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固まる紗良に対して、獣はやけに落ち着いた様子だった。

腹を地面につけた座り方で、ゆっくりとしっぽが揺れている。


これは機嫌がいいのか、悪いのか、猫を飼ったことがない紗良には分からない。

そもそも猫科でいいのだろうか。



無意識に後ずさってしまい、悪手だと思い直す。

蛇の時にした間違いを、あっさり繰り返す自分に舌打ちしたくなった。


しかし、獣はこれみよがしにあくびをしている。

くわぁっ、と開いた口は、鋭い牙と真っ赤な舌がのぞき、眩暈がするほど恐ろしい。



埒が明かないとでも思ったのか、獣がぐっと伸びをしながら立ち上がった。

でかい。

怖い。

のけぞる紗良の前で、獣は少しだけ離れた位置に移動し、またのっそりと座った。


分からない。

何がしたいのだ、こいつは。


ひどくゆったりした動作ではあるが、獣の目は、じっと紗良を見つめている。

ぺろりと口の周りを舐めている。



とりあえず、紗良はそろそろと部屋に戻り、素早くドアを閉めてからマニュアルノートを開いた。




**********************************


<生き物との共存・敵対 1>


基本的な考え方は、元の世界と変わりありません。

野生動物との共生は難しく、特に肉食の動物はみな敵と考えておきましょう。

草食動物を愛玩することは種類によって可能ですが、この世界の生き物は部屋に入れられないため、外飼いとなります。


あなたにとって危険な動物がいると同時に、あなたもまた、彼らにとって危険な存在です。

あなたはいずれ、狩りをするでしょう。

恐れ、かつ恐れられる、それが生き物との生活です。



*新しい魔法を覚えよう!


手のひらを空に向け 安全地帯(パルサス)



*近隣の動物の種類はこれ!



**********************************




つまり、あいつは敵。


何ページも使って描いてある動物の絵は、とりあえずおいておく。

それより、呪文の方だ。

これは以前に紗良が聞いた時、レベル不足で教えてもらえなかった、獣除けの魔法だろう。


さっと外に出る。



安全地帯(パルサス)!」



獣に向かって叫ぶ。

手のひらから、獣を含めて、紗良の周囲半径7,8mの範囲が一瞬ドーム状に光る。

そして獣からは、くああ、とあくびが返って来た。


「なによこれ! 効いてないじゃん!」


しかし、今までノートが嘘をついたことはない。

もう一度ノートを開いてみる。

確かに、獣除けとは書いていない。

楽園を意味する安全地帯という呪文はつまり、紗良にとって危険ではないエリアを創り出す、ということだろうか。


だとすれば、この獣は、紗良にとって危険ではない、となる。

まあ確かに、敵意がある様子ではない。

待つことに飽きたのか、前脚を伸ばして、そこにぺったりとあごをのせて寝そべっている。

まじでなんなんだこいつは。



開きっぱなしだったノートに、新たに文章が浮かび上がって来た。




**********************************


<生き物との共存・敵対 2>


野生の生き物という点において、元の世界との違いは、魔物の存在が大きいと言えるでしょう。

とはいえ、共生という点では野生動物とほぼ変わりありません。

魔物は攻撃力の高い肉食動物だと思いましょう。


魔物は野生動物とは違い、人間の食べるものはなんでも食べられる雑食です。

食料保存には十分注意しましょう。



*近隣の魔物はこれ!



**********************************



これ! じゃないんだよ。

魔物がいるのか、この世界に。


魔法があるから不思議ではないが、にわかには信じがたい。

紗良のイメージする、魔物が跋扈する世界とは、剣と魔法の世界だ。

確かに魔法はあった。

では、剣を持って戦うような世界でもある、ということだろうか。


そういえば、ジョブスキルらしきところには、【戦士】があった。

スマホを開いてみる。

【魔法使い】【賢者】【戦士】の他に、【召喚士】【弓術士】【暗殺者】と、いくつか並んでいる。

最初の三つ以外は、レベルがゼロだ。


「ガンナーとかない……機械系もない」


もしかして、紗良のいた時代より、ずっと遡った年代なのだろうか。

だとしたら、部屋ごと異世界転移したことがいかに僥倖だったことだろう。

もし部屋がなかったらと思うと、震えがくる。

いよいよもって、ここから離れる気が失せた。

やっぱり、ここで生きていこう。


決意を新たにしたところで、お腹が空いてきた。

昨日の昼頃に意識を失ってそれきりだし、魔力が枯渇したという点でも、何か食べたほうがいいだろう。



部屋に戻ると、炊けたご飯とフライパン、その他もろもろを持って再び外に出る。

すると、獣がすっと立ち上がった。

こいつのこと忘れてた。

それの目は、紗良の抱えているものに釘付けのようだ。



そうか、と合点がいった。

前回この獣は、紗良のホットサンドを半分食べて行った。

あれだ。

自然界にはない濃い味付けが、すっかり気に入ったのだろう。


「餌付けしてしまった……」


元の世界なら、炎上しているところだ。

野生動物を餌付けして生活圏に呼び込むなんて、あってはならないことだ。


ただ、ここには紗良以外誰もいない。

それに、魔法によって、敵意がないことも分かっている。


なにより、こいつは何か食べないと帰りそうもない。



紗良は仕方なく、かまどに火を入れ、フライパンをかけた。

サラダ油をたっぷりめに入れておく。


ねぎを細く斜めに刻み、ベーコンも細めに切った。

フライパンがしっかり熱くなったところに、ベーコンを入れる。


内釜ごと持って来たごはんに、卵を2個、直接割り入れてさっくり混ぜ、そのままフライパンに流し込んだ。

最初はあまり動かさず、火に近い部分が固くなり始めたら、底からこそげるように返していく。

全体がぱらぱらになりはじめたら、ねぎを入れる。


頃合いをみて、顆粒の中華だし、塩コショウと、ごま油を追加して、あおるように炒めたら、出来上がり。


木べらでそのまま、半分をどんぶりに盛り、紅しょうがを添えた。


少し迷って、残りの半分を、三個分のおにぎりにする。


「あっち、くっそ、あっつ……!」


ママが聞いていたら怒られるなと思いながら悪態をつき、必死で握ると、石のテーブルに載せた。

その手の甲に鼻息がかかるくらいの速さで、獣がやって来た。


何も言わないうちに、一つ目のおにぎりが牙の奥に消えた。

あ、ばかだな、と思ったが、止める間もなかったのだから仕方ない。

獣は、熱さに唸りだした。

ホットサンドで学習しなかったのだろうか。


そうは思ったが、ほんの数十センチの位置にいる重量感が怖くて、何も言わずにそっと離れた。


川で手を洗ってきてから、チェアに浅く座って、ねぎたまごチャーハンを食べ始めると、獣はすぐに二個目をぱくりと食べている。

続けて三個目。

あっという間にテーブルを空にすると、獣は、じっと紗良の手元を見た。


誰がやるか。

紗良が抱え込むように食べ始めると、不満そうにしっぽを揺らす。

それでも何も出てこないと分かったらしく、獣は、川へ向かった。

浅瀬で水を飲み、それから、悠々と山へと消えて行ってしまった。



紗良はほっとして、残りのチャーハンをかきこんだ。











さて、今日やらなければいけないのは、昨日の後始末だ。

意識を失ってしまったせいで、ハーブの採取場所に、全てを置いてきてしまっている。

最低限、ザックだけでも取りに行かなければ。



スマホはジーンズのポケットに、マニュアルノートはお腹に挟んでいたせいで、一緒に帰ってこられた。

マップ頼りで移動しているので、これは本当に良かったと思う。




三度目になれば、見覚えがあるな、という場所も増えてくる。

ずっとスマホ頼りも不味い気がして、一応、周りを見ながら進み、予定の場所にたどり着く。

靴の紙箱が四つ、そして土をぱんぱんに詰めた45Lゴミ袋が5つ、ちゃんと残っていた。


少し離れたところに、ザックも発見して、胸をなでおろす。

これがなければあとは、トートやショルダーバッグしかない。

失くしたら困るところだった。



全部まとめて、魔法で運ぶことにする。

箱の中のハーブは少ししおれていたが、コンテナに植えて様子を見るしかない。

根付いてくれるといいな、と思いながら、ザックをよいしょと背負った。


近くの食べられる植物とか、増えてないだろうか。

紗良はマニュアルノートを開いてみたが、最後のページは、近隣の魔物の絵が載っていて、どうやら新しい教えはないらしい。


「……ん?」


ふと、その絵の一つに目が留まる。

少し毛足の長い、黒ヒョウのような生き物が描いてある。



あらやだ、どこかで見たことがあるわね。








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― 新着の感想 ―
[良い点] おっきい黒猫ちゃんが仲間になって嬉しいです! お家の中の食材なら消費しまくれるから、猫ちゃんにいっぱいご飯あげられますね(*´ω`*) [一言] まだ11話目までしか読めてないから、最新…
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