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森の中を歩きながら、紗良は、想定通りにいかないだろうと考え始めていた。
野菜のことだ。
家にある野菜以外の、旬の野菜をなんとか入手したい。
それは変わらない。
けれど、そもそも、野生のキャベツなど存在するのだろうか。
いやキャベツはあるからいいけど。
野生のホウレンソウとか、野生の小松菜とか。
例えあったとして、だ。
前々回の採取で手に入れたりんご、あれを食べたけれど、とても固くて酸っぱかったのだ。
スーパーで日ごろ手に入る野菜や果物は、当たり前だが、品種改良されている。
掛け合わされて新たな種が出来、それがさらに改良されて来て、ようやく今の味である。
そう考えると、例え野生の小松菜があったとしても、えぐくて食べられないのではないだろうか?
紗良は、森だけで全てをまかなうのは難しいのではないかと、疑問を持っている。
それとは別に、現代日本でも山に入って食材を採る人は少なくはない。
野生だからこそ美味しい、野生でしか入手できない、そういう種類があることもまた、事実だろう。
まあとりあえず、探索はしておきたい。
北から東へ向かうルートは前回通った。
今回は、西へ向かって斜めに突っ切ってみたが、東側に比べて大木が多く、山深い印象だ。
「あっ、きのこ!」
紗良は、思わず喜んだ。
それでもちゃんと、手を出す前に、マニュアルノートを開く。
きのこ採りをしたことがない紗良でも、きのこがヤバいことは知っている。
割と死ぬ。
危険だ。
だから、しっかりとノートと見比べて、目の前のきのこが食べられることを確認した。
ちょっと、日本ならナニ、とは言えない。
きのこの種類なんて、しめじと舞茸としいたけくらいしか分からない。
あとエリンギ?
あ、なめことエノキ。
以上。
しいて言えばしめじっぽいが、色が違う。
食べられることさえ分かればいい。
「あっ、きのこ!」
きのこが豊作だ。
紗良は、採った先から違うきのこを見つけ、どんどん移動していく。
はっと気づいて地図アプリを確認すると、ぐねぐね移動したのか、思ったより河原から離れていなかった。
危なかった。
アプリがなかったら、完全に迷っていただろう。
やはりきのこは危険だな、と思う。
さらに進むと、少し広いところに出た。
広いけれど、なんだか薄暗い。
天気を確認しようと、紗良は空を見上げた。
そうして、薄暗いのは、頭上を覆い隠すほどの樹冠を持つ大木のせい、少し広いのは、樹冠の分、周囲に木が生えていないからだと気づく。
前を見ると、壁のようにそそりたつ幹があった。
あまりに太く、木だと頭が認識しきれない。
それくらい、太く、大きい木だった。
「なんて立派な……」
樹齢は数百年か、いや、もしかしたら数千年だろう。
元の世界では、映像でもみたことのない大きさだ。
生きるということの、なんと不思議なことだろう。
こんなに大きくなるくらい、生命とは息づき続けることができるのだ。
ふと、その少しひらけた地面が、ぽこぽこ盛り上がっていることに気づいた。
よく見ると、茶色っぽいツルが沢山地面を這っていた。
もしや、と思い、近くのそれをぐいと引っ張ってみる。
土を押しのけながら掘り出されたのは、芋のような何かだった。
すぐさまノートを開く。
間違いなく、食用の芋だ。
色や味は、さつまいもっぽい。
ただ、細くてひょろひょろだった。
直径2cmほど、長さも15cmくらいしかない。
とりあえず持って帰ろう。
10本ばかり掘って、きのことは別のビニール袋に入れてから、ザックにしまった。
紗良は大木を振り仰ぎ、なんとなく、柏手を打っておいた。
こちらの神様に通じるとも思えないが、なんとなくだ。
日本人の習性みたいなものだ。
どうぞ、安全に生きていけますように。
コツン、と頭に何か落ちてきた。
いてっ、と言いながらも拾うと、栗のような実だ。
イガのない栗らしい。
コツン、とまたひとつ。
そして、ぱらぱらと周囲に同じ実が30個ばかり降ってくる。
大木過ぎて手が届かない、それどころかそもそも実が生っているいることも気づいていなかったから、これは嬉しい。
願い事をしたおかげに違いない。
鰯の頭も信心から。
さて、家まで戻って来たので、まずはきのこの処理をすることにした。
濃い塩水に、どばっと漬けるのだ。
水に漬けると風味が落ちてしまう種類があるのも承知だ。
でも、虫よりはマシ。
とにかく虫を落とさないことには、そもそも食べる気になれない。
女子大生だし。
その時、またファンファーレが鳴った。
何かのレベルが上がったらしいので、マニュアルノートを開いてみる。
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<【魔法使い】と【戦士】>
複数のレベルが上がると、上位スキルが解放されることがあります。
例えば、【魔法使い】と【戦士】が十分なレベルに達すると、【魔戦士】となります。
現在、両レベルは開きが大きく、いまだその域に達していません。
頑張りましょう!
*【戦士】スキル 防御 習得
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確かに、【魔法使い】のレベルは59、【戦士】は12だ。
けれど、少し考えて、やっぱり戦士なんて不要だな、と思う。
魔法があれば事足りるし、なにが悲しくて20歳の乙女が剣を振り回さねばならないのか。
それでも、防御というのは悪くない。
まあ、どう使うのか分からないけど。
それよりも、その下にある新しい魔法の方が重要だ。
紗良は、塩水につけようとしていたきのこを前に、
「浄化」
と唱えた。
途端に、しゅわっと泡立つような音と感覚があり、きのこの周囲に土や虫が吐き出された。
「うぉ……ぉぉぉ……お」
虫がうごめいている。
慌ててきのこを回収し、遠く離れる。
どうしたらいいのか途方にくれるが、誰が代わりにやってくれるわけでもないので、仕方なく、流水で洗い流してみた。
調理台の足元に水たまりができる。
ヨシ。
紗良は、部屋に戻り、米を3合はかり、とぎ始めた。
ジャーに入れ、塩と酒、醤油を入れて、水加減する。
その中身を、全部ざざっと無水鍋に移した。
これが一番、失敗しない気がする。
鍋とともに、もろもろの材料を持って、外に出た。
その際、ついでに瓶詰りんごの蓋も開けてまた閉めておく。
調理台に全部運ぶ。
かまどに火を入れ、さて、と腕まくりをした。
ごぼうはささがきにし、流水で出した水であく抜きをしておく。
鶏モモ肉は一口大に切る。
油揚げのことを忘れていた。
慌てて別の鍋に湯を沸かし、そのお湯の中に油揚げを泳がせ、油抜きをした。
お湯をかけるほうがいいけど、ここにはシンクがない。
「次の目標はシンクか……。そういえば、サイドテーブルも作るんだった」
刻んだ油揚げとともに、きのこをひとつかみ、そして下ごしらえした材料を全部無水鍋に入れ、火にかける。
炊きあがるまでの間に、近くの森の中から土を掘りだしてくる。
それを空いているコンテナに詰め、さつまいもっぽい芋に浄化をかけてから、中に埋めた。
これで保存期間はだいぶ伸びるだろう。
炊き込みご飯の炊けるいい匂いがしてきた。
紗良には予感がある。
さっ、と勢いよく振り向くと、そこには、黒い獣が座っていた。
動物が出てくる物語、悲しい結末にならないかどうか確認してから見たい気持ちがある。
この黒いのは死なないですので。