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虚影⑰-休息

場所は移り、(みこと)と赤城は『Grandealberoグランデアルベロ』というカフェにいた。

イタリア語で『大きな木』という意味らしい。

命は小説を読むときにコーヒーとクラシック音楽が欲しいときにこのカフェによく立ち寄る。何回か通ううちにマスターと仲が深まり意味を教えて貰った。


客層的には五、六十代の年配者が中心で命のような若い……それこそ高校生が来るとは思っても見なかったらしい。

確かにこの辺りには民家はあれど命くらいの年齢の人間はあまりいない。

高校生ならここから山を下りて駅前で遊ぶのだろう。


だからこそ歓迎され良くして貰っている。

命としてはとてもありがたい事であり、遠慮なく恩恵に預かっている。


今日はこの店に二つしかないテーブル席を二人だけで使用させてほしい、そう言うとちょっとだけニヤけながらも許可してくれた。

その視線とニヤけの意味は二人とも理解はできたがあえて口にはしなかった。

空気を読めない程子供でもないし、空気を変えるほど険悪なわけでもなかったからだ。


席についてしばらくは赤城の動向を窺った。

きょろきょろと内装を見まわしたりメニューを眺めたり。天井からぶら下がっているどこの国の物か分からないようなオブジェクトにまで興味津々のようだった。

命から赤城へのイメージは美人、クール。くらいのものでしかなかったが、改めて交流を持つようになるとそれだけではない人間性が浮き彫りになり、より興味を惹かれる。


「はい、命くん。いつものね。彼女さんはクリームソーダね」

「ありがとうございます、マスター。でもこの子は彼女じゃないですよ」

「そうかいそうかい。本を読むためじゃなくお話のためにここにくるなら彼女さんかと思ってねぇ」

「はは……」

「とにかくゆっくりしていくといい。お嬢ちゃんもね」

「どうも」


柔和な笑みと共に去る後姿を見届けてから、赤城は口を開く。

「何を隠しているの」

真っすぐにヘーゼルアイの瞳が命を射抜く。

あの時感じたような狂気さは感じられないド直球の疑問だった。


「隠していたわけじゃないん、だけど……」

言葉に詰まる。

赤城の嫌がっていた田上の話を出す出さないは一先ず置いておくとして、霊能総に所属のしていない赤城に除霊を協力してもらうのは虫がいい話なのではないか。と思ったのが一つ。

もう一つは死地に来てくれ、というお願いを遠回しに行うから。


悪霊・怨霊を祓う行為は命を懸けることだ。

一つのミスで人が死ぬかもしれない。警戒をするのは当たり前である。

あの山での一件もあるせいで更に及び腰になっていた。


シャクシャクとクリームソーダのアイスをスプーンで掬い食べる音を聞きながら、回答を考える。

この少女は言葉数が少ない。

今のこの時間は言葉を待っている時間だと嫌でもわかる。


「……わかった、全部話すよ。でもその前に一個いいかな」

「なに?」

「あの夜はごめんなさい。あんなに危険な悪霊と戦わせるつもりは毛頭なかったんだ」

「謝らないで。あれは私が決めたこと」


ゴクリとメロンジュースを飲んだ。

それに合わせてホットコーヒーを口に運ぶ。ちょっとだけいつもよりビターテイストのようだ。

「それに、私は霊能者。いつまでも、弱いのと戦ってばかりじゃ強くなれない」

そうつぶやく赤城の視線は真剣そのものだった。

今ここにどれだけ強い悪霊が現れても信念がそれを退けるような、強い眼差し。

命はもしかしたらその眼差しに惹かれたのかもしれない。


「……分かった。僕は僕であの山に誘ったことは反省してるってことを謝りたかっただけなんだ」

「その謝罪は受け入れた。……続きを」


赤城としては命が隠していることが何なのか早く知りたいようだ。

だがその話の前にもう一つ口を挟んだ。「春花には話さないで欲しい」と。

春花と命の関係性を知っている赤城としては頭にクエスチョンが浮いたが、説明を受けてその要求を飲み込んだ。

理由は簡単で、春花には戦闘能力がないからである。

下手に話せば矛先が春花に向きかねない。


ただでさえ能力の詳細が分かっていない虚影の怨霊で、その上証拠を残さないような能力を持っていると推察される。情報を持っている人間を襲う可能性だってあるのだ。それを加味したうえでのお願いだった。


「まずはここの資料を読んで欲しい。……あ、メッセージで送ることはできないからこのまま僕のスマホで読んでね」

無言で命のスマホを受け取り、椅子の背もたれに背中を預けて資料を読み始めた。

その間、命は手持無沙汰となりバッグから出した小説を読み始めた。

ラノベを好んで読んではいるものの、昔に映画化した原作小説を読んでからその作者の作品にハマってしまったのだ。


小説や映画の世界にいる時は復讐心を忘れさせてくれる。だから好んで創作物を取り込むのだ。

時間にしてどれくらいだっただろう。

サービスでドリンクのお代わりを貰ったことは覚えているが、小説の世界に浸かりすぎたようだ。


「…………『世界の架け橋は天国のコンキスタドール』。名作ね」

いつもはつけているブックカバーをしておらず、表紙が丸見えだったからかいつの間にか顔を上げた赤城が呟いた。

大宮(おおみや)作品は好きなの?」

「うん。前に……十年前くらいかな。『共倒れするカラス』っていう映画がやっててさ。それの原作を読んだらその世界観が好きになっちゃって」

赤城は命にスマホを返しながら唇に指を当てた。何かを考えるような仕草だった。


「……確か、主人公が水門から身を投げて終わったやつ。だっけ」

「そうそう。ベタベタなラブコメかと思ったら、恋人ですらない端役レベルの女の子を追っての後追い自殺だもんね。スマホを持った今あの映画のレビューみるとすっごい低いんだよ」

「映画は地の文がないから」


命が原作を読んだのはそのラストに納得がいかなかったからだ。

最初は難しかった大人の事情、とやらも自身の成長と何度も読み返したことによる物語への理解によって飲み込むことが出来た。

しかし、あの内容は何度も読み返して理解するような内容であり、更に実写映画に落とし込んだらそれは荒れるだろう。

今となっては命のいい思い出である。


「赤城さんも本読むんだね」

「ゲームも、ドラマも、アニメもあんまりわからない」

その言葉の中には深い闇が見え隠れしており、命はそこを追求することを諦めた。

そもそも本題はそこではない上に、その闇に触れることが怖かったからだ。


「今度、みんなで遊ぼう。この件が"片付いたら"。」

PDFの資料が映った画面を振りながら、命は笑った。

その言葉に赤城も薄く微笑んだ。

話の脱線はおしまい。二人ともそう悟る。


赤城はズズズ、とメロンソーダとアイスが混ざったグラスの下部分を吸いつくして口を開く。

「資料の内容は分かった。あらかたあの人……霧雨さんが言ってたのと一緒」

「うん、そうだよね。僕も状況整理と続きの話の土台のために読んでもらったから」


そう言いバッグからペンとルーズリーフを取り出し、認識を合わせるべく状況を書き連ね始めた。



一、目標は『虚影の怨霊』である。

二、『虚影の怨霊』は、能力として(便宜上)"認識狂いの呪い"を使用する。

三、ネームドであり、ランクはSと断定。しかし戦闘能力で言えばA~Bランク相当だと推察

四、被害範囲は海渡(かいど)高校から半径約20km程である。

五、近々大規模な除霊作戦が展開されると思われるが、今だに話は聞こえてこない。



「ふう、端的に状況を纏めるとこんな感じかな」

「聞いてもいい?」

律儀に小さく手を挙げる赤城に、もちろんと答える命。


「三の、A~B相当だと推察。これはなぜ?」

どう説明したものか、少し考える。

簡単に言えば、能力と被害人数が多いだけではあるのだが……。


「ちょっと長くなるけど……。まず、能力がとてつもなく凶悪。この能力さえなければ、いくら活動範囲が広くても精々Cランク。戦闘力次第ではBランクだけど、そのあたりが関の山かな」

こくりと相槌を打つ赤城。

能力の凶悪さには流石に同意しているらしい。


「戦争では死亡者より怪我人が出る方が大変」

「うん、ニュアンスとしてはそれとおんなじ。明確にどれだけ強いのか誇示してくれた方が分かり易い」

またコクリと頷いた。

死者なら弔うだけで済むが、怪我人には治療と休息の場所、そして生きている限りは食料の問題が付きまとう。

まさか味方であるはずの怪我人を殺すわけにはいかず、よって疲弊するという訳だ。


「次に活動期間の長さ。何年も前からポツポツと被害はあったけど、大した数じゃなかったから対応は見送り……実質的にはスルーされていたんだ。でも最近になって被害が爆増した。それが『長さ』の問題にかかってくるんだ」

「なぜ?」

「悪霊には共通してルールがある。それは"魂の寄せ集め"ってこと。正確に言えば一つの魂で一体の悪霊を作り上げることはままあるけど、その悪霊はFランクレベルの強さしかない」

今は赤城に説明することはなかったが、善霊のようにただ浮いているだけであり、ランクFの悪霊と善霊の棲み分けは結構難しかったりする。


「魂の寄せ集め、ということは言い換えれば色々な人間の意識をパズルのピースのようにぴったりと統合しているんだ」

「ええと……」

説明を何とか噛み砕いてはいるものの、中々説明が難しい。

赤城も理解力がないわけではない。しかし、霊については師匠から「祓うべき悪」としか教わっていないため、それ以上の情報を一切シャットアウトしていたのだ。その弊害が現れた。


「うーん、そうだな。死んだ後、人間は意識がなくなる。身体機能が丸々ストップするんだから当たり前なんだけどね。でも、思考と意識だけ切り離されることがある。それが所謂幽霊。僕達みたいな特別なエネルギーである霊力を身に宿していないと視認できない」

「……うん。それは師匠が言ってたし、理解もしている」

「でも僕たちが視認できないレベルの小さな小さな悪意があるんだ。それこそ誰も見ることの出来ないレベルのね。思念なんかじゃなく、誰の耳にも届かない独り言のような」


ルーズリーフの下の方に横たわった人間、その口から出る幽霊と『悪意』を描いた。

そしてその『悪意』を矢印で引っ張っていき、矢印の先で一つの丸を描く。


「この丸は器。『悪意』の集合の符号のようなものだよ。例えば"交通事故"、とかね」

パッと思いついたのは赤城と初めて言葉を交わすきっかけとなった、駅のロータリーでの悪霊。

あの悪霊は交通事故で死んだ人間の、心の奥底にある悪意の集合体だ。

そのような霊は自分の『悪意』を晴らそうと死んだ原因を使って人を殺す。


「つまり何が言いたいのかっていうと、この"交通事故"の符号によって集合した人間の魂が多ければ多い程強い悪霊になってしまう。存在する期間が長ければ長い程交通事故で死んだ人間の魂は寄り集まってくる」

「だから『長さ』=強さ」

一概にそうとも言い切れないこともあるのだが、この認識を崩す必要はないと思い、命は首を縦に振り肯定した。

だが、この説明で新たな疑問が沸き命に質問した。


「ならなんで悪霊は人を殺すの」

「簡単だよ。食べちゃえば、符号とか関係なしに自分に取り込めちゃうから。だからどっちかって言うと『殺し』より『食事』に近いのかな。

 極論言えば、僕たち霊能者だって同じ霊能者の魂を生きたまま取り込むことが出来るなら、その霊能者のパワーを一部引き継ぐことだってできちゃうんだから」

「……できる、って知ってるってことは……」

「過去には居たみたいだね、食人によって力を得る人間が」

尤も、普通は魂を取り込む前に死んでしまうのだが。

命も最初に霊能総での記録を見た時はびっくりしたものだ。


「でも、それならこんな……まどろっこしい、能力は要らないはず」

赤城の疑問は尤もである。

戦闘に特化した能力なら、人間を殺す=食べるに繋がるが、虚影の怨霊のように直接戦闘力に関わってくるような能力は必要ないように思える。


「それはまだ僕の予想ではあるんだけど……」

『変異体』は知らなかった命ではあるが、ネームドと交戦したことは過去に一度だけある。

その戦闘後に考えたことを話し始めた。


「きっと、奴らは恐怖を好むんだよ。僕ら人間が栄養だけを求めるならサプリメントだけで済むけど、そうしないのは飽きるから。ごはんには調味料が必要不可欠だってこと」

淡々と、自分の両親が目の前で惨殺された光景を思い出しながら、感情を殺して言葉だけ発する。

しかし目の前の人物は抑えが利かなかったらしい。


ビシ、とグラスに亀裂が入り、氷が解けた水がチロチロと零れた。

そのまま亀裂が広がるのを見て命は赤城の手を咄嗟に掴んだ。

だがかける言葉が喉から出なかった。

その表情は鬼のようだったからだ。まるでこの世の恨みを凝縮したかのような形相。


しばらくそのまま手を重ねていると、命の掌に温かいものが触れた。

血だった。

割れたグラスの破片が赤城の掌を傷つけた結果流血したのだ。

「せ、赤城さん手をはなして」

力ずくで何とか指を離させる。その握力は女子とは……人間とは思えなかった。

グラスの破片で傷ついた、ということはこの亀裂を入れたのは素のチカラだ。もし感情のコントロールが上手く行かずに霊力が漏れた結果だとしても、霊力によって地肌が強化されているなら、この程度では傷を負うことがないからだ。


「あれ、大丈夫かい。落としたような音もしてないし、劣化して割れちゃったのかね」

マスターが慌てて布を何枚も持ってきて赤城の掌を覆った。

命は指を切らないように割れたグラスを回収して他の布にくるんだ。


「マスターすみません」

「いやあ、命くんもお嬢ちゃんも悪くないから謝らんでくれ。むしろ劣化したグラスで提供した私が悪いんだ」

本当に申し訳なさそうに赤城を見るマスター。顔を伏せた様子を見て、泣くのを我慢していると思ったのか大声で奥さんを呼んでいた。

しかしその顔は既に無表情に戻りつつあった。


「マスターが悪いわけでは……」

「いいや。こうして怪我をさせてしまった以上、言い訳などできないさ。お嬢ちゃん、こんなきれいな手をケガさせて申し訳ない。今、婆さんが包帯を取りに行っているから」

割ったのは私ですからお気になさらず、そう言いたかったが、女子高生が劣化も無しに握っただけでグラスを割ることなど普通は出来ないと思い、素直にコクリと頷いた。

その心中は穏やかなものではないものの、普通を区別できる理性はまだ残っていた。


赤城もまた過去に囚われ復讐に身を置く者だ。

今の話だって過去に関係することだ。

命はそう理解して、深い追いするのをやめた。


「ごめん。腰を折った」

「いいよ。……傷は?」

「浅い。後で治す」


端的にされるやり取り。

既に傷は塞がりつつあった。

また話を再開しようにも、その切り口が見つからない。

赤城がどのタイミングで怒り、その顔を歪めたのか。それを命が理解しているからでもある。


二人は復讐者である。


生半可な気持ちで悪霊と対峙している訳でもないし、半端な覚悟で復讐を誓った訳でもない。

その怒りの熱が冷めないのは、未だに心のエンジンに憎しみや怒りと云ったガソリンが注がれているに他ならない。


「あーあ。こんなきれいな手が……。ほら包帯まくよ、手、出して」

「………すみません」


慣れているのか、素早く淀みの無い手捌きでお婆さんによって赤城の掌が何重かの包帯にまかれた。

終わった後にその手をぐっぱぐっぱと開いたり閉じたりして調子を確かめる。違和感はさほどないようだ。

ついでにサービスとばかりにショートケーキがコーヒーと共に二人分運ばれてきた。


「…………いただけません」

「いいからいいから。こんなカフェでも常連さんになってくれたら嬉しいからね。サービスだよ」

「……また来ます」

「いつでもおいで」


命は赤城を直視できなかった。

顔を赤面させて恥ずかしそうにするのは、いつものクールな赤城とギャップがありすぎた。

そんな様子を感じ取ったのか、マスターは早々に去り、赤城は無心でケーキを食べ始めた。

止まらない手を見ている限りお気に召したようである。


「食べながらでいいから聞いて。これからの計画について話す。……計画、とは言っても結局は霊能総に早急に除霊チームを組むよう持ち掛けるだけなんだけどね」

その言葉を聞きまたしても表情を変える。

きっと反応を起こしたのは『霊能総』というワードだろう。


「赤城さんに言っておくべきかは迷ったんだけど……。田上支部長……いや、田上些末はもう神奈川支部には居ない」

「どうして?」

「色々な不祥事が表沙汰になってね。流石に出雲薬局に繋がる重要支部の支部長だとしても、庇いきれるものではなかったみたいだね」

「そう」


表情は変わらない。


「だとしても、私はもう霊能総に入る気はない。……臆病だって思う?」

「思わない。あの人はやっぱり異常だったし、赤城さんに向けるあの執念は凄かった」

赤城は気づくはずもなく、また命も霧雨から聞いただけの話ではあるが、田上は裏でかなりの金額を使い赤城を凌辱する計画を練っていたようだった。

その初動で潰せたのはかなり大きいものだったと命は考える。


「それに、霊能者全員が霊能総に入っているとは限らないからね」

「そうなの?」

「うん。霊能総は結構後ろ暗いところもあるからね、そういうところが嫌で入らないって人もいるって聞いたよ」

それでも霊能総からの金払いは良いため渋々残る人が多い。


幽霊が見える、霊力がある、霊に触れられる、霊を祓える。そんな特殊な力を持つ霊能者は、幼い頃に心に傷を負うことが多い。

悪霊に身近な人を殺された、という単純な理由だけではない。

ただ単に、「おばけなんているわけない」という言葉一つのせいだ。

自分だけが見えて、他の人には見えない。

普通の人と話していると思ったらこの世のものではなく、周りから気味が悪られる。

そんな人間から受ける傷だ。


その傷を埋めようとして、またこれ以上傷つかぬように隠す。

受けた傷を嘗め合えるのは同胞だけ。

仲間を求めて霊能総に入る人間もいる。


金、人間関係、情報。

上層が腐っていようが、これ以上自身に特になる機関はないのだ。


「僕も正直霊能総には居たくない。でもお金が必要だからさ。そんな心配のない赤城さんは無理して入る必要はないよ」

「……うん。誘ってくれたのに、ごめん」

「謝るのはこっちだよ。……田上はクズだった」


命も心の奥底では、田上をここまで恐れる赤城を理解することは不可能だった。

「嫌悪する」なら理解は出来る。が、「恐怖する」が分からない。

なぜなら、田上些末という太った中年よりも赤城澪という少女の方が圧倒的に強いからだ。

霊力を少しでも操れればあのような人間を返り討ちにするのに何の労力も使わない。


分からないが、推察は出来る。

過去に、何かあった。

どんな事かは知る由もないし詮索を行う気もなかったが、「何かあった」から「恐怖する」のだ。

そう理解し、己の行動を悔いた。


「こんな話をしておいて虫が良すぎるんだけど、お願いしたいことがある」

なに?とばかりにケーキを最後の一口食べて視線で問う。

「霊能総の緊急支援要請に応じて欲しい。まだ出てないけど、これから臨時の人員確保のために発令されると思うんだ。もちろん、霊能総に協力したくないなら断ってくれて構わない。僕は……」

「協力する」


二つ返事に若干驚いた命は、口にコーヒーを運ぶ手が止まる。

ケーキを食べ終えた赤城の手もまた止まる。


「最後にこれだけ聞かせて」

「なに?」

「私は雪代くんが分からない。なんで、虚影を追うの」


確かに至極真っ当な疑問ではある。

近々霊能総を挙げての掃討戦が行われるのは、他でもない命からの情報だ。

極論言えば命は参加せずとも行われる確定行事である。

にも関わらず積極的に参加の意思を示すばかりか、それを早めようとしたり赤城に協力を求めたりしているのだ。

疑問に思うのも仕方ないことだ。


「クラスメイトのお父さんの命運がかかってる」

「そう」

静かに一言だけ呟いた。

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