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にこにこしている男を見て、紗良は涙も止まった。

やっぱり、ってどういう意味だろうか、と、すでに予想している結末以外を探そうとしてみたが、そんな救いはなかった。


「知ってたんですか?」

「あ、いえいえ」


男は、慌てたように手を振る。


「ほぼ精霊様のようなものですし、最初に間違えたのは私ですし、もうそのまま精霊様で構わないというか」

「人間ですみません」

「魔物を見たことがないとおっしゃるし、人の手の入ったものを召し上がってらっしゃいますし、結界についてもご存じありませんでしたし、まあなんといいますか、その」

「人間の分際で黒いのに攻撃したこと怒ってすみません」

「御召し物も少々、その、奇ば……いえ、独特、ええと、オリジナリティの高い」

「褒めてます? か?」

「あ、えっと、つまり、そういうことを考えあわせると、界渡り様なのかなと」



突然出てきた知らない言葉に、紗良は首をひねる。

言語は一致しているのに、意味は分からない。


「界渡り?」

「ええ、こことは違う世界からいらっしゃった方々のことです」

「ええっ、異世界転移って、他にもいるんですか!」


胸がざわざわする。

自分が唯一ではないことが、救いのような、奇妙な予感を生むというか、複雑な感情で落ち着かない。


「ええ、現聖女様も、先日こちらへ呼ばれて降臨なさった界渡り様ですよ」


ああ、やっぱり、なんだか胸が変な感じ。

紗良は、その話題から離れるべきだと思った。

そうでなければ、知らなくてもいいことを知ってしまうに違いない。

予感であり、確信でもある。



「あの、じゃあ、そういうことで、もう来ないでください」



立ち上がってそう言うと、男は、怪訝そうな顔をした。

それから悲し気な表情で、


「……申し訳ありません、不躾でした。

 望んで降りて来られる界渡り様はほとんどいらっしゃらないこと、失念していた訳ではないのですが、精霊様が森に馴染んでいらっしゃったので……」

「私、精霊じゃありません、人間です。

 あなたの言う通り、望んでないけど、この森で暮らすつもりです。

 私にはそれが出来るし、お供え?とかがなくても、別に困らないんです。

 だからさっきの話は、ナシで」


男は、肯いた。


「精霊様が……いえ、あなた様がそうお望みなら」

「癒しの実ならその辺から取って行ったらいいですよ。

 このでっかい木だけじゃなく、森全体に癒しの効果があるみたいです」

「そう、ですね」


紗良は、男の顔が微妙に揺らいだのを見逃さなかった。

真顔ではあるが、一瞬、困った顔をした。


「……なんですか、駄目なんですか?

 勝手に採っちゃ駄目とかいうやつですか?

 人間が勝手に決めたルールで、勝手に困ってたら世話ないですよ?」


彼は、一瞬の後、面白そうに笑った。


「ええ、全くですね、少なくとも結界に関してはそうです。

 しかし、御神木様の恵みについては、私たちが決めた話ではなくて」

「というと」

「うーん、実は、我々が採取したものは、森を出るとなぜかあっというまにしおれて枯れてしまうのです。

 ただ、結界内に侵入不可、というのは、教皇庁が定めた法でして、病人を連れて森に入ると言う訳にもいかないのです」

「ふうん」


紗良は腕組みをした。


「偉い人って、決めごとをすれば万事解決と考えますよね、そんな訳ないのに」

「全くです」


男は苦笑する。


「ところが、精霊様が下さった実は、街へ持ち帰っても新鮮なままでした。

 これは本当に稀なことで、聖女様かよほどの高位神官にしかなしえない奇跡なのです。

 だから、先ほど申しましたでしょう、人間かもしれないけれど、もはや精霊様といってもいいでしょう、と」


腕組みのまま、首をひねって考える。

森の植物は、万能薬ではないらしい。

けれど、人を元気にするくらいの効果はある。


これが、絶対に治る、とかなら逆に森の恵みをうまいこと管理、ということになるだろうが、そこまででもない。

逆に言えば、普通レベルの回復効果しかないから、聖域を荒らす危険をおかしてまで立ち入り許可を出さない。

紗良の癒し(アウロラ)くらいの効果なのかな?


とはいえ、誰もかれも全員が魔法を使えるわけでもないだろう。

近隣の人々にとっては、実在するのに手に入らない恵みなんて、酷な話だ。



「そういうことかー……。

 うーん、私が採ったから、っていうのが本当にそうか分かりませんけど、私であることに意味があるなら、じゃあ、ご協力しますけどー」


仮令教皇庁とやらの許可があっても、今はもう、紗良とこの人以外、この森には入れない。

誰に試してもらう訳にもいかないのだ。


「すみません、あなた様ならきっとそうおっしゃってくれると思い、枯れてしまうことを打ち明けました。

 お心に背いてまで、お手を煩わせてしまうこと、分かっていました」


男は、片膝をつき、頭を下げた。


「感謝いたします、精霊様」

「いやいや、私でもそうすると思うので大丈夫です、大した手間じゃないですし。

 あと、その呼び方やめてください、お互い人間って分かってるんだし」

「ではなんとお呼びすれば?」

「名前でいいです、私は紗良です、津和野(つわの)紗良」

「では紗良様と」


様をつけるのに名前呼びか、と突っ込みそうになったが、姓と名を取り違えている可能性に思い当たる。

津和野様、と呼ばれるよりは幾分かマシ、という気がして、紗良は訂正するのをやめた。


「最初のご希望通り、半月に一度、こちらに参りますね。

 申し遅れました、私は、近隣の街ナフィアの神官、フィル・バイツェル。

 以後、紗良様にお仕えいたします」

「お仕えとかはいらないので、ご安全にここまで来てください。

 本当に大丈夫なんですね?」

「はい、お任せください!」


にこにこしている男は、どんと胸を叩いた。

あまりどんと任せられそうな胸板はしていないが、本人がいいと言うのだから、いいのだろうか。


紗良はうーんと唸りながら、こっそり後ろを向いて、ノートを開いてみた。




**********************************


<魔法使いと賢者>


ふたつの魔法は違うようで同じ、同じようで違う性質を持ちます。

世界を理解すればするほど、お互いにその力を高め合うでしょう。

属性エーテルを取り込む根本は同じですが、賢者の魔法は単体では常時発動が出来ません。

魔法使いとしての道を究めた者だけが、全ての属性を使いこなすことができます。


理解とは、実践です。


おめでとう、あなたを【魔法使い】として世界が認知しました!



**********************************



よし、何を言っているのか全然分からない。

とにかく、常時発動、というひらめきだけは得た。

これは今でも使っている。

例えば、安全地帯(パルサス)とか、床暖とかだ。


自分対象の安全地帯(パルサス)だけでなく、離れたウッドデッキにも発動可能なことを考えると、出来ることは多そうだ。


目的に照らし合わせてみると、イメージは──そう、警報器だ。

レーザーに触れると、ワーニングアラームが鳴るような感じ。

まずは光、それから雷のエーテルを使う。



「あのー、今からあなたに、感知式の魔法をかけてもいいですか?」

「……と、おっしゃいますと?」

「あなたが攻撃を受けたら、私に分かるようにするんです」

「なんと、そんなことが可能なのですか?」

「うーん、多分?

 っていうか、ちょっとイメージが追い付かなくて、攻撃受けてからじゃないと分からないタイプなんですけど。

 そのうち改良できるかもしれないけど、とりあえずですね」

「はあ、なるほど」

「まあ、死んでなければ多分助けられるので、駆け付けるまで頑張ってもらえれば!」

「多分、が多いようですが、もちろんお受けいたしますとも。

 私を気遣ってくださるのですね」

「うーん、まあそうですね……私が罪悪感覚えちゃう結果になってもアレですし」

「はい、アレですよね」



当初の印象より、だいぶ能天気な気がしてきた。

精霊様と崇めていたのが、一応、人間同士だと確認し合ったからだろうか。


 









フィルと別れて河原に戻ってくると、なんだかどっと疲れた。

ウッドデッキに靴を脱いで上がり、やはり寛ぐときは裸足だな、などと思いながら、クッションにもたれかかる。

床はほどよく暖かく、紗良は少しだけうとうとした。



やがて、少し肌寒くなり、目を覚ます。

いや、肌寒いというよりは、風を感じて起きたのだ。

生ぬるい風だ。

その正体は、こちらの顔を覗き込んでいる、黒い魔物の鼻息だった。


ちなみに、アテルグランスというこの魔物の名前は、こちらの言葉で『黒き弾丸』という意味である。

こののっそりした生き物に弾丸なんて、似合わな過ぎて、一文字ごとに盛大に草を生やしたい気持ちだ。



紗良が森に出歩いていたことから、シンクの完成に感づき、今日はパン以外のものが出てくると思ったのかもしれない。

渋々とクッションからどくと、魔物はいそいそと代わりに寝転んだ。

やれやれ。


とはいえ、さすがに自分もおなかが空いている。

紗良は、キッチンに立つべく、ウッドデッキから降りて靴をはこうとした。

辺りはもう薄暗く、うまく足元が見えない。


靴、ここらへんだったな。

心当たりの場所を探るつま先が、何か、柔らかいぶにっとしたものに触れた。

なんだろう。

紗良は、(ルクス)を操り、足元を照らした。




紗良一人では抱えられないくらい大きなサイズの、鶏が死んでいた。




「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


心臓が縮み上がり、喉から悲鳴が飛び出す。

背後で、びたん、と魔物の長いしっぽが床板を打った。










金網に乗ったユキヒョウを下から見られる動物園があってな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 黒スケの鼻息!嗅ぎたいような…う〜ん。 『お食べ』来たー。ツナサンドのお礼なのか?催促か? で、ふみふみクッションがお気に入り♡と。まぁ何処かのバカ猫みたく鳴いて催促しないだけマシ。黒スケ…
[一言] 最近道外でもヒョウを真下から見られる動物園ありますよね…私も見たことありますが足の裏の肉球マジ肉球モサモサでなんかすげー猫だ…と思いましたね。あそこはアクリル板だったので脂が凄かった…猫も肉…
[一言] 肉を食わせろ、ということですか、「黒き弾丸」さん。 言葉が通じずとも、なにがしか通じるものはありますね。
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