表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/100

15


さすがにもう叫ばないし、我ながら落ち着いたものだ。

目の前の獣に対し、紗良は、無意識に後ずさりながら声をかけた。


「動かないでね!?」



じりじりと、背中を向けないようにしながら、部屋に入る。

そして、密閉ジッパーバックを冷蔵庫から出し、キャベツと調味料を持ってもう一度外に出た。

すぐ逃げ込めるよう、ドアは開けたままにしておこう。



「絶対動かないでね!」



獣、いや、魔物に小声でお願いしてから、調理台に立った。

空いているほうのコンロに火を入れる。

魔物が動かないか、ちらちら確認しながらだったが、そいつは四肢を体の下に折り込んでうとうとしはじめた。

ほっとする。



持って来たパックの中身は、豚バラの塊だ。

これを、厚めにスライスしていく。

キャベツもざくざくと切る。


魔力が上がったためか、着火(フレーマ)に加えて吐息(アニマ)で火力調整が出来るようになった。

隣の無水鍋に比べて、強火で調節する。


フライパンにごま油を熱し、しょうがと豆板醤を入れて、香りが立ったら豚バラとキャベツを入れる。

がつがつ炒めて、仕上げに酒と甜面醤に醤油を少し、果てしなくいい匂いがしてきたら出来上がり。


丁度、炊き込みご飯もいい具合だ。

蒸らしている間に、火を落として、調味料だけ片付けておこう。




そういえば、と考えて、部屋から戻りがてら資材置き場に向かった。

置きっぱなしの錬金釜にステンレスを入れて、呪文(スペル)を唱える。


中から引っ張り出したのは、一抱えもある金属ボウルだ。

ただ、底面が広く平たくなっている。


紗良は、それを二つ作り、かまどに戻ると、極厚豚バラ回鍋肉を四分の三ほどよそう。

無水鍋の蓋を開けると、ふわりときのこの香りが立ち上った。

底から混ぜ返すと、おこげが出来ている。

焦げた醤油ほど、紗良を幸せにするものはない。


それを半分ほど、二つ目のボウルに盛り付け、少し迷ってから、石のテーブルに並べて置いた。




「ええと……」


なんと言って勧めたものか、と言い淀む紗良をしり目に、魔物はのっそりと、だが素早く移動し、ボウルに顔を突っ込んだ。

いいでしょう。

これは、豚を持ってきてくれたお礼だ。

存分に食らうがいい、と、そっと後ずさりながら頷いた。




紗良も、自分の分を盛り付け、ビールとともにチェアに座った。

思いついて、ファイヤーピットにたき火を起こす。

性能のほうはわからないけれど、まずは使えているようだ。

ちなみに、丸く形成するのはとても難しく、仕方ないので六角形に作ってある。

もちろん魔物のボウルも歪んでいるが、そちらには目をつぶった。

まあ、後で作り直しておこう。



陽が落ち、少し肌寒かったが、たき火のおかげで丁度良い温度になった。

分厚い豚バラを一口。

魔物のために多少辛さを抑えているが、その味付けはビールに最高に合う。




しばらく食事を堪能していると、どこからか低い振動が聞こえてきた。

なんの音だろう。

紗良は聞きなれない音に怯え、腰を半分浮かせた。

その状態で、どこから聞こえるのか、耳を澄ませる。


きょろきょろするうち、どうやら、音源は、石のテーブルを挟んだ向こう側だと気づく。

魔物だ。

喉のあたりから聞こえてくる。

威嚇だろうか。


固まったまま目線で確認すると、器はきれいにからっぽだ。

足りなかったのだろうか、それとも美味しくなかったのだろうか。

そっと伺うと、魔物は前脚を舐めては口元をこすっている。


ごーご、ごーご、という音は、魔物の呼吸に合わせるように響いた。

なんの音か全くわからないが、機嫌は悪くなさそうなので、またゆっくり腰を下ろした。

野生動物とは目を合わせてはいけないらしいので、たき火を見つめながら無心でビールを飲んだ。













ふと目を覚ます。

体中が痛い。

すわ、魔物に襲われたか、と慌てたが、起き上がった場所は、なぜか自室の玄関だった。

いててててて、と呟く。

時計を見ると、朝だった。



ゆうべの記憶を必死で思い出そうとしたが、全く覚えていない。

外へ出てみると、昨日、たき火周りで料理したり食べたりしたまま、手つかずで残っている。


よく分からないが、多分、寝落ちした気がする。

威嚇音かと思った魔物の発する音が、異常に心地よかったのだ。

あれを聞いているうちに、おそらく、寝た。

そして、魔物が部屋まで運んだ。

それ以外考えられない。

油断しすぎで、自分で自分が信じられなかった。



紗良は、反省をしながらのろのろと後片付けをし、炊き込みご飯の残りの匂いをちょっとかいで、いける、と踏んでおにぎりにして食べた。

ファイヤーピットの薪は、なんだか、燃え残りが多い。

不完全燃焼かもしれないから、底の近くに、風の通る穴をあけたほうがいいかな?



驚いたことに、外に出しっぱなしだったまな板と包丁、そして無水鍋の三つが、部屋に新たに出現していた。

リセット機能が働いたのだと思われる。

「その時」に部屋にないものは、補充される?

これは便利だ、覚えておくべきだろう。










お腹が満たされたので、動き出すことにした。

まず、森の地面にころがっている、木の皮の塊を沢山とってくる。

半分は焚き付け用に溜めて置く。

そのための木箱は、以前作ってあった。


残りの半分を、錬金釜に入れた。


「うまくいくかな」


半信半疑ながら、呪文(スペル)を唱えた。

期待しながらひっぱりだしてみる。


出来上がったのは、細く裂いた木の皮で編まれた、平たい、浅い、カゴだ。

紗良が見知っているものは、竹ひごで出来ている。

しかし、この世界、あるいは少なくとも近隣のエリアで竹は見かけたことがない。

つる類はあるかもしれないが、まずは手近な材料で試してみたのだ。


思ったより、目の詰まったカゴになった。

材料が竹ひごであるものに比べて、かなり重い。

風通しはどうだろう?

目視できるくらいの網目ではあるので、使えないということもない。

紗良は、それに、昨日採ったきのこを広げて並べ、天日に干した。

しっかり乾燥させれば、一年はもつ。





そして今日はもうひとつ、やりたいことがある。

すっかり定位置と化した、チェア周りの改造だ。

たき火を地面ではなくピットを使うようになったため、ずっとやってみたかったことに挑戦する。

憧れのウッドデッキだ。


まずは、長くお世話になった石のテーブルこと、ただの平たい大きな石をよける。

もちろん魔法だ。

運搬(アンゲスト)を使って、さらに周囲の石をどんどん移動させていく。

とりあえずは、調理台の裏の方に積んでおくことにする。


土がむき出しになったら、次に、ガラスと木とオイルを釜に入れて作った水平器を使って、地面を平らに均していく。

最初は木材を横にして引きずるように使っていたが、ちっとも進まないので、鉄で大きなブレードを作って換えた。

地面をごりごり削ってある程度のところにきたら、さっきまでテーブルにしていた石をさかさまにして、どすんどすんと持ち上げては落とす。

水平を測って、出ているところをつぶす。



それが終わったら、錬金釜で製材し、防水材の代わりに指定されたこげ茶の植物の汁を塗って、厚めの横木の上に綺麗に並べていった。

そして、新たに覚えた弾丸(ガスト)の魔法で、長い釘を打ち込んでいく。


もう一度水平を測り、石の元テーブルを押し付けるようにして最後の仕上げをした。


10畳ワンルームくらいの広さになった上に、ファイヤーピットとチェア、焼き肉をする名前の知らないアレを並べて置く。

なんたるおしゃれ。

ちょっと寂しいけれど。


【木工】のレベルは32だ。

もう職人と呼んでくれても構わない。

紗良は嬉しくなって、予定外だったが、サイドテーブルを作ることにした。

メインテーブルはまた後で作るとして、まずは小さいものを。


鉄材を長い四角いパイプにし、それをコの字に二本形成する。

並行に並べたその上に、木のテーブルを作って固定した。



がたがたした。









あの黒い魔物のために作った食器ボウルを潰しては生成、潰しては生成し、【鍛冶】のレベルを上げることで、綺麗な丸いボウルが出来たし、がたがたしないサイドテーブルの脚もできた。

ついでにファイヤーピットに空気穴もあけておいた。

悔しさだけで午後一杯をレベル上げに使ってしまった。


紗良は疲れ切って、部屋に戻る。

食パンにハムとチーズをのせてマヨネーズと塩コショウをちょちょっとふって、折りたたんで食べた。

そして、そのまま、ベッドに潜り込む。


布団はいい。

全てを癒す。


安全で暖かい布団の中で、紗良は幸せな夢を見る。






紗良ちゃんも死にませんので!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
危機意識ってないの?
[良い点] 包丁や鍋の補充!毎日増やして錬金の材料にできちゃう?!
[良い点] もう職人と呼んでくれても構わない。 からの がたがたした。 思わず声出して笑っちゃいました 職人がんばえ~゜.+:。∩(・ω・)∩゜.+:。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ