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虚影⑥

「お茶でも淹れてきます。その他資料収集を含めて、十分ほど席を外しますね」


霧雨なりの気遣いで、その部屋には四人が残された。

白菊の勧めでソファに腰かけた赤城は、白菊のお母さん/お姉さんムーヴのお陰か、目に光が戻って来た。

赤城をなだめている間に、命と春花はタブレットで先ほどの情報をおさらいした。


1.約二年前から確認されている

2.ここ最近、急激に被害が増した

3.2の影響から、ネームド『虚影(きょえい)の怨霊』と名付けられるらしい(ランクはS相当)

4.霊力残滓(れいりょくざんし)と霊能者の証言によれば、どうやら海渡高校付近の通学路で頻出している


「……うし、こんなとこか」

持っているメモ帳に箇条書きで春花がまとめて、それを四人で覗き見る。

意外にもキレイな字で書かれており、読解に時間を要する。ということはなかった。

今、一番優先して考えるべきことは項4に関係する、『そもそもどこにいるのか』問題である。

通常、悪霊・怨霊は浮遊霊と同様の性質で、地縛霊のような同じ場所に縛り付けられるような特性を身に宿さない限りは自由に動き回れる。


だが、ある程度条件を絞ることで見つけ出す事も容易となる。

命が今日除霊した『顔半分欠損悪霊』は、命の戦闘時の推測通り"道路に居る場合、霊力にブーストがかかる"と云うものである。

これは比較的予想のし易いパターンで、その恰好から「交通事故で死んだ」という予想が立てられ、そこから生み出された悪霊なら道路に関連するのだろう、と分かる。

それならアイデンティティの一つである、"道路"という要素(エッセンス)を取り除くことが出来れば弱体化が狙える、と考えて道路というゾーンから外れた場所での戦闘を行ったのだ。無論、人目につかない場所で戦闘を行いたいという思いもあったのだが。


このように、ある程度の出現場所や出現時間で弱点を炙り出すこともできる。

だが今回に限っては、被害状況に見合った情報がない。


「もし、《認識狂いの呪い》がこの虚影の怨霊によるものだったら?」

「大変厄介ですっ」

その通り。この守護霊、理知的で実際聡明なのだが、急激にアホの子になる瞬間が時々ある。


そんなアホの子であり聡明な白菊が推測した通り、命が呪いに掛けられたのが海渡高校の近くなのは間違いないだろう。同様の症状がある近松が証明している。

では、次に推察すべきはその能力と特性。

認識を狂わせる、という呪いだけではここまでの行方不明者を出すことは可能か?……おそらく、不可能である。

なら別に要因がある、と考えるのが普通だ。

残滓と行方不明者届からして、この《認識狂いの呪い》と神隠しの犯人が同じであることは、火を見るよりも明らかだろう。



人間には魂がある。肉体に魂が宿るのか、魂に身体が肉付けされるのか。どちらが先でも魂は存在する。

心臓が肉体のエンジンなら、魂は霊体のエンジンだ。

肉体と霊体は相互関係にあり、悪霊は肉体に加えて霊体に傷をつけてくる。

いわゆるこれが"霊障(れいしょう)"と呼ばれ、霊能者や治癒師などが適切に処理しなければ、受けた傷を媒介にして蛆のように悪いものを呼び寄せる。場合によっては死に至る。

そのような繊細な、第二の自分と置き換えても良い霊体を活性化させているのが魂である。


そして、その魂/霊体は肉体と比べてエネルギーに置き換えた際に接種効率が格段に違うのである。

通常人間は食人(カニバリズム)を行っても魂を認識できないため、カロリーという肉体からのエネルギーしか接種することはできない。

しかし、悪霊は存在が霊体なため、肉体だけでなく魂までも喰らう。逆に肉体はおまけ程度で、喰われる方が少ない。

すると純粋なエネルギーが悪霊の内側に蓄積されるのだ。


だが、残念なことに肉体と魂を持つのは人間だ。死ななければ肉体から魂は剝がれない。必然、魂を得るには人間を殺さねばならない。

人間は簡単に死ぬが、簡単には死なない。どれだけ弱い人間であってもランクの低い悪霊程度では人を殺せない。

ならどうするか。悪霊は、人間だった頃の知識を断片的に引っ張り出してきて、恐怖に陥れる。

恐怖に染まった人間は肉体と霊体が極端に離れる。死の間際だと理解するからだ。肉体自身が、魂自身が互いを引き剥がそうとする。そこを付け狙い、引き剥がして魂のみを喰らう。

魂というエンジンを失った霊体は死に、相互関係にある肉体もそれに伴い死ぬ。

それを何度も続けて魂を摂取し続ければ霊力が高まり、物質へ影響を及ぼせるほどの力に成長する。


霊体以外に影響が出るのなら、そのまま肉体を殺して、剥がれた霊体を喰えば良い。これが『神隠し』と云われる現象の正体だ。

そうした積み重ねで悪霊は強化されている。



今回の主旨はそこにある。なぜ、今まで恐怖でしか魂を得られなかった虚影の怨霊は、最近になってここまで急激に人を喰えるようになったのか。

「考えられるパターンは二つ。一つ目は、何かしらの能力に目覚めた。二つ目は、今まで色々なところで散々喰い散らかして来て、今になってその力を解放したか」

春花が持っていたペンをクルクルと手の中で回しながら考察を口にする。

「うん、僕もそう思う。できれば二つ目のパターンだと嬉しいな……」

「変な能力とかだったら厄介ですしね……」

白菊の発言を最後に、部屋には静寂が訪れた。

木製の振り子時計がコツ、コツ、コツ、コツと時を進める音だけが四人を支配する。

各々考えることが出来たのだ。

対処法や、解決策、これ以上被害を生み出さないための案……。

そんなことを模索する中、ぽつりと浮かんだ疑問を赤城が投げかける。


「そういえば、なんで……ねーむど?になるくらい危険なのに、雪代君には声がかからなかったの?」

そもそも霊能力者事体貴重なこの時代、あつらえむきに海渡高校に在籍する命に、海渡高校周辺で危険な、推定Sランクの怨霊が潜んでいることが通知されていなかったのか。

命の実力では正直、死力を尽くせばBランクの悪霊は単独で祓える実力はあるのだが、Aランク以上となるとそうもいかない。ぶっちゃけ普通に負けて死ぬ。

危険性や情報共有の一環としても、命に何の話も無かったのはおかしい、という赤城の疑問は最もである。

「あー、実は僕……。霊能総、っていうか田上支部長に滅茶苦茶に嫌われてて……」

「…………つまり、嫌いだから情報も流さない。ってこと?」

「まあ端的に言うとそういうこと。白菊さんっていう美人の守護霊を侍らせてるのが気に食わないんだとか」

「最悪」


この情報を以て、マイナスだった田上への好感度が絶対にゼロに覆らない地の底まで堕ちた。

過去に一度、度を越えて白菊に迫ったことがあり命は流石に看過できずに気絶&失禁するレベルの一撃を食らわせてしまったことがある。

霊力でガードすれば気絶はしないレベルだったが、一線を退いてからの方が長い田上には酷だったようだ。

それを期に、暇さえあれば命への情報規制をし続けているのである。下らない理由で情報規制され参っていたのだが、これ以上関りたくなかったのと、全面的に味方してくれている霧雨のお陰で必要最低限の情報は受け取れているのだ。

霊能総に直接赴けば、端末を介して情報は閲覧できる。支部長とて、霊能総に所属する上で必須の端末操作による情報収集は阻害することはできなかったらしい。


「霧雨さんも忙しい身だし、僕だけにかまけてる余裕はないんだよ。こうやって時間を作ってくれてるだけ有難いんだ」

「……そう」

理解はできなけど、納得だけした。と呟いて赤城はソファの上で無表情で虚空を見つめ始めた。

その目には何を映しているのだろう。無論、現実的な話ではなく、概念的に。

人間が何を考えているのか、それが分かるのはその本人だけである。ナニカを見つめる。その動作をする少女に、命は確実に『赤城澪』という少女に目を奪われていた。

命の嫌う場所で、今は激動の騒ぎの後で、状況としては最悪だったが人形のような横顔を見るその瞬間だけはなぜか忘れることはできない気がした。見惚れる瞬間なら他にもあるのだろうが、今この時に惹かれてしまっていたのだ。

まるで燻っていた溶岩が一時を堺に火口からドカンと噴火したように。

時間にしたら五秒にも満たなかっただろう。直ぐにはっとして改めてメモを凝視する。

幸いにも春花と白菊には気づかれていないようだ。


そこからは霧雨が緑茶を持ってくるまで三人でやいのやいのと騒いで考察を立てていった。

赤城が混ざることはなかったが、気にする者も特にいなかった。

全員で霧雨の淹れたお茶を飲み、赤城に霊能総所属に必要な書類を"一応"渡してその日はお開きとなった。





翌日。

「あ、あの」

「ん?あ、美影(みかげ)君。どうしたの?」

「昨日の駅前の騒ぎ、ぼく見ちゃって…」

「見た…ってなにを?」

「すっごいジャンプをしたり、路地裏で色々してた事」

命は窮地に立たされていた。

決して、学校の人間に見られてることを想定していなかったわけではなかったが、まさか件の事件の中心的人物に見られているとは……。

頭の中に選択肢が三つほど浮かんできたが、結局誤魔化すことに決めた。


「なんのこと?」

「アレ、なに?」

会話が嚙み合っているようで噛み合ってない。

一方はシラを切り通すつもりで、もう一方は命が普通じゃないと決めつけた上で言葉を発している。

三限と四限の間の十分休みの今、特にできることのない命は本を読んでいた。最近ハマッている小説家なのだが、伏線が散りばめられているのにも関わらず、関係ないミスリードが多くて読んでいて考察が楽しい。

そんな楽しい時間は尋問の時間に早変わりしていた。


「ぼくこれでも結構目がいいんだ。あれが雪代君だってことはキチンと顔を見たから分かってる」

「それ本当に僕?昨日は放課後直帰したんだけどなぁ」

「薄雲君もいたでしょ」

完全にばれている。

あくまで務めて冷静に回答しなければ。ある一場面においては命は冷静に対処できるのだが、こう云うのは慣れない。有体に言えば目が泳ぐ。


「ソンナコトナイヨ」

「お願い、誰にも言わないから」

そう訴えかける美影優の顔は真剣そのものだった。それを見た瞬間、どうにか誤魔化そうという気持ちは段々と命から薄れ始めた。

助けを求めている顔だ。過去にも片手で埋まるくらいの回数、命の活躍を目にしたクラスメイトやチンピラに絡まれたことがあったが、全てニヤついた野次馬根性が前面に押し出された顔だった。

そういう輩は何度か断り続ければ勝手にいなくなる。

だが目の前の美影優はどうか。今は何でもいいから、文字通り藁にも縋る思いで手当たり次第気になる事を知りたいのだろう。おそらくは父親のために。

いつかは話さなければならなかったことだ。それが今ではない、と判断したのは美影父がほぼ100%死亡しているからだ。


今、「貴方の父親は死にました。それは悪霊のせいですよ」なんて言われても到底信じないだろう。信じる方がどうかしてる。

だから、嘘を吐くことにことにした。

「……美影昭(みかげあきら)

「えっ……?」

「美影君のお父さんの名前……だよね?僕は知っていることがあるよ。でも、それを教えるには条件がある」

「ゆ、雪代君、キミは……。いや、教えてくれるなら何でもいい。条件でも何でも呑むよ」

「じゃあ、昼休み一緒にご飯食べよう」

それだけ約束を取り付けて命は一旦窮地を逃れた。


美影優に話す内容は上手く纏めなければ。と、四限目はその考えに支配されて全く集中できなかった。

四限が終われば待っているのは春花と命と美影優の三人だけのお食事会。場所はさびれた教室で食事は弁当、お食事会だなんて高貴なものでは決してないけれど。

「で、これはどういう事だ?」

「ごめん、ちょっと僕にもよく分からない」


昨日も同じような会話が繰り広げられていた気がするが、それを気にする余裕は春花にはなかった。なぜなら何も事情を聞かされていないのに美影がいるからである。

そして話を聞く限りでは命のあの大ジャンプや路地裏での出来事を見てしまっていると。

この時点で命よりも焦っているのは、春花の方だった。

それでも命は「とりあえず口が堅いことを祈るしかない」と言って、ある程度のことを話した。

美影昭が行方不明になっているということを知っていること、それは神隠しの仕業であること、神隠し事件を何度か解決したことがあること。


少しの嘘と真実を織り交ぜて、美影昭が死んでいる可能性が高い事と幽霊が神隠しの原因であることは伏せておいた。

ちなみに、美影昭が神隠しに遭ったことを知ったきっかけの近松についてだが、彼から聞いたことは黙っていた。

呪いも解かれたのか、今日は学校に来ていたようだし自分からバラしたことを漏らさない限りは問題ないだろう。


「ええ…えええ……?」

大いに困惑しているようで、春花は微かにだがホッとした。

赤城に加えて美影まで霊能力に縁のある者だとしたら、ちょっとだけ世界はおかしいと思っていたからだ。

「お父さんは、えと、生きてる……のかな」

後半は問い、というより独り言に近かった。

この質問に対する答えが一番迷っていた。

命が四限の授業に集中することのできなかった約八割はこのことだ。どのように美影昭が生きている確率が低いか説明すること。


今はまだ"行方不明"であり、"死亡"ではないのだ。極論を言えば、命や春花、霊能総だって美影昭が死亡していると知っているわけでない。

それでも、過去がある。今までの事件から照らし合わせた予測がある。経験則による勘が示すし、データベースでも行方不明が多発している上に生存者情報は未だない。

なら導かれる結論は、「海渡高校周辺で発生した神隠しに生存者はない」である。

本人に一から懇切丁寧に説明することは簡単だ。

実際にロータリーでの出来事を見ているし、今ここで使ってない机でも素手で破壊して霊能力の存在を証明すればいい。だがそれをすることで何があるのだろう。

ただ「父親が死んでいる」と、真実のナイフで心を拷問のように傷つけるだけだ。


「生きているか、死んでいるかは……ごめん、まだ分からない」

だから嘘を吐くのだ。分からないのは本当だが、知らない訳ではない。

今知ることと、一年後知ること。死に対しての悲しみに違いが出るわけでもないだろうが、一年という長い時を経れば幾分かマシになるのではないだろうか。

状況はシュレーディンガーの猫のようなものだ。放射能が放出されるのが50%ではなく99.99%であるのを除いて。

確率一万分の一でも死体を見るまでは死んではいない。


蓋を開けて確認しなければ、誰もまだ真実は知る由もない。


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