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【2巻発売中】冒険しない私の異世界マニュアル  作者: 有沢ゆう


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柿の皮をむき、例によって結びにくいツルの先に一個ずつつける。

去年作って、物干しざおになっていたラックにぶら下げる。

相変わらず思ったような景色ではないが、去年より柿が増えた分、なんとなく見栄えは良くなったような。

そうでもないような。


「さて。どうなったかな」


神殿の祝福の話だ。

フィルが、大神殿で提案すると言っていた。

それも、議会でいきなり発表すると。

そうすれば、各神殿の神官はもろ手を挙げて歓迎するだろうし、教皇の一存でやめさせることは難しくなる。

もちろん出来ないことはない。

一番偉いので。

けれど、意味もなくそんなことをすれば、反発を招く。

だから結局、全ての神殿を平等に扱うことになるだろう、と。


「意外に策士……うーん、意外でもないか」


フィルは頭がいい。

色々と考え付くのは当たり前かもしれない。

ノートPCを持ち出し、神殿巡りをする場合のシミュレーションをしてみる。

スマホの地図には、すでに神殿の場所にピンを打ってある。

なぜか萌絵が大興奮して、神殿の場所をデータ共有してくれたのだ。


『えーっ、なるほど、やるなあフィル・バイツェル!』


それによると、大神殿を囲むように五つの神殿があるらしい。

距離はまちまちだが、どれも大都市だ。

教会は誰もが祈れるように国中にあるが、そのうち、人口の多いところが神殿に格上げされたのだろう。

利便性で決まったのか、領主の政治的パワーか。


問題は、これから冬に突入してしまうことだ。

何が問題かって。

寒くて、気楽に観光できない季節だ!


「春まで先延ばししちゃおうかな……」


さすがに紗良の我儘が通るようでもなさそうだが、それならせめて雪が降る前に行きたいものだ。

PCでテキストエディタを立ち上げ、五つの街の名前を書く。

それから、それぞれの下に、街の大きさと海からの距離、牧場らしきものの位置を書きこむ。

あとは、フィルや萌絵に聞き込みをして、特産なんかを訊こう。

楽しみになってきた。

ちょっとした旅行だ。

今までは知人を訪ねるか、仕事で訪れるばかりだったが、全く未知の場所に行くことになる。


「ヴィーも美味しいもの沢山食べようねー」


ヴィーはしっぽをびたんと床に打ち付けて返事をした。

ところで。

その隣には、とういちろうさんが寝そべっている。

あれから、彼はちょくちょく来ている。

というか、結構来ている。

そして、紗良のご飯を食べて、ごろごろしている。

ご機嫌なようで、なによりだ。


「とういちろうさんは小さくなれないのかな?

 そしたら一緒に行けるかもしれないのに」


そう言うと、ひょいと顔を上げたが、すぐにまた寝そべってしまう。

無理か。

っていうか、話通じないか。


「お腹空いてきたな」


いずれにしろ、お祈り興行はまだまだ先だ。

大聖堂についても結局先送りし、予定は決まっていない。

全ては、今日だか明日だかの議会の結果次第になるだろう。




紗良は、前々からやってみたかった、自家製ツナを作ってみることにした。

収納から、赤身の魚を取り出す。

かなり大きいが、気にせず三枚におろした。

外のキッチンは何がいいって、広いし、汚れを気にしなくていい。

いざとなったら、飛んだウロコも血も内臓も、水で一気に流すことが出来る。

これがマンションのキッチンだったら……うう、やだやだ。


やはり大きかったので、用意した鍋に入るサイズに切り分けてから、塩を振る。

臭みを取っている間に、今度は、これもミネットのところで買ってきたスパイス類を取り出す。

一つ一つ、匂いを嗅いでみる。

ツナに合いそうなものはどれだろう。

まず見て分かるのが、唐辛子、あとは粒コショウ、この辺は分かりやすい。

あとは、枯れた種みたいなものは、クミンっぽい匂いがする。

初めての料理だし、この辺でいいだろう。


必要分取り出して、残りは保存(ノヴァ)をかけて、先日新しくつくりつけた棚に収納した。

紙袋に入れて口をねじってあるだけなので、中身が分かりにくい。

どこかで、スパイス用の瓶みたいなものを手に入れたいものだ。


あとは、ニンニクをスライスしておく。

ちょうど、魚に水分が浮いてきていたので、キッチンペーパーでふき取る。

それから、鍋に入れ、ひたひたになるまでオリーブオイルを注ぎ、選び抜いたスパイスとニンニクも放り込んで、悲鳴をあげる。


「あー、火をつけるの忘れてた!」


慌てて薪を積み上げて、着火(フレーマ)してから、鍋を火にかけた。

温度が上がりすぎると揚げ物になってしまう。

中火くらいで、ふつふつと火が通るくらい。

上下の色に差が出てきたので、身を崩さないようにひっくり返し、また火を入れる。

いい匂いがすぎる。


隣で瓶を煮沸しておく。

火を止めて、粗熱をとる。

大きめの魚一匹分なので、それなりの量がある。


「ツナサンド。ツナサンドしかない」


かさ増ししなくても、ヴィーもとういちろうさんもたらふく食べられるはずだ。

パンはまだ焼いたばかりなので、沢山ある。

少し固めで、魚のサンドイッチにぴったりだ。


玉ねぎをみじん切りにし、きゅうりを薄く薄くスライスして、塩もみする。

冷めたツナと一緒に、マヨネーズであえ、パンにはさんだ。

ツナの残りは、瓶に詰めておく。


紗良はパンの耳が好きなので、切り落とさない。

香ばしくてちょっと噛み応えがあって、美味しいと思う。

パンをまるまる二枚分、それを半分に切り分けて、一人分。

二匹はその倍。

具はたっぷり。


「ツナサンドだよ」


並んで座って待っていた二匹の前に、フードボウルを並べる。

ヴィーは躊躇なく食べ始めたが、とういちろうさんは慎重に匂いを嗅いでから食べ始めた。

生き物としては、とういちろうさんが正解だろうな。

ヴィーちゃんはもうちょっと考えようね。


それにしても、しばらくあちこち出かけていたから、久しぶりにのんびりした日だ。

かみついたツナサンドは、スパイスの効いたオイルがマヨネーズと混じり、香りが立っている。

何より、魚自体が美味しい。

キュウリの歯ごたえも良い。

いい出来だ。

これは常備しておきたい。


ミネットの領地には転移できるようになったので、いつでも魚を買いに行ける。

それに、あのパイも。


「……ねえ、二人とも。パイ食べる?」


意味が分かったとは思わないけれど、二匹とも目がきらきらしている。

ように見える。

そうかそうか。

君たちが食べたいのなら、仕方がない。

仕方なく付き合おう。


パンくずを払って、コーヒーを淹れてから、パイを三つ取り出す。


「いただきま……」

「あら、美味しそう。見たことないパイね?」


今まさに口に入れようとしたが、唐突に萌絵が現れてぽかんとする。

彼女は、勝手に皿とフォークを出し、コーヒーを淹れて、紗良の向かい側にちょこんと座った。

半ダース買ったのに、今日で四個消えてしまう。

いつもは全く思ったことのないいじましい発想に、ぶるぶると頭を振った。


「ウィンザーネ領の郷土料理だって」

「ふうん、どれどれ」


フォークを入れた萌絵は、さくっという感触がなかったことにちょっと不満げな顔をしたが、一口食べてから、恍惚とした顔で目を閉じた。

分かる。

分かるとも。


「やばすぎでしょ……」

「すごいよね、色々と」

「ねえ、これ、トースターで少しだけあっためたら、最高なんじゃないかな」


なんてことを思いつくんだろう。

紗良はすぐさま、二人分の皿と、二匹分のフードボウルを回収し、部屋に戻った。

それぞれのパイの下に、ホイルで皿をつくって敷き、30秒だけチンする。

ちなみに、二匹の分はもうほとんど残っていなかったが、せっかくだからと奪い取ってきたものだ。


ホイルごと皿に戻し、全員に配る。

表面のシロップがカリッとして、バターはじんわりひたひたになった。


「どこのパイですって?」

「ウィンザーネ領。ねえ買い占めるつもりじゃないよね?」

「そんな悪いことしないわよ。

 ちなみに津和野さんは何個買ってきたの?」

「六個」

「なるほど」


何がだ。

銀の尻尾亭はちょっといい店だったし、パイは大量生産の訳もないから、買いに行くタイミングによっては買えない危険がある。

萌絵とかぶらない日にしないと。


「……ところで、今日はどうしたの?」

「うん。例の議会が今日だったんだけど。面白かったから教えに来た」

「あ、あれね。どうなったの?」


思わず身を乗り出す。


「神官長の意見が通ったわ」

「わお。ほんと?」

「ええ。あなたの心優しい気持ちを無下にできないとか、女神様がどれだけお喜びかとか、それが教皇庁全体への信仰の力を引き上げるとか」

「大演説だね」


萌絵は、ニヤリとした。


「そう。フィル・バイツェルは、教皇に推薦されることを阻止しようと、女神像の祝福の平等性を保持した。

 でも、皮肉にも、その人を引き付ける演説が、彼こそ次期教皇にふさわしいという、関係者たちの心象を引きずり出した」


どうやら、フィルも読めないことがあるらしい。


「もちろんまだまだ先のことだよ。

 誰かに聞いたかもしれないけど、女神様に仕える人間は、寿命が長いの。

 でも、いつかはその時がくる。

 もしフィル・バイツェルが教皇になれば、当然、大聖堂からは離れることになるし、この森にも気軽に来ることはなくなる」


萌絵は、じっと紗良の目を覗き込んだ。


「何度も言うけど、まだ先よ。決断をする時期ではない。

 けれど、いつかその日がくるということは、覚えておいてね?」








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― 新着の感想 ―
書籍化までしたのにエタかー。なろう系はこういうのが多いから、結局買わないのが一番なんだよな。最初から完結させる気が無いなら本にする必要ないだろうに。
続きが読みた過ぎる。。何卒。。
トースターもレンジも温めるのは等しく「チン」だよねわかる 「甘いパイ」ってもしかしてバクラヴァみたいなイメージでしょうか?いいなぁ…食べたいなぁ…
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