでもない安価で売っているのを見て、心底羨ましくなったことがある。

就職は絶対に西日本にしよう、とまで思っていた。


マニュアルノートを確認して、食べられると分かったので、味見、と言いながら一口かじる。

とても甘い。

原種でもこれだけ甘いのは、きっと珍しいに違いない。

その証拠に、手の届く範囲は皆、食べられてしまっている。

逆に、てっぺんの方も、鳥につつかれている。

中間あたりの、無事なものを風魔法で収穫した。

そのままでも食べたいし、ジャムにもしたいので、ちょっと多めにもらっておく。



移動しながら、きのこと、天然酵母用のりんごも採取する。

そういえば、カゴを編むためのつるも欲しいのだった。

乾燥きのこ用に作ったカゴは、重かったけれど、ちゃんと使えている。

あれは木の皮を裂いて作ったけれど、つるやツタのほうが長くて使い勝手が良さそうだ。


「そうだ、さつまいも」


御神木の下に出来ていた、さつまいもと呼ぶことにしたあの芋のつるはどうだろう。

紗良は、北に向かっていた足を、西に向けた。

そろそろ陽が高くなってきている。

腕時計はつけない習慣なので、スマホで時間を確認しようかと思ったが、面倒だったのでやめておく。

今が何時かなんて、もう、あまり意味がない。

昼間か、夜か、それだけでいい気がする。

日本で生きていたら、一生に一度も経験することのないだろう感覚は、紗良の心を少しだけ自由にしていた。




相変わらず尋常ではない大きさの御神木の下で、しゃがみこむ。

ふかふかとした地面は、この木の葉が降り積もり、栄養満点という感触だ。

つるを引っ張ってみると、前回より少し太ったさつまいもが現れた。

もしかして、以前は収穫にまだ早かったのかもしれない。


10本ほど掘った後、その実がついていたつるもついでにひきちぎってもらっておく。

意外に繊維質で強く、乾かせば使えるような気がする。



ある程度集まったら、休憩がてら、お昼ご飯にすることにした。

ザックからミネラルウォーターのペットボトルとおにぎりを出し、流水(フルクツ)で手を洗ってさらに浄化(ルクス)をかける。

現代日本で育った紗良のこと、未知の世界の病気にかかったら、重篤化すること請け合いだ。

リセットはあるにせよ、魔力がリセットされない現象もあるし、用心するに越したことはない。



「いただきます」


今日は、しゃけとうめぼしのおにぎりがひとつずつ。

あいにくとお茶のペットボトルはなかったので、水だ。

今度、家のどこかにある水筒を探しておかねばならない。


アルミホイルをむいて、一口いこうとした時。

何か変な衝撃を感じて、紗良は動きを止めた。

安全地帯(パルサス)が発動した様子ではない。

感覚が違った。

そうではなく、何かもっと別の衝撃だ。

それが、二度、三度とある。


え、なに?

きょろきょろしている紗良の背後で、ひときわ大きな衝撃音がした。

慌てて振り向く。

そこにあるのは、御神木のとんでもなく大きな幹だ。

じっと見ていると、なんだか小さく光が瞬いた。

なんだろう。

目を凝らすと、その光はあっという間に大きくなり、そして、四角い形を作る。

馴染みのある大きさだった。

そう、それはまるで、ドアのよう。

御神木にドアが出来た?


そう思ったせいかどうか、まばゆい光は増し、それと同時に、光の向こうから誰かが飛び出してきた。

風と、光と、それから足元の枯葉を踏む大きな音と、そんな騒がしい気配と共に現れたのは。



「あっ、あ、い、いた、ほんとにいた……!」


真っ白いシンプルなドレスに、長い髪をなびかせ、額には金のサークレットをつけている同年代の女性で、そして、その顔に紗良は見覚えがあった。

彼女は、紗良を見て、顔をくしゃりとさせた。


「ごめんなさぁぁぁい、津和野さぁぁぁぁん!」



大声で泣き始めた彼女の背後で、光のドアが静かに閉じていった。








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― 新着の感想 ―
[一言] 自転車で日本一周した方の話しです 出走してしばらく経つと、テント泊+自炊という暮らしのせいか、時計はあまり見なくなるそうですww
[良い点] ペリカンさんも床暖房気に入ったっぽいところがいいですね 猫ちゃんもちゃんと言うこと聞いて偉い!賢い!可愛い!
[良い点] 世界の理=エーテルの流れ なんかケルトぽくて良いですね。 そしてそして、なんと御神木に光の扉が?そこから現れたのは?ですが、、、まさかポンコツですか? いや〜駄女神っぽい登場で、黒スケヴィ…
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