第7話 恋人への手紙
私と孝は男子クラスメートへの弔いを続けた。
住所はわかっていたので、なるべく効率的に回れるよう、孝がプランを立てていた。私は孝と待ち合わせて、合流するパターンで、1週間程度で弔いを終わらせる予定だ。
孝は「時間がない」と言い、聡君と異なり、弔いは簡単に済ませている。孝は遺影に手を合わせ、目をつぶって、全員に同じ言葉を話す。
「〇〇君、聡君から聞いていると思うけど、
僕はこの命は、皆がいた世界を取り戻すために使おうと思う。
皆がいた世界を取り戻せるよう、頑張るよ。。。
でも、取り戻すには、僕が天寿を全うするくらいの時間がかかる。
だから、僕がそちらに行った時、結果を報告するね。
もし、皆がいた世界を取り戻せたら、皆と祝杯を挙げよう。
聡君に音頭を取るよう頼んである。
パンデミックの前のように、皆でバカ騒ぎしよう。
本当は、もうちょっと君と話していたい。
でも、『僕には時間がない』。天国でゆっくり話そう。。。」
それにしても、『時間がない』とはどういうことだろう?
でも、私と孝は親しい間柄ではない。というか、パンデミック前は私は孝が大嫌いだった。
そんな間柄なので、孝を問い詰めるのは憚られた。
今振り返れば、『もっと早く問い詰めるべきだった』のだが。。。
大体、男子クラスメート全員の弔いが半分を過ぎたくらいだっただろうか、道すがら、偶然、優子と会った。優子は私に語り掛けた。
「あれ? 愛唯、どうしてここにいるの?」
だが、優子は孝を見つけると、孝を冷たい視線で見た。
あわてて、私は優子と孝の間に入り、ごまかす。
「ちょっと、男子クラスメートの弔いを頼まれちゃて。。。
ところで、優子こそ、どうしてここにいるの?」
優子は笑顔で答えた。
「まー春休みだからさー、暇じゃん。
で、あんた(=愛唯)と遊びたくても、あんた不在だし。。。」
私は苦笑いを浮かべて返した。
「ははは。。。ごめん。ごめん。。。」
優子は笑顔で私に話した。
「で、、、翔(=優子の元恋人)の墓参りでもしようかと思って。。。」
私は戸惑い問うた。
「翔君のお墓ってこの近くなの?」
優子は右手人差し指を顎につけ、空を見上げて答えた。
「そうね。。。ここから歩いて10分くらいかな。。。」
孝が、私と優子の会話に割り込んできた。
「優子さん、愛唯さん、会話に割り込んですみません。
その翔さんというのは、優子さんの恋人ですか?
よければ僕も墓参りを同行したいのですが。。。」
優子は怪訝な表情で返した。
「あんたが翔の墓参りする義理はないでしょ?」
だが、孝は強情だった。
「そこを曲げて、是非ともお願いします。」
優子はため息をつき、諦めた表情で「しょうがないわね。。。」とつぶやいた。
優子は渋々、私達を翔の墓へ連れて行った。
孝は翔の墓前で手を合わせて語る。
「翔さん、僕はあなたを直接存じ上げません。
でも、優子さんの恋人であったということは、
素敵な方であったであろうことは推察できます。
たぶん、優子さんを悲しませぬよう、
あの病の苦しみにも、あの薬の痛みにも、
耐えておられたのだろうと思います。
私もあの病にかかりました。あの苦しみと痛みはよくわかります。
それでも、この世を去られたあなたの無念は、想像できません。
僕があなたにできることはあまりありませんが、
あなたがいた世界をとりもどすために、
この命を使い、あのウイルスと戦うことを誓います。」
孝の目から涙が流れた。
それを見た優子は叫んだ。
「どうしてあなたが、見ず知らずの翔に、涙を流す必要があるの?
どうしてあなたが、翔に、ウイルスと戦うと誓う必要があるの?
あなたに、そんな義理はない!」
孝は優子に振り向き、静かに答えた。
「僕には『生き残ってしまった罪』があり、その罪を償わなければなりません。」
私はあわてて優子に近づき、小さな声で説明した。
「孝はね。
多くの人から、『なぜおまえが生き残っている』と罵倒されているの。。。
だから、『生き残ってしまった罪』という、
『罪なき罪』を背負ってしまっているの。。。
実は、新規入校許可証を配布した日の
女子クラスメートの冷たい視線の意味が、孝にはわかっているの。。。
その罵倒した人たちと同じ冷たい視線だったから。。。」
優子は驚いた表情でうなずいた。そして小声で尋ねた。
「ところでさ、、、なんで、こいつ(=孝)といっしょなの?」
私は仕方なく小声で答えた。
「知っての通り、新規入校許可証を配布した日に、
撫山先生と面談することになっていたじゃない。。。」
優子は思案顔で返した。
「まあ、そのために、あの日の朝、あんたを叩き起こしたし(第1話)。。。」
私は苦笑いを浮かべ答えた。
「で、その面談の場で、
孝の男子クラスメート全員に対する弔いに同行すれば、
単位をやるって言われて、やむなく(第2話)。。。」
優子はあきれながら、小声で問う。
「なに? 撫山先生の約束をすっぽかし続けた、罰ゲームってわけ?」
私は頷いた。まあ、おかげで救われたのだが、ここでは黙っていた。。。
優子は続けて小声で問う。
「で、、、あいつ(=孝)は、
男子クラスメート全員に弔いをしているってわけ?」
私は面倒くさくなったので、スマホに録画した聡君の弔いの様子を撮影した動画を見せた。
あとで、撫山教授に提出するための日誌用に(=ちゃんと同行していましたと証拠がいるかと思って)、静止画をスマホで撮影していたつもりだったのだが、操作を間違って動画を撮影してしまっていた。。。
孝が聡君の遺影に語り掛けてから、泣き伏すまでが撮影されてしまっていた。
ちなみに、聡君以外の男子クラスメートは、操作を間違わずに、全部静止画1枚だけ撮影している。
動画を見た優子は「なに。。。これ。。。」と、驚いていた。。。
優子は戸惑いながら、小声で問う。
「あいつ(=孝)、、、ウイルスに勝つって言っているけど、、、
どうやって?」
私は小声で、ウイルスとの戦い方をかいつまんで説明した。
・両親に祖父母ではなく、第2の両親として子育てを手伝ってもらう必要がある。
また、長く働いてもらう必要がある。
・社会の変革や経済の発展が必要なため、学生のうちは勉強する必要がある。
優子は無言だったが、驚いた表情だった。
私は翔の墓を見たとき、雑草の手入れがされていないことが気になった。
私は声の大きさを普通に戻し、優子に聞いた。
「優子、翔君の墓が荒れてない?」
優子も声の大きさを普通に戻し、悲しげな表情で話した。
「翔は一人息子でさ~。
ご両親は翔を失った悲しみから立ち直れていないんだ。。。」
私は戸惑いながら問うた。
「優子から翔君のご両親を元気づけるとか、してないの?」
優子は首を横に振って答えた。
「うーん、私からは難しんだよね~。
というのも、翔の入院していた時、翔の状態がすさまじくって、
あまりに辛くって、逃げ出しちゃったの。。。」
優子は顔を下に向けた。
「だから、翔のご両親に申し訳なくって。
翔の葬式には出席したんだけど、あまり言葉を交わせなかった。。。」
今度は優子は顔を空に向けて、悲しげに語った。
「それ以降も、あまり喋ってない。
ご両親にかける言葉が見つからないし。
そもそも、私に資格はないって思うの。。。」
私も武(=弟)の看病、といっても武はクリーンルームにいて、ガラス越しに見ているだけだったが、あのウイルスは発症すると、高熱や頭痛から始まるのだが、進行すると嘔吐や吐血や血性の下痢や皮下出血する。下痢も1日に何リットルの単位だ。もうベットは真っ赤に染まった。
加えて、処方した薬は、すさまじい副作用があり、全身に激痛が走るらしい。
武は何度も、「もう殺して!」って叫んだ。
私も逃げ出したくなった。
逃げ出してしまった優子の気持ちはわかる。。。
私も逃げ出したくなったが、父は県庁で泊まり込み、母も臨時職員として働かざるを得ず、私は見ているしかなかった。
母もたまに見に来たが、苦しむ武を見て、医者に「もういいから、楽にさせてやってください」と、涙を流し頼んだことがある。
だが、担当医は首を横に振り、涙ながらに話した。
「政府の命令で、すべての患者に、この薬を投与しなくてはなりません。。。
『人類滅亡を防ぐため』です。。。
患者さんが、どんなに苦しんでも、やらなきゃいけないんです。。。」
ここまでのことをやって、、、たった1%の命しか救えなかったのだ!
優子の話を聞いていた孝は思案顔で、優子に話しかけた。
「一つアイデアがありますが、、、試してみますか?」
優子は戸惑い、「え?」とつぶやいた。
孝は彼の家庭の話を始めた。
「実は、僕、高校の時、父を亡くしているんです。」
私と優子は同時に「「え?」」とつぶやいた。だって、初めて知ったことだったから。。。
孝は私と優子の戸惑いを無視して、話を続けた。
「父が亡くなったとき、大変後悔しました。
『どうして、父を支えなかったんだろう?』
って。
僕だけでなく、たぶん、家族全員がそうだったと思います。。。
父が亡くなってしばらくたった後、父のスマホに電話が入りました。
電話を掛けてきた人はFSに住んでいる人で、
それまで、父の死を知らなかったそうです。
代わりに応対した母から、父の死を知らされ、
ショックを受け、無言で電話を切ったそうです。。。
でも、1時間後、その人から、父に『安らかに眠れ』ってタイトルで、
スマホにメールが届きました。
そのメールには父との思い出が、たくさん書かれていました。。。
そのメールを読んだとき、僕はこう思いました。
『父は45歳で短い人生だったけど、
【こんな素晴らしい友人がいて素晴らしい人生】を送った』
のだと。。。
そして、心が軽くなりました。。。」
孝は微笑み、優子に語り掛けた。
「優子さん、同じようなことをしてみませんか?
『翔さんの人生は短かったが、素晴らしい人生だったと、
恋人の優子さんが証明してあげる』んです。
翔さんのご両親の『悲しみを癒せる』かもしれません。」
孝はさらに続ける。
「父の場合はスマホのメールでしたが、
翔さんの場合は亡くなって1年以上経ってますから、
翔さんのスマホはもうないかもしれませんので、手紙が良いでしょう。。。
『翔さんに手紙を書く』んです。
内容は、翔さんが優子さんにとって、
『どんなに素晴らしい恋人であったか』
を書くんです。
優子さんなら、
『翔さんが、どんなに素晴らしい恋人だったか』
なんて、簡単に書けますよね?」
優子は黙って頷いた。
孝はこう締めくくった。
「翔さんへの手紙は、直接、翔さんには届きません。
でも、翔さんの『ご両親には届きます』。
優子さんにとって、
『翔さんは素晴らしい恋人だった』
と、翔さんのご両親が分かった時、、、
同時に、もしかしたら、翔さんのご両親は、
『翔さんは、優子さんと素晴らしい恋愛をしたのだから、
短くても素晴らしい人生を送った』
と思うかもしれません。
間接的ではあるけれど、
今、優子さんが翔さんにできる、『最大の愛』ではありませんか?」
優子は、はっとした表情で語る。
「ねえ、孝君と愛唯、
コンビニとファミレスに寄りたいんだけど、、、良い?」
私は「あんた(=優子)、まさか。。。」とつぶやいた。
私達はコンビニに向かった。
優子はやっぱり、コンビニで便箋と封筒を購入した。
そこで、『私も』便箋と封筒を購入した。
優子は私を見て、「あんた(=愛唯)『も』、まさか。。。」とつぶやいた。
そう、優子だけでなく、私も、『亡き恋人(健司)に手紙を書きたくなった』のだ。
第1話で述べたように、母に反対され、健司の見舞いができなかったことが、心に突き刺さっていた。
健司も一人息子だったので、健司のご両親はどんなに悲しんだか、想像もつかない。
だが、、、見舞いもしなかった私は、ご両親にかける言葉が見つからない。
実は、申し訳なくって、健司の葬儀にも行っていない。。。
だから、『健司に手紙を書いてみようと思った』のだ。。。
孝の言うとおりだ。
健司のご両親に、『健司は短くても素晴らしい人生を送った』と証明することが、今、私のできる、健司への『最大の愛』なのだから。。。
そのために、
『健司は私にとって素晴らしい恋人であった』ことを、
手紙で書こう!
だって、
『健司との恋愛は、私にとってとても素晴らしいものだった』
のだから!!
私達はファミレスに向かった。
私と優子は一つのテーブルを向かい合って座り、ケーキとコーヒーを頼み、互いに亡き恋人の手紙を書くことにした。
孝は別のテーブルに座り、スマホをいじりながら、パフェを食べていた。
私は手紙を書き始めるとき、『健司、これから手紙に書く、私の愛を受け取って』と念じた。。。
私と優子は、お互い、書いた手紙を見せ合いながら、何回も手紙を書き直し、1時間程度で手紙を書き上げ、近くの郵便局へ行って投函した。
手紙の内容は、健司との思い出をつづった。そして、健司がどんなに素晴らしい恋人であったのかも。。。
手紙の最後に、『もう会えないけど、あなたが恋人だったことは私の誇りよ。』と締めくくった。
手紙を投函すると、私の心は少し軽くなった。
心に突き刺さっていたものが、ほんのわずかだが、小さくなった気がする。。。
私は郵便局の前で優子に向って話す。
「優子、心が軽くなってない?」
優子はうなずき、「うん。」と答えた。
また、私は救われた。これで2回目だ。。。孝には感謝しかない。。。
優子は感心したようにつぶやいた。
「あいつ(=孝)って、こんな奴だったんだ。。。」
私は優子のつぶやきに答えた。
「それを、私は聡君の家で感じた。
聡君の家で、私は孝に救われたの。。。
知っての通り、新入校許可証の配布日の朝、私、無気力だったじゃない?」
優子は戸惑いながら相槌を打った。
「まあ、それで、あの朝、あんたを叩き起こしたわけだし。。。」
私は続けた。
「動画にある孝の夢を拝借して、私にも夢ができた。。。
そして、やるべきことが判った。。。
また、今日も、健司に見舞いに行けなかったことで、
心に突き刺さっていた何かがとれたわ。。。」
優子も同意した。
「私も、翔の看病から逃げたした罪の意識が軽くなった。。。
私達って、パンデミックの前まで、
あいつ(=孝)をちゃんと見ていなかったってこと?」
私は優子の意見に半ば同意した。
「そうかもしれない。
でも、もう、孝に対する評価は全然変わっちゃたわ。。。」
孝の評価は、パンデミックの前まで『最低な奴』だったが、今は『結構良い奴』に変わった。
すると優子は変なことを尋ねた。
「評価が変わったって、、、まさか、、、付き合っているの?」
私は慌てて否定した。
「感謝しているわ。でも、恋愛対象ではないわ。
さすがに、無精ひげに、ぼさぼさの髪型に、ちぐはぐな服では。。。」
優子はにやりと笑って、ふざけ半分に言う。
「ふーん、、、じゃ、私が付き合っても良いよね?」
すると、優子は、
「孝~。私も男子クラスメートの弔いに付き合う~。」
と孝にじゃれ始め、二人で次の弔い先へ歩き出した。
私はムカつきを感じながら、頬を膨らませて、二人の後を歩いていた。