虚影⑳
長い黒髪が空調に当てられて靡く。
体裁考え何も行動を起こすことの出来なかった命のために、入室すらしたくなかったであろう赤城澪が命の目の前に立っていた。
抜き身の刀はもう既にない。未だ判明しない特殊な刀の性能故だ。
黒のパーカーと黒のワイドパンツを見に纏い、音もなく男の命を握った赤城を見上げて命は心臓を跳ねさせる。
キリッと男の去った方を見つめる赤城が余りに格好良く、凛々しく、美しく見えたからだ。
その姿に驚く者、見惚れる者。部屋の中の人間の反応は様々だ。
そんな中でも、赤城の介入を存分に食らっている者もいた。
「もう始めてもいい……?」
モニターに映るおよそ成人とは思えない少女が映っていた。
桃色の髪の毛をサイドテールにし、一部がメッシュでも入れているのか黒く染まっている少女だ。
その少女の問いに誰も答える者は居ない。
「えと……」
この地下部屋に居るのは霊能総から見初められ、実力者として、ネームド相手にも死なないと判断された猛者たちだ。
その眼光は皆鋭く強い。
誰も答える者が居ないのはタイミングのせいもあるのだろう。一食触発の空気が作られてしまったのだ。
ならそれを作り出した張本人が答える以外に選択肢はない。
「お願いします」
命は周囲とモニター越しの相手に聞こえる様に声を張りあげる。
きちんと伝わったのか、少女はパッと表情を笑顔に変えた。そしてその後直ぐに口を一文字にした。
「じゃあ、作戦を話すわ。わたしは作戦本部指令員、雷鳴リリ。
作戦は覚えられなくて死のうともこの名前だけは憶えてから死になさい」
急に口調がドス黒くなった。
露骨に周囲の機嫌が露骨に悪くなったが、画面の向こう側にいる相手には無用。
その空気を作ったのは少女自身なため、それに干渉しようとは流石に思えなかった。
そして少女は手元の紙を見ながら作戦について話し始める。
命は作戦立案に携わった人間であり、恐らくあの雷鳴という少女よりも深く理解している。
その余裕があるせいか、普段よりも大きく見える背中と横顔を窺う。
「大丈夫?」
「……ごめん、助かった。でもなんで助けに来てくれたの?」
赤城はそもそも霊能総が嫌いで、作戦に参加はするがその上で自由に動くという契約だった。
嫌いになったのは言わずもがなだが、わざわざ隠された地下施設にまで入ってくるにはそれなりの理由が必要だ。
命からすれば何かしらの用事があり、ついでに因縁をつけられていた命を助けた。と考える他ない。
どうして、ここに来たのか。
それは問うてみれば簡単な事だった。
「白菊さんが、雪代君が危ないって」
「あー、防御のために霊力発したもんね……」
主従関係がある命と白菊。
白菊の存在は『守護霊』であり、主のピンチに駆け付けることが出来ることができるように常にアンテナが立っている状態なのだ。
霊力を発せばそれだけで自動的に守護霊へ伝わる。
元々、この作戦室として用意された地下部屋には部外者は立ち入れない。
対外的にはここは出雲製薬の実験室ということになっており、入室には様々な手順を踏まねばならない。
赤城がそういった手順をクリアして入ってきたように見えないが、もしかしたら強行突破してきたのかもしれない。
そこまでして自分を助けに来るか?裏があるのか?と勘繰ってしまう命だが、先に『友達』だと言ってくれた赤城に対してあまりにも失礼だと思い、心の中で謝罪した。
数日の付き合いだが、赤城澪という人物は無表情で不愛想だが、決して心の持たない人間ではない。
むしろ表に出さないだけでかなり感情の起伏が大きい。
だからこそ傷つきやすいし、打算で人と付き合えるような性格ではない。
「白菊さん焦ってた?」
「かなり」
仲間であるはずの霊能者が集まる施設で、突然戦闘の兆しが見えたら誰だって焦るだろう。
更に命への愛が深い白菊なら、その様子を想像するのは難しいわけではなく、後で必ず謝ろうと心に留めた。
赤城は未だあの男に対して……と云うよりは、この地下部屋に居る人を信じ切れていないせいか、命の方を向いたりだとか座ったりだとか、そういったことは一切せずにただ周囲を警戒していた。
しかしその警戒……殺気の篭る程の周囲への威圧は、逆に霊能者たちの神経を逆撫でしていた。
威圧を抑える方法を知らないからだ。霊相手には霊力以外の威圧の方法はないため、意識してコントロールする訓練をしていないのだ。
「赤城さん、もう大丈夫。さっきは抵抗するつもりはなかったけど、今は違う」
「……………………本当?」
「信じてよ」
「無理」
ようやく命の方にチラリと目を向けた。
命の目は明らかに決意の目をしていたが、赤城はイマイチ信用しきれていなかった。
「あれから腑抜けてる」
「え……」
どう考えてもあれからのあれとは命と煙霧の、今後を賭けた夜中の一戦のことだ。
あの夜、結局命は負けている。
有体に言えば煙霧の出した課題、煙霧風にいうなら「いいのを三発」叩き込むことが出来なかった。
煙霧に意識を刈り取られたあと日替わりまで目を醒ますことはなかったのだ。
命が目を醒ました時には既に朝日が山間から顔を出している最中だった。
約束は約束であり、今後煙霧が命に戦闘を教えることは無くなった。
元々は自分一人で達成するつもりだった悲願、骨肉の怨霊の除霊。達成できる確率は落ちたが、それでも出来なくなったわけではない。
そう考え、命は自分を奮い立たせていたのだが、周りから見れば虚勢を張っているように見えていた。
もちろんあの後約束通り、今日この日まではこの作戦において死なない方法は講義された。
講義、講義だ。実際に身体で覚えたわけではない。
タメにはなったし、命のしらないようなこともかなり吸収出来た全三日間の講義だった。
それでも赤城から腑抜けていると言われるくらいには元気がなかったようだ。
元はなかった好条件。それがなくなったのが惜しい。
曰く、手に入れる前に飽きらめるより手に入れたものを無くした時の方が惜しく感じるらしい。
挑戦権を得たのに、実力不足で無くしてしまった。
そんな考えよりももっと命の心に重くのしかかるような、純然たる"事実"と云う名の暴力の方が辛く感じている。
その"事実"とはつまり、弱いこと。
どこかで調子に乗っていて、慢心は微塵もしていないと言われればそれは嘘になるだろう。
その少しの隙が、ナニカの破片を欠けさせた。
同年齢の霊能者に比べれば強いが、全体的な観点から見れば弱い。
それを突き付けられ、純粋に戦いに勝てなかった。それだけが足枷になってしまった。
「ここだと白菊さんとテレパシーみたいなことが出来ないんだ。僕は作戦に参加するメンバーだし、抜けたらそれはそれで軋轢を生む可能性がある。
赤城さんから白菊さんに大丈夫って、言ってきてくれないかな」
「自分で言って」
赤城のために霊能総のメンツが集まるこの部屋から出したい命と、命のためにこの部屋から出ていきたくない赤城。
相手への想いゆえに、硬かった。
ただし赤城が離れない理由としてはもう一つあったが。
それはあることを聞くためだ。
「雪代君は……」
「なに?」
「雪代君は、大事にされてる」
赤城は自分の境遇と命を重ねて言ったことだ。
対して命は自分を軽視するきらいがある。それを理解できていない。それを伝えたかった、赤城の精一杯の言葉だった。
「私は、友達が少ない」
「……………うん」
今この場で必要な言葉かどうか分からなかったのと、唐突な自虐的発言に戸惑いながらも相槌を打った。
「口下手で、幽霊が見えるせいで敬遠されてた」
「うん」
「最近やっと話せるようになった」
十分に口下手ではあったが、伝える努力はしようとしていた。
命と初めて会話をした日、赤城は路地裏で笑った。不器用ながら命に笑いかけながら話しかけた。
下手な笑顔でひきつったような顔になっていた。それも歩み寄ろうとした結果だ。
モニターに映る少女の作戦説明が佳境に入った時、警戒を解いてちょこんと命の傍に腰を降ろした。
「ゆき……命君と、白菊さんと、春花君のおかげ」
「な、名前」
「友達は、名前で呼ぶらしい」
頬を少しだけ赤く染めた赤城澪。それに呼応してか命の頬も熱くなる。
更に心臓は鼓動を速めた。
「だ、だから!……心配させないで」
今日一番、大きな声が出た。と云っても普段のボリュームが小さいせいで周囲には聞こえていないくらいだったが。
既に赤城の目を見れなかった。
命も友達が多くはない。なぜなら自分はいつ死ぬか分からないから。
霊能者の生活のほとんどは死地に身を置くための準備だ。
悪霊はどれだけ警戒しても足りなく、準備しすぎであっても「無駄な労力だった」で済む。死ぬよりはマシだ。
逆にどれだけ準備しても死ぬときは一瞬で死ぬ。それが霊能者だ。
腕が折れれば痛みで隙が出るし、足が折れれば逃げれなくなる。
血を流せば出血多量で死に至り、呪われればその効果によっては即座に心臓が停止する。
そんなことばかり行われるのが霊能者の身を置く場所で、下は十歳上は八十歳と年齢は様々でも死亡平均年齢は三十歳だ。いつまでも続けられる訳ではない。
いつ死んでもおかしくないなら、いつ死んでもいいように準備をしておこうと考えた結果、対人能力を磨くことを怠ったのが命だ。
クラスの出し物に参加すればクラスの団結力は高まるし、遊びに誘われて受ければ少なくとも少しは好感度が上がる。
そういうことをしてこなかった。
無論、憎き骨肉の怨霊を祓うまでは死ぬつもりはないが、少しの綻びで死ぬ世界だ。
そんな中、どんな時期でも唯一ずっと友達でいてくれたのが薄雲春花。
どれだけ"骨肉の怨霊を討てるなら、死んでもいい"とお題目を掲げていても、命は春花に感謝しきれない程の恩があり、生きている間は春花に報いようと考え動いてきた。
一種の依存のようなものだ。
それほど大切に思っていた友達の春花以外にも、自分を友達と呼んでくれる人が増えた。
きっと言葉にすれば重みが生まれる。
だから、名前で返すことにした。
「ありがとう澪さん。友達の為ならきっと僕は死なないよ」
★
粗方の作戦が述べられ、各自部屋の四方に設置されたモニターを眺め始めた。
モニターには周辺の地図が乗っており、作戦のフローチャートが画面右側に付随している形だ。
各々先ほど雷鳴リリと名乗った少女が説明した作戦と照らし合わせながら話し合っている。
命は中々先ほどの会話の熱が抜けずに、ぎこちなく今回の作戦を澪に説明していた。
いくら自由に動くと言っても同じ怨霊を祓うのだ。他の面子の動きくらいは知っておいた方が良い、そのための説明だった。
「……つまり、四人×《かける》四版で隊を組んで中央から四方に向かって進軍するんだ。出現場所がの半径が二十km近くあるからね。
発見次第、電撃作戦の要領で攻撃を仕掛ける。防御に秀でた版から順繰りに」
「探索フェーズと撃滅フェーズ」
「そう、作戦には大きく二段階あるってこと」
コツコツ、と机の上に大きく広げた紙の地図をシャーペンで叩く。
もう片方の手は髪をいじっており、何かを考えている風である。机上を見つめるヘーゼルアイの瞳は真剣そのものだ。
「……見つからない可能性は?」
「ない。……とも言えないんだよね。これだけ仰々しくやってもね」
「アタリはあるはず」
「もちろん」
個人所有ではない、霊能総から持たされたスマホに似た機会を机上に乗せた。
それを澪はポンポンと指で触ってみたところ画面が明るくなり、文字が浮かんだ。
「ぶい、いー、える、えす」
「VeLSと読むらしいよ。霊能総独自に設計された情報処理AIの極致だとかなんとか」
「ふーん」
全国各地から霊能者を通して寄せられた、些細すぎる情報まで全て網羅しデータとして保存、AIにより悪霊の出現位置特定や一般人に悟られぬように情報統制を行ったりと、一企業が有してはならないほどの性能を誇る。
それがVeLS。
「その"べりす"はどれくらい信用できるの」
「今回だけを見るなら八割ここに虚影は出ると霧雨さんとVeLSは予想してた」
出現から討伐対象として作戦が組まれた期間はそれなりに長いが、実害として認識されてから考えるとそれなりに短かった。
つまるところ情報を精査し出現位置と時間を割り出すための時間も、同様に短かったのだ。
それでも八割的中できる予想を展開できるVeLSの性能を命は信頼して作戦の立案を行ったのだ。
ただし立案は命でも、ダメ出しや校正を霧雨や煙霧が行ったため原型はほぼなくなってはいる。
「八割の信用度も今夜虚影が出現するかしないかで変わるんだけどね。
でももうそこは出現する前提で話を進めないと意味がない」
「うん」
「で、僕は第三部隊に配置される予定なんだ。ちなみに第一部隊の四人は滅茶苦茶硬いよ」
「肌が?」
「肌も心も」
作戦立案から実行までされたとなれば、それなりに腕の立つ人間しか作戦に召集されることはない。
命は強引に参加希望を出したこともあり、十八人の全体から見れば下から数えた方が早いくらいの実力だ。
「……やはり不可解」
「何が?」
「ネームドの脅威は分かった。あの山で戦った木の悪霊なんかより、何倍も強いってことも、知った」
シャーペンを指でクルンと回して、視線を地図から命にゆっくりとシフトした。
すぐに目を閉じて、顔を少しだけ下げながら言う。
「……この作戦に、命君が参加する、意味」
「意義とか、意味とか、そういうのはクラスメイトのお父さんの命運が掛かっている。って言ったと思うんだけど」
澪が言いたいことは、要約すれば「弱いのに何で居るの?」と云うことだ。
それに対して言葉の裏を分かった上でぼかして回答する命。
「さっきの男はきっと、命君より強い」
「正面切って戦って勝てるビジョンは見えないね」
下手すれば澪と命でタッグを組んでも勝てるかどうか怪しいレベルであった。
それほどに霊力が練り上げられ、一撃の重みがある、霊能者単体で見れば優秀な人間だ。
「だから、任せればきっと解決する」
「でも、僕が作戦のたたき台を作って、無理を言ってこの日にみんなを集めたんだ」
なんだかんだ言っても、命にそのつもりはなくとも多少の色眼鏡で見られてしまう。雪代澄地の息子として。
これ以上は無駄と判断したのか、決意の固さに根負けしたのか、小さい溜息を一つ吐き出すと共に命に作戦の疑問点をぶつける。
「……疑問はまだある」
「そうこなくちゃ」
澪の実力を正確に把握はしていなくとも、自分よりは上だと確信しているからこそ澪に頼った。
頼った相手が自分のせいで憂いを帯びて、悪霊から反撃に遭うことはあってはならない。澪を守るための強さでもあった。
「十八人いる」
「そうだね」
四人×四班なら計十六人になる。部屋には十八人おり、二人が溢れる計算となる。
人選については霧雨に一任していたため命には誰が誰だか知らない状況だ。
だがなぜ二人溢れているのか、理由は知っている。
「あそこ、モニターの前に一人で仁王立ちしている人」
指を差した方向には、三つ編みの長い髪の毛を首に巻いた大男が立っていた。
丸太のような腕を組んで、編成されたどの人間と話すわけでもなくただ静かにそこに立っていた。
「それとあそこ」
もう一人指差す方向には、四人の男女の真ん中に囲まれて座っているイケメンがいる。
目尻は細く、泣きホクロのせいか優男のように見えるが、隠しきれない霊力の強さが見て取れる。
「あっちの大きい方は煙霧さんが特別要請した飯上我伊古さん。滅茶苦茶な程の防御力を誇る国内屈指の実力者だよ。近くに来ていたから要請してみたらなんか来てくれたらしい」
「フッ軽……」
命の紹介が聞こえていたのか、首だけこちらに回して組んでいた手をひょいっと上げた。
何も言わなかったが、もし何か発していたのなら「ようっ」とでも言いそうな雰囲気である。
強面な顔には似合わず、存外気さくな人間なのかもしれない。
「で、あっちのイケメンが阿座上囲さん。霊力の質が、なんというか特殊な人で、パンチ一発がトラックに引かれたくらいの感覚を覚えるとかなんとか……。
でも呼び出される主な理由としては"指揮官として超有能"だから。あの人が霊能者になってからたった三年で幹部候補に名を連ねる程の超切れ者だよ」
男女共に好かれているのか、ちょくちょく視線を阿座上に向ける者も少なくない。
先ほど騒ぎを起こしかけた命よりは好印象の視線だ。
ともかく、この二名を加えて総勢十八人である。
命を除いた十七人は全員が霊能者歴五年を超えている。
そもそも大規模作戦自体、ある程度の実績と経験が無ければ招集すらされない。
ここに居るのはエリート集団と言っても過言ではない。
大規模作戦にしては数が少ないが。
「私はどうすればいい」
「そうだね……。基本は自由でいいんだけど、前衛班の第一、第二部隊より先行するのは辞めて欲しいかな。じゃないと防御力厚めの編成にした意味が皆無だから。
後は支援と攻撃両立する僕のいる第三部隊か、攻撃特化の第四部隊の近くにいてくれると助かる」
「了解」
澪は生肌の見える腕からシャンと音を立てて霊刀・ゼロを顕現させ、刃をじっと見た。
これは澪が戦闘を行う前に実施する、ルーティーンに似た行為である。
戦闘直前ではなく事前に行うため、精神統一を兼ねてはいるが本人はまるで認識していない。
「それと、自由にやっていいなんて言っていた手前お願いしづらいんだけど」
「なに?」
「その霊刀、あまり人前で見せないで欲しい」
「命君が言うなら」
その言葉と共に、霊刀・ゼロは吸い込まれるように澪の中に消えていった。
澪にお願いしたことには、もちろん意味がある。
ひとつは、特異例であるため霊能総から特殊な調査が行われる可能性があるため。
霊能総の最終目標地点は"悪霊と云う脅威からの解放"であり、一部の過激派が強硬手段に走ったことも少なくない。
その中の事例の一つとして、過去に特異な霊能力者を誘拐し、『調査』と称しての拷問による『強制霊能力排出実験』が実施されたことがある。
当時は霊能力者は外部的要因で身に付けた、外付けでの能力だと考えられていたこともあったからだ。
それが時代の変化と共に、霊能力者は悪霊の除霊に注力すべきと改められ、今では前線を張る重要な役割を担っている。
しかしそれでも今もなお昔のように過激派は存在する。万にひとつの可能性であってもひけらかして狙われることがあってはならない。
ふたつ目の理由として、単純に強力すぎるのだ。
どんな霊能者であっても霊刀単体で他を圧倒するレベルの霊力を発するのは異常である。
強力な力ならば手に入れて活用すべきなのは分かるが、人の物を強奪し使用しようとするのが過激派が過激派だと言われる所以である。
未だその霊刀の正体について澪しか答えは持たないが、知られれば素通りとはいかない。
霊刀絡みでは命も苦労した身である。
今でこそ追及する人間も、する人間も全て霧雨の計らいで霊能総から消えていったが、命の霊刀・流星もかなり特殊な霊刀だからだ。
自身の霊力を込めずとも霊刀単体で霊力を発して祓うことが出来る。
応用すれば半永久的な霊力タンクになることも可能だが、父との思い出であり唯一の武器を手放すことは絶対にない。
そういった面もあった澪への忠告だ。
澪もゼロを仕舞って周囲を確認してみると、少々の視線が自分に向いていることに気が付いた。
その視線の種類は興味、訝しみ、畏怖。様々であったがいずれにしても良い種類の視線ではない。
改めて以前命に言われた『特別な力』の意味を再実感することとなった。
「あー、あー。テステス」
音を立てて大きなモニターが点灯し、先ほど作戦説明を行った少女、雷鳴リリが現れた。
大きな咳払いで視線を集め、手に持った大きなマイクに向かってこれからのことを話し始めた。
「現在二十一時半。作戦開始まで一時間半となったわ!各自持ち場を確認しておきなさい。
プランAの作戦については先ほど伝えた通りだけど、以降のプランB、C、Dについては各部隊長が管理と指揮を執りなさい。
部隊長に任命された者の端末にVeLS経由で送付したので確認しておくこと。
それと、ちょっと早いけど一時間前ミーティングを行いなさい。場所は任せるわ。じゃ、十分前になったらこのモニター前集合ね」
雷鳴リリの説明が終わると同時にスマホが震え、同時にシューベルト作曲の『魔王』が鳴り響いた。
命の端末だけでなく澪の端末にも、他の霊能者の端末からも流れており、画面にはVeLSのアプリが兎のアイコンと共に立ち上がった。
この地下部屋に居る人間は誰一人インストールしていないものであり、しかし命と澪以外は全員が見覚えのあるものだった。
「ハイ、みなさんこんばんは。VeLSの伝達担当リリスでーす」
計十九個のスマホから漏れだす声は、合成音声のようでありながら滑らかな女性的な声だった。
「『魔王』ってどう思う?父親が高熱を出した息子を助けるために馬で医者の所に向かって、その道中で背後から魔王が迫ってくるけどお父さんは息子に耳を貸さずに幻聴だー、って言うじゃない。最終的に医者の下に辿り着いた時には死んでしまっていたけど、父親悪くないよね。
歌詞の中では悲劇的に書かれているけど、病は気からって言うし父親は元気づけようと、死から遠ざけようとしての発言だよね。どう思う?飯田橋唐津君。」
呼ばれた男に周囲からの視線が集まる。
その視線の集まった中心点に居たのは、先ほど命を恫喝してきた長身の男であった。
飯田橋は先までの狂気さはまるで感じられず、正当な困惑を返した。
「何言ってるんだ?」
「私は最近、電子の世界で音楽にハマっていてね」
「仕事しろよ」
「私の機能的によゆー過ぎてね。出雲も中々いい仕事したよ」
「どうでもいい。なんのために出てきたんだ」
「もちろん、ミーティングの円滑な進行役さ」
「ならさっさとしろよ。もうほとんど四つの班に分かれてんぞ」
「ふっ、短気なオトコはモテないぜ?飯田橋唐津君」
会話は全て筒抜けだった。
命にとってVeLSはただの情報統制管理AIであって、会話の成立するものだとは到底思ってもみなかったため、会話劇を聞いて呆気に取られてしまった。
逆に澪は先入観がなかったせいか、驚いてはいるものの命ほどではなかった。
飯田橋との会話後、リリスは各端末毎別のことを話すようになった。
流石AIと云うべきか個別で個人個人での会話が出来るようだ。
命がアプリ内を指で辿っていると後ろから声をかけられた。
「雪代」
「……あ、すみません。えっと、山岡さんですよね」
「ああ。今回の第三部隊隊長の山岡だ」
山岡はガタイのいい中年の男だった。
黒色のパーカーを着ており、ガム噛んで登場したため雰囲気だけ見ればラッパーのようだった。
「で、こっちが志藤と千賀。どっちもCクラスの除霊経験が五を超えるベテランだ」
「志藤だ、よろしく」
「千賀です!よろしくっす!」
志藤はメガネをかけた若者で、見たところ二十代前半のようだ。ぱっと見あまり強そうには見えない。
千賀は髪をお団子に結んだ女性で、ぴっちりと着込んだスーツが身体のラインを如実に表している。活発そうだ。
「よろしくお願いします」
命が頭を下げて挨拶をすると、肩を掴まれて椅子に投げ出された。
「堅苦しいのは、まあ置いとこうや。まずはVeLSを通して全員の個性の把握からいこう。そこの嬢ちゃんは……」
「彼女は僕の友達です。同席してもいいですか?」
「まあ、ここに入れた上に部隊にも編制されてないってんじゃあ、あそこのデカイのとスカしてるのと同じ括りなわけだろ。
実力は確かか」
実際には澪は警備をなぎ倒してここに入ってきたのだが、それをここで言っても得にならないと思い山岡の言葉を肯定した。
「はい。少なくとも僕よりは」
「神奈川一の除霊実績を誇る雪代以上に、ねえ」
「赤城……です」
簡素な挨拶をすると、山岡はピクリと反応を見せる。だがそれをかき消すように志藤と千賀が澪を席に引っ張りこんだため、誰も気づくことはなかった。
「よし、ミーティングを始める。では各自、自分の得意な事苦手な事、やりたい事なりたくない事言ってけ」
山岡の仕切りは何度も経験をしてきた者のそれであり、全員が淀みなく強みと弱みについて話すことができた。
途中、澪も参加したことで第三部隊としての活動領域を大幅に上昇させることに成功した。
というのも澪は命と行動するのが最適と判断したからだ。
そうして明一杯時間を使用し、ついに作戦時間と相成った。
「諸君。十分後の二三〇〇にて作戦が開始となる。この街の『神隠し』の根絶を達成せよ」
モニターの前で阿座上が口上を述べ始めた。
恐らく指揮官を任される身として全員の指揮を高めようとしているのだろう。
「本来、除霊作戦が組まれるには二十四人以上が定位だが今回は我々の実力を見込まれた小規模な作戦となっている。
優秀なる諸君の活躍を期待している。今後はワイヤレスのインカムを使用し、VeLSないしはリリスを通して進行状況をここから伝達する。
指揮官としては私、阿座上だが現場の判断は各員が行うように。
また、第一優先目標は生還とする。作戦時間になり次第、各班作戦実行に移れ」
かくして命は初のSランク悪霊の除霊に向かうことになった。




