表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

六話


フィル達が大通り沿いの飲食店を出ると、約束の集合時間だと思われる頃合いになっていた。


この世界に正確な時刻を測るものなんて存在しないのだが、この伯爵領には日の出から日没まで一刻毎に自動で鐘が鳴る。



ーーーこれも魔道具のおかげなのかな。



到着した時に日の出から四刻の鐘が鳴った。


そこから鐘が4度鳴り響いた時、村長達と城門塔付近で合流する予定だ。

食事をする前に3度目の鐘の音を聞いているので、残り時間は僅かだ。


フィル達は集合場所に向かいながら、商店を見て回る。ダンケルが砥石を購入する以外は特に買い物はなかった。


城門塔付近に到着すると、丁度鐘の音が鳴り響いた。周囲を見渡すと、二隻の馬車がこちらに向かってくる。癖毛の青年御者がこちらに手を振っているのが見える。


「すいません。少し道が混み合っていまして。お待たせしましたか?」


「いいえ、さっき到着したばかりですよ」

エラは柔らかく微笑む。


馬車に乗り込むと村長親子は別々の馬車に乗車していた。



乗車用馬車には息子アルニスとアリスしか居らず、重たい雰囲気を感じた。アリスは焼き菓子を頬張っていた。


ーーー何かあったのだろうか?



******************



馬車で街を出て一刻が過ぎた。行きと景色が同じであるがフィルが景色に飽きる事はない。


街道沿いに広がる雄大な草原は微風が吹き、俄に騒いでいる。


その遥か奥に見える富士山をも越えるであろうタライタ山脈は濃藍色の空に稜線を浮かびあがらせている。


雲がかかり山頂は見えないが、雪を被っているのがわかる。



ーーー前世では忙しない都会などではなく、田舎で自然と共に呑気に過ごしたいと考えていたな。こんか形で叶うとはなあ。



この世界の自然は元の世界より厳しさはあるが、この自然風景を見るとフィルを呼んでいるような気がした。



フィルが呑気に景色を眺めていると、重たい雰囲気は感じ取っていたエラは村長一家を心配していた。


「なにか...あったのですか?」


「エラさんが心配するような事ではありませんが...、ラヴディ伯爵領の税務官から難しい事を頼まれまして」


「はあ。私は聞かない方が良かったですか?」


「いえ、まあ。何というか」



ーーー歯切れが悪いな。本当になんなんだろ。



「実は年明けから伯爵領全体の税負担が増えるそうです。これはどの村もそうなのですが、村民に説明する事を考えると頭が痛くて...」


「あら、アルニスさんが説明するの?」


「今日の話を聞いて、父に丸投げされまして。喧嘩になりました」

苦笑いしながらも、ため息を吐く。



ーーー確かにあの村長は臆病な性格をしていたな。



「あなたは次期村長ですものね。来年からは何割程増えるのかしら」


「おそらく、三割程かと...

何でも西のベルマレン公国との戦争に備えるため、戦争のない東側領地は税負担を増やすとの政策が帝都から御達しがあったらしく」


「そうなのね。私達も薬師協会でお話は聞いたわ。魔大陸の植民地国境付近で小競り合いが続いてるらしくて、来年から戦線拡大に本腰を入れるらしいわ」


「そうですか。三割も負担を増やしたら、村民達に何を言われるか。一部の人には生きていく事を諦めろと告げられるようななものです。私はどうすればいいのでしょう…」


「......。ごめんなさい。私にもわからないわ。

優しいあなたは辛い事ね」


「いえ、いいんです。これも役目なので」


アルニスはこの小旅行で少し老けた気がするくらい、精神的に疲れていた。

そんな父を憐れに思ったのか、アリスが父の背中を摩っていた。


フィルはアリスは傍若無人かと考えていたが、話を聞くと意外と家族想いであることがわかる。



ーーー外弁慶の子なんだろうな。



************



太陽が西の彼方で朱色に輝きを増す頃に馬車はテルルト村へと到着した。


エラ達と共に荷を纏めて、お世話になった村長一家と御者にお礼を言うと急いで帰宅する。


ーーー日帰りだとしても、脳筋旦那が心配なんだろうな。



家からは歌声と灯の光が漏れていた。玄関扉を開けるとロベルがネルのために子守唄を下手糞ながら歌っていた。


少しだけ面白可笑しくなり、フィルの顔がニヤける。



「ただいまネル、あなた」


「父さん、帰りましたよー。」


「帰ったぞ」


ロベルは一瞬全身が硬直するが、平然を装う。


「あっ、ああ、おかえり」


「あうーあ、う」

ネルもお帰りと言っている気がした。



ーーー転生者じゃないよ、な?



「すぐ夕飯にしますので、ちょっと待っててください」

エラは急いで2階に駆け上がり、ダンケルは荷解きをしながら、購入品を整理する。


フィルは水桶から水を救い、手を軽く洗う。


「ラヴディ伯爵領は楽しかったか?」


「物凄く!母さんが本を買ってくれたんですよ!」


「ん。そうか、それは良かったな。だが、男たるもの身体を鍛えねばならない。

お前も身体が出来上がったら剣を教えてやろう」



「う、うん。今度おねがい」



ーーーおれは自分に剣の才能があるとは思えなかった。

おそらく、おれは敵を目の前にすると足が竦み、逃げ出す。動物を殺す事でさえ、躊躇う軟弱者だ。人斬りなんてできやしない。

おれにとって剣を持つ事は死ぬ事だ。戦場には行ってはいけない。

そんな事に頼るより、薬学だ。 


辛うじて残る地球の知識とこの世界の薬学を掛け合わせれば、この世界でも生きていける気がする。

後は治癒術の才能があれば最高なのになあ。




フィルはこの世界に転生してから6年になるが、一度も魔術を使用してない。


帝国では幼い子供の魔術を禁止されている。

魔力は年齢ともに最大量が増加していく。


旧・アルカンタラ帝国時代に10歳に満たない幼い子供が魔術の加減がわからず、魔力欠乏症なり死に至る事件が多々あった。

ちなみに、魔力充填水薬に欠乏状態をすぐに回復させるの即効性は無く、緩やかに回復を促す。



例え、無事に魔術を行使できたとしても、善悪の判断ができない子供が使用する事は危険である。



帝国法三十二条により、魔術行使は10歳以上に限られる。違法行使者は両手切断刑に処され、生涯杖が握れなくなる。



そもそも、魔術を具現化レベルに行使できる者は少ない。この村ではエラしかいない。

そのエラも水の魔術しか使用できない。


正確な分子は知らないが、大都市だとしてもそこまで多くはない。


魔術は詠唱により、体内の魔力を糧として発動する。


魔術の分類は


四大術と呼ばれる 『火術』 『水術』 『土術』 『風術』


六大術と呼ばれる『雷術』 『氷術』 などなどがある。



また、『身体強化術』という僅かな魔力持ちでも使える魔術擬きの術もある。ダンケルとロベルもこれを使える。



魔術はその方にも治癒術、特異術や混合術、観測術があるらしく、詳しい詳細は誰も知り得ない。魔術は太古の時代から受け継がれる技術であり、それを隅々まで知ることは歴史を全て知るということだ。



とりあえずフィルは無闇に手を出していいものでは無いということは理解している。



ーーおれはこの世界の初心者の子供だ。郷に入っては郷に従おう。



フィルがそんな事を考えている内に、エラが台所の薪に火を灯す。急いで具材を放り込む、水と調味料を加えて煮込み始める。


料理が完成すると、卓上に並べる。

家族皆んなが席に着くと湯気立つ食材に祈りを捧げて、料理をいただく。



ーーー今日はいい日だった。

寝る前に今日買った冒険譚を読もう。ああ、でも蝋燭無駄遣いは母さんに怒られるな。


また、次はいつ街に行けるのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ