虚影⑱
京都某所。
全国各地、北海道、九州、四国に一つずつ支部が置かれ、本土には残り七つの支部が点在する霊能総。
その本部である京都本部。
地下6階の会議室で一部の幹部を交えた会議が執り行われていた。
参加者は全員で八人。
定例的に行われる各支部長を織り交ぜながら行われるものだが、今回は本部上層部の人間五人に加えて、神奈川支部臨時支部長、四国支部長、岡山支部長のみの参加だった。
まず最初に議題として取り上げられたのは"元"神奈川支部長、田上些末の処遇について。
上層部は数字の上では優秀な田上を解雇することを嫌がった。
しかし、幹部であり『煙霧家当主』である煙霧言ノ葉の強い圧力により解雇そのものは決定となった。
今までの実績を考慮し懲戒解雇ではなく普通解雇となったのだが。
それをweb会議用のモニターで観ていた煙霧が唾を吐いたのはまた別の話である。
そして空いた神奈川支部長として推されたのは霧雨快晴。
かねてより後任は霧雨だと言われていたが、この解雇を以て正式に就任が決定となった。
「この場に貴殿を招集したのは、前支部長の問題が明るみになり、加えて次の候補者が貴殿であったからである。
今この場を以て、正式に「霊能力総合研究所」の神奈川支部、支部長としての任を授ける」
「承知しました」
会議の中で淡々告げられはしたものの、十中八九この場で肩書の"臨時"が取れることは分かっていた。
霊能総も研究所ではあるが、社内への異動通告義務もある。それを出来るだけ早めに公表しておくことで動揺を少しでも収めようという魂胆であることが、先んじて煙霧から知らされていたからだ。
元々波打っている水面に石を投げ入れるのと、静かな水面に投げ入れるのとでは見え方が全然変わる。
そんな話題を皮切りにいくつも議題が挙がっては処理されていく。
時間にして約二時間、各々は解決のための話し合いを行った。
そして最後には、次の定例会議までに片を付ける『案件』についての話題に移った。
今回取り上げられたのは三つ。
一つ目は声楽寮の逃避行事件。
二つ目は虚影の怨霊の被害拡大について。
三つめは神田京介と以下二名の今後の処遇について。
二と三についてはこれまた時間がかかった。
しかし時間をかける価値のあるものになり、除霊作戦は日時にして八月三日の二三〇〇より決行と相成った。
本来であればもっと遅くなる予定であったはずなのだが、神奈川支部側からの強い要望によって前倒しとなり、かねてより検討されていた作戦を実行する運びとなったのだ。
その要望というのが……こうだ。
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「…………ということです。以上を踏まえて時期を早めることを求めます」
「なに、雪代だと?あの雪代家か?」
「ええ。ただ皆様もご存じの通りあの方、雪代澄地さんは骨肉の怨霊によって命を奪われて既に故人です」
雪代澄地。命の父であり天才だった。
つけられた異名は《ヒートスノウ》。熱い雪。本人はそう呼ばれることを酷く嫌っていたのだが。
霊能総が澄地から受けた恩恵は計り知れない。
ほんの十数年前までは、霊能総にて「雪代」という苗字は英雄を意味するとまで言われていた。
その英雄の息子が命であり、神奈川支部での除霊数もトップだという報告も挙がっている。
そんな澄地の威光と命自身の実績をフルに見せつけて、早急に対処させようという算段だった。
実績という側面から観測する場合、実際は神奈川支部には戦闘を行える霊能者が少ないために命がトップとなっているという裏もあるのだが、それはそれとして実績は実績である。
「しかし今代の『雪代』はあまり名を聞かんな」
「まあ彼はまだ高校生……しかも一年生ですから。成長し伸びるのはまだまだこれからです」
霧雨は心がざわつくのを抑えながら淡々と述べる。
嘘は言っていない。が、円滑に進めるために命を利用したことに胸が痛む。
「高校生でありながら霊能総に貢献しているのは称賛に当たるがな。だがそれだけで作戦を早期に行うことは叶わん」
「しかし被害規模の拡大化を見れば、この要求が正当であることに疑いはないでしょう」
「それでもダメなものはダメだ。いくら雪代と云えど、一個人の意見を取り入れ続けたなら組織が立ち行かなくなる」
その言葉も尤もである。
「それにだな、前線に立たない私だって分かる。ネームドにまで一瞬で登り詰めた悪霊が危険でない訳がない。
おめおめと餌を差し出すような危険な作戦を簡単に実行できるか!」
言い分は筋が通っている。
実際、強い霊能者が喰われてしまっては事態を悪化させることに他ならない。
が、しかし。この唾を散らして正論ぶった高説を垂れているのは、動かないことで有名な男なのだ。
何か事が起きればなんやかんやと言い訳をして先延ばし先延ばし。
これに加えて弁が立つのが厄介なところである。
「ごもっとも。命が大切なのはもちろんです、大前提です。ですが、それを先延ばしにすればするほど一般の方々が犠牲になり『神隠し』に遭うことを忘れないでいただきたい」
「横から失礼する、霧雨氏。それを言い出したらキリがないでは?この日本という小国だけでも『神隠し』の被害など数えるのも面倒な程に拡大している。出雲英知が往年に開発した『VeLS』が無ければ、とっくの昔に我らは破綻している。
なら少しは許容すべきなのでは?」
「人々の命は一つです、許容などできるはずもないでしょう」
ざわざわと会議室内が荒れる様に言葉が波打ち始める。
「編隊を組むのにどれだけの能力が必要だと思っているのかね。
ただでさえ霊能総に従う霊能者が少ない現状、統率の取れない作戦を実行した場合、最悪『殻敷山』の二の舞になるのだぞ」
「その統率が取れない原因が貴方がた……いいえ、今は私もです。私たちの怠慢によるものではないのですか?」
「貴様……我々が仕事を行っていないとでも言いたいのかね?」
会議室内が各々の意見をただ言うだけの状況になった時、この話題となり始めて声を発した男がいた。
今回の会議の議長を任された奥山という男である。
「口が過ぎるのではないですかな、霧雨神奈川支部長殿。ここはあくまでこの先の我々の方針を決定するものであり、やれ誰をつるし上げるだのなんだのと、そんなことを言い合う子供の溜まり場ではないのですぞ」
「……失礼しました。しかし、怠慢云々は置いておいて雪代君の要求は真っ当なものであると主張したいのです」
「根拠は?」
「被害規模の拡大予想図。それをご覧になっていれば自ずとご承知いただけるでしょう」
各人、パラパラと該当資料に目を通す。全員一度は見ているハズであるのだが。
それを見届けてから議長は全員に問いかける。
「霧雨神奈川支部長の、ひいては雪代命の要求を飲むことに賛成の者はいるか、この場で決を採りたい。
最低人数として五人以上の賛成があった場合のみ、この案を採用するものとする。
しかし、机上の空想どころか机上にすら挙がっていない事を承諾出来る者はここには居ない」
「承知しております。場を整えていただき感謝します」
「礼は要らない。私もみすみすウチの人材をヤツ等の食料にする気はないからな。
分かるかね?私は『理想』を掲げろとは言っていない。『現実案』が欲しいのだ」
霧雨に厳しい目を向ける奥山の胸ポケットには電灯を反射する銀色の万年筆が見える。
この世に十本しか製造されていない、霊能総トップ層であることが証明できる代物である。
霊能総だけに留まらず、親会社であるはずの出雲製薬の役員ですら頭の上がらない人物である証。
そのような言葉一つでクビが飛ぶような相手に凄まれてなお、霧雨は涼しげな顔をしている。
「もちろん無策ではありません」
そう言い、霧雨は中央の大きなスクリーンに自身の資料を投影させる。
そこから三十分、問答を掛けて説明をし当初の予定通り多数決に至った。
結果は、八人中五人が賛成。
若干の衝突はあったもののギリギリの可決に至った。
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七月下旬。
蒸し暑い気温の中、東京支部に移籍できたのかどうか確認もとれぬまま、命は日々を過ごしていた。
あの後、望月からの返信は一向になかった。
それでも命が高校生として日々の生活を送った場合、避けられないイベントもある。
「……ですから、あまりハメを外さないように。もう高校生です、子供ではないということを自覚し、各々楽しい夏休みを送るように」
夏休み。
命の通う学校、海渡高校は明日より……いや、本日の午後より夏休みを迎える。
無論命も夏休みは嬉しく感じるものだが、それよりも望月からの返信が一向にない事に心を持ってかれていた。
「ねえ雪代君、上の空だけど、大丈夫?」
「……え?あ、ああうん、大丈夫」
「まあ、そりゃー上の空にもなるよね……。美影君のこと」
沖山綺羅という少女はザワつくHRの中、命が上の空であることを美影優を心配してのことだと思ったようだ。
それもそのはず、命は美影を見かけたら知らせてくれるよう沖山に頼んでいたからだ。
沖山はその後、能動的に動いていてくれたらしく情報を掴んだ。その情報というのは……。
「まさか全治一か月の重傷だもんね」
美影本人から命に接触してきたあの時以来、二人は顔を合わせていない。そういう呪いにでもかかっているのではないかと本気で疑った。
校内での暴力沙汰によって美影は重傷を負っていたことにより、入院していたのだ。
それが学校側から一切漏れることなく、「風邪を拗らせた」という理由で休んでいることになっている。
もちろん犯人である上級生の男は自身が吹聴していたこともありあっさり退学となった。
それが一年生の学年内に漏れ出ていないのは学校側の徹底した情報操作の結果でもあった。
顔の広い沖山は先輩から何とかその情報を引き摺り出し、その上美影の入院先にまで直接確かめに行ったというのだ。「お見舞い」と云う体で。
「美影君の入院しているところ教えてあげようか?」
「いいの?」
「もちろん」
「じゃあ、これにお願い」
直接話せる機会を逃すわけにはいかない、とポケットにしまっていたメモ帳を切って沖山に手渡した。
それを受取ろうとする沖山の顔は、呆れと困惑の半分ずつを表情に出していた。
有体に言えばどうしたらいいのかわからない、という顔だ。
「……ラインのID教えてよ」
「……うす」
交流があって三か月と少し。
今まで席替えも無くずっと隣同士だった二人は、やっと連絡先の交換が出来た。
慣れた手つきで画面を操作し、履歴に残すようにと沖山からのスタンプが飛んでくる。
クマが手を振るスタンプだった。それに返す白い人型アイコンのスタンプ。
「なにこのスタンプ」
「シロムジくん。可愛くない?」
「私にはこのセンスに辿り着く自信ない……」
不評だったようだ。
ふう、と一息ついてからポコン、とマップのURLが命とのトーク画面に転送されてきた。その下に[308]という数字も。
「この病院の308号室。面会は誰でもOKぽいよ。あ、でも一応学生証は見せた方がいいかも」
「ありがとう」
今の時点で、八月三日に虚影の怨霊を祓うための作戦が立てられていることはまだ知らない。
自身の進言と霧雨のプレゼンテーション能力、そして煙霧の裏からの圧が実を結んだことも、まだ知らない。
命としては今は進むしかない。
自分一人で祓えるとは思っていないからこその行動だった。
その根底にはやはりあの中学生のことも原因の一つなのかもしれない。
名前も知らず、噂程度に末路だけを知ったあの少年。
無茶にも単身ネームドに挑み、あっけなく命を散らしたあの中学生。
悪霊に対抗できるのは自分のような霊力を持つ人間だ、とは知っている。しかしやはり人間なのだ。肉体があり、霊体が内包された人間だ。
一人の人間が成せる総量には限界がある。
かつて英雄と謳われた命の父も、骨肉の怨霊に自身の領域である神社で襲撃されてなお、命を母と守ることしか叶わなかったのだから。
歳の割には少しだけ戦闘に強く、一般的な霊能者よりも内包する霊力量が多い。
それだけだ。英雄の息子という肩書は誰にも囁かれることはなく、吹聴することもない。
ただ単にちょっとだけ他とは別の力を持つだけの高校生、それが雪代命という一人の人間。
慎重で自分の力を過信しない。
英雄と呼ばれた男が父親だったからこそ、力の差を実感し過信せずにいられる。
善く言えば自惚れていない。悪く言えば自信がない。
言動の端々にそういったネガティブな言葉が飛び出しており、周りにいる者はそこに物悲しさを感じるのだ。
命自身ですら、自身の無さ少々の自覚はある。
沖山に貰ったメッセージを見ながら、考えるのだ。
次々と送られてくる美影優が受けた暴行の裏側。裏と言っても表すらない簡単な出来事だ。
自信がなくオドオドした態度が、アカリと呼ばれる女子の先輩には可愛く映り、それを見た男子の先輩が嫉妬して美影を暴行した。
そんなことを沖山なりにオブラートに包んだ言葉でメッセージに次々と投下されていた。
命と美影が仲のいい友達だと思っているのだろう。
周りの目からすれば関係ない人間が美影を何日にも渡って探していることなど、友達だから心配している、としか映らないだろう。
美影に少し同情してしまった。共感してしまった。
美影の父親が『神隠し』に遭ったことと暴行を受けたことは何一つ関連性はない。故に不幸の積み重なりを見て「かわいそう」と思ってしまった。
こうなれば命は止まらない。
不幸になる人間を放っておけない。
病室にお見舞いに行く理由が一つ増えた。
「雪代君、私もついて行っていい?」
唐突な申し出だった。
命としては断りたいところだったが、残念ながら沖山を納得させる材料を持ち合わせていない。
沖山と美影の仲はどれほどなのか、それを知らない命に断りを入れる判断は出来なかった。
「もちろん。僕もついてきてくれた方が嬉しいし」
「えっ……。な、なら……!」
「沖山ー、うるさいぞ」
言いかけた言葉は先生によって遮られた。
多分、この前のやり取りから既に周りに聞こえていたのであろう。クスクスと笑いが周囲から漏れた。
「最後だから許すが、次から授業中やHR中にスマホ弄ってたら取り上げるからな」
「す、すいませーん!」
おどけた様子で立ち上がって謝る沖山にまた周囲から笑いが起こった。
たった三ヶ月でクラス内の上位ポジションを陣取った成果だろう。同じことを命が行っても笑いなど到底起こらない。
ついでに命へ嫉妬の目が男子から向けられたが、必死に気づかないふりをした。
そんなこともありながら無事に学校生活の三分の一を終え、夏休みへと突入する。
現在の時間は十三時。HRが終わるまであとニ十分あるが、連絡事項を淡々と話しただけの先生は自由にしてろと言った。
解散後、クラスメイトは全員でカラオケに行く計画を立てていたらしい。そんな声が端々から聞こえてきた。
命は何も知らされていなかったが、沖山はもちろん誘われているだろう。
「沖山さんはカラオケ行かないの?」
「行く……けど美影君のお見舞いの後だね」
病院と駅前の距離はかなりある。バスで移動しても往復一時間はかかる上に、待ち時間や面会時間も考慮すると二時間は見た方が良いだろう。
すると、参加できるのは早くても十六時前くらいになるだろう。
主役級と言ってもいい沖山がそんな時間まで命と一緒に行動するとなれば、かなりの嫉妬の目が命に向けられるだろう。
その証左に、命と少し会話をした後はもう他の女子に連行されていった。
「雪代君は参加しないの?」
沖山が連行された後ろ姿を追っていた命は別の女子から声をかけられた。
「中浦が二次会はラーメン行きたいってさ」
その後ろからひょっこりと春花が顔を出した。顔を出した、とはいっても中浦と春花では身長差がありすぎて最初から見えてはいたのだが。
「中浦さん、ラーメンってあの?」
「うん。結局行けてないじゃない」
中浦熱海。
命と春花の在籍する一年二組の委員長を務める女子。三つ編みおさげでメガネで巨乳。委員長キャラをそのまま体現したようなキャラクター性だ。
しかし大食漢で、高校のすぐ近くにある「商店街通り」の新店は必ずオープン初日に足を運ぶほどの食事好きである。
1人で食べるのもいいが、人と食べる方がもっとおいしいを信条にする彼女は誘える人を探しているのだ。
入学当時、命と春花二人で飯屋に入っていったのを見たことをきっかけに声をかけ仲良くなった。
それ以来何度か三人で食事をしていたのだが、事件の発覚したあの日以降は一回もその交流がなかった。
その日の朝に春花から誘われていたものの最近の忙しさで完璧に忘れていた。
「とんこつ系で意外とあっさり目?」
「そう、それ」
「あー……でもそもそも僕一次会ですら誘われてないんだけど」
「クラス全員強制参加だから声かけてない人もそりゃあいるよ」
「僕が行っても誰も喜ばないどころか嫌な思いする人がいるんじゃ……」
「そんなヤツいねえよ」
春花からのツッコミが入るが命は割と真剣にそう思っていた。
クラスで交流がある人間は限られているし、その人以外は仲いい友達同士でカラオケに行きたいのではと考えたからだ。
「全員で行こうが何だろうが、そういう連中はそういうヤツらで固まってるぜ。最初っから」
「そのとーり」
この雰囲気の中では断れなさそうだが、一応美影というカードを切ってみた。
「この後美影君のお見舞いに行こうと思ってたんだけど……」
「あれ、雪代君ってそんなに仲良かったけ?」
「えーっと……」
命以上に、というかクラスの中でも交友関係に広い中浦には、命の交流のある人物はどの程度かある程度見透かされていた。
「命。逸る気持ちは分かるが、少しは息抜きにいいんじゃないか。最近はバイトで疲れてるだろ」
バイトとはもちろん霊能総でのことだ。
掃討作戦の早期実行を行うために、最近はずっと休みなしで霊能総に通っていた。
春花も既に色々と気づいてはいるものの、命のやることだ。と一向に見て見ぬフリをしてきた。
「???美影君とバイトに何か関係あるの?」
事情を知らない中浦は困惑しているが、漏らすわけにはいかない。
何でもない、と二人して頭を振って誤魔化した。
「ふー……。分かった、参加する」
「そう来なくっちゃ」
沖山の方をちらりと見ると談笑していた。
だがその横顔には少しの焦りや困り眉が見えた。
恐らくだがお見舞いとクラス会のどちらに行くべきか迷っているのだろう。
丁度予定の確認のためにそれぞれが話しながらスマホを構えているところだったため、命はクラス会の参加後にお見舞いに行きたい旨を送信した。
直ぐに沖山の表情がパッと明るくなり命にウインクして返してきた。「OK」のスタンプも送られてきた。
「あれー、雪代君。いつの間にそんな関係に?」
「なってないよ」
★
程なくしてクラス会のために駅前のカラオケに向かい、数時間を過ごした。
大きな部屋をフリータイムで過ごしたということもあり、かなり盛り上がった。
ちらほらと帰りたいという人も出てきたため、お開きになる流れかと思いきや帰る人は一曲歌う、という謎のルールが産まれてしまい命も春花も泣く泣く歌う羽目になった。
その後ラーメン屋に向かい三人で食事を終えたあと、カラオケから出てきた沖山と合流した。
「おまたせー。またせてごめーん」
「大丈夫、僕もさっき戻ってきたばっかりだから」
「……デートみたい」
「会話だけね」
駅前のバス停で三分後に来る病院行きのバスを待った。
沖山と命は数センチ開けてベンチに座るが会話はない。沖山がいつも弄っていたスマホは鞄の中に仕舞われている。
時間は十六時半。このまま順調に辿り着ければ十七時前には着けるだろう。
病院の親族以外のお見舞い時間は十八時までと定められているようだが、一時間会話できれば十分だろう。
沈黙が二人襲う。
気まずさに耐えられなくなったのか、命は沖山に声をかけた。せめて沖山がスマホを触っていれば別だったかもしれない。
「お、沖山さんはなんでお見舞いに行こうと思ったの?」
「うーん……。やっぱりクラスメイトとは仲良くなりたいじゃん?ならお見舞いくらい行かないと!」
それなら逆効果だ、と心の中で命は思った。
男友達ならいざ知らず、女子である上に可愛い子が、先輩にボコボコにされた結果の入院にお見舞いに来たら羞恥心でどうにかなってしまう。
不可抗力な事故ならでのお見舞いなら困惑はあるだろうが純粋に嬉しいと思えるだろう。しかし自分が弱いせいで情けをかけられるような行動を取られたらかなり心に来るだろう。
あまり明るくない者同士、どのような行動が心に影を差すのか、少しは理解できているハズなのだ。
沖山は素直に答えたハズなのに口を噤んだ命を訝し気に見た。
そのタイミングでバスが到着し、その意味を問うこともなく二人で乗り込んだ。
この時間のバスは混むかと思いきや乗客は一人だけだった。
示し合わせることもせず、二人はICカードをタッチした後に後部座席に横並びで座った。
暫くは会話はなかった。
沖山はずっと誰かと会話をしている印象を命は持っていたのだが、自分が相手ではそうではないらしいと勝手に少し落ち込んだ。会話のキャッチボールが上手くできないからだろうか、とも考えた。
だがバス停を何個か通り過ぎた時、沖山から話かけた。
「美影君のお父さんのことあったじゃない?」
「……ウワサの『神隠し』?」
努めて平静を装った。唐突な『神隠し』というワードに少々驚きはしたが、『神隠し』は最早日常の中に出てくるワードとしては普通のモノになっている。
「もしかして何か知ってるの?」
「残念ながら何も知らないよ。なんでそう思うの?」
「……直感?」
「今後その直感はアテにしない方がいいかもね」
とは言ったものの、沖山に見抜かれたかと思って心臓は跳ねた。
「実は裏付け……とまではいかないけど結構確信あったんだけどなー」
「裏付け、確信……」
「今になって思ってみるとさ、雪代君が美影君を気にし始めたの、その辺だなーって」
「クラスメイトの父親が『神隠し』に遭って落ち込んでるなら気にしない?」
純粋な疑問と言い訳を交えて聞いた瞬間、沖山の顔から表情がストンと抜け落ちた。
「気にしない」
今まで見たこともない表情で、聞いたこともないトーンで言い放った。
「所詮は他人事でしょ。どの時代も退屈な日常に舞い込んできた、ちょっとだけホットでネガティブなニュースに飛びつくのが人間なんじゃない」
命は顔に出るレベルで驚いた。沖山から発せられたとは思えない程の考えさせられる言葉だったからだ。
付き合いが浅いながらも命からの印象は「可愛いけどアホの子」くらいのものだった。その認識を改めさせるような言葉に面食らったのだ。
「ポジティブなニュースだって飛びつく人はいるよ」
妙に言葉が脳内に残ってしまったからか、反論をしてしまった。
「確かに。でもネガティブなニュースの方が世間から大きな反響を呼ぶのは間違いないよ。
〇〇さんが結婚しました、ってニュースと××さんが鬼籍に入りましたってニュースが同時に張り出されたら、先に目が行くのは?」
「……まあ、それなら××さんが亡くなった方かな」
「それとおんなじこと。じゃない?他のポジティブニュースなんかより、クラスメイトの父親が『神隠し』に遭ったことの話題の方が頭に残るし」
否定はできなかった。
反論したものの、最初から命は沖山と全く同じ考えだったから。
「気にしないから誰も美影君のことを話題に出さない。気にしないから可哀そうとしか思わない」
だからと言ってカースト上位の人間が軽々しくお見舞いに行くのもどうかとは考えた命。
しかしここまで深い考えを持つ沖山が美影の気持ちを考えないことがあるだろうか。
心内が計り知れない沖山だが、命としてもこれ以上話を広げるのは墓穴を掘ることに等しいと感じて口を閉じた。
「話がだいぶ逸れたけどさ!そう思ったから雪代君が何か『神隠し』に関係あるんじゃないかって思ったの。分かってくれた?」
「うん。沖山さんが思ったよりも思慮深い人だってことも一緒に分かった」
「……ずいぶん上手ね」
「?」
顔を見る限り、完全に疑念が晴れたわけではないが、当初よりは薄くなったと思われた。
少しずつ日が落ち始める中、病院前のバス停でバスは止まった。




