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虚影②

帰宅時の高校生と連れ添って駅前へと赴いた。

あまり都会とは言えないこの街だが、駅前はそこそこに充実している。八階建ての駅ビルもあるし、ファミレスやファストフード店も周りに点在している。

基本的に放課後集まっておしゃべりタイムを繰り広げたい時はこの駅前に集まることが多い。らしい。残念ながら友達の少ない命は学友と一度しか来たことがないが。

一応地元ではあるため、勝手知ったる様子で迷いなく駅ホームまではたどり着ける。

だがどうもロータリー辺りが騒がしい。下校時間で中高生が集まり始める時間とは言え、あまりにもロータリーを中心に人が群がり過ぎている。中心地から叫び声や悲鳴も聞こえる。

春花もそれが気になるようで、二人言葉を交わさずロータリーへと急ぎ足になる。

そこでようやくゾクリ、と命の首筋に嫌な気配を感じた。


「春花、戦闘準備」

「了解」

命はロータリーの群衆を見据え、肩にかけていた鞄の奥底からするり、と一本の淡く青に光る筋引包丁(すじびきぼうちょう)を抜き取った。

無造作に放り投げた鞄を春花がキャッチし、一声かける。

霊符(れいふ)は?」

「持ってる」

トントン、と軽く飛んで体の調子を確かめて一息。

グンと霊力を全身に集中させ、跳んだ。


距離で言えば十m。人が助走も何か特殊な物も使用せずに跳べる距離ではないが、命と特殊なエネルギーである霊力を掛け合わせた身体強化状態であるなら容易だった。

命は空中で群衆の中心地を観察し、状況を整理した。

「(車が一台、何もないところで破壊されてる…。そしてその犯人は屋根に乗っているあの顔半分が欠損した悪霊!巻き込まれた人間は…。車の下に一人、弾き飛ばされた人が一人、中に居るのが三人、合計五人)」

どういう理屈でそうなったのかは分からないが、元凶は確実に悪霊。きっと事故死した怨念の塊があの一個体となって出現、事故を誘発させたのだろう。右半分しかない顔にスーツ姿の男に見える。

そうと分かればやることは簡単。(はら)って人を助けるだけだ。


跳び上がった上空から逆手に持った青い筋引包丁を振り下ろしながら着地する。

だが残念ながら避けられてしまった。当然と言えば当然。こちらが悪霊の霊力を感知できるように、相手からも感知されているのだから。避けられることは予想していたため、そのまま下段中断上段と続けざまに包丁を振るう。

だがそれも避けられた。流石に一発も掠りもしないのは予想外の事態であった。この時点で命の中でこの悪霊に対する脅威度は"C"以上であると確定した。

顔半分かけているからと言って、認識能力は目がしっかりと二つついている場合と大差ない。漏れ出る霊力が空間認識能力を高めているからだ。先の常人では出せない動きをした命の包丁を躱せたのもこれが大きい。


そして霊力が高ければ高いほどに、漏れ出る霊力も多くなり、より広範囲を検知できる。逆に制御できなければただ命のような霊能力者を引き寄せる撒き餌になるだけなのだが。

交戦開始から十秒、周囲の人はもはや何が起こっているのか理解をしようとするので精一杯だろう。

突然ロータリーで衝突事故が起こったと思ったら、上から制服を着た男の子が降ってきて、包丁を虚空に向かって振り下ろしたり切り付けたりしている光景が繰り広げられているからだ。

勇敢にも車に取り残された三人や、撥ねられた一人を救出しようとしているサラリーマン風の男や男子学生もいたが余りにも異様な光景に動けずにいる。


「(まずい、人がこんだけいる中で除霊(じょれい)をするのは非常にまずい。関係者に思われたら後が厄介すぎる…!)」

だとしてもこのまま逃げるわけにはいかない。負傷者…、いや車の下の人はもう死亡している。死傷者が出てしまった以上、この悪霊は放っておけば必ずまた犠牲者を生む。ならここで潰しておかなければならない。

この状況は霊能者にとって一番良くない状況だ。昼間で、一般人の目があり、救わなければならない命がある。

「クソ、今日は厄日か…!」

今すぐ何か殴りつけたい気分だった。

悪霊がどう動くかでこの先が決まる、と思った矢先に群衆から春花が飛び出した。

そして窓ガラスを近くに散乱していた石でガツガツと割り始めた。

やるべきことが一つ消えた。あとは人目のつかないところに誘導し、祓うだけだ。

「犠牲者計五人。ヘッドライトの先、車の下、中に三人」

「了解、死ぬなよ」


返事を期に、せめて安らかな死を願い、車を一瞬だけ持ち上げて車の下から下半身と上半身が腸で繋がれた状態で死亡している壮年の男性を引きずり出した。

周囲から甲高い悲鳴が上がった。当たり前だ、普通に生活していれば(はらわた)が腹から出た死体を見ることはないからだ。

嗚咽と悲鳴の中、ポケットから一枚の細長い紙を人差し指と中指で、顔の前に掲げる様に取り出した。

「[(ゆう)]」

その紙に達筆に書かれた"勇"の文字。それに霊力を流し込む。すると、端から火が上がり瞬きをする間もなく一瞬で燃え尽きた。

それと同時に命の体が少しの間だけ青く発光し、収まった。

顔半分の悪霊がそれを残った右目で発光を認識した瞬間、『ギイィイイイヤァアアア』と文字通りこの世のものではない声を発した。

先ほど燃えた紙、霊符(れいふ)と呼ばれるものである。霊力の篭った紙と墨で作成された霊符は、簡易的に様々な効果をもたらしてくれる。霊能者にとって超重要アイテムである。

用はバフである。バフとは反対のデバフ用の霊符も存在する。

[勇]に込められた効果は、端的に説明するのなら"霊の注目を引く"。人気のないところまで連れ去りたい場合に重宝する霊符である。

確実にこちらにヘイトが向いたことを確認し、大跳躍で再度群衆の上を飛び越えてビルとビルの隙間へと駆け出した。


今日体育で走った時よりも自分に当たる風が強い。涼しいくらいだ。

ロータリーを抜け、駅から駅ビルを繋ぐ渡り廊下を駆け、段差を飛び越えて人通りが感じられない路地裏へと飛び込んだ。視界の端にネズミのような小さい動くものが目に留まったが、気にするべきは後ろに感じられる圧。未だに叫びながら一心不乱に、命を仇かのように追ってくる。

ようやく表通りから視界に入らない場所までたどり着き、ザリッと音を立てて右足軸回転で後方へ向き直る。強化された肉体によって少しだけアスファルトが抉れた。


こちらに完全に追いつかれる前に、ポケットから更にもう一枚の霊符を取り出した。

再び指の間に挟み、目の前で声を発する。

「[(げき)]」

[撃]の効果は上半身への肉体的強化。改めて青い包丁を逆手に構える。

顔右半分の悪霊は[撃]の光を確認し、超速度のままボロボロの右手を振り下ろしてきた。

それに合わせる様にカウンターで右の脇下から斬り上げる。ジュッと肉を鉄板に落とした時のような音を立ててくるくると右腕が舞い、ボトリと地面へ落下した。それを脇目に確認し、トントンとツーステップで距離を取る。

その衝撃のせいか目から仇を見るような狂喜さが消えた。[勇]の効果が切れたようだ。痛がる素振りも見せないくせに感情が分かり易い。


痛みの感情が零れる代わりに口の端から涎がダラダラと零れ始めた。残った右目からは油断のようなものがなくなり、左手は爪を立てる様に脱力状態から力が入っている。

「(顔右半分の悪霊の本領発揮のフィールドは、多分『道路』だ。あのロータリーでは車以外への霊障(れいしょう)は見られなかった。つまり道路や車と言った交通関係で寄り集まった悪霊の可能性がある)」

そしてここは道路ではなく、路地裏だ。車や自転車など事故の大半を占める物はここにはなく、少なくとも"事故の起こる道路"としては認識されないだろう。

その証拠に先ほどまでの霊力の濃さは悪霊からは感じ取れない。無論、右腕を失っているということもあるだろうが。

だが、なにも危害を加えようとしてこなかった最初、ただひたすらに盲目的に追いかけてきた先ほどまでとは違う。

命を殺すために臨戦態勢を取っている。


「脅威度は変わらず、か」

手の中で得物がじんわりと温かく震える。

流星(りゅうせい)、今回も力を貸してね」

力を込めて霊力を流すと、筋切包丁の表面に流動する霊力の流れの速さが増す。

カヒュッと音が鳴り、予備動作なしに悪霊が突っ込んでくる。常に浮遊している状態であるため、初速に必要な『タメ』が要らないのだ。

先とは違いカウンターで斬り上げても落とせないのは明白、小さいステップで避ける、避ける。

振り回される爪に掠った壁がガリッと音を立てて削られた。


「(物に霊体で干渉できるってことは、霊力の高い、イコールで強い悪霊だ…)」

更に警戒心を上げる。いかに勝てる相手とは言えケガもしたくないし、死にたくもない。

振りに合わせて細々(こまごま)と腕を斬りつけてはいるが、ダメージになっている様子はあまり感じられない。

そんなジリ貧状態を続ければ、

「…!もう再生したか」

ズルリと右腕が生えてきた。

それと同時にスーツのジャケットが破れ、その下の黒い空間から勢いよくタイヤが飛んできた。


「あぶなっ!」

左耳を掠めて勢いよく飛んで、ものすごい音と共に後方のフェンスを破壊した。顔面に直接喰らえば重症だと一目で分かる。

昼間のうちからここまでの強さだと、命一人で無傷で勝つのは難しいかもしれない。

最近はこういったレベルの悪霊が急増している。もう単騎での悪霊祓いは難しくなってきているのかもと考えつつ、勢いをつけて斬りかかる。

しかし、命はこの世代の霊能力者にしては経験値を積んでいる方だ。


身体に纏わせる霊力量を上げ、小さく息を吸って、止めた。

伸ばされた左指をまるで魚を捌くように滑らかに斬り落とし、勢いのまま肘関節から先を切断。

逆手を順手にくるりと直しながら下に降ろした包丁を、手首で刃を上向きに変えて首へ刃先から線を辿るように再度斬り上げ、スッパリと半分ほど切り込みを入れた。

そのまま再生されぬ内に膝抜きの要領で視界から消え、ついでに発射された超回転するロードバイクのタイヤを回避し、回転を加えて首のもう半分を斬り、抜いた。


落ちてくる首を空中で十字に斬り、動かなくなった首から下の心臓部分を突き、黒い煙に変えた。

スイカの種でも飛ばすようにプッと勢いよく息を吐いて、消滅を見届け始めた。

不意にズキリと左腕が痛むことに気づく。暴れられて爪を引っ搔けられていたが、制服が破けて血がにじむ程度で済んだようだ。

「ひっさしぶりにちょっとだけ強かったな」


黒い煙…残滓が消えぬうちに霊符を二枚取り出して、一枚のまっさらな霊符を「<(から)>」の言葉と共に残滓(ざんし)へと近づける。すると一部が霊符に吸い込まれ、霊符は黒色に一瞬で染まった。

それを確認した後にポケットに黒く染まった霊符を押し込み、[(かい)]と書かれた霊符を左腕の傷の部分へあてがう。

先の戦いのための霊符とは違う緑の光が漂い、傷と制服をゆっくり1分かけて修復させた。

「[恢]の符高っかいんだよなぁ…。そろそろ自作に挑戦してみるべきかな…?」

「それなら私が書いてあげようか」

「ッ!」

超反射的に声の方向から飛び退いた。

戦闘後の油断したタイミングとは言え微塵も気配を感じることが出来なかった。

体制を獣の如く低くし、鋭い眼光をその子の主にぶつける。低級の悪霊如きならこれで動けなくなる程の圧力で。

そんな鬼気迫る状況も一瞬で戸惑いに変化した。

なぜなら、

「…え?」

なぜなら、そこに立っていたのは一枚の霊符を持って佇む不愛想の女王、赤城澪(せきじょうみお)だったからだ。


ニコリ。


…あまり得意ではなさげな笑みを無理やり浮かべながら。

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