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虚影④

霊能総。

正式名称「霊能力総合研究所れいのうりょくそうごうけんきゅうじょ」。

本部を京都に置き、各地に支部を配置する霊能力者(れいのうりょくしゃ)の活動拠点がある。


毎日あらゆる情報が仕入られ、特定の悪霊を祓うことで特別報奨金(ボーナス)が支払われる制度も備わる機関である。

支部は全部で十。北海道、九州、四国に一つずつ支部が置かれ、本土には残り七つの支部が点在している。

この霊能総といういかにも怪しい名前だが、その怪しさと裏腹に国から認められている機関である。

と言っても霊能総そのものではない。


表向きの顔の名前は「出雲製薬(いずもせいやく)」。

日本の薬品の約八割がこの製薬会社から供給されており、日本一の大企業だ。

この製薬会社は発足してから医学界・薬学界に幾度となく激震を走らせた。

既に十を超えた新薬を開発しており、その新薬が発表される度に新成分で作られたことが発覚している。

新薬、新成分、新細胞、新細菌…。


何度教科書や成分表が更新されたか分からない。だがその労力をかける意味はあった。

出雲製薬の最大の発見は新細菌の発見。

人間に害となる成分を体の内側から一年かけて全て喰らう大食漢な細菌だ。一年かかるのだから即効性がないともいえるが、逆にここまで時間がかかることで良い場合もある。

その最たる例が(がん)だ。癌は症状の出た部位を感知させても転移して再度発症する。それが全身に回れば死を待つばかりだが、この細菌はその癌細胞ですら喰らい尽くす。


身体が綺麗になれば勝手にどこかのタイミングで吸収されて消えるらしい。

細菌の入ったミルクのような飲み物をただ飲むだけで癌が微塵も怖くない病気と化した。今や癌で死亡する例は極端に少なくなっている。年間で癌による死亡率がゼロを叩き出したことすらある。

その特性から細菌ではないのでは?と議論が行われているらしいが、一般の人間からしたらそんなことどうでもよいことだ。自分が死に至るかもしれない病気が一つの発見で解決したのだから。


しかもその量産に成功しており、一般的に医者の目の前で飲む。という条件下で一万円もせずに癌治療が行える。

ただ一枚、ただ一万円払うだけで癌が治り、お釣りも返ってくる。

これが国民から、いや世界から称賛されないわけもなく瞬く間に出雲製薬は成長した。

この細菌だけでなく、他にも画期的な薬品により、日本の医療水準は二段階も三段階も上がった。


―——————というのが表向きの一般に公開されている情報である。


表があるなら裏もある。

この革新の裏にはある一人の男が立っていた。

命達のいる現代から百二十年ほど前、小さな研究所が建てられた。そこの発足者が出雲、出雲英知(いずもえいち)

出雲は元々うだつが上がらない地味な大学生だったが、一つ特殊な能力があった。

それは、霊力による物質権限(ぶっしつけんげん)の能力。…三日飲まず食わずで膨大な力を注ぎ続けても、指先サイズのグミ程度しか権限させることはできなかったが。

それでも創造の能力は全霊能力者を見ても別格の才能だった。


唯一それしか頼ることのできなかった男は、天からの恵みだと信じつづけてあらゆるものを作り続け、結果膨大な支持を得るほどの物質を作り出すことに成功した。

そう、発見ではなく、この世にないものをその手で生み出したのだ。

細菌にしてもその能力によって生み出した人口細菌である。

一代にして日本を作り替えたと言っても過言ではない出雲。

なんとかして人生をやり直したい、なんて考えていた時期は早々に過ぎて、残ったのは金の使い道。


正直、この能力でいくらでも金を稼げる土俵まで持ってきてしまったし、あんなにも欲していた金は余りあるほどに手元にある。

最初の頃は慈善寄付(じぜんきふ)などを中南米中心に行っていた。いや、正確には今現在もそれは続いているのだが、初期のころに感じたあの"いいコト"ってやつの快感は薄れていった。

そして、考えは原点に立ち返る。


元々、この霊能力ってヤツのお陰でここまでこれた。ならそれの本来の使い道である悪霊払いへの道に光を示そう。

考えに至ってからは早く、直ぐに霊能力者総合研究所を自身の出身地の京都へ建てた。しばらくは社員に奇怪なものを見るような目で見られたが、人間、案外直ぐにそんなこと気にしなくなるものだ。天才には天才の発想ってのがあるのだろうと社員は何も気にしなくなっていた。

しかし建てたはいいものの、運営者は誰もいない。


霊能力を扱い、悪霊を祓う人間などそれこそ神職や寺の坊主以外にその時代は存在していなかった。……存在はしていたのだろうが、そんな人間が大っぴらに公言しているわけなどない。なぜなら「私は悪霊を祓える霊能力者です」と言っていたら頭のおかしい人間だからだ。普通は見ることもできないというのに。

結果三年。三年かかった。

その年月一切製薬には関わることはせずに、金に任せた研究で霊能力を感知する機械を作り上げた。

前時代に流行ったスピリットボックスといった分かりづらいものではなく、探知し見つけ出すことのできる機械だ。

幸いにもネットワークの発達した時代であったし、簡単に神職の人間に連絡を取ることも可能な上、貴重なサンプルは自分自身で賄えた。


「霊能力波探査装置(Psychicwave Exploration Device)」、PED<ペッド>と名付けられたその機械で約十年かけて強力な霊能力を持つ人材を集め、集約した。

霊能力者によるネットワークなど存在することのなかった時代に、ついに誕生した霊能総。

表向きには出雲製薬の子会社として、霊的観点から薬の開発が目的だった。その内部には霊能力に少しでも覚えのある者しかおらず、研究所の()()を取っているため積極的に内部調査に来るような輩もいなかった。


時は進んで現在。

発足から百年と少し経った霊能総は、霊能者から嫌われながらも唯一霊能者が堂々としていられる場所として確立していた。

なぜ嫌われているかと言えば、そこにはトップダウンの激しい現状から来る霊能総上部の無能さからだ。

霊能者は基本的に戦闘行為により除霊を行う。なぜなら金になるから。

悪霊を祓えば、その悪霊の危険度に応じた報奨金が支払われる。至極当然と言えた。命を張って祓っているのだから、命に見合うほどのものと言えば莫大な金くらいだ。


善霊を祓っても金にならないという考えから、今では戦闘を行わないただの除霊師は、霊能総の情報を信用するなら三人しかいない。

故に、管理の仕方もろくに学ぶことのなかったくせに悪霊払いの実績の多い人間から支部長だとか幹部だとか、役職持ちになっていった。

そんな状態が何代も続いていけば状況が悪化するのは必然だろう。

そういった内情から当然命も霊能総が嫌いだった。

それでも生活には金が必要で、(みこと)が追う『骨肉(こつにく)怨霊(おんりょう)』と呼ばれる悪霊の情報も必要だった。

悪霊を祓えばそれなりの金が入る。流石、出雲製薬が日本の製薬の八割を持っていっているせいか金払いは良かった。





能力を生かすために霊能力者のほとんどは一部を除き霊能総に所属しているはずなのだが…。

「霊能総ってなに?」

「「「えっ」」」

命、春花、白菊の見事な三重奏が居間に響いた。







「—————っていうのが霊能総の概要なんだけど…。本当に知らないの?」

「初耳。師匠からも聞いたことがない」

どんな師匠かは知りはしないが、現代で霊能者をやっていくには常識レベルの話だ。例え所属しなくとも存在自体知らないとなると話が変わってくる。

よっぽど霊能総嫌いの師匠で、弟子には存在すら知って欲しくない状態だったのだろうか。

本来の目的の一つであった美影父に関連する情報を探りに霊能総へ行く道すがら。もう十九時を回っていたが、三人と一霊連れ添って電車に乗り、県外にある霊能総/神奈川支部へと向かっていた。


「つまりですね、霊能総はクズを煮詰めたような掃き溜めですけれど、お金払いはいいのですよ」

「白菊さん言い方ヤバイよ」

霊能総は白菊の言う通り支部長が腐っているため、その以下の社員もその甘い環境で腐っている。

本部はまだマシらしいが、神奈川や富山など地方気質のあるところは霊能者から嫌われ忌避されている。「神奈川支部に行くくらいなら京都本社まで出向く」という者まで存在するほどだ。

「まあ、霊能総は今や"出雲製薬の支部"って扱いですからね。当然、日本一の大企業として体裁を整えるために出雲製薬の支部として霊能力のある人間以外も研究員として配属されています。それを隠れ蓑にしているのが支部長なんですよ」


故に、腐る。(なまじ)日本一なだけ不都合なことは覆い隠せるのだ。出雲製薬自体は出雲英知の家系が代々継いでいるが、霊能力について継がれていることは『霊能力総合研究所は霊力による研究を行うための機関である』。程度のことしか記録として残っておらず、残念ながらその後の代には霊能力は受け継がれていなかったため研究所は本来の研究所としての運用がされている。


「所属自体は出来るならした方がいいと思う。情報とお金は出雲英知によって潤沢に用意されているから、嫌な思いをするのと天秤にかけて重いのはやっぱり情報とお金だよ」

どれだけ腐っていても霊能者のほとんどが霊能総に所属している理由がこれだ。

情報は時に金以上の価値を生み出せるし、何より金はいくらあっても困ることはない。

霊能総に販売されている汎用型の霊符には高額な値段がつけられている。人間の手で霊力を込めて書く必要性があるからだ。ただでさえ霊能力者の居ない現代で、安値で売っていたら直ぐに買い取られてしまう恐れがある。

それも含め命のやり取りを行う霊能者には祓った悪霊のランクに応じて、相応の支払いがされる。というシステムになっているのだ。


「今日祓ったあれは?」

「ああ、駅前の。あれはランクC以上は確定だったと思うんだけど、D相当で換算されるかもね…。ちなみに悪霊の強さのランク分けとかって―——」

「知らない」

「ですよね」


悪霊の強さを区分けするランクという制度が霊能総によって定められている。

Fランクは存在していてもほとんど害のないレベル。

Eランクは霊能者として活動しているのなら問題にならないレベル。

Dランクは油断していたら怪我をするレベル。

Cランクは霊符などを使い、油断することなく戦闘を行えば勝てるレベル。

Bランクは二人以上の霊能力者で挑むことが必須になるくらいのレベル。

Aランクは霊能総幹部と認められた霊能者二人以上いて勝てるレベル。

Sランクは大規模戦闘が必要になり、過去二十人の霊能者がいても全滅した記録が残っているほどのレベル。

そして、ランク除外枠の霊能総指定八大怨霊れいのうそうしていはちだいおんりょう。まずまともにやり合って勝てる相手ではない。

以上F~S、枠外規格外の八大怨霊の八つの区分に分かれている。


「今回僕の体感ではCランク相当だから、報奨金としては約十万円ほどかな。Dなら五万くらいまで下げられるけど」

「じゅっ…」

「や、わかるぜ赤城。俺も初めて聞いた時はそんな反応になった」

高校生からすれば、いや一般的な社会人からみても十万は大きい金額だ。

そんな金額がもらえることと、それをサラッと言えてしまう命に赤城は驚きを隠せない。今日だけで何回表情が崩れたか誰も数えてはいないが、それだけの出会いと衝撃だったと言える。

「でも十万円て神社の修繕費を考えると少ないですよねぇ…」

「うん…」


ふよふよ浮きながら項垂れる白菊に同意して表情を暗くする命。

生活費に神社の修繕費、学校に行くためのお金に…。いくら考えてもお金が足りない。

「昔、師匠と狩りに山へ行った。稼ぎ放題?」

「赤城さんの師匠がどれくらいの強さかは知らないけど…。やめた方がいいね。リスクと報酬が見合ってない」

「命さんの言う通りです。時々自分の強さを過信して山の悪霊を祓ってお金を貰おうとした人がいましたけど、山は神が宿るとも言われる、霊力溜まりに成り易い場所です。強力すぎる悪霊がそれこそ溢れるほどにいます。

 つまり自殺行為と言うことですね」


実際に今から三十年ほど前に実在した、歴代最強と名高い【荒巻(あらまき)】という悪霊狩りのグループがあったそうだが、屈指の強力な悪霊の蔓延(はびこ)殻敷山(からじきやま)へ狩りに行った際には返り討ちに遭って帰って来た。

その事件は『殻敷山の怪奇』と名付けられ、記録は霊能総の端末より参照できるようになっている。

「僕たち霊能者は命かけて悪霊を祓ってる。楽に死ねればいい方だし、大抵は悪霊に殺された後は魂を(とら)えられて養分にされて一生あの世へ行けなくなる。もし遊びや道楽で霊能者をやっているなら今すぐにやめた方がいいっていうのが僕の考え」


「遊びなんかじゃない。私にだって夢はある」

力の篭った声を聞き、改めて本気で霊能者をやっていることを実感した。

命に比べて、その力の入った声に多少驚いた白菊と春花は互いに顔を見合わせて、ちょっと笑った。

そこから霊能総についての愚痴を垂れ流す内に目的の駅に到着した。

時間としては既に二十時過ぎ。ここから更に十分ほど歩いて、情報を得てから帰る。その頃には二十一時を回るだろうか。

「赤城さんは時間大丈夫なの?」


こくりと頷く赤城。相変わらず無表情だったが、そこには少しの物悲しさのようなものが見て取れた。今日一日で命は何度この子の纏う雰囲気が変わったのを感じただろう。

この先こんな一種の空虚感を覚えながら日々を過ごすのだろうかと思うと、胸がチクリと痛むのを覚えた。

改札から出てビル群へ向かい、円形状のドーム型の施設の中へと入る。

神奈川支社内は明るい白色の明かりで満ちており、大きささえ考慮しなければ歯科医院のような雰囲気だった。

人はまばらに施設内を歩いており、服装は白衣やジャージ、中には革ジャンと色々だったがほとんどが霊力の持たない一般人のようだ。


あくまで製薬会社の支社のていを取っているのだから、このようになるのは必然と言えた。

受付でなにやら作業をする女性へ近づき、地下の研究室へ行きたい旨を伝える。

すると紙とペンが渡され、記入するように促された。

もう何度書いたか分からない用紙だが、名前と所属ナンバー、同行者数、入館理由を記載して、その紙と引き換えに入館用のカードを渡された。


そのカードを受け取り、奥のエレベーターへと向かった。

扉が開くと階数のあるボタンの前に立って、

「もし赤城さんが霊能総に入ることになって、神奈川支部を使うならこれを覚えておいてね」

と言ってボタンを操作した。

閉→4F→閉→B2F→B2Fと順番に押すと、4FとB2Fの点灯が消えてB3Fが点いた。

神奈川支部ではこの特別な手順で押さない限り地下三階へはたどり着けない。そもそも地下三階行きのボタンを押していない。


エレベーターの独特な圧迫感を感じながら着いた地下三階は、地上の一階とほぼ同じ構造をしており、受付の人間の代わりにロボットが置かれていた。そのロボットはタッチパネルがついており、その操作によって色々と行えるという訳だ。

「…なんだか嫌な感じがする」

と顔をしかめる赤城。


「色々な人間の霊力がここには満ちているからね。霊能力者しかいない空間は霊能総以外にはほぼあり得ないし」

タッチパネルである人物を呼び出して答える命も決していい顔はしていない。

白菊に至ってはずっと青い顔をしている。守護霊とはいえ、自分を祓える可能性のある人間がごまんといるこの状況は怖くても仕方がない。人間で言えば、その気はなくとも銃やナイフを隠し持った連中がいる場所に放り込まれたようなものなのだから。


命にはそれを悟られたくないように机上に振舞っているつもりだろうが、春花にだってその様子はバレバレだった。

一方赤城はしかめっ面をしながらも、施設内に興味があるらしくキョロキョロとあたりを見回している。

「(そういえば赤城さんてどんな戦い方をするんだろう)」

ふと考えてみるが、霊符を持っている。くらいの情報しかない。

受付の近くにあるソファに座ってそれぞれ別のことを考えていると、おーいと緩やかな声がした。

「いやあお待たせしてしまいすみません。雪代君、お久しぶりですね」

霧雨(きりさめ)さん、ご無沙汰しています」

柔和な笑みを浮かべた男は命と握手を交わした。

「お初の方もいらっしゃいますね。霧雨快晴(きりさめかいせい)と申します。以後お見知りおきを」

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