望月森のこころうち
「もしもし?」
「霧雨です。望月さん、どうかされましたか?」
「うん。彼……雪代君がさっき来て、色々話したら帰っちゃってね。もの寂しくなっちゃって」
「ははは。あの望月さんがそんな湿ったことを言うようになるとは」
「なんというか、希望にあふれてる目をしてた。諦めないぞーって気持ちが前面に出てて、羨ましい。私はもう失っちゃった光だからさ」
「高校生時代の貴女は、なんというか、その……。ギラついてましたからね。先輩のはずの私に突っかかってきたときは本気で焦りました」
「あれは霧雨さんが悪いんでしょ!……んんっ、ともかく。これから飲みません?」
「折角のお誘いですがすみません。なにせ虚影の怨霊関係で探さなければならないことが沢山ありまして」
「それも雪代君のため?」
「ええ。クラスメイトのご親族が関わってるかもしれない、と必死になってます」
「クラスメイト、ねえ。というかこんな根幹まで入ってきているけど、支部長からの圧力はどうなったの?」
「それも追々、全体的な通知が行きますよ」
「それはどういう……」
「すみません、一旦失礼します。……ああ、飲みの件ですが、明後日の夜はどうでしょう」
「え?明後日?……うん、大丈夫。じゃああのバーで夜九時に」
「分かりました。では」
プツッ……。プープープー。
右耳に当てたスピーカーから機械音がする。
それを一分は聞き続けてたと思う。
久しぶりに、もう三年ぶりくらいに霧雨さんと話した。三年前と何一つ変わらない声色と話し方。
銭湯に居た時、いきなり電話がかかってきたときはびっくりした。だって前回のメッセージは社交辞令の如く「今度また飲みに行こう」で終わってるんだから。
高校三年生の卒業式、私にとっては霧雨快晴先輩の卒業式。
ずっと好きだった想いを伝えれぬまま、「私が貰ってやる!」なんて言って第二ボタンを引きちぎった。あれは酷かったな、うん……。謝りたいけど、そんなの覚えているのは私だけだよねきっと。
そんな第二ボタンと共にもらったラインのID。登録したのはいつだったかな。卒業後半年でやっと決心がついたんだっけ。
今ではもうそんな甘い青春の残り香の第二ボタンもどっかに行っちゃった。
私も三年生に進級してから、ヤンキー時代を抜け出すべく猛勉強して、高卒で出雲製薬に入った。と言っても支社の事務だったけど。
でも霧雨さんが出雲製薬にスカウトされた、なんて職員室の先生たちのウワサで聞いちゃったからさ。
事務員とはいえ、相当荒れた学校生活を送っていて評定が見るも無残な、こんな私が入れたのは奇跡だと思う。
そして奇跡は重なる。
東京支部に配属されて二年ほど経った頃、霧雨さんを見かけた。後に神奈川支部からの視察員だって知った。
就職して三年ちょっとで視察員?やっぱ霧雨さんはすごいな、その時は純粋にそう思った。
私からは話しかけられなかった。
忙しそうだったし、なにより高校時代とは考え方も変わった。有体にいえば、私からトゲが取れた。丸くなった。
昔みたいに肩を叩いて「よっ!」なんて言えないし。というか先輩社員だし。
時々見かけるけど、相手は気づいていない。私は見て見ぬフリをする。
そんな生活が半年続いたある時、霧雨さんが声をかけてきた。
「久しぶり」なんていって、ちょっとだけ口元に笑みを浮かべて。
そんな笑みに対して私は苦笑いしか返すことが出来なかった。最初に見かけてから、あんなに話す練習をしたのに。
ケドすぐにそんな笑みは消えた。苦笑いを浮かべる私を見て気分が悪くなってしまったのだと思った。
正直、その瞬間泣きそうになった。
でも違かった。
「私と共に仕事をしませんか?」
嬉しかった。なんでもよかった、霧雨さんと仕事が出来るなら。
翌日、異動命令が出た。早すぎる。そう思っても妙に納得できた。霧雨さんだ。
そしてあれよあれよとひと月も経たずに特殊部隊訓練員となった。
うん、そう。高校時代には一切バレなかった"霊が見える"ことが何故か霧雨さんにバレた。
あの瞬間に。笑みが消えたのは、希望を見出したからだそう。安心と、不安に襲われた。
不安だったけど、絶対諦めない。霧雨さんに追いつくためになんだってやってやる。希望に満ちた。
ケドキツかったね。社会人になってろくに鍛えてなかった体を一年足らずで魔改造した。
多分あの頃が人生で一番の地獄だった。そのかいあってか、そこらのヤクザグループなら一人で壊滅させることが出来るくらいの力は得られたと思う。マジで。
魔改造が終わるころには、同期として入った二十人前後の人間は私を含めて四人まで絞られた。そういうキツさだった。
精神力が鍛えられんければ悪霊に付け込まれ、肉体が強くなければ簡単に殺される。
配属された先は特殊調査員部隊。事件のあった場所に赴き、調査する。
その時の隊長から、「この調査の結果によって幾つ命が救われるか分かるか」と問われて分からない、と答えた。
私は幽霊が見えたけど、悪霊を祓うなんて組織があるなんて知らなかったし、配属されてからも半信半疑だったから。
そしたら隊長は「俺にもわからん。でも、確実に助かる命はある」って言われた。いや分からないのかい。まあ冷静にみれば数値化できないし。
とにもかくにも、その言葉を受けてやっと私は心が成長した。
初めての調査を終えて、やっと私は一人前の大人に一歩踏み出せた気がした。
そうして何度も経験を重ね、成果が目に見えて報告されたことがあった。
それが三年前。
そう、その当日は嬉しくなって霧雨さんをご飯に誘った。テンションと勢いだった。やっと変わった私を見せられるって。
楽しく飲んで、いっぱい食べて、帰り際の終電間近に私は告白した。
思いの丈をぶつけてどれだけ好きなのかを、理性なんて吹き飛ばして告白した。
終電間近の告白なのもその夜は抱かれてもいい、そう思ったから。
結果はNO。
理由を聞けば「いつ死ぬか分からないから」。もちろん私のことじゃなく、霧雨さんが死地に近いところにいるから。
昔そういう思いをしたんだとか。
食い下がることが出来なかった。
断る理由が、自分のためじゃなくて私の心を案じてのことだって気づいちゃったから。
そして、終電に乗って帰って「今度また飲みに行こう」と打った。
返信は「ぜひ」。ぜひ、ぜひかぁ。
私はほんの数滴涙をこぼして、ビールをがぶ飲みして翌日遅刻した。
「そんなこともあったなぁ」
つい思い出してしまった。
よし、今日はもう寝よう。
霧雨さんのため……、じゃなくて。あの少年のために私ももっと頑張ろう。




