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日常に危険は憑き物

お願いします。

寝静まり、家の明かりも消えた住宅街を一人の男が走る。

顔は赤く息は絶え絶え、足はもつれて今すぐにでも転びそう。

だが目は今にでも飛び出すのではないかというくらいには見開かれ、血走っている。

時折咳を交えながらもどこに向かうのでもなくただ走り続けた。まるで何かに追われているようだが後方には誰もいない。


「くそ、な、なんなんだよアレは、!」


しかし男は何かに怯えて、逃げている。スーツと革靴では走りづらそうではあるが、それでも必死に逃げている。

こんなことになるとは一時間前には想像すらしていなかった。

新入社員として入社してきた、男女合わせて三人の新人歓迎会だった。三人とも大学生を経験しているだけあってかなり酒を飲めた。

自分も酔っていたせいか、三人と共に量を考えずに酒を煽るだけ煽った。上司もやんやと騒ぎ立ててどこまで飲めるかの勝負のような感じになっていた。

自分ももう三十代。これまで何度も数えきれないほど飲み会をしてきたし、許容量もわかっているつもりではいたが、それでも若さに張り合いたくなった。

結果終電を逃しても気づくことのないくらいにはアルコールを摂取し、三駅離れた自宅まで酔い覚ましに歩くことにした。

判断能力が極端に低下していたとはいえ、地元の会社に就職したのだから三駅離れた程度の道のりは覚えている。実際今までも運動がてら時々歩いて帰宅していたのだから。


しかし低下していた判断能力は帰路以外には適応されていなかったらしく不自然に佇む顔の見えない、いや、全体像があやふやな『なにか』に警戒することも無く話しかけてしまった。


街灯が定期的に並ぶ比較的明るい道であっても時間にすれば深夜の一時を回った今、ただただポツンと街灯の下に佇む『なにか』に違和感を覚えるべきだった。悪寒を覚えて、関わらないように、ただ目を伏せるか気づかないふりをして通り過ぎるべきだった。

しかし判断のおぼつかない脳はそれが出来なかった。正常であれば明らかにおかしいとわかるはずなのに。

最初はこんな夜中に一人で何してるんだコイツは?と思い、次に家出か何かしていく場所がないからこんなところに?と考えた。


次には柄にもなく一晩くらいなら泊めてやろうという思考になっていた。

ふらふらと近づき「おい、こんなとこで何やってる。家出か?」とまるで自分が正しい大人で、注意しているかのように声をかけた。実際は呂律もろくに回っていなかったが、"声をかけた"という事実だけで『なにか』は反応した。

そこでようやく遅すぎる理解が男に追いついた。


なんだ、これは。全体像がまるで掴めない。男か?女か?身長は?体系は?髪の長さは?顔は?

そもそも、人か?何もかもが一瞬のうちに入れ替わり存在が分からない、理解ができない。

やばい。本能が絶叫する。背中が明らかに冷たくなって全身から汗が分泌されるのが分かる。

会社で致命的なミスを犯した時だってここまでの冷汗は出たことがない。


「■■■■■」


『なにか』が発した音を鼓膜が捉えた瞬間にはもう既に駆け出していた。

さっきまでの酩酊した感覚はもうない。ただただ恐怖に支配された脳と心が一心不乱に足を動かす。


顔は赤く息は絶え絶え、足はもつれて今すぐにでも転びそう。

だが目は今にでも飛び出すのではないかというくらいには見開かれ、血走っている。

時折咳を交えながらもどこに向かうのでもなくただ走り続けた。まるで何かに追われているようだが後方には『なにも』いない。

何km走っただろう。自分ではわかっていなかったがこの時三十分は走り続けていた。

仕事帰りで、酒をしこたま飲んだ後の運動量とは思えない。それほどまでの恐怖だった。あの場で気絶していない自分を褒めてやりたいほどでもあった。

やがて踏切の前に到着し、その瞬間にカンカンと甲高い音を立ててバーが下りてくる。

それを皮切りにぜぇぜぇと荒く呼吸を整え、ゆっくりと恐怖を殺しながら後ろを振り返る。しかし、あの『なにか』はおらず

見えるのはアカリの消えた一軒家やアパートのみ。

撒いたか、と安堵しスマホを見る。時間としては深夜二時間前。流石に道もわからない上に歩いて帰る気も起きなかったため、

地図アプリで住所を確認しタクシー会社へ電話をかける。


「すみません、一台お願いします。場所は…あれ?」


分からない。

先ほど調べたばかりじゃないか。一旦スピーカーモードに切り替えて相手の声が分かる状態にし、バックグラウンド状態でもう一度地図を見る。

●●●●町●●区●●

文字化けしている。それどころか地図が一瞬で切替わる。じっと見ているとなぜだ、画面を認識すらできなくなってきた。

この感覚を、男は知っている。さっき、経験した。

更に脳が新しい理解を運んできた。

なぜ、二時前の今に電車の踏切が下りている?

なぜ、今かけている電話の相手は何も声を発さない?


けたたましく鳴る踏切を呆然として見上げれば、『なにか』が目の前にあった。


「■■■■■」


また同じノイズ。だがその言葉の理解が出来てしまった。

男はもうこちらの世界へ導かれてしまったのだ。


みいつけた


その言葉は自分のスマホから聞こえてきた。


男は上半身を『なにか』に食われ、死んだ。




















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