18
昨夜の豆乳味噌スープの残りにトーストを浸して食べながら、計画を練ることにする。
今欲しいのは、ウッドデッキに置くテーブルと、シンクだ。
サイドテーブルしかないので、少し大きいローテーブルをひとつ置きたい。
さらに将来的には、ウッドデッキの上に、一部でいいのでタープのような屋根が欲しい。
あとは、椅子。
ただこの辺は、木をまっすぐ切ればいいわけではないので、まあまだちょっと先だろう。
シンクの構造など紗良は知らないが、家を一軒まるごとリフォームする番組でよく見かけた通り、基本、天板のないテーブルにステンレスの箱をはめ込んだ形をしているはずだ。
森で動物と暮らすゲームでは、アイテムをガチでコンプリートすることを目指していたので、最初はスロップシンクが頭に浮かんだ。
けれど、全部位ステンレスというほうが難易度が高そうな気がする。
木でテーブルを作り、枠をブラックアイアンで補強して、天板部分に穴をあけてシンクをはめ込む。
よし、それでいこう。
そう決めて立ち上がった時だ。
がらがらがら!という大きな音がして、驚いて振り向くと、なんとかまどが崩壊していた。
慌てて駆け付けると、どうやら、ウッドデッキを作った際にかまど裏に積んでいた石が崩れ、かまどをなぎ倒したらしい。
まだセメントが作れなかった頃、簡易的にただレンガを積んで作ったせいで、強度は確かになかっただろう。
それでも、石を積んでおく場所を考えて置けば、こうはならなかったのに。
紗良はがっかりしたが、今日の予定を全て変更して、かまどを作り直すことにした。
丸一日仕事だと考えていたが、午後の早い時間にはもうかまどが完成してしまった。
これも、職人レベルが上がったからだろう。
以前は二段になっていた網は、吐息で火力調節が出来るようになったので、思い切って一段だけにした。
セメントで間を埋めたので、もう崩壊することはないだろう。
それにしても、吐息って、切断と呪文が一緒なのよね、と紗良は少し妙に思う。
仕草が違うので使い分け出来ているのだろう。
マニュアルノートは、呪文はトリガーのようなものだと言っていた。
どういう意味かは、未だ分からない。
まあ使えているからいいとする。
紗良は、昨夜から冷凍しておいた栗を持ち出した。
お湯を沸かして、その鍋に栗をざざっと入れる。
チェアに座りながら、栗の皮をひとつずつ剥いてく。
30個ばかりあるので、半分は栗ご飯にして、半分は冷凍しておこう。
まだまだ拾えそうだけれど、あまり使い道が思い浮かばない。
甘く煮た栗はそんなに好きではないからだ。
そうだ、茹でたものをそのまま刻んでパウンドケーキにするのはどうだろう。
使い道を考えながら作業していると、あっという間に終わってしまった。
【調理】のレベルが上がっていることで、面倒くさいの代表みたいな栗の皮むきもあっという間だ。
うるち米ともち米を半々で、昆布と塩と酒で水加減した鍋を持って外に出る。
栗を入れて、かまどに火をいれたところで、ファンファーレが聞こえた。
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<越冬準備>
秋も深まり、山の恵みも減り始めます。
体調管理に留意しましょう!
外に出るときは暖かい服装が良いでしょう。
ただし、着ぶくれは体の自由を奪うので、動きにくいほど着込むのはよくありません。
魔法を併用しましょう。
*手を肩に当てて 保温
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紗良は割と、外出時の寒さに強い。
故郷は、およそ百数十万人の人が住む場所とは信じられないくらいに寒かったからだ。
同時に、寛いでいる時の寒さには弱い。
家の中は24時間暖房がついていて、外気もシャットアウトする仕組みで建てられていたからだ。
外でしかレベルが上がらない条件ゆえに、基本紗良は外で暮らすことになる。
予定していたタープごときではなんの防寒にもならないが、新たな魔法に、新たな可能性をみた。
紗良は急いで栗ご飯用の無水鍋をセットすると、その可能性を試してみるべく、ウッドデッキに乗った。
そして、期待をこめながら、足元に保温の魔法を唱える。
少し間があって、下から明らかに暖かさを感じた。
ウッドデッキに触れてみると、確かに暖かい。
「床暖……」
紗良は靴を脱ぎ捨て、浄化をかけてから、木の上に寝転んでみた。
暖かさと、木の感触が、手のひらに心地よい。
これで、冬も勝てる。
紗良はにやにやしながら、確信した。
妙にやる気になって、部屋に戻ると、ポテトサラダの材料を持ち出した。
ポテサラは紗良の好物だが、サイドメニュー扱いのわりに馬鹿みたいに手間がかかるので、あまり作ることはない。
今日ならやれる。
じゃが芋を茹で、熱さに立腹しながら皮をむき、きゅうりと玉ねぎを薄切りして塩もみし、ニンジンを刻んで茹で、冷凍ブロッコリーを茹で、茹で卵を茹で。
「決めた、かまどもう一個作ろう」
絶対持て余す気もするが、大は小を兼ねるというし。
たっぷりのブラックペッパーに、クリームチーズ、さらにこれでもかとマヨネーズをしぼり、ようやくポテサラが完成した。
忘れていた、上に刻んだクルミをトッピングするのだった。
ツマミ用の煎ったクルミを刻む。
同じ頃、栗ご飯も炊けたので、二つを器に盛って振り向く。
その時見えた光景に、紗良は固まった。
黒い魔物がいたのだ。
いや、もはやそれは想定内といって良い。
しかし、魔物はいつものように箱のような座り方で待っているのではなく、何かをしていた。
前脚の下にあるのは、紗良の人をダメにするクッションだろう。
魔物は、そのクッションを、一生懸命にこねていた。
「何してんのあいつ……」
器を持っておそるおそる近づく。
ほんのり温まったウッドデッキに腹ばいになり、一心不乱にクッションをこねている魔物は、またも喉からあの振動を発している。
ごーご、ごーご、という音は、どうやらご機嫌の証のようだ、と紗良は新しい知識を得た。
いっこうに終わる気配のないクッションこねの間に、魔物が持ってきてくれた豚肉の残りを冷蔵庫から出してきて、分厚く切って甘辛く焼いておく。
最後に強火で煮詰め、とろっとしたしょっぱいソースになったたれをちょっと残し、後は全部、フードボウル・改に盛りつけた。
栗ご飯とポテサラは同じボウルになってしまった。
ふたつを床に並べる頃には、喉の振動もおさまっていて、魔物はなにごともなかったかのように食べ始めている。
紗良は、チェアに座って、ビールと一緒にポテサラを堪能した。
後で残したたれと茹で卵を、ジッパーバッグに入れておこう。
あと、クッションも浄化しておこう。
魔物は、ボウルを空にすると、ひとしきり口元をこすり、それから、立ち上がった。
さようなら、森へお帰り。
見送ろうとした紗良だが、魔物はなぜかそのまま、紗良のクッションを枕にして長々と寝そべってしまった。
「……泊まる気か?」
紗良はお気に入りのクッションを取られてむっとした。
腹いせに、魔物ごと浄化を唱える。
しゅわっとした感覚に一瞬ぴくりとひげを震わせたが、魔物は寝返りを打っただけで、動くつもりはないようだ。
このままクッションを外に置いておけば、室内に同じものが出現されるだろう。
されなかったら取り返そう。
そう決めて、紗良はビールを飲みほした。
部屋に戻って寝ている間も、一晩中、床暖を常時発動させていたことに、大した意味はない。
ないったら、ない。