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作ってはみたものの、だ。


箸なら、キッチンの引き出しに入っている。

一人暮らしだけど、最初に買い揃えたものと、百均で見つけた可愛いデザインのものと、二膳。

それに、お弁当を買うたびにたまる割りばしもある。


箸が欲しかったわけじゃなく、本当にレベルアップとやらをするのか、確認してみた意味合いが強い。



「うーん、いやそれでも、誰かがこっそり見てて、アプリを操作するとか、ある」


半ば認めつつも、最後の抵抗のようなことを呟いてみる。

誰かがどこかでこっそり笑っていたなら、本気で信じてるわけないじゃん、と見えるかもしれないし?

ドッキリとか。

あるかもしれないし。




箸が出来上がると、やることがなくなった。

他に出来そうなこともない。


紗良は、チェアの横にあった平らな大きな石をテーブル代わりにしていた。

そこに置いてた例のノートを手に取る。

ぱらぱらとめくり──。


「あれ……増えてる」


<はじめての異世界>の項目以降、真っ白だったはずのページに、新たに何かが追加されていた。

誰かが書き加えている……?

それにしては、手書きっぽくないフォントだけれど。


もはや怖がることすら面倒で、紗良はそのままノートに目を通すことにした。





*******************************



<火を起こそう>


少し異世界に慣れたら、火を起こしてみましょう。

何をするにも必要なことが多いので、覚えておくと便利です。


まずは地面を平らにならします。

次に、樹皮などの繊維質の焚き付け、その上に細い木の枝などの焚き付け、さらに太めの薪を組みましょう。


適した木材はこれ!



*********************************




ノートの下の方に、三つほど絵が載っている。

スマホを見ると、まだ午前11時を回ったところ。


紗良は立ち上がり、部屋に入ると、シャカシャカのブルゾンとジーンズに着替えた。

念のため、足元も靴底が厚めのスニーカー。

ブーツもあるが、さすがに暑そうだ。


外に出ると、今日もドアの隙間に傘立てを挟み、そっと、脇から後ろ側に回ってみた。

傘立てが挟まった、少し開いたドアがあった。

前に回ってみる。

隙間から、自分の部屋が見える。



「まじ、異世界」



それとも、自分は死んだのだろうか。

死にかけかもしれない。

これはきっと、長い夢だ。

夢なら、なんでもありだろう。







少し歩くと、草地は土が目立つようになり、代わりに木々が迫ってくる。

ドアを常に確認しながら、きょろきょろとあたりを見回した。


「あ、あった、ほんとにあった」


ノートの絵と同じ、脱皮のように木の皮が剥がれ落ちた塊が、地面に落ちている。

そういう種類の木らしい。


次は、たき火に適した木だ。

だが、はたと気づく。

皮と違って、木は、生えている。


「さすがに手じゃ無理か……鉈かなんかないとなぁ」


絵と見比べるためにノートを開く。

何気なく、続きのページを読み進めてみた。




*********************************



*道具がない場合は、魔法を使いましょう。

 レベルも上がって一石二鳥です。


*木を伐りたい場合、切りたい部分をしっかりと見つめ、右手の親指を三回振りながら、切断(アニマ)と唱えましょう。

 レベルが上がれば、次第に呪文(スペル)は不要になります。



*********************************



やっぱりこれ、壮大なドッキリなんじゃないかな。

紗良はそっと周囲を見回した。


ここで、本気で魔法を使おうとすると、テレビカメラかなんかが出てきて大笑いされるのだ。

いや、一介の大学生なんか撮ったって面白くないか。

なら、友達……?



少し考えたけれど、誰かが見ている、というのは、もう恐れじゃない、希望のようなものだと気づく。

これが現実であるより、ドッキリだったほうが、ずっと、いいのに。


紗良は心を決めた。

ちょうど手頃そうな枝をじっと見つめる。

われながらぎこちない手つきで、親指を三回。


切断(アニマ)



パサッ、と、枝が落ちてきた。

紗良が見つめていた枝が、見つめていた場所から折れている。

いや、切り口は鮮やかだ。

切断されている?


「……ま?」











マニュアルの通りに、木の皮を中心に、細い枝と太い枝を組み上げる。

そしてやはり、ノートの続きに書いてあった通りに、右手の人差し指と親指の爪を三回、素早くはじいて、


着火(フレーマ)


呟いた途端に、一気に火が付いた。


「ひえっ!

 ……たき火ってもっと育てるものだった気がしたけど」


これも魔法だから?

一気にたき火らしい姿に燃え上がったことにびっくりしたが、待ちが発生しないのは便利じゃん、と思い直す。


石を一生懸命避けて平らな場所を作ったが、これもそのうち魔法で出来るようになるかな?


部屋からビールとチーズと持ってきて、チェアに沈み込んだ。

母親が送ってくれた、故郷のちょっといいカマンベールチーズで、大事にとっておいたものだが、再生するなら食べ放題だ。


日暮れ時、川のせせらぎと、たき火のはぜる音。



「……」


思いついて、拾ってきて積んである小枝にチーズを刺し、火であぶる。

すぐに溶けだしたので、慌てて引き上げ、ふうふう冷まして口に入れた。


「うんま」


塩気と匂いが強くなり、冷えたビールが一層美味い。

これも、成人してビールを飲むようになったと言った紗良に、父親が送ってくれたちゃんとした方のビールだから、苦みがまたチーズに合う。


「あー」


日暮れていく景色の中、次第に遠景は闇に溶け、たき火の明かりがにじむ。


「ガチだなー」


少なくとも、自分が今までいた現実ではないと、紗良は認めることにした。

魔法が使えるというのは、それほどにインパクトがあった。




マニュアルは今、部屋にある。

目に入れたくない。


火を起こす手順の一番最後に、信じたくない一文があった。




*********************************


*注 元の世界に戻ることは絶対にないので、安心して異世界を楽しもう!


*********************************



安心の概念が違う気がする。

母が送ってくれたチーズを食べ、父が送ってくれたビールを飲み、紗良はそのままゆっくりと眠気に身をゆだねた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 何その遣いずらい指動作。 爪どうしを弾くって…
2024/07/31 12:50 退会済み
管理
[良い点] うっわ〜!紗良ちゃん図太い?部屋ごと異世界って、コンビニも美容室もマックも無いんよ。友達にも家族にも会えないで、ボッチだよ?寝てる場合かよって、、、いやいや不貞寝?寝るくらいしかやる事が無…
[一言] 後で やっぱ人違いでした~ とかはナシ?
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