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虚影⑫

「私怒ってます」

「すんませんでした」

朝七時半。天井高くまで体を浮かせて超上空からのお叱りの言葉が、正座をする煙霧へ投げられた。

幽霊なのに睡眠をとる白菊は、違和感によって目を醒ました。その違和感とは主への"キケン"を知らせる合図だった。

慌てて飛び出してみれば外は霊力合戦の真っ最中だった。


『やるやないの命クン!霊力量が多いなら、それを活かさんと凡骨にしかならへんで!』

『っっらぁっ!』

『惜しい惜しい!相手の視線に気ぃ取られとったら自分の(タマ)見えんくなるで!』

『これならっ!』

『死にとおなかったらもっと全力で!』

『…………朝から何やってるんですかー!』


「い、言い訳させて下さい」

「しゃらっぷ!命さんは治療に専念してください!下手すれば昨晩の怪我よりひどいですよ!」

煙霧の隣に正座する命も、しょぼんと項垂れていた。その背中には赤城が張り付いて[癒]の霊符を命に流していた。

赤城は懐から[(かい)]の霊符を使おうとしていたが白菊に待ったをかけられて[癒]の霊符での治療と相成った。


[恢]の霊符は[癒]の霊符よりも数段効果の高い回復系の霊符で、指先を抉られたくらいの欠損であれば綺麗に治るくらい効果の高い霊符だ。その分値段は効果に比例しないレベルで跳ね上がる。効果が高い、ということもあるが[恢]の霊符は作成が難しいのだ。字で書くだけなら誰でも出来るが、それにそれ相応の霊力を込めなければならない。

だからと言って霊力をただひたすらに詰め込むだけでも出来ず精密なコントロールが必要なのだ。

霊符には符に刻まれた"字"そのものの他にその効果を成立させるための呪印が施されている。呪印すらも自力で差異なく刻むには凄まじい霊力と集中力、高い適性が必要なのだ。

故に値段も上がる。


それは、白菊にとってはある種の"聖域"と云ってもいい雪代神社の中ですら作成が困難な程である。白菊は元々適性がなかったがそれを努力でカバーした。本気でかかれば十時間前後で完成までこぎつけられる。

そんな自分の苦労や値段に釣り合わない怪我の命に[恢]の霊符を使おうとした赤城を止める白菊は悪くない。


赤城はそこのところをあまり深く考えていなかったのか、止められた際には「白菊さんは冷たいの?」と本気で意味が分からないと首を傾げて、若干白菊の心を抉った。

その言葉を無視し、今に至る。赤城に言われた一言を引きずってるのか少し涙目ではあるが。


「お、落ち着いて守護霊サン。ボクも命クンくらいの頃は土井サンにしごかれてこんな怪我じゃ済まなかっ」

「命さんは煙霧さんとは違うんです!まだ高校生ですまだ子供です!」

「いやだからその頃にはボクも」

「だまらっしゃい!」

「はい」


あまりの気迫に押しに押されてしゅんとなる煙霧。その様は悪事を母親から叱られる少年のようであった。実際半分悪事みたいなものである。朝方から高校生をぶん殴って体の所々を骨折させるなど悪事以外の何物でもない。

これで本領である"コトバ"を使用していないのだから、命には逆立ちしても勝てる要素はなかった。

その現状に気づいたのか、命も大人しく白菊の説教を受けながらも心なしか落ち込んでいるように見える。


それから長々とお説教タイムは続き、二人の足が正座に耐えられなくなった頃に「もうやめて下さいね」という釘を刺してその説教(ごうもん)は終焉を迎えた。

その間治療が終わった赤城は一人でテレビ見ながらお茶を飲んでいた。

喧騒が静まった頃だと感じたのか春花がひょっこりと台所から顔を出す。


「メシ、できたぜ」

「ん」

"メシ"に反応した赤城がすっくと立ちあがって台所へと向かい淡々と皿や箸を出し始めた。

何故食器の位置を把握しているのかは、命にも分からない。白菊にも分からない。

いつも命が一人で使うには大きすぎる足の低いウォールナットのローテーブルには全部で五人分の朝食が置かれた。


大皿に乗せられたスクランブルエッグには、中にハムとトマトが各所に散らばっていた。一気に作られたのか、ふわふわなまま湯気を立ち昇らせている。

次に赤城によって運ばれてきた人数分の小鉢には切り干し大根やゴーヤ、細切りにされたニンジンなどにゴマが振られた和え物が乗せられていた。切り干し大根の地味な色合いにも他野菜の色鮮やかさで彩を与えられている。

「いつの間に……」

「昨日、薄雲君が作ってた」

「なぜに……」


話を聞く限り命と赤城が泥の様に布団に倒れ込んだ後、春花と煙霧のふたりがかりで朝食の準備をしていららしい。赤城はそれを夜中に物音で起きて見に行ったときに、霊符を書いていた白菊に教えてもらったのだとか。

その仕込みは今日の朝食を豪華にしてくれるだけでなく、今後三日は何か作らなくても困らない程度の量らしい。

そんなに食材があったかな、と首をひねった命だったが出てきた食事達をみて納得した。野菜メインなのだ。もちろん買ってチルド室に保存していた肉もふんだんに使用されているが、それ以外の野菜類は神社から近い農家さんのおすそ分けにもらったものだった。

食べきれずに三和土(たたき)に段ボール詰めしていたことを思い出した。


「ま、命も一応半分は一人暮らしのようなモンだろ?白菊さんはあんま料理得意じゃないし」

「現代機器はむつかしいのですよ。羽釜でならごはんは炊けますよ?

 はじめチョロチョロ、なかパッパ。ジワジワ時に火を引いて、一握りのワラ燃やし。赤子鳴いてもフタ取るな。ってね」

「もう古いっす」

「……っ!」


無言でガツンとショックを受けてしおしおと項垂れる白菊を、みな苦笑いしてお茶を濁す。

その間にも次々と運ばれてくる食事達。

四品目くらいまではギリギリ朝食としては豪華だな。程度で済むのだが、今現在ローテーブルを埋め尽くす食事達は二桁に到達していた。

多い。明らかに多い。朝食の量ではないし、五人で食べる量でもない。

曰く、「このままだと野菜を腐らせるから一気に調理した」だそう。ついでに「気合で食い切れ」とも言った。


「えー……。春花クン、これ、ボクが昨日キミと作ったヤツより増えてない?具体的に五、六品目くらい」

「興が乗った。久々に大人数での食事だったもんでな」

大柄な身体によくエプロンが似合う。ギャップというべきなのか、妙に様になっている。

また台所に引っ込んで次々に炊いた白米を茶碗に乗せて赤城に手渡し手渡し。その後は味噌汁を手渡し手渡し。

最後に人数分の割り箸を並べたら大家族の食卓が出来上がった。


「食べきれるかなー…」

「最悪私が全部処理しますよ。霊体にはただの霊力として保存できますし」

「……それ、どういう理屈?」

「さあ?」

女子には女子の悩みがあるらしい。食べても太らずにエネルギーとして保存できる幽霊の身体を、ほんのちょっとだけ赤城が羨ましそうに見る。

「……味は?」

「もちろん感じますよ。味覚に限らず触覚聴覚視覚嗅覚全て」

「……ずるい」


体調を気にすることなく何事も謳歌できるとなれば、男ですらその状態を羨ましく感じるだろう。ただ霊体なので普通の人には見ることすら叶わない。ごく少数の関係の中でしか存在が出来ないとも言える。

ただ、全ての感覚器官を正常に機能させることが出来るのは、白菊の存在が特別だからだ。


悪霊に限らずとも、浮遊霊や地縛霊などの多くの幽霊は視覚と聴覚のみ機能することが多い。

痛みや触れられたことを感じることも無ければ、悪臭やかぐわしい香りを嗅ぐことも、美味しいものや不味いものを判別することも出来ない。人間に出来ないことができ、当たり前に人間が感じれることが感じれない。それが幽霊の本質である。


感情が乏しく曖昧なのもそこに起因するところが大きい。

無論、人間の頃の記憶が無い若しくは断片的に残っているだけの存在というだけで感情が希薄になるが、感覚器官をシャットアウトされればそれだけで人間味を失っていくだろう。


しかし白菊は守護霊である。

その家に仕え、その家の人間に仕える。そんな使命を自分に課して、白菊は豊富な情報と雪代家が滅びるまでの半永久的な霊体、そして感情を失わないための感覚を得たのである。

理想の幽霊体を確保するには、何かを失わなければならないということに他ならない。

幸い白菊は雪代家に、命に仕えることを苦痛と思っていないため、ある程度の自由は確保できているとも言えるが。昔の雪代家は酷い時期もあったが、命の曽祖父の代からは白菊も気兼ねなく雪代家の人間と接することが出来るようになったのだ。


そんな裏事情も露知(つゆし)らずに、赤城はちょこんとローテーブルの一角に陣取った。

いまかいまかとその瞬間(しょくじ)を待ち構えるワンコのようである。


「なあ、ボクもご相伴に預からせて貰ってええんか?」

「おう。あんたも昨日一緒に作ったろ」

「いやぁ、あれは一種の罪滅ぼしみたいなもんやしなあ……。最終的にボクが澪チャン助けたのだって、ボクが最初からあの悪霊の相手してればあんなんにならず済んだと思うし」

その言葉に食事にしか目が行ってなかった赤城の目が煙霧に向く。

口にはしなかったが、「私を助けたってどういう意味だ?」とその目が問いかけてくる。


「なんというか僕達のことを最終的には?助けてくれた?んだよね」

「なんで疑問形やねん。まあなんも反論はできへんケド」

命が要領だけまとめて赤城に事の顛末を話すと、少しだけ俯いて、下唇をキュっと噛み、煙霧の目をみて謝罪した。


「霊刀を向けてごめんなさい」

正確には斬りかかって、というべきだが赤城の精一杯の謝罪であった。

赤城澪は自身が強い人間だと自負していた。

今まで、昨晩のような苦戦はしたことがなかった。山や森に入って除霊をしたことがないため、ごく自然なことではあるが少し増長していた。

それを昨晩打ち砕かれたのだ。


赤城以外、このことを知る人間は誰もいないし誰にも話す気もなかった。

自分の強さをある日突然否定される。井の中の蛙大海を知らず、だ。

客観的に見れば赤城は確実に総霊能者の上位五十%以上の戦闘力を持つ。言い換えれば、強い。

だが上には上がいるものである。それを知らずにつけあがり、死ぬ前に自覚できた。それは「良い事」であり決して卑下されるようなことではない。

失敗から、敗北からでしか学べないことは確実に存在する。


誰も知らず、誰も気にすることもなく、誰もが通る道で、赤城澪という少女は確実にあの夜から強くなった。それを本人含めて自覚するのはもう少し後のことであったが。


成長途中の赤城にとって勘違いから恩人を斬り付けたことは申し訳ない気持ちもあるが、自分を否定された憎き相手でもある。だからこそ自分の中で折り合いをつけて、少しだけ、半歩だけ下がった位置からの謝罪であった。


「……ホンマに気にせんでええ。先に殺気ぶつけたんはボクのほうや。喧嘩吹っ掛けておいて殴るな、は通じへんからな」

その様子を察してか、ちょっとだけ真面目にそう返す。

薄い、サランラップ一枚程度の薄く透ける壁は取っ払われた。

後は同じ釜の飯を食うだけである。


「じゃあ、食べよ」

「おう」

「はい!」

「うん」

「あいあい」


いただきますの合図とともにそれぞれ自分の好きなものに手が伸びる。

全員が血のつながらない一日の朝食は、笑い声と共にドンドン消費されていった。


ただ一点だけ問題があった。

「ねえ春花」

「おう」

「朝から麻婆茄子とか春巻きは重いよ」

「正直すまんと思っている」





月曜日。

あの日から日曜日を挟んで平日となり、学生である命と春花と赤城は彼らの通う高校である海渡高校へと登校した。

海渡高校は埼玉でも田舎の方であり、駅前まで行かないと近くにファミレスすらない簡素な土地である。


住宅街が四方を囲む中、ドンと構える海渡高校はかなり大きい。私立ではないので融通はあまり効かないのだが、それなりに設備は充実しており学生たちはほとんど不都合なく学校生活を送れている。

創立で言えば百年に迫るが、最近の少子化問題や『神隠し』の影響もあり一学年に十クラス設けられるところを、命達の代は六クラスにまで縮小されている。

偏差値で言えば五十二であり高くもなく低くもないのだが、ここ近辺ではいわゆる「普通」を体現する高校である上に設備が整っているということで埼玉県の中では人気の高校ではある。

人気でも定員割れを起こしてクラスが埋まらないというのが問題とも言えるのだが。


そんな設備の充実した校舎にはいくつもの空き教室がある。更に別校舎として部室棟も用意されているのだ。

人数も多くなく、空き教室が多数あり、更には教師のあまり立ち入らない部室棟がある。するとよからぬことをする人間も出てくる訳である。

あくまで人間。どれだけ周りが普通だらけであっても異物はどうしても出る。


そんな異物に一人の生徒が絡まれていた。


彼の名前は美影優(みかげゆう)

命達が今現在追っている虚影(きょえい)の怨霊の被害者だと考えられる内の一人である。正確には被害に遭っている可能性があるのは彼の父親だが。


彼は()()()側の人間だ。

段階として、何かいると感じれる・幽霊が見える・幽霊と話せる・幽霊と接触できる・幽霊を祓える。という五段階で分けた場合、彼は二段階目。つまり幽霊が見える程度の霊力を持つ人間。ちなみに春花は四段階目である。


見えるということ、はそれなりに彼の人生は苦労したものだ。

霊能者の様に人間と幽霊の違いを見分ける"眼"を持っているならまだしも、人型である場合一見しただけで見分けるのは難しい。幽霊は見えてもそこから立ち昇る霊力を観測できないからである。


普通の人は見えないナニカと会話する少年。恐れられない筈はない。

なまじ察しがよかっただけにそういう人間の怯えなどの負の感情が彼には伝わってしまった。

それが彼の人間関係の構築に多大な影響を及ぼしたのは想像するに難くない。簡潔にいえば人と会話するのが難しくなったのだ。

「もしかしたら、今会話している相手は本当は人間じゃないのかもしれない」「もしかしたら、ここには本当は誰もいないのかもしれない」「もしかしたら、少し会話が成り立たなかったら人間じゃない可能性を疑わざるを得ないかもしれない」「もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……」


そんな彼を助けのが、彼の友人である近松健司(ちかまつけんじ)

いまでこそ粗悪な言動が目立っているが美影にとっては大切な友人だ。近松がいなければ美影は自殺していた可能性も大いにあった。


いじめである。


小学生の頃から不気味な言動が目立った美影は悪質ないじめの被害にあった。

いじめを許すことの出来ない命や春花も残念ながらいじめが横行していることに気づけなかった。春花であれば一週間もあれば解決できたであろう。

勃発してから約三年間、小学校六学年から中学二年の夏頃まで近松がいじめをしていた人間を半殺しにするまで続いた。

近松は別に美影を特別なんとも思ったことはなかったが、ある日学校の図書室の奥で泣いているのを見て目覚めたのだ。

「コイツは助けなければ」と。


本当に突発的な、ただの衝動だった。

主犯格四人を顔面の形が変わるまで殴りつけ、それぞれ全員の小指を見せしめとばかりに折り近くの交番に放り込んだ。

当然事情を聞かれたが近松は「ムカつくから」とだけ言い、親にしこたま殴られた。

「この人たちはいじめをしていました」という言い訳をするために交番に放り込んだハズだったが、急に美影の顔が脳裏にチラついた。この事実が晒されれば美影はどうなるか分からない。そのことを考慮しての精一杯の嘘だった。


近松に突然降ってきた止めなければという熱は、数日後の美影からの手紙で冷めた。

中には「ありがとう」とだけ書かれていた。

熱から解放された近松は、その熱が何か別の感情に変換されるのを感じた。本人はついぞ気づくことがなかったが、これが人の縁というものだった。

出会うべくして出会い、助けるべくして助けた。その縁がある日突然くっきりと浮かんだだけだった。


それから美影からの猛烈なアクションで友達となり、今に至る。


しかし、美影は何もできていない。

いじめをなくしたのはいわば近松の"エゴ"である。美影が変わったのは、近松と友達になっただけ。それだけである。


「いーかげんにしてくんねーかなぁ、ゆーくん?」

「ぼ、ぼくは何もしてな……」

「ナヨナヨしてんなよ気持ちわりぃ」


二発、頬を軽く殴られた。

自分で解決する能力が備わっていない。絡まれた時に対処する方法が身に刻まれていない。

本校舎の四階端の空き教室で、そんな美影優に三年生の先輩にあたる人物は一方的な尋問をしていた。


「なあ、アカリをたぶらかしたろ?ツラがいいからってなんでもできると思うな」

「だから知らない……!」

「ああ、そう」

強めに一発鳩尾に蹴りが入った。

「かハッ……!」


尋問と言っても拷問に近いそれである。美影優と小柄で、大柄な三年生に勝てる見込みはなかった。

だが口で反抗するだけで、抵抗しない。反撃で更に強い暴行を受けるのが怖いからだ。

美影は心の中で近松に助けを求める。

「おいおいおいおい、泣けば解決するわけじゃないぜ?」


まるで道端に捨ててある空き缶を見るような、文字通りゴミを見るような目で美影を見下ろす三年生。

「………アカリさんって、誰……」

息も絶え絶えに美影は喉から声を絞り出す。だがその行動は三年生を余計に刺激するだけだった。

「てめえ……。今日からマトモに飯が食えると思うなよ」


それから二時間、一方的な暴行は続き美影はボロボロの身体でその教室に取り残された。





「美影君?そういえば今日は来てたけど……。三限目くらいから見てないね」

「そう、なんだ。ごめん、ありがとう沖山さん」

昼休みも終わりに近づいた頃。命は美影から話を聞こうと校舎を歩き回っていた時、偶然出会った隣の席の沖山に美影を見ていないか聞いていた。

沖山は窓から落下防止用につけられた鉄柵に背中を預けながら、パックのオレンジジュースを飲み友達と談笑していた。


比較的広い廊下を陣取って話をしていた沖山が見ていないということは、昼休み中にも戻ってきていないようだ。

命も一応同じクラスであることは分かったので、登校してきた美影を見てはいたのだが確かに気づいたらいなくなっていた。最も、そのことに気づいたのは昼休みになってからだったため三限目から姿が見えないのは初耳だったのだが。


美影は気弱ではあるが学校を途中でサボるほど素行は悪くないと記憶しているため、何かしらの騒動に巻き込まれていてもおかしくはない。

探そうにも情報が少ない。広い学校なだけに見つけるのが余計大変である。多分、一教室ずつ見て回っていたら半日かかるであろう。今から残り少ない昼休みの時間で探すのは困難である。

このまま教室に戻って五限目を受けながら戻ってくるのを待つのもいいが、戻ってこない可能性も十二分にある。というか戻ってこない確率の方が高い。


「(美影父を探しに行った……?いや、それならわざわざ二限目っていう中途半端な時間まで学校にいる意味が分からない。発覚してから二週間と少し経ってるし、やっと登校してきたと思ったらいなくなる……。二週間の間に何かがあって、そのしわ寄せが二限目時点で押し寄せた?)」

人差し指でグリグリとこめかみを押しながら命は集中する。

だが分からないものは分からない。多少察しが良くても影が差した程度では実態は把握しきれないものだ。光の差し加減で姿の変わる影は判断材料にするには心許ない。


「どーするかなぁ……」

思わず口に出た言葉は思いのほか大きな音として響いたようだ。先まで友達と談笑していたはずの沖山が、その友達と別れて命に近寄ってくる。

パーカーを腰辺りで巻き、爪は綺麗なネイルをされているところを見ると本当にギャルにしか見えない。というか命は沖山をギャル以外何ものでもないと見ている。根底が静かに過ごしたいタイプである命にとっては、自分はカエルで上空を飛びまわるトンビに怯えるようなものだった。


「雪代君、ずっとどうしたの?最近難しい顔ばっかりしてる」

急接近!表情は平常を保ってはいるものの、考え事から浮かんできたすぐ後に可愛らしい顔が、鼻がつく直前まで接近しており心臓がはち切れる寸前まで心拍数が上昇した。

「いいいいやなんでもないよ」

「えー?そんな事ないでしょ。私に相談してみなよ」

女性耐性の薄い命には陽キャ女子の波動は強すぎる。目のまえでいてつくはどうされて平常心が弾け飛んだ。


「ほんとに!なんでもない!」

「え、雪代君!?」

命は逃走した。


仕方ない。沖山姫羅(おきやまきら)は可愛い。そしてそれを自覚しており、いかに自分をより良く、より可愛く魅せるかの研究は怠らない。

耐性の無い男の子には刺激が強すぎる。いてつくはどうでも固定ダメージを負うのだ。

考えが九割方吹っ飛んで、一回頭の中が綺麗になった。

走って逃げた先の自分の席で命はうつぶせになり寝てるフリをして、今日の放課後霊能総へ赴くことを決めた。

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