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虚影⑤

霊能総の奥から現れた霧雨快晴(きりさめかいせい)に連れられて少し歩き応接間のような場所へ通された。

中央には足の低いガラス製のテーブルと向き合うように置かれたテーブルがあった。例えるなら校長室。ブラウンを基調としたその部屋からはそう感じられた。

上座の方へ命達を座らせようと手で促す霧雨。素直に座ったのは命だけで、赤城はソファの後ろへ立ち、春花は応接間のドアへと体を預けている。

守護霊である白菊は浮遊していて座ることはないので、いつも通りぴったりと命に張り付くようにしている。


「随分とクセの強いお友達をお持ちですね」

「大切な人たちですよ」

皮肉を交えたはずはなかったが、結果的にそう聞こえてしまったようだと感じたようで、霧雨は失礼しましたと一言謝罪した。

「それで、今日はどんな御用でしょう」

「霧雨さんが居なかったらこんなにスムーズに話は進まないでしょうね…。んんっ。えーと、実はちょっと情報が欲しくてですね」

「なるほど、情報。あの『骨肉(こつにく)の怨霊』以外の情報ということで間違いないですか?」

「はい。聞きたいのは海渡高校(かいどこうこう)周辺での"神隠し"についてです」

「海渡高校は雪代(ゆきしろ)君の通っている高校でしたね。具体的には?」

霧雨はかけている丸渕の眼鏡を左手で直しながら、手元のタブレット端末をポチポチと操作した。

その操作には淀みがない。


「昨晩から今日の朝にかけて僕のクラスメイトの父が行方不明となっているらしくて。状況を鑑みる限り悪霊による神隠しの可能性が一番高いと思いました」

「ふむ…。雪代君がそう言うなら間違いないでしょう」

操作したタブレット端末には何が映ったのか、霧雨の額に皺が寄る。

それを期にしばらくタブレットと格闘し、いつの間にか握りしめていた両の拳に汗で湿った感触を覚えた頃に答えが出た。


「おそらく、これが正体ではないか。と思われるものはヒットしました」

見つかったにしては妙に空気がピリついている。

その雰囲気から抜け出したかったのか、春花が続きを促すように咳ばらいをした。

「失礼。憶測に過ぎませんが、海渡高校周辺の霊力波や神隠し情報、そして霊能者たちの発見によるとネームドに値するほどの悪霊かもしれません。というかネームドになるのはほぼ確定と言えます」

「ねーむど?」

聞きなれない単語に赤城が首をかしげる。

霧雨は存在が未だに謎である赤城へ視線を投げて命に向きなおす。


「すみません、今更なのですが…。薄雲(うすぐも)君と白菊(しらぎく)様はサポーターと守護霊様ということで承知はしております。ですが彼女は?」

「紹介が遅れてすみません、彼女は赤城澪(せきじょうみお)さん。僕の学校の霊能者兼友人で…。なんというか色々あって霊能総を知らなかったみたいなので連れてきちゃいました。…サラッとここまで来れちゃいましたけどマズかったですか?」

そう紹介し終えると、一瞬ぽかんとした表情を見せたがすぐに笑顔で問題ないですよと返した。

また後ほど加入のための必要書類を持ってくると言った後、こほんと咳ばらいをして話をつづけた。


その様子に赤城はこの建物に入ってから張り詰めらせていた緊張感を少し緩めた。それを感じた白菊は横目で赤城を流し見て薄く微笑んだのを命も見逃さなかった。

「ネームドについてでしたね。ネームドとは固有の名前を与えられた霊のことを指します。そこにいらっしゃる白菊様が最もたる例になります」

ふふんと胸を張る白菊。命は苦笑交じりに暖かな視線を向けると、恥ずかしそうに張った胸をしゅんと収めた。


「そして、善霊である白菊様とは反対に悪霊のネームドも存在します。分かり易い例で言えば八大怨霊です」

「『骨肉の怨霊』?」

笑顔で頷く霧雨は、そのままタブレット端末を操作し目の前のガラステーブルに投影させた。

どうやらこのテーブルはスクリーンのような役割も担っているようだ。

情報を命達の方へ向けて、八つの名前を一つずつ挙げていく。

「八大怨霊はその名の通り八体存在します。その一体一体が余りにも強大で、霊能総から指定されたまさに"最強"と言っても過言ではない悪霊たちです。

霧雨がもう一度タブレットを操作し、順々に表示された怨霊の名を読み上げた。


隠棲(いんせい)の怨霊』

骨肉(こつにく)の怨霊』

左腕(さわん)の怨霊』

(さけ)びの怨霊』

赤服(あかふく)の怨霊』

自尽(じじん)の怨霊』

王昂(おうこう)の怨霊』

悔恨(かいこん)の怨霊』


全て名前の付けられたネームド。最重要危険悪霊ということで全霊能総所属者に情報が開示されてはいるものの、そこには情報はおろか、見た目すらも載っていないものが大半だった。


「以上この八体がネームド、八大怨霊と呼ばれる怨霊です。…まあ実は最近『悔恨の怨霊』が祓われたと報告があったのですが、流石に直ぐに判断できる内容ではないので一応まだ存在扱いとなっています」

長らく保たれてきた八大怨霊の一角が崩れたと知り、命は静かに闘気を燃やした。次は自分の番だ、と。

霧雨は命の置かれている状況を把握している数少ない人間の一人だ。今の話を聞けば、自然こうなることは知っていた。あえて触れることもない話題であるため、無言でタブレットを操作し、次の画面を投影させた。


「代表的なネームドは八大怨霊であることは間違いないですが、他にも数体、ここまで強力な怨霊でなくとも恐ろしい怨霊は多数存在します。ぶっちゃけ、強くない私からすればネームバリューがあるかどうかの差でしかなく、ヤバイの一言に尽きますね」

困り眉で苦笑いする霧雨につられて命も赤城も口元に笑みを浮かべてしまった。命だけでないのは霧雨の人柄にほだされている証拠だろう。


トトッとある一つの情報をタップして画面を拡大させる。

そこには何枚かの画像と箇条書きでの何かしらの情報が記載されていた。

「こちらは『虚影(きょえい)の怨霊』と名付けられる予定の情報になります」

虚影の二文字の横に配置された推定ランクはS。ランクSとなれば十中八九ネームドとなっているが、ここまで早い段階での名付けは異例と言える。


その旨を霧雨に伝えると、真剣な顔つきで次のページを見せてきた。

そこには直近の行方不明届の数々と、地図が表示されていた。その地図には赤色の点が散らばっている。

これは?といつの間にか近くに寄ってきていた春花が視線で問いかけた。

「お察しかと思われますが、直近十日間で提出された海渡高校近辺での行方不明届と、霊力の残滓(ざんし)を照らし合わせて地図上に点として表示したものです。海渡高校を中心にして考えると半径三十kmの範囲での活動が活発で、無名の悪霊にしては聞いたことのないほどの被害規模となっています」


カチャリと左手でメガネを直す霧雨の目には困惑の色が見て取れる。

「虚影の被害が出たと推測されるのは約二年前からです。被害規模も小さいことから、特に優先討伐対象にはされていなかったみたいなのですが、ここ最近になってはっきり言って異常なほどの被害を出しています」

しばらく命達四人はガラステーブルを見つめた。

海渡高校のある埼玉は、田舎かと思われそうだが意外と発展しており、全国的な被害規模は多くない県なため、今回のような例は稀だと言える。もちろん山も点在しているので、人が寄り付かないような場所であれば悪霊は湯水のようにいるのだが……。


「ねえ、ここの道。少し多くない?」

「確かに」

指を差したのは高校前の通学路。学校からは1kmは離れているが、十分通学路と言っていい道。

その一か所に赤い点が寄っている。

だがあくまで調査中であるため、情報の開示はそこまで多くできないらしい。中途半端な開示は混乱を招く、という上の考えのようだ。

こういうところはしっかりしているな、と感心してしまった命だった。

「私もある程度の信頼は霊能総から得ていると自負はしていますが、役職持ちではないのでそこまで多くの情報は持ち合わせていないんですよ。お役に立てず申し訳ない」

「いえいえ、この情報だけで十分です。虚影の怨霊の誕生、ここ最近の海渡高校周辺での神隠し多数。この二つだけでもありがたいです」


命から見て霧雨という人物は、霊能者として、更に言えば人間として尊敬している人物である。

霊能総の中では、片手も埋まらない程の信頼できる人物の一人でもある。

改めて心の中で感謝を述べた時、ノックも無しに部屋の扉が開かれる。

そこには館内は寒いというくらいに涼しいのに、ハンドタオルを汗で湿られる小太りな男が立っていた。

髪は薄くなって、残っている部分を必死にかき集めて、それを隠そうとしている姿が印象的な茶色スーツの小太り男。

様々な不快感から、春花は何も隠さずにその男を睨む。だが、その睨みもただの子供のソレと思ったのかフン、と鼻を鳴らして、普段は絶対に見せない笑顔を命に向けた。正確には、命の先に居る赤城に。


「やあ雪代君。君が新しい子を連れてきたと話題に上がっていてね。見に来たのだよ」

「……誰?」

「……神奈川支部の支部長、た」

「神奈川支部長の田上些末(たがみさまつ)だ。お嬢さん、お名前は?」

命の紹介を遮って挨拶をする田上に、赤城は持ち前の無表情さで不快感を消した。

今後活動するのなら、立場が上の人間からは悪い印象を持たれない方がいい。という結論を下したからである。

「赤城澪。霊能者です」

必要最低限な返答に加えて、しかしそれ以上の質問をさせない眼力。これには田上も少しだけ怯んだ。

ブワッっと更に噴出した汗を拭って、眼力に負けじとジロジロ赤城を嘗め回すように観察した。

「ふぅむ。美少女、寡黙、黒髪ストレートと来たか。俺の好みだ」

「ひうっ…!」


五歩下がった。背後に壁がなければ際限なく後ずさっていただろう。

流石に気持ちが悪かったらしく、初めて女の子らしい可愛い声が出て、命と春花、霧雨は「かわいそうに」という目で赤城を追った。

白菊はなんだかんだ可愛がっていた赤城にセクハラをした、という事実で、さっきから命に攻撃許可を求めている。

「更に極上の霊力。君は逸材だ。私の権限で神奈川支部専属の霊能者として、卒業後は雇ってやってもいい」

「お断りしますすみません」

「田上支部長、お戯れはその辺で。ご用件が済みましたらご退出いただいても?もう少しだけ彼らと話があるのです」

「おお、霧雨君。任務後に対応を任せてすまないね。…では赤城君、次来た時にはもっとゆっくり君のことを聞こうじゃないか」

「お断りしますすみません」

はっはっは、と高笑いを残して田上は部屋から出て行った。

それを確認すると、赤城はペタンとその場に座り込んだ。ついでに肩を抱いているのを見て、白菊がそっと頭を撫でる。

「根源的恐怖を感じた」

「言い得て妙だな…」

確かにそうだと感じた春花だった。

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