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虚影③

「…で、どーゆーことだ」

「ごめん、僕にもちょっとわかんない」

場所は事故現場、ロータリー。

そしてそこには頭痛に悩む男子高校生二人と、表情の変わらない可憐な女子高生一人。

先の戦いの後、状況の整理が出来なかった命は一旦春花と合流することに決めたのだ。

一方で春花というと、あの後は車内から乗っている人を引っ張り出し、撥ねられた人の救助を助けてクタクタになっていたらしい。


その後、ベンチで休んでいたところに二人が現れて、軽く赤城との出会いを説明し今に至った。

春花のその体は命が左腕に受けたものよりもところどころ深く傷ついていた。開かなかったドアのガラスを破ったからだろうか。

黒煙を上げる車をバックに汗で湿った髪の毛をかき上げながら、駅ビルに設置してあるベンチに座り込む春花を見て、命は自分も気づかない程の心の奥底で「うらやましい」と感じていた。

こんな優しい人間になりたい、いつかこんなに他人のために(いのち)を流せる人間になりたい、と。

「うらやましい」の代わりに命の胸に上がって来たのは「罪悪感」だった。

あの状況では悪霊を祓う能力のある命が悪霊を祓い、状況の分かる春花が怪我人を助ける。というのが一番合理的で効率的だった。

それでも、それが分かっていても「罪悪感」ってやつは消え失せない。「嫉妬心」と言い換えてもいいかもしれない。


先に脳内に浮かんだのが悪霊を祓う、という戦闘行為だったから。

「(普段抑えていても、やっぱり僕は()()なんだな)」

唇の端を少し噛む。

そんな様子を春花だけ訝しむ様に見るが、命はパっと表情をかえて提案を持ちかける。

「あー、そこのマックでなにか食べない?」

遠慮がちに赤城を見ながら言う。

コクリと頷く赤城。

それを見て申し訳なさそうに春花が断る。


「すまん、さっき来た救急車の救命士に乗れって言われてんだ。とりあえず死傷者五人だから、先に来た救急車だけじゃスペースがないらしくてな。俺はもう一台が来るのをここで待ってろって言われてんだ」

確かにガラスの破片か何かで深く切れているのを見れば、その少年を乗せない選択肢は医療従事者としてあり得ない選択肢だろう。

一応動ける元気はあると言うことで近くのこのベンチで休むように指示されたと。

命としては霊符である程度治せるため、この状態を"重傷"と捉えてはいなかったが、世間一般的には十分重症の部類ではある。


そのタイミングで脳内に奇妙なノイズが走った。何かを思い出そうとして、思い出せないあのモヤモヤとした感覚。アレに酷似しているが、それにしても気持ち悪さが尋常ではない。

今朝から続く"違和感"の根底の様に思えた。

その感覚は一秒もすれば消え、まるでデジャヴを見た時と同じ状態になっていた。

「(今回のは)」

眉を寄せたその顔を春花が見逃すことはなかったが、今日何度目かも分からないのでスルーした。

「じゃあ春花の搬送先の病院まで僕も行くよ」

「いや、やっぱしいいや。病院行けば警察とかも来るかもしれねえ。色々聞かれたら面倒だし、命ん家行こう」

警察には結構色々と突っ込まれるだろう。例えば当時の状況がどうだとか、例えば包丁を振り回す少年は誰だ。とか。


赤城もそれでいいと同意し、見つかる前に早々と命の住む家のある山へと向かう。

歩きで約一時間かかるその道のりはあまりに遠すぎるということで、途中でバスに乗りふもとのバス停までバスを乗り継いだ。

そこからは歩きで、山の中腹までそこまで舗装されていない道を歩けば石段250段が見えてくる。

それを登り切れば鳥居が迎える、雪代神社に到着する。

「…すごい」

ここまで一言も発することのなかった赤城がポツリと一言。

雪代神社を愛する命としては、その絞り出すような一言が何より嬉しい。

今なら、と思い自分の住む家屋まで歩きながら話し始める。


「僕は生まれた時からここに住んでいてね。ちょっとだけ古いけど、父さんと母さん、そして大事な祖先たちが受け継いで守ってきたこの雪代神社が本当に大好きな『家』なんだ」

夕日が後光の様に差す雪代神社を横目に歩く命に、赤城はこれまで以上の興味が湧いた。

「赤城さんがどこにすごいって思ったのか分からないけど、その、褒めてもらえてうれしいよ」

赤く染まったその頬は夕日のせいだと自分に言い聞かせる。決して、恥ずかしいことを赤城澪という少女に話してしまったという、羞恥心からくるものではないのだと。


気持ち早歩きになりながら到着した、寝食を取る家。

横開きの古い玄関をガラリと開ける。

と同時に飛び込んで来る白い塊。

「みっことさーん!おかえりなさい、大丈夫でしたか!?ああまさか交戦するだなんて!私の守護霊センサーが命さんの霊力波をビビビッと検知した時にはもうどうしようかと!咄嗟に加勢に行こうと思いましたが守護霊としての抑止がかかり神社の敷地内から出れず…!怪我は?ないですか?お風呂行きましょうお風呂。怪我の具合も見れますしもちろんお背中流しますよ!守護霊として成長の確認はしなくては!それじゃあお客様にはご帰宅願いまして………って春花君じゃないですか!超傷だらけ!それと見知らぬおなご!」

「あー白菊さん、お久しぶりっす。相変わらずお元気で。一旦命からどいた方がいい気がするんですが…。圧死しそうっす」

グラム単位の体重しかない幽霊とは言え、触れられる人間に体を押し付ければ純粋に地面と挟まれてダメージはある。


春花の言葉に渋々退いた白菊はなんとも言えない顔をしていた。

後頭部を擦りながら起き上がる命は理由を聞いてみる。

「えと、ただいま白菊さん。なんでそんな微妙な顔してるの?」

「うーん、なんだか命さん呪われてるんですよね」

「「は?」」


命と春花の声が重なる。赤城はちょっとだけ目を細めただけだった。

本来呪いであるならば、解呪方法は不明だとしても霊力を扱うことが出来る人間ならば「呪いにかかっている」という認識ができるはずなのだ。朝に顔を洗い、鏡を見た際にニキビができていることに気づくように。

だがそれを認識できていなかった。呪いは霊力の奔流(ほんりゅう)に晒されればすぐに露呈するというのに。

「直ぐに解呪しなければ、体調に影響が出たり死に至るような呪いでもありません。ですが早いことに越したことはありません。さ、お帰り下さいお二人さん。私と命さんの蜜月(愛の時間)の邪魔になります」

「ちょ、ちょっと白菊さん。この二人…というか赤城さんと話がしたくて家に招いたんだ」

蜜月のことには一切触れず連れてきた理由の説明をする。


すると赤城の方を向いて、

「命さんは渡しませんよ!」

「いらない」

分かっている結末とはいえ、今日一番のダメージを受けた。

白菊の突進、赤城のいらないで相当体力を消費したがヨロヨロと家に上がりみんなを招いた。

玄関を上がってすぐ左方面を進み、縁側に属す居間へ二人を通すと命はお茶とお菓子を用意しに台所へと向かっていった。

その間に白菊と赤城がぶつかり合っていた。


「で、赤城さんでしたっけ?うちの命さんとはどういったご関係で?」

「…特に」

「特に。じゃないですよ!特に何もなければ命さんが春花君以外のご友人を、ましてや女の子を招くなんて!」

「本当に何もない。さっき初めて話した」

嘘ではない。学校は同じでもクラスも性別も違うなら話す機会など早々ないだろう。

命を愛するあまり浮かびながら激高する白菊に対し、抑揚なく話す赤城。テンションの差がありすぎる光景を見て思わず頭を抱える春花。


だが唐突にその不毛なやり取りは、白菊の発見により終わりを告げる。

「………今更ですけど。赤城さん、私が見えるだけでなく話せるってのはどういうことですか」

「どうもこうもない。それを話すために雪代君についてきている」

「…あー、なるほどです。はあ、最初からそう言って下さいよ」

そのままふわーっと何も言わずに元の位置に戻った。

最初から命が『話したいことがあるから招いた』と言っていたはずなのだが、だれもそこにはツッコミを入れることはなかった。


赤城が招かれた理由が分かった途端、興味を無くしたように固形墨を擦って筆を取り、何かを書き出した。

しばらく何もせずに正座をし、じっと正面(体面に居る春花の方面。正確には庭)を見ていたが、白菊のしていることが気になり正座を崩してその様子を見に行った。

横からのぞき込むと丁寧に、ゆっくりと霊符を書いていた。刻む字は[癒]。込めるための霊力は純粋な回復のための清い霊力でないといけないため、いかなる邪念も許されない。横からそっと見る赤城にはまるで気づいていない。


「…きれい」

思わず口から零れる素直な感想。これが字に対してなのか、その真剣な横顔に対してなのか赤城自身も気づくことはなかった。

墨と霊力で艶やかに、鈍く輝きながら[癒]の文字は完成されていく。その様子に完全に魅入られてしまった赤城。遂に完成を目の当たりにした時、一種の芸術家と見間違う程の。

「…うん、うん。よし、できったあああっと!?赤城さん!?なんですかどうしたんですか近い近い!」

「綺麗。まるで絵画のようだった」


赤城にしては珍しく声のトーンがほんの少し上がった。

素直に感想を伝えると、白菊はさっきまでの起り具合とは正反対の反応を見せた。

「え、え~?そうですか?まあ何十年書いてるかも分からない程ですしね?えへへ」

「本当に綺麗。自分で書いたのよりも、師匠のよりも」

「そんなに褒めても何も出ないですよ?あ、何枚か持っていきます?命さんの許可がないとですけど…ってこんな事言ってる場合じゃないです。春花君、傷出して下さい。治します」


勝手にテレビをつけてぼーっと見ていた春花だったが、その声でやっと振り向いた。

「…え?ああ、そうだったな。忘れてた」

「忘れてた、って。その傷結構重症じゃないですか。忘れるなんてことあります?」

「いや、本当になんで忘れてたんでしょう…。思い出したら超痛てぇ」

血で滲むブレザーとワイシャツを治療のために脱ぎ去って上半身裸になる。その服の下には立派な筋肉が鎮座していた。


それを見て白菊はふおーっと声を上げた。

「春花君、筋肉つきましたねぇ…。最後に見たのは中学二年生くらいの頃でしたね」

しみじみと思いを馳せる。

そんなこと言いながらもせっせと脱ぎ捨てられた服を折りたたんで、春花に向き直る。

「さて、目をつむって深呼吸して下さい。吸って、吐い[癒]て。吸って、吐いて。」


深呼吸の間に気づかぬうちに差し込まれる[癒]の霊符。霊力の流れを声帯の代わりとし、震わせて二重発音を可能にする超高等技術をなんなくやってみせる白菊に、またもや瞠目(どうもく)する赤城。

傷を癒せることが出来る霊符だが、ただ治すものではなく、傷口を霊力の粒子で撫でる様に肌と肌を再生、癒着させていくものであり、全く痛みの伴わない代物ではない。


それを出来るだけリラックスさせて、絶妙なタイミングで、更に二重発音で差し込むその技術は神業と言っても差し支えない。少なくとも、この世界に現存する霊能力者にこの芸当が出来るのは片手の指の数で足りる。

そのお陰か春花も最小限の痛みで以て全身の傷を一分もかからずに全て塞いだ。

「はい、お疲れ様です」

「…うん、痛くない。ありがとうございます、白菊さん」

「いえ。ただ一点気になることが。それについては命さんが帰ってきたら…というか命さん遅いですね」


帰宅して、お茶とお茶菓子を取りに行ったにしては時間がかかりすぎている。既にニ十分は経過している。

白菊の守護霊センサーが反応しないところを見ると、心配はいらないように思えるがそれしたって遅い。

「ちょっと俺見てきますよ」

早々に服を着て命の居るであろう台所へと向かう。しかしそこには用意されかけた形跡があるのみで命の姿はどこにもなかった。

名前を呼びながら大きめの家を歩き探すが、見つからない。なら最後は命の寝室ということになるが…。

昔の記憶を頼りに命の部屋を覗くと、家着パーカーに着替えた命がうずくまりながら滝のように汗を浮かべて、額にに霊符を押し当て苦しむ姿を見つけた。


押し当てている霊符には[浄]の一文字が刻まれている。[浄]には軽度な毒や呪いを浄化する効果がある。だが、普通ここまでの苦しみ方はしない。明らかな異常を察知し一声かけて、命を担いで居間へと戻った。

さっきまでキャッキャはしゃいでいた白菊だが、一瞬で命本人以上に汗を流して慌てふためく白菊。赤城は困惑した表情を浮かべた。

「命、どうした」

座布団の上に命を降ろしてから春花が問う。

それにより一層顔色を悪くした命が息も絶え絶えに話した。


「呪いが巣食ってるなら、解呪しようと思って[浄]の符を当ててみたけど…。頭痛い…」

[浄]の符はもう既に光を失った。ただの紙に逆戻りしたということだ。つまり、"軽度の呪いなら解呪できる霊符"が解呪できずにその効力を失ったということであり、逆説的に軽度の呪いではないことが判明した。

白菊はふわふわと命の目の前に移動し、白魚の様に滑らかな指で印を結ぶ。その顔には表情という色をすっぱりと抜ているようだった。


三つ印を結んだ後、霊体の手が命の頭に差し込まれて直ぐに、何かを掴んで引き抜いた。

その綺麗な人差し指と親指には、見た者を全て吸い込んでしまいそうな極小の"黒"があった。

それを両の掌でパンッと潰すと、ボロボロと崩壊して消えていった。

残滓も全て消え去ると、ようやく命から頭痛が収まっていき、白菊の幽霊特有の冷たさで体を支えた。

そこから十分程白菊にもたれかかっている命をよそ目に、春花がお茶とお菓子を持ってきて赤城と飲み食いを始めた。


命も決して体が大きい方だとは言えないため、白菊にもたれかかるその姿は姉弟の仲睦まじい光景で、二人して心配はしているものの直視は出来なかった。

その後ゆっくりと起き上がると、そろそろ氷も溶けかかって冷たくなったお茶をがぶ飲みして、一息ついた。

「ごめん、もう大丈夫…。夏風邪かな?」

「その考え方は大変可愛いですけど、残念ながら回答としては×(バツ)をあげざるを得ません」


少し大きめの机を四人で囲んで、落ち着いたのを確認してから白菊が話し始める。

位置としては赤城と春花が隣で、その対面に命と白菊。白菊がどうしても命の隣を譲らなかったため、春花は渋々赤城の隣へと着席した。

「まず、命さんにかかっていた度し難い呪いの件ですが。明確に名前のある呪いではありません。あえて名付けるとしたら『認識狂いの呪い』と言ったところでしょうか。

 日々に少しの違和感を感じさせたり、普段自分のすることのないことをしてしまう呪いです」

「うん、確かにもう昼間から感じていたあのモヤモヤは無くなったのは間違いないよ」


違和感の具合としては、いつも綺麗にしていた鏡に少しの汚れを見た時のような。別に気にしなければ一瞬で忘れるような出来事だが、その歯がゆい感覚が一生付きまとう気持ち悪さがあった。

だがもうそれがない。

命が晴れやかな顔をする反面、赤城と春花は渋面を作った。

「確かにな。赤城には知る由もないだろうが、命は普段の命ではなかった。それがもとに戻ったってんならそれに越したことはねぇ。だが…」

「ええ、お二人にはこれ以上のお話をする前にやらなくてはいけないことがあります」

「…解呪、[浄]」


何処からか取り出した[浄]の符を()()()()()押し当てた。

一瞬にして[浄]の符は白紙へと戻った。

それと同時に白菊は手を伸ばし、先ほど命にした時と同じように春花の頭から呪いを取り出して潰した。

その光景をみて命は驚いた。

要因は二つ。


一つは自然的に赤城が霊符を使用したこと。これでずっと聞きたかった本来のこの家に呼び、話したい内容の半分は完遂できたと言ってもいい。

そもそも霊能者と呼ばれる命のような存在はあまりにも数が少ない。同じ学校に二人も霊祓いの能力がある人間がいることは稀なのだ。

霊を『見る』ということが出来る人間もかなり珍しいし、春花の様に祓う能力はなくとも『見て』『話せる』者も極端に数が少ない。その上の霊能力者だ。こんな偶然は宝くじ当選レベルだろう。確率自体は存在するが、実際に起こることはほぼない。そういった次元だった。


もう一つはやはり呪いの存在。二人も呪いにかかっていたとは思ってもいなかった。

「ふうん、赤城さん。貴女かなり霊力高いですね。…量も質も一級品です。出力が蛇口壊れたみたいにドバドバ出ているのはもったいないですが。軽度なのもあって自分で解呪できるとは」

感心半分、あきれ半分の白菊。

それを見て、無口な赤城らしくその凛々しい目で話の続きを促した。

先を話しても良いか守護霊として命へ許可を求める様に瞳を向けると、うん、と頷いた。

それを確認してからまた話し始める。


「さて、いまお二人が解呪したものもおそらく『認識狂いの呪い』です」

「え、待ってよ。僕はともかく春花はそんな風には見えなかったよ」

「ええ。きっとそこに原因があるのでしょう。…ほんの昔に同じような呪いを見たことがあります。

 かかる条件は正直その段階では分かり得ませんでしたが、その特性そのものは知識として得ています」


一本、二本と指を立てたながら解説が続く。

「一つ目、その呪い自体には致死性はありません。人にあれ?と思わせるような種を植え付けるものです。

 二つ目、呪いによる影響は時間と共に強くなります。夜に近づけば近づくほどに、です。

 三つ目、時間の他に呪いについて考えたり、探ったり、呪いの真相に近づくほど脳へダメージが行きます。

 最後に四つ目、二十四時辺りを(さかい)に自動で解呪されます」


以上四つつが特性として挙げられます、と締めた。

続けて何か質問は?と三人の顔を見渡す。

それぞれ三人がなにか言いたそうにはしている。ではそれぞれ聞いていこうと指名で呼びかけた。

「命さん、質問は?」

「えっと、僕多分死にかけるくらいの高温だったんだけど致死性はないの?」

「結果として、ということでしょうね。時間経過という特性の二つ目に当たるもの。そして命さんが昼間感じていたであろう自身への…自分の思考への違和感。加えて私が『呪われている』と伝えてしまったことによる、特性三つ目の呪いの加速。違和感を持たせるだけでは人は死ぬことはありませんが、特性二と三の急激な加速によって人格へまで影響を及ぼし始めて、脳がオーバーヒートしてあのような状態に繋がったと考えています」


申し訳なさそうに命の質問へ回答をする白菊は、土下座でもしそうなくらいペターっと机へ額を押し付けた。

ごめんなさいーとめそめそ泣き始めたが命の賢明な慰めによりすぐに終息した。

超誘導尋問じみた会話術で説き伏せられて、今度同じ部屋で寝ることになってしまったが…。

その様子を見ていた赤城は若干引いていた。

ぐすぐすとわざとらしく鼻をすするふりをしながら、次のターゲットとして春花が指名された。


「ぐしゅっ…。じゃあ春花君からはなにかありますか?」

「鼻拭いたらどうすか…。んんっ。えーと、じゃあ何で俺と赤城にも呪いが?ていうかそもそも命の守護霊だってんだから気づいた呪いをなんで俺たちの分まで」

それにはさっきまでの顔とは裏腹にすっきりと答えた。


「ああ、気づいたのは[癒]の霊符使用時ですね。春花君って霊と話せる特異体質じゃないですか。更に言えば春花君に宿る霊力の九割五分は雪代神社からの霊力なんです。厳密には命さんではなく雪代神社の守護霊の私だからこそ気づけました。赤城さんのはちょっと霊力を調べさせてもらったからです。二人がかかってるならそうかなーっと」

この雪代神社と家屋を包む領域内では、白菊という存在は別格だ。自信をこの領域に縛ることの代わりに大抵なんでもできてしまう。先の二重発音もその一環であった。


「で、お二人に呪いがかかった理由は不明です。ですがある程度の考察は出来ます。命さんが朝家を出たタイミングでは呪いにかかっていなかった事、命さんだけお二人よりも進行が速かった事、そして行動をよく共にする春花君だけでなく赤城さんまでも呪われていた事。

 これを総じて考えられることは、通学路辺りではないかと」

春花は納得と驚きで顔が変なことになっていた。主に白菊の洞察力で。

赤城の事情も盛り込めばできるこの呪いに対する解は、春花を納得させ、変顔を完成させるには説得力がありすぎる。


そんな春花に構わず、命は既に深い思考モードに入りこめかみに指を当てていた。

「(なるほど、通学路か。それなら朝から進行の始まっていた僕の呪いと、ほんの一時間前に通った二人の呪いの進行度への乖離の理由は説明がつく。小学校、中学校と同じ学校に通っていたとしても地理関係で僕と春花がの通学ルートが被ったことはなかった。なら僕だけ呪われていても不思議はない。

それにちょっと色々ありすぎて忘れてたけど近松君。彼もきっと同様の呪いに掛けられていたに違いない。

 けど、あの状態はあまりに異常じゃなかったか?近松君自身、誰に美影君について話していたのか、そもそも美影君について話していると認識すらしていなかった。と、するとあの時点でさっきの僕と同じ程度まで症状が深刻化していた可能性はあるけど、オーバーヒートしたことによる発熱はなかった…。普段の自分との乖離に気づけていない程のスピードで呪いが進行していた、とか?)」


なら今近松はどうなっているのか、そう思い立った瞬間思考の海から浮上した。

「春花、もしかしたら近松君やばいんじゃ。昼休みに『少しおかしい』って言って、彼の認識の違いを指摘してるよね?ってことはさっきの僕みたいに発熱症状が出ているかも…」

「…確かにな。だが俺も近松の家は知らない。一応、連絡はしておくが今からできることはない」

そういいながらスマホでポチポチっと文章を打ち始めた。

あまり事情を読み込めていない赤城は、その話題について言及することはせずに腕をピンと挙げて、先生へ質問するように白菊へ質問を投げかけた。


「お姉さん」

「はい、赤城さん。…私の名前は白菊です。呼び方はなんでもいいですが、お姉さん呼びは命さんが盗られそうなのでやめて下さい」

「(コクリ)白菊さん。私が知りたいのはさっきの神社のこと」

はて、と首をかしげる白菊。呪いに関することはどうでもよいのだろうか。自分で気づけない程の呪いを受けて、その結果最悪死ぬようなものであるなら最悪でも対処法を聞いてきてもおかしくはないのだが。

まあ、呪われたきっかけが分からないのだから対処法も何もないのだが…。

その心の声に反応するように赤城は言う。


「呪いのことはもういい。同じ呪いには()()()()()から」

再びはて、となったが本題にいつまでたっても行きつかないのでそのまま発言しなかった。

「あの神社…雪代神社には今までにない程に…言葉が出てこない。とにかく、なにか違う霊力を感じた」

その言葉を受けて命ははっとした。この神社の鳥居をくぐった時、確かに赤城は「すごい」と言った。

それが雪代神社そのものではなく、雪代神社に溜まる霊力の純度に関するものだとしたら。


それに気づくと同時に心拍は秘密が漏れた時の様にバクバクと速さを高めていった。

「(純度まで分かるのか…!赤城さん、もしかしてかなり…)」

霊力の濃さ/薄さの判別ならいざ知らず、純度までなんとなくだとしても察せられるとしたなら、下手すれば命以上の霊能力者の可能性がある。

それなら、この赤城澪という少女を仲間に引き入れれば命は自分の夢が叶うかもしれないと密かに期待を寄せ始めた。


「…雪代神社は、三百年以上続く歴史の長い神社です。こんな山奥にある田舎の神社ということで人はほぼ訪れません。参拝客など毎年決まった方ばかり。そのお陰か、そのせいか言い方は迷いますが、ただただ綺麗な霊力の溜まる場所となりました」

ぽん、と命の頭に手を乗せて撫でながらまるで我が子を見るような目と声で話す。

「命さんはそんな純粋な霊力の満るこの場所で成長し、今ではこんなに心の綺麗な子に育ちました」

命は恥ずかしがるように身をよじるが、決してその手から逃れることはしない。先ほどまでは姉弟のようだったが、今は親子の用だ。


一瞬、赤城の綺麗な顔が歪むが誰も気づくことはなかった。

それでも恥ずかしかったのかコホンと払いをひとつ、それが白菊の行動に対する咎めのものだと捉えた命は、頭に乗った手をそっと下に降ろした。

「んんっ…。赤城さん、色々と訳の分からないことになっててごめん。聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

神社の不思議な雰囲気に納得したのか、無表情を貫いたまま命に向き直った。

初めて、初めてきちんと対面で話をする。その目は純粋でまっすぐに命の目を見ていた。


「赤城さんは、霊能者なの?」


ここまで話をしてきて、付いてきて、解呪まで自分でやってのける赤城に今更ながらの質問。

それでも確認せずにはいられない最重要項目だった。

ここから赤城が視線を彷徨わせて、口が開いたのはきっかり一分後だった。

「私は、霊能者。悪霊を祓う、霊能者」


確定した。心音がうるさくなったがそれを無視する。これほどまでに運が良かったことは他に思いつかなかった。

霊が見えても話せなくても、最低限祓えるだけの能力がなければ命にとっては足手まといにしかならない。

春花は祓う力はないが全力で命をサポートしてくれている。

今日一力のこもった声が赤城に掛けられた。

「赤城さん、お願いがある。僕はある事情があって『骨肉の怨霊』を追ってるんだ。でも僕一人じゃ敵う相手じゃないんだ、悔しいけど…」


その言葉に赤城は初めて強い反応を見せた。とはいってもビクリと肩を震わせただけだったが。

「僕の人生の目標なんだ、奴を祓うことだけが。お願い、赤城さん。僕を手伝って欲しい」

命の目は、黒く濁るような目をしていた。

白菊の言う、心の綺麗な子、とやらはどこへ行ってしまったのか。瞳に映るのは異常なまでの執着心。

普段抑えている命の霊力が室内へ溢れ出した。

それほどまでのことなのだ。命にとっては。文字通り我を忘れるほどに。

赤城は命をじっと見つめた。さっき見た時と反応が違いすぎる。目が泳がない。

分かった、と一言言った後に続けた。

「貴方の夢を手伝わせて。きっとそれが、私の夢を叶えるための一番の近道」

そう言い切った。


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