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虚影⑦

最後に霊能総へ足を踏み入れてから約二週間が経過した。

命達は、霧雨快晴に優先的に情報を流してもらえるよう計らいを受けているにも関わらず、あまり多くの有益な情報は受け取ることが出来ないでいた。

原因はひとえに虚影(きょえい)の怨霊の特異性にある。特別な能力、と置き換えても良い。


霊能総の調べで判明したのは、その存在自体が呪いの()()()モノである。ということだ。

正しく、手順の踏まれた"呪術的側面を有した現象"ではないため正確に呪いではない。

故に、呪いに気づくことのできる霊能力者は気づくことが難しかった。

今回の特異性を判明させるのにも、命と白菊の『認識狂いの呪い』について情報共有がなければ判明は難しかったらしい。呪いではないとはいえ、似た現象であることからこの特異性の名前はそのまま『認識狂いの呪い』で落ち着いた。

それを聞いた白菊は渋面を作ってはいたが、実際問題"『認識狂いの呪い』にかかった人間の守護霊"という第三者になり切れない第三者にしか判明させるのは十中八九無理らしい。過去にも同様の事象があったと白菊からの報告を受けてもなお、その呪いと同一視されるのに一週間ほど有したのだ。


更に認識が狂う、という特性の他に記憶を混濁させる側面もあるのだと云う。主に、この悪霊へ遭遇した旨の記憶を。

様々な証言や霊力残滓を照合・確認の結果、むしろその性質は遭遇した記憶の混乱を招く方が主体の特性であり、認識への影響は副次的効果であるという。

そんな厄介な能力を持っているために中々調査が難航しているらしい。

虚影の悪霊自体、最近になって存在感を示し始めた悪霊のため優先的に除霊するよう、呼びかけがかかっていた訳でもなければ、除霊隊が編成された訳でもなかった。


また厄介なことに、ランクSに該当する悪霊は実は結構な数がいるため、虚影の怨霊だけ特別視するわけにはいかない。

行方不明届が出されていなかったり、『認識狂いの呪い』によって被害者数が増加する可能性も否定はできないが、現状は虚影の怨霊よりも他のネームドの方が優先されていることは否定できない。

こと霊関係において情報収集能力に関しては霊能総に勝るものはない。

故に、命達が独自に動いても得られるものはないだろうということで、特に今はすべきことはなかった。


だがこの二週間で判明したことは虚影の怨霊に関してだけではなかった。

それは美影優の事。彼は、見える側の人間だった。

見える、と言ってもはっきりと姿を視認できるわけではなくぼんやりと「なにかいる」程度らしいのだが、それでも十分に驚きである。

真偽を確かめるために白菊が見えるか聞いてみたが、「しろい、女性?」と言っていた。造形は分かるが顔のパーツなどの判別を出来るほどの霊視ではないらしい。

それにしても海渡高校の霊が見える率は大分おかしい。

人口一億人弱の現代日本で、霊を見ること以上が出来る人間は0.001%程だと霊能総は発表している。

その中でも祓う能力のある人間はその5%程だというのだから、いかに霊能力者が少ないかが分かる。





金曜日の夜。命・白菊・春花はある山の麓にて赤城澪を待っていた。

赤城が霊能者だと判明した今、協力しないという選択肢はない。同校の同学年にそんな存在がいるのだから、なおさらだろう。

その協力者である赤城の戦闘能力を計るのが、今日集まった理由である。

時刻は二十一時過ぎ。命は両親が死んでいるため時間の制限がなく、春花の家も放任主義の過程なので迷惑さえかけなければ何時に出歩いてもよいという。

問題は赤城家だったが、「問題ない」と言われたので来れるのだろう。だが、集合時刻二十一時を過ぎても赤城はまだこの場に来てはいなかった。

一応連絡先は各々交換して、いつでも連絡は取れるのだが、命が「来るって言ってたから大丈夫」といい電話はしなかった。


待っている間に各々持ち物の確認を改めてすることにした。

命が持っているのはメインウェポン霊刀・流星(りゅうせい)と各種霊符(れいふ)

白菊は自前の霊符と緊急用の霊力が詰め込まれた爆弾、『Retreat of GhostBobm』を持つ。

Retreat of GhostBonmとは霊能総の開発した霊体にのみダメージを与える代物で、建物や自然に危害を加えることのない特別製だ。通称『RoG(ログ)』。ちなみにだがRoGは一つ二万円ほどするため、多様はしたくないが死なないために必要だと割り切って使用する霊能者が多い。

そして唯一戦闘能力の持たない春花は、防衛手段として左手にガントレットを装着している。

例にもれずこのガントレットも霊能総製であり、霊力が常に纏われている。内部にはバッテリーの代わりに霊力の詰め込まれた電池のようなものがあり、それが切れると纏う霊力も消えてしまう。

一応の防衛手段だが、そもそも今日はそこまで強力な霊を祓うつもりもないので十分だろう。

いざという時のために白菊も連れているのはそのためだ。


互いに確認し合い、よしと意気込む。

ランクで言えばD~Cの悪霊を祓いに行くつもりだが、用心するに越したことはない。なにせ命を懸けている。こんなところで死ぬつもりはないと誰もが思っているが、死ぬときは死ぬ。それが準備不足が原因だったらそれこそ死にきれない。

ふと命が見る腕時計の針は二十時十五分過ぎを指していた。

遅いなと思いながら顔を上げれば、遠くから走ってくる人影が見えた。十中八九赤城だろう。こんな夜に街灯もない山の麓でランニングする人間でなければ。

夜目に慣れた三人が遠くに見たのはやはり赤城だった。少しだけ息を切らして、一呼吸の後に「ごめん」と謝罪をした。


「家の人と、ちょっと話してて」

「大丈夫、持ち物は確認した?」

家の人、という妙な言い回しに三人は違和感を覚えたが、今そこを突っ込んでも仕方ない。

とりあえず先ほどまでしていた装備の確認を赤城に促す。赤城なら問題ない、と思っているのだがなにせ格好は制服だった。平日の夜とは言え、急いでいても制服から着替える時間はなかったのだろうか。学校の後のまま来ていたのだとしたら、準備はできていないに等しいと言えよう。

だがそんな考えに反してスカートのポケット、スカートの下に隠れている太ももに装着したホルスターをポンポンと叩いて、「準備はできている」と言った。


少々の疑惑を覚えたが、霊力がそこまで溜まっていることのないこの山で後れを取るようなら、命の追う『骨肉(こつにく)の怨霊』を祓う手伝いは出来ないと考え、あえて言及は避けた。

「さて、赤城さん。今日は赤城さんの戦闘能力がどれほどか、見せて欲しいんだ」

赤城はコクリと頷いた。事前に話して、その上でここに現れたのだから認識は間違っていなかったようだ。

確認した赤城の持ち物は自前の霊符のみであり、どうやって戦うのか疑問だった。それも含めて教えてくれると嬉しいと考えて、四人は山の中へと入った。


あくまで山なので、目的が達成されるまでは山登りである。どれだけ鍛えていようが山道を登れば息が上がるし疲れるものである。

だが命と赤城は霊能者であり、霊力による身体能力強化があれば比較的楽に登山することが出来た。春花も命から霊符によるバフで二人と同様に尋常ではない速さで歩くことが出来る。白菊はそもそも浮いているし、幽霊なので息切れもない。

と、人外パワーで一時間もかからずに山の中腹まで進むことが出来た。


しかしここまで一体もまだ幽霊を見ていない。

できるだけランクD~Cの悪霊の多い山を近場からチョイスしたのだが、ビビりすぎていたのだろうか。

こちらの霊力が相手に対して強すぎると、力の差を本能で理解し、出てこないことが多々ある。

「僕はそこまで強いわけじゃないし、白菊さんは守護霊だし……。土井さんならともかく」

休憩時に思わずボソリと命がぼやく。

「「ドイ?」」

春花と赤城が同時に聞き返した。


「あ、はっぴーあいすくりーむ」

「なんじゃそりゃ」

突然の「ハッピーアイスクリーム」発言に春花が眉を寄せた。

赤城が知らないの?と首を傾げた。知らない、と春花が頷く。

「同じ事言ったとき、はっぴーあいすくりーむと先に言うと、言われた方はアイスを奢る」

「ええ何そのミーハーなやつ……。お前、意外とそんな感じなのな」

「そんな感じとは」

「なんつーか、あんま冗談言わなそうっつーか、通じなそうっつーか」

「私は結構ユーモアがある」

「本当にある奴は自分じゃ言わねえな」


赤城が至って真面目に、表情を崩さずに一連のやり取りをみた命は、初めて会った日を薄ぼんやりと思い出した。





あの日は入学式だった。桜は早咲きで、入学式の時には半分ほど散っており、漫画・アニメのような情緒ある思い出深い入学式とはあまり言えなかった。

それでも風が吹けば桜の花弁は舞い散り、桜吹雪を作っていたのは覚えている。

校門をくぐればそこには新入生を祝福するように教諭が立ち並んでいた。掲示板に張り出された自分のクラスを確認し、組の書かれたプラカードを持つ担任のところに必要書類を取りに行け。ということらしい。


自分のクラスを確認し終えた命は、春花を探すために携帯で電話をかけようとした。その瞬間に春一番とも言えるような突風が吹き抜けて、危うく形態を落としそうになった。

強烈な風圧だったために各所から様々な声が上がっていた。

『すごい風だったね』とか、『セットが崩れた』だとか様々だった。命もすごい風だったなー、と心の中で思うもそれを共有する相手がいなかったため口には出すことはなかった。

そんな声の中、帽子が飛ばされて木に引っかかったという女子生徒の声が聞こえた。


自分の手で何とかできるなら、と思い声のする方まで歩いて行ってみた。木の上部を見てみると、確かに白いベレー帽が高い位置に引っかかってしまっている。アレを被ってくるとは相当なオシャレさんだなと女子生徒の方を見れば、もう既に制服が改造されつつあった。

それはさておき、どうやって取ろうかと模索してみる。

春花が居れば肩車でも出来ただろうが、命単体ではどうしようにも高すぎた。霊力による身体能力強化も考えたが、それを行うには人目がありすぎる。

見ているだけではどうしようもないため、とりあえず当該女子生徒へ声をかけることにしてみた。


「あの帽子、君の?」

「あ、えっと…」

女子生徒が少し戸惑い気味に命の方を見た。いきなり声をかけられたら、確かにちょっと怖い思いをするかもしれないと思い立ち、自己紹介をしてみた。

「僕は雪代命。一年二組だったよ」

「同級生か…。私も一年二組だったよ。名前は沖山綺羅(おきやまきら)、一年よろしくね」

沖山と名乗った女子生徒は意外にも好感触で命に接した。飛んだベレー帽を何とかしてくれるかも、と希望を抱いたのかもしれない。


「さっきの風で飛んでっちゃって……。雪代君、取れる?」

半ば諦めたように、木を見上げたまま問う沖山。

「学校なんだし、脚立でも梯子でも、そういうのがあるんじゃないかな。聞いてくる――」

「ああ待って待って!確かに大切だけど、入学式もまだなのに騒ぎを立てたくないのよ」

それもそうだと思いなおし改めて木に向き直った命だが、だとしたらどうするべきか。という代替案も浮かばない。

周りにはそれに声をかけてこようとする生徒もほぼいない。声がかかったと思ったら「大変だね」と言う程度で、どう取るべきか案すら出さずに見守るだけであった。沖山の言うように騒ぎに巻き込まれたくないのかもしれない。


そんな時に駆け出したのが赤城澪だった。

格好はもちろん制服だ。ブレザーにスカートの上革靴である。本来走るには適さないが、それを感じさせないスピードだった。一歩一歩アスファルトを踏みしめて十五メートルほど助走のために疾走して、跳んだ。

海上を跳ねるトビウオのように、前方向へと勢いよく出された右足から()()()()()()()

三歩目で更に斜め上方向に跳び上がった後、空中帽子を掴み、自然落下の末にアスファルトで革靴の底をガリガリと削りながら着地した。


「空中で……?」

絶句した。きっと誰にも見て取れていないだろうが、彼女は枝で帽子が傷つかないよう()()()

外していた。異常な現象だったが、霊力による身体能力強化ではないことは命が見ていた。

それ以前に、そもそも垂直に立つ木の幹を三歩駆け上がるのに加えて、上方向へ更に跳んでいる。理論上可能とは言え、あくまで理論上の話だ。実現は無理だと思っていた。


あと、あまり大きい声で言うことは憚られるが、全然スカートも捲れていなかった。本当にどうやったのか……。

だからこそ素の身体能力でコレか?と絶句したのだ。


命の啞然とした表情を一切見ることもなく、白いベレー帽をポンポンと叩いて汚れを落とし、「ん……」と一言にも満たない一文字で沖山へ差し出した。

「あ、ありがとう……」

謝辞と帽子の交換会を終えたと思ったら、笑顔の一つも見せることなくスタスタとその場を去っていた。

姿が校舎の陰に隠れて見えなくなった瞬間、周囲の生徒たちが沸いた。細かいことは置いておくとしても、誰がどう見てもスーパープレイだったことは火を見るよりも明らかだったからだ。


騒ぐと言っても周囲の知人とその話をする結果騒がしくなっているだけで、今この状況で話せる相手が沖山しかいない命は、どう次の発言をするべきか迷っていた。その際口はずっと半開きだった。

「帽子、良かったね」

沖元へそう言うと、当の本人は消えた赤城の方へ顔を向けて目を輝かせていた。

じゃあこれで……と呟いてその場を離れようとした時、袖をぐっと引っ張られた。

「待って!ごめん、お礼も言わないで!ホントに助けようとしてくれたのは雪代君だけだったよ、ありがとう」

自分よりも下の目線から、まっすぐにお礼を言われて若干照れた命だった。





「――おい」

「わぅ!?」

ペチンと頭を軽く小突かれて命は過去の記憶から舞い戻った。

キョロキョロ辺りを見回すと、全員が神妙な顔をしていた。臨戦態勢、と言い換えても良い。その雰囲気にただならない気配を感じ、霊力を広げて辺りの検知を試みる。

「ろく……?」

白菊が声を上げる。ろく、六。周囲に迫っている霊の総数が六体ということだろうか。


様子を見回ってきます、と白菊は音もなく静かに飛び立った。

それを確認して命は霊刀・流星を、春花はガントレットを構えた。赤城は何も構えることなく自然体のまま周囲を警戒している。

木々に風が吹きザワザワと音を立てる。山中であるためもちろん街灯はなく、自前の懐中電灯と夜目を効かせるために付与した[(こう)]の符のみが視界の頼りだ。暗闇というのは誰の心にも潜む恐れを彷彿とさせる。夜目が聞いているとはいえ、視界が悪いことは変わりなく、三人の緊張は時間を増すほどに高まった。白菊の呟いた「ろく」も緊張感を加速させる。

その場で待つ間に命は三人全員に下半身強化用の[(じん)]、上半身強化用の[(げき)]、防御力を高めるための[(てん)]をかけた。


命は「高くてもランクB一体なら白菊と二人で何とかできる」と考えていたのだが、六体全部がランクB以上相当だった場合は最悪自分が殿を務めるべきだ、と思い身を固くする。

どのくらい時間が経っただろうか。緊張から解き放たれる時間は直ぐに来た。

「D一体、C三体、B二体、接敵まで五秒ですっ!」

上空から降って来た白菊が、霊力の高さから判断したであろう暫定ランクを口早に告げた。

警戒している方面は、全方向。つまり囲まれているわけだ。


今この場にいるメンバーで生存確率が一番低いのは春花である。自身での身体強化は出来ず、攻撃方法もガントレットによる殴打のみだからだ。赤城の実力を推し量ることのできていない現状では、命が最優先で守るべき対象は春花だった。

まさかここまでになるとは思いもしなかった。それもそのはずで、この山は標高が低く昼間は舗装された道で一般人が登山するような山だからだ。よほどふざけて押し合いなどで転落死、なんてことがなければ人が死ぬような場所ではなく、事前に見た限りでは霊力溜も他に比べたら小さいものだった。最初に悪霊も善霊も見当たらなかったのは、そもそもいないと想定していたから違和感を持てなかったのだ。


白菊の言葉から丁度五秒、飛び出てきた内臓が(まろ)び出た悪霊の胸に、命が流星を一突きしよろめいたところを、すかさず白菊が出現させた『束従(そくじゅう)の鎖』と呼ばれる金の鎖で頭を打ち砕いた。

本来であれば白い符である[(から)]の符に消滅する時に発生する黒い煙のようなものを吸わせ、それをカタにして霊能総から賞金を受け取るのだが、そんな余裕もなく次に備えて流星を構えた。


油断など出来ない。今しがた祓った悪霊は、おそらくDランク相当だろう。あっけなさ過ぎたのもあるが、決め手が『束従の鎖』だったことが何よりの証拠だった。『束従の鎖』はあくまで()()()()()()()()である。鎖、と名を冠しているが見た目が鎖であり、中身としては霊力の塊なのでそれで消滅するだけの耐久力ならDランクで間違いない。


次に現れたのは四体同時だった。春花と命の前に一体ずつ、赤城の前に二体だった。ゆっくりと霊力量を見ている余裕などない。春花のことは白菊が守ると、命は心で分かった。それが守護霊との数ある特権の一つである疑似的な以心伝心、テレパシーのようなものだった。

爪がカッターのように鋭い血みどろの悪霊を迎撃するために、命は流星を振るった。

その一方、赤城は自分の前に二体飛び出して来たにも関わらず冷静だった。


原因は自信から来るものだ。

間違いなく、100%問題なくこの場を無傷で切り抜けることが出来ると確信しているからだ。

しっかりと二体を見据え、左の足を引いて腰を落とした。左手を肩の近さまで引き上げて、掌をアイアンクローでもするように曲げた。そこに自身の右手を合わせる。まるで、鞘から刀剣を引き抜くように。

その溢れ出した霊力に一瞬気圧された二体の悪霊。気圧される、怯む、というのは人間時代の名残のようなもので本来悪霊にはないものだ。いわば本能だが、それを構えだけで引き出した。


一呼吸、人間であれば()となる一瞬。闇夜に銀の閃光が走った。


手瀞流抜刀術てとろりゅうばっとうじゅつ一ノ太刀(いちのたち)(しろがね)』」


銀閃が消えぬ間に呟かれたその技名を、いや業名を聞き届けることも無く悪霊二体は黒の煙に変わり始めた。

それを横目に確認した。何度も見た光景だ。赤城は自分の目的のためにどれほどの悪霊を刻んだのだろう。自分では数えていないが、かなりの数であることは間違いない。

たんっ、と軽く地面を蹴り春花と白菊が応戦している戦線へ介入した。

運悪く、春花にあてがわれた悪霊がBランク相当だったようだ。白菊が居なければ春花は即死だっただろう。


抜き身の日本刀のようなものを上段に構えて、上空から落下と共に振り降ろした。続けざまに横薙ぎ、右切り上げと振るうが全て避けられてしまった。

「助かった、正直危なかったぜ……」

「ええ、本当に……。この鎖は本来攻撃用ではないので、こちらから与えるダメージが少なく苦戦していたのです」

その言葉を受けて、二人を自身の後ろに下がらせて右手に持つ刀をカチャリと鳴らして霞の構えを取った。

それも無言だったが、春花は大人しく下がって赤城の陰に隠れた。だが白菊はそうもいかずに赤城の隣に浮遊した。

「赤城さん、相手はランクBの、上位にいるような相手です。この山に極端に霊が少ないのは、アレが吸収して霊力を高めたのではないかと思われます」

「分かった」

「分かった、て…。いやいや、だからお一人では危険です。微力ながら私も支援させて頂きます」

しゃらりと左右の袖口から無数の鎖を垂らして言う。


その音に反応したのか、悪霊が左右に揺れ始めた。不自然に三日月形に目を歪ませ、耳の辺りまで裂けた口に笑みを張り付けている。不気味に揺らめく体は蝙蝠が羽を閉じたように黒い外套のようなもので包まれている。

『しゅふしゅふしゅふ』

聞いた人間を不安にさせる笑い方は、否応なく背筋に冷たいものを感じさせる。

左右に揺れる身体は激しさを増して、ついには地面へ頭部をゴンゴンぶつけ始めた。それと共にしゅふしゅふ音は早くなる。

白菊は本気で怯えた。悪霊は、人間から存在がかけ離れるのに比例してその脅威度はしていく。

つまり、単純に言えば異常なほど強い。ということだ。

人間的感性を持つ白菊で怯えるくらいなのだ。実際の人間で対面した赤城や春花の恐怖はどれほどのものか。


「……キモい」

そんな一言が添えられた、霞の構えから放たれた弾丸の如き一撃は悪霊の右半身の一部を突き抉った。

「……ッ」

そう、一部である。

左右に揺れる、という奇行をしている状況の上、隙を縫って霞の構えをから最速の刺突をしたのにも関わらず。

辛うじて避け、それでもなお『しゅふしゅしゅふしゅ』と笑う。

「白菊さん、薄雲君を守りながら雪代君のところへ」

「命さんも心配ですが、明らかに赤城さんの方が――――」

「多分、雪代君もBとやり合ってる」

その言葉を受けて白菊は反射的に命の方を向く。


戦闘により離れたのか、小さく見える命を応戦している姿は微かにだが見て取れた。

守護霊としての警告はまだ出ていないし、霊力の欠落もそこまでではないため直ぐに致命傷を負うことはない。判断できる。だがその判断そのものが白菊を迷わせた。

それぞれ交戦している相手は、白菊の介入によって勝率が何割も跳ね上がる。それ故の迷いだ。

右を向き左を向き、どうしようかと汗を零す白菊の肩に大きな手が触れた。


「アイツの方には俺が行きます。白菊さんはコイツの支援を」

「いらない」

片手正眼に構えたまま赤城が答える。

後ろにいる春花には目を見ることはできないが、その目は相手を威圧し圧倒的眼力を放っているのだろう。その証拠に白菊と春花で交戦していた時には考えられない程に相手の動きが少ない。ダメージが与えられたと感じているのか無駄に攻撃が来ない。

「無理すんな。お前も本気だろうが、攻撃が当たってダメージを与えている以上アイツも本気を出してくるぞ」

「薄雲君を守る人がいなくなる」

その言葉にガチャッとガントレットを鳴らしてからはっきりと告げる。


「俺なら問題ない。命がいるし、命には俺が必要だ。それとも俺がいないと寂しくて泣いちまうか?」

あえて大げさにおどけた口調で話しているが、声には何故か信じさせる説得力があった。

「……死なないで」

「おうよ」

駆け出した音を背後で聞いた赤城は、少しだけ口元が緩んだ。

こんな状況でも、笑えた自分にはちょっとびっくりした。




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