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朝、バタートーストをかじりながら、昨夜のたき火の後を片付けた。
毎回ほうきで掃くの、面倒だな、と考え、何かいい案はないかと頭を巡らせる。
パンを食べ終え、コーヒーを落とす頃に、はたと思い当たる。
森でどうぶつと暮らすゲームで、キャンプ道具がいくつか出てきたはずだ。
その中の、ちょっとレアな、たき火用のあれ。
なんだったっけ……そう、ファイヤーピット?
仕組みは分からないが、器っぽい感じのあれを使えば、中身を捨てるだけですむのではないだろうか。
今のところ、たき火跡は森の入り口にまとめて捨てている。
しばらく経つと風化するのか、貯まって困るということもない。
「薪ってどのくらい必要?」
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<越冬準備>
このエリアは、冬があります。
朝晩はうっすら雪が積もるでしょう。
日中は防寒着で過ごします。
元の世界と同じように、植物の実りは大幅に減ることになるため、今と同じような食生活にはなりません。
対策をしましょう。
薪は都度の調達で構いません。
着火の魔法はその名の通り、炎を操るもので、その瞬間に薪の乾燥も済んでいます。
現在は秋です。
実りの季節です。
多くの食べ物は、土に埋めておくことで長持ちするでしょう。
また、保存の魔法もあります。
しかし、レベルが不足しているので、どんどんレベルアップを目指しましょう!
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そうだよね、幹だろうが枝だろうが乾燥は必要だった気がしてきた。
紗良は分かりました、と肯き、森へ食料調達に行かなければならないなと考える。
しかし、今は先に、思いついたファイヤーピットを作っておこう。
錬金で作ったちりとりはちょっと重い。
たき火跡の燃えカスをのせると、もっと重い。
鉄と銅とステンレスの他に、どうやらアルミも必要だ。
「アルミホイルを錬金釜に入れればいいのでは……?」
それも後でやってみよう。
紗良は森の入り口まで歩き、ちりとりの中身を捨てる。
それでは錬金釜を……と考えながら視線を上げると、そこに、獣がいた。
「……ひゅ!」
紗良も成長する。
遭遇すれば悲鳴をあげていたけれど、ぐっと喉の奥で我慢することが出来た。
相変わらず重量感のある大きさで、膝が震えそうになる。
ちなみに、安全地帯は常時発動にしてある。
だから、敵意がないことだけははっきりしているが、熱を持った息遣いや、鋭い牙と爪はなにか本能的な恐ろしさを感じるのだ。
紗良が悲鳴を飲み込むと、獣はとすとすと足を踏み鳴らしながら一度その場で一周し、さらに後ろを向いてしまった。
もぞもぞと何かをしている。
何だろう。
思わず興味を持って首を伸ばした途端、獣はくるりと振り返った。
そして、口にくわえていたものを、重い音を立てて紗良の足元に放り出す。
それは、動物だった。
紗良の身長の半分ほどの体長で、しかしまるまると肉のついた、ブタに似た動物。
死んでいる。
紗良の喉から、さっき飲み込んだ悲鳴が絞り出された。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
動物はぴくりともしない。
死んでいるからだ。
代わりに、獣は風でも浴びたように目を閉じ、それから、すっと背中を見せると森の中へと去って行ってしまった。
「ひぃ、待って、なんで置いていくの、なんなのよぉ!」
ざらざらとした体表が分かるほど近くに死骸があるが、驚きが強くて嫌悪感はない。
ただとても驚いたので、反射的に叫んでしまった。
少し離れて、落ち着いて考えてみる。
昔、猫を飼っている友達が言っていた。
朝起きたら、枕元にセミの死骸が転がっていて、飼い猫が慈愛に満ちた表情で友達を見ていた、と。
どういう意味かと聞くと、彼女は、飼い猫の言葉を代弁してくれた。
お食べ?
いやまて落ち着こう、あいつは猫ではない。
紗良は深呼吸しながらマニュアルノートを開く。
野生動物を紹介していたページに、目の前の動物の生きている姿が描かれていた。
説明からすると、どうも豚っぽい。
セルド、という名がついているが、豚と呼ぼう。
食べられるらしい。
「……むりむりむりむり」
魚は捌ける。
けれど、哺乳類のほうはちょっと、経験がない。
あるわけがない。
獣には申し訳ないが、このようなお土産はちょっと困る。
左右にうろうろ歩きながら、どうしよう、と悩む。
置いておくわけにはいかないし、かといって自分で処理するとしたらどうしたらいいのか。
何より、捨て置かれた獲物を見たら、あの獣ががっかりするのではないか。
「……いやいやいやいや」
なんで獣の気持ちなど忖度しているのだろう、自分は。
そもそもあれは、獣ではない。
忘れたふりをしていたが、魔物の類だというではないか。
恐ろしい。
ふと、開きっぱなしだったノートに、文字が浮かぶ。
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<食糧確保について>
森の中にはたくさんの恵みがあります。
必要なだけ採取し、日々の糧としましょう。
また、植物だけではなく動物も豊富です。
貴重な栄養源として、美味しくいただきましょう。
ただし、魔物を食べるときは注意が必要です。
レベルが上がるまでは控えておきましょう。
また、大きな動物の処理も、レベルが上がるまでは主に体力面で難しいと考えられます。
そうした場合は、錬金釜を利用しましょう。
*魔物はなんでも食べます。
ちなみに、動物の場合、猫科イヌ科にネギを与えてはいけません。
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あぶねえ!
良かった魔物で!
ネギたっぷりチャーハンを与えた身として、心から安堵した。
最後の一行に気を引かれてしまったが、肝心なのはその前の部分だ。
そうか、錬金釜か。
釜の入り口よりも明らかに大きいが、心配はしていない。
どんなサイズのものも中から出てくるのだから、入れることも可能なのだろう。
紗良は、レンガなどの資材とともに置いてあった錬金釜を持ち、豚の元に戻った。
さらに、思いついて部屋に戻り、一番大きなサイズの密閉ジッパーバッグを取って来る。
釜の蓋を開け、魔法で豚を持ち上げて近づけると、ぐにゃりと豚が歪んですっぽりと中へ吸い込まれていった。
その上からジッパーバッグを何枚か入れ、蓋をして、ツノ部分に両手をおいた。
「生成」
ぼっふん、の手ごたえのあと、蓋を開けてみる。
部位ごとにパッキングされたバッグが出てきた。
紗良は、ふーむ、と目を閉じた。
魔法とはなんて便利なんだろう。
一体何に根差した力なのか、どうして使えるのか、疑問は尽きない。
けれど、考えたってどうせ無駄だ。
だから考えないけれど、この力があって本当に良かったと思う。
もちろん、与えてくれた誰かに感謝はしない。
異世界に連れてこられたことそのものは、紗良にとって望まないことだったからだ。
それでもなんとなく、紗良がここで生きやすいよう、最大限に考えたのだろうなとは感じていた。
出来上がったパックを魔法で運び、とりあえず冷蔵庫にしまっておく。
かなりパンパンになったが、冷蔵庫のサイズは一般家庭並みに大きいので、なんとかなるだろう。
ついでに、ドアポケットに入れてある瓶詰りんごの様子を見てみる。
ぷつぷつとした気泡が出来ていて、発酵が始まったことを示していた。
紗良は喜んで、それを一度取り出し、少し揺すってから蓋を開けた。
軽い発泡音と、ほのかなりんごの香りがする。
もう一度蓋を閉めて、冷蔵庫にしまいなおす。
順調なようだ。
外に出た紗良は、ファイヤーピットと、それから、もう一つ道具を作ることにした。
名前は分からない、
箱型で足がついていて、中に炭を入れ上に網を載せて使うやつ。
焼き肉をするのだ。
何度かの作り直しを経て、二つの道具は出来上がった。
【鍛冶】のレベルが上がったおかげもあって、最後はようやくがたがたしないものが完成した。
とにかく、うまくいかないものは、がたがたする。
元の世界の大体の家具ががたがたしないことに、改めて驚くとともに、自分の作品にとても満足した。
もうすっかり夕方だ。
紗良は、もうひと頑張りして、森の入口へ向かう。
木を切り倒し、薪の形にしたものを運び、それを錬金釜に入れる。
出来上がったのは、炭だ。
忘れていた、部屋に戻り、冷蔵庫からパックされた肉を取り出し、各部位を好きなだけスライスして皿に盛った。
玉ねぎとキャベツも切って、焼き肉のたれと塩コショウと一緒に、石のテーブルに運んでいく。
チェアの真ん前に、新たに作った焼き肉用コンロを設置し、炭を起こす。
相変わらず一瞬で熱くなった。
ゼミキャンプで苦労した思い出があるので、再び魔法に感謝する。
まずは一枚。
牛ではないので、ちょっと固くなるだろうが、まあ気にしない。
それよりも久しぶりの肉々しい肉だ。
しっかり焼いて、たれで一口。
「美味しい」
豚に似ているが豚ではない。
そのせいか、思ったより柔らかく、脂もしっかり感じられた。
一人焼肉なんて生まれて初めてだ。
でも、好きなものだけ好きなタイミングで好きなだけ焼いて食べられるのは、案外悪くない。
紗良はビールを傾けながら、のんびりと肉を食う。
月はずいぶん昇っている。
有名な星座しか知らないが、それでも、今見ている空が少なくとも日本のものではないことだけは分かる。
ひどく明るい空は、見える星の数がけた違いだ。
初めて見る夜空。
懐かしくはないことで、紗良は寂しさを感じない。
だから、今夜はきっと、とても良い夜だ。