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帰りも馬車で、と言われたが、どうやらミネットは領地にまだ残るようだったので、アンナと二人で転移で帰ることにした。
アンナは初めての体験に興奮していたし、ウィンザーネ家の面々に興味津々で見守られながら、ネルフィアに跳ぶ。
ミネットは一緒に来たそうだったが、例の侍女にしっかりと袖を掴まれていた。
「すごく刺激的な休暇だったわ!
紗良さんといると、自分がまるで普通じゃない女の子になったみたいで、楽しくなるわね!
これで、来週からの学園も頑張れそうだわ!」
平民なのに選ばれて貴族の学園に通う、富豪のお嬢様が、一体どう普通じゃないのか聞いてみたかったが、長くなりそうなのでやめにする。
代わりに、また遊ぼうと約束をして、河原へと転移した。
「ただいまー、っと」
やっぱり家はいいわね、などと思いながら、荷物を部屋に入れ、まずはお湯を沸かす。
その間に、気楽な恰好に着替えてから、コーヒーを淹れた。
ウッドデッキに座り込んで、一休みだ。
あのパイを……だめだめ、昨日食べたばかりだ。
気をそらすために、ヴィーの様子を確認する。
元の魔物の姿に戻って、河原でがぶがぶ水を飲んでいた。
「あ、忘れてた」
洗濯カゴに放り込んでいた魔法使いスタイルのマントポケットから、春子の簪を出す。
ついでに、そのまま洗濯機を回すことにした。
基本的に、紗良の服はリセットされるが、このマントは外から持ち込んだものなので対象外だ。
勝手に綺麗にはならないので、洗う必要がある。
スイッチを入れて、外に出た。
ふーむ。
見れば見るほど、アンティークの簪だ。
おそらく真鍮製のようだが、金メッキが綺麗に残っている。
「とういちろうさん、次はいつ来るかな」
彼はたびたび、お土産を持ってきたり、ヴィーと昼寝をしたりしに来るが、気ままな訪れなので間はまちまちだ。
とりあえず、春子の気配でもしないものかと、ウッドデッキのテーブルに載せておくことにする。
匂いでもして、訪ねて来たら良いのだけど。
「ぶわっ」
河原に風が吹き、それが思ったより冷たかったので、思わず声が出た。
寒っ。
聖なる森はそれほど寒い地域ではないが、さすがにもう秋も深まってきたから、寒いことは寒い。
ウッドデッキに床暖を入れ、上着を取ってこようと立ち上がり、ふと思い出した。
そうだ、柿をとってこないと。
渋柿を干すのだ。
前回はとても美味しくできたので、今年も挑戦するつもりだ。
「まずはツルをとってこないと」
ご神木の足元辺りに生えているツルだ。
色々と山を歩いては見たが、あれが一番、細くて丈夫だった。
柿を結ぶにはちょっと太すぎるが、他の種類は固くて結べなかったり、棘があったりする。
予定より着込み、得意のビニール袋をザックに入れて背負う。
「ヴィー、柿とりに行くよー」
声をかけると、魔物の姿のまま走り寄ってくる。
久々に黒猫じゃないバージョンを見ると、でっかいな。
「まずご神木のところ」
言うが早いか、ヴィーはくるりとその場で回った後、勢いよく走って行ってしまった。
紗良と転移するのではなく、物理移動らしい。
体が鈍りそうだからこちらも足で、と一瞬考えたが、面倒くさくなって転移を選ぶ。
旅行帰りじゃなければ、そうしたけどね。
当然のように先についていたヴィーは、ご神木の根元に落ちている実をぼりぼり食べている。
紗良もいくらか貰った。
栗みたいで美味しいんだよね。
そのまま、近くのツルを切断で採取する。
今年は結構作りたいよね。
おすそわけしてもいい。
知り合いが沢山出来たので、一人あたり三つとすると。
「あ、だめだ。森の食べ物はあげちゃ駄目なんだったー。
あれでも、柿がなっているところは、聖なる森じゃないよね。
ここを通らないと行けないから誰もいないけど、転移でなら行ける場所だし」
マニュアルノートを取り出してみる。
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あなたの示す柿は、聖なる森のものではありません!
ご自由になさって結構です。
また、本来、例え聖なる森のものであっても、あなたの行動を制限されるものではありません!
ただし、制限を告げた者の懸念は、過去にも例があります。
判断は自由ですが、自由には危険もつきものです。
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怖いこと言い出した!
制限を告げた者、というのは、フィルのことだろう。
正確にはさらにその上、教皇様あたりだろうけれど、そうか、過去にもあったのか。
紗良は、とりあえず言うことを聞いておくことにした。
「でも柿はいいってさ」
それを聞いたヴィーは、再び、勢いよく走りだした。
紗良はもちろん、【お地蔵石】に転移する。
そこから少し歩いたところが、柿の木のあるところだ。
ビニール袋を出し、下で広げて構えつつ、切断で実だけを狙い撃ちする。
結構重みがあるので、ドスッ、と落ちてきた。
この上に別の柿が落ちたら、潰れそうだ。
紗良は、落ちた実を右手で受け止め、左手のビニール袋に集めることにした。
そうやって、20個ほどとると、袋が一杯になった。
「もういいかなー」
木にはまだまだ沢山なっているが、これは紗良だけのものではない。
動物たちも食べるかもしれないので、この辺にしておく。
渋柿だから、食べるかどうかは分からないけれど。
「さ、帰ろうか」
ヴィーを振り向くと、その後ろに、見慣れた姿があった。
ちょっとだけ、いるかな、と思って、柿のことを思い出したのだ。
「こんにちは、とういちろうさん」
彼は、わふっ、と挨拶をした。
河原に戻り、とういちろうさんに簪を見せると、彼はそれを熱心に嗅いだ。
そして、やさしく口でくわえると、デッキの端に持っていき、そこにそっと置いて横に寝そべる。
そのまま、まるで話をするように、簪に口を寄せたり、ごろんと転がったりしている。
「ヴィー、ちょっかいかけないのよ」
しばらく放っておいてあげよう。
ヴィーも空気を読んだのか、神妙な顔をして座り込んだが、そのうちお腹を出して寝てしまった。
とういちろうさんは、そのまま夜まで過ごし、ご飯の時だけ起きてきて一緒に食べたが、すぐにまた、簪と添い寝した。
夜も更け、ヴィーは完全に眠り込み、紗良も寝ることにする。
「おやすみ、とういちろうさん」
返事はなかった。
翌朝、とういちろうさんの姿はなかった。
そして、テーブルには簪と、綺麗な白い花が置いてある。
紗良が見たことのない花で、もちろん、とういちろうさんが並べて置いたのだろう。
どういう意味か分からないが、簪は持って行かなかったようだ。
首を傾げつつ、朝食にトーストを食べていると、フィルの鳥が飛んできた。
祝福の件で、というので、訪問を了承する返事を出す。
「こんにちは、紗良様」
「こんにちは」
おや、とフィルがテーブルの上に目をとめる。
簪と、白い花だ。
「その装身具は……」
「これ、私より前の世代の『半身』の持ち物だと思うんですよね」
手に取って見せると、フィル自身は触ることなく、じっくり観察している。
「このような意匠は珍しく、そもそも形自体もこの辺にはないものです。
しかし実は、数代前の聖女様の姿絵に、これに似た髪飾りがあった気がするのですよ」
「え、半身じゃなく、聖女の?」
「それは、どなたかから贈られたものだと聞きました。それこそ、半身様から聖女様への贈り物だったのでは?」
確かにその可能性はある。
あれだけとういちろうさんが寄り添っていたのだから、元の持ち主は春子に違いない。
けれど、それを聖女に贈るだろうか。
「この白い花は、聖女を讃えるための特別な花です。生えている場所も特別ですし、手に入れるには許可が必要です。
しかし、逆に、これを添えることが、聖女への捧げものを意味することになります」
ということは。
とういちろうさんは、春子の意志に従って、この簪を聖女に贈ろうとしているのだろう。
あんなに離れがたい様子だったのに、手放してもいいと言っているのか。
それが、春子の望んだことだから。
とういちろうさんは犬ではない。
魔物だ。
けれど、二人の間には、確かに深い結びつきがあった。
この簪を、春子が身に着けていた時期もあっただろう。
そこに染み付いた思い出は、とういちろうさんの中にもある。
「でも……春子さんがそうして欲しいって言ったから?」
優しさなのか、義務感なのかは分からない。
けれど、夕べ見せたあの執着のような気持ちを捨てて、ここに簪を置いて行った。
「とういちろうさん……どこに行ったんだろう」
思わず立ち上がる。
春子の思い出を置いて、どこへ?
もしかして、彼は――。
何か焦りにも似た気持ちを抑えきれず、森の方向を振り返る。
わふっ、と声がした。
「あ。え。お。おかえり」
とういちろうさんが、何かをくわえて立っていた。
わっふわっふとしっぽを振って、紗良の足元に落とす。
鳥だ。
でかめの鳥。
そして、期待を込めた目で、紗良を見つめる。
「う、うん、何か作ろうねー」
そう応えると、満足したようにウッドデッキにどっかり座り、ごろんと横になった。
紗良は咳ばらいをすると、フィルに向かってにっこり笑った。
「フィルさんも、食べていきます?」
新連載開始しています。
「公爵令嬢はメイドの忠告をきかない」
https://ncode.syosetu.com/n6195lp/
悪役令嬢への道を回避せず全力で迎えうつ強気令嬢のお話。
全十話、結末まで執筆済みです。




