第70話 愛唯と孝の最大の試練(その3) ー撫山教授の個室にて(前半)ー
(前話の続き)
私とバカ(=孝)が結ばれた次の日の朝、、、
え? 『あっちの方』はどうだったかって?
あー、、、
ほら、バカ(=孝)は『頭でっかちなバカ』だし、、、
私は健司(=元恋人)とはキスまでだったし、、、
あまり良いもんじゃなかったわよ!
フン!!
話を元に戻そう。
私とバカ(=孝)が結ばれた次の日の朝、私はバカ(=孝)のいる寮を出て、私は6時に下宿に帰った。
優子の部屋に行き、優子はパジャマ姿であったが、私の部屋の鍵を受け取った。
優子の部屋の玄関で、優子が問うた。
「孝と結ばれたんだ?」
私は苦笑いを浮かべ、うなずき、「うん」とつぶやいた。
優子も苦笑いを浮かべ、私に「おめでとう」と祝福してくれた。
昨晩、彼女の本心を聞き(第69話)、私は内心複雑であったが、祝福はありがたく受け取り、
「ありがとう。」
と返した。
きっと、内心複雑なのは、優子も同じであっただろう。。。
私は部屋に戻ると、急ぎシャワーを浴び、着替えと身支度を整えた。
今日、バカ(=孝)は8時に拍子法行為のため、大学を出る。政府機関から、車が迎えに来る予定だ。なにもできないが、せめて、見送ってあげようと思ったからだ。
なお、バカ(=孝)が帰ってくるのは、明日の夕方の6時の予定だ。
私は7時50分に、I大学正門のロータリーに行った。
ロータリーには、バカ(=孝)の他に、撫山教授もいた。そして撫山教授はバカ(=孝)に声を掛けていた。
「心を強く保つんだぞ。」
バカ(=孝)は緊張した面持ちで、「はい。」とうなずいた。
7時55分くらいに、ロータリーに迎えのマイクロバスが到着した。
マイクロバスから、係官が降りてくると、バカ(=孝)を確認し、バカ(=孝)に乗車を促した。
バカ(=孝)が乗車する際、私は手を振って、精一杯の笑顔で、声をかけた。
「いってらっしゃい。」
だって、これしか、私にはできることがなかったから。。。
バカ(=孝)は私に笑顔を返してくれた。
マイクロバスが動き出すと、窓のカーテンが一斉に閉められた。
事前にバカ(=孝)から聞いていた。
「どこに移動しているのか、僕にはわからないように、
車のカーテンが閉められます。
そして、僕は睡眠薬を飲まされます。」
今頃、バカ(=孝)は睡眠薬を飲んでいるだろう。。。
マイクロバスがロータリーを出ると、撫山教授が私に声をかけた。
「聞いているのか?」
私は無言で首を縦に振った。
すると撫山教授は
「じゃあ、ちょっと私の部屋まで来てくれ」
といい、撫山教授の個室に通された。
私と撫山教授は、彼の個室で机を挟んで座った。
撫山教授は口を開いた。
「まず、孝君が拍子法行為を行ったことは『他言無用』だ。
これは、孝君の名誉を守るためと、子供が生まれた場合は、
出自を辿らせないためだ。
下手に公になると、出自を辿られる恐れがある。」
私は問うた。
「なぜ出自を辿らせないのですか?」
撫山教授は答えた。
「100分の1の男性への配慮だ。
100分の1の男性は、今回の拍子法行為だけでなく、精子提供も行っている。
精子を提供させられ、出自を辿られるのは、いくら何でも酷だろう。」
私は困惑しながら語った。
「拍子法行為がわからなくて、優子に尋ねてしまったのですが。。。」
(第68話、第69話)
撫山教授はあきれた表情で答えた。
「君から、優子君にも『他言無用』であることを伝えてくれ。」
私はうなずき、「わかりました。」と答えた。
私は、撫山教授の「100分の1の男性は、今回の拍子法行為だけでなく、精子提供も行っている。」の発言が気になった。
そのことを尋ねると、このように答えた。
「そうか、そこまでは孝君は話していなかったか。。。
しまったな。。。まあ、しょうがない。
100分の1の男性は、
『給付型奨学金・授業料免除・寮費免除(第2話)の代わりに、
精子提供を義務付けられている。
その精子提供の一環として拍子法行為の対応が含まれる。』」
私は驚いた。
「そんなこと、一度もニュースで流れたことないですけど。。。」
撫山教授は答えた。
「マスコミには箝口令が出ている。
また、このことについては、
100分の1の男性に秘密契約条項として、『守秘義務』がある。」
私は問うた。
「どうして箝口令が出ているんですか?」
撫山教授は答えた。
「100分の1の男性への偏見を抑制するためだ。
精子提供の代わりに、
給付型奨学金・授業料免除・寮費免除を受けているとすると、
余計な偏見を招きかねない。
孝君は、いやほとんどの100分の1の男子学生は、精子提供の代わりに、
給付型奨学金・授業料免除・寮費免除を1年前に申請している。」
私は問うた。
「なぜ、孝が、そんな申請を?」
撫山教授は答えた。
「覚えていると思うが、
あのウイルスは、人命を奪っただけでなく、経済危機も招いた。
退学に追い込まれたCCコースの女子生徒も少なくない(第2話)。。。
孝君のお母さんが勤めている会社も、当時、倒産の危機にあった。
だから、彼は申請するより選択肢がなかった。。。」
1年前、私は『退学に追い込まれた女子もいるのに、なんで100分の1の男子だけ、こんなに厚く保護されるのか?』って憤っていた(第2話)。
あれはこういうことだったのか。。。
撫山教授は続ける。
「つまり、、、孝君は、拍子法行為が義務付けられている。。。」
私は慌てて遮った。
「ちょっと、待ってください!
法律上、拍子法行為は男性側の合意が必要だったはずです!!」
撫山教授は苦笑いを浮かべ答えた。
「一応、担当官がこちら来て説明に来た。
孝君が学生ということで、私もその場に同席したんだが。。。
あれは、形式上は、合意を得たことになっているが、
奨学金・授業料免除・寮費免除の因果を含めての説得というか、
ほとんど『強制』だった。。。
つまり、孝君は、『望まぬ相手との性行為を強制された』。
いや、孝君は、『性行為を無理やり強要された』。。。」
撫山教授は私に問う。
「愛唯君、『無理やり強要された性行為』を、社会でなんて言う?」
私は思わず、身構え、悲鳴を上げた。
「イヤ!」
撫山教授は苦悶の表情を浮かべ、謝罪した。
「すまん。。。でも、、、私も冷静ではないんだ。。。」
撫山教授は続ける。
「拍子法行為は、100分の1の男性への精神的負担が極めて重い。。。
先日、学内で自殺者が出たが、、、名前は俊君と言ったか、、、
彼は、『拍子法行為から帰ったその夜、自ら命を絶った』。。。」
(第68話)
撫山教授のこの言葉は、私に衝撃を与えた!
俊君の自殺原因が、拍子法行為だったなんて!!
そして、、、その拍子法行為を、今、バカ(=孝)が命じられているなんて!
バカ(=孝)は一度自殺を図ったことがある(第15話)!
またバカ(=孝)は早まったことをしないか、心配で心配で、たまらなくなった!!
そして、、、
『バカ(=孝)と結ばれてよかった!』
と改めて思った。。。
もし、、、
『あのまま結ばれずに、バカ(=孝)が拍子法行為に行っていたら?』
と思うと、ぞっとする。。。
しかし、私はその衝撃を抑え、撫山教授に問うた。
「私はその俊君の恋人から、
『孝をはじめ、100分の1の男性は、
俊君の自殺の原因について、隠している』
と聞かされました(第68話)。。。
彼女から頼まれて、孝を問い詰めましたが、
『心当たりはあるが、断定できない、
また守秘義務があるから答えられない』
と言われましたが(第68話)。。。」
撫山教授は答えた。
「もちろん、我々(=教職員)は、
彼ら(=100分の1の男性)にも、原因は伏せてあった。。。
でも、状況から言って、彼ら(=100分の1の男性)は、
原因を察したのだろう。。。
だから、断定できないし、、、守秘義務もあるから、、、
答えるわけにはいかなかったのだろう。。。」
私は再度問うた。
「じゃあ、今日、先生が孝の見送りをしたのは。。。」
撫山教授は真剣な表情で答えた。
「大学として、『これ以上の自殺者を出すわけにはいかない』からだ。。。」
撫山教授は突然、語気を強めた。
「愛唯君!
今回は特別に君にだけ話した! このことは他言無用だ!
俊君のご家族もこのことを知らない!
もし、彼らがこのことを知って、騒ぎとなれば、
そこから出自を辿られることもありうる!
絶対に他言無用だ!
彼の恋人の、、、綾子君だったか、、、
彼女にも他言無用だ! わかったね!」
私は撫山教授の語気に押され、黙ってうなずき、質問した。
「あの、、、俊君の自殺を防げなかったのでしょうか?」
撫山教授は落ち着き答える。
「もちろん、気を付けてはいた。。。
彼の指導教員は、彼が戻ってきたとき、
彼を指導教員の個室へ連れてゆき、面談をしたそうだ。。。
指導教員は
『何か悩みがあれば、いつでも私の個室においで』
と再三、念押ししたそうだ。。。
だが、その夜に、俊君は自殺してしまった。。。
指導教員曰く、
『彼は進路でも悩んでおり、それが拍子法行為が引き金となり、
死を選んだのだろう。。。』
と言っている。
俊君は企業への就職を希望していたが、
今、『100分の1の男性は就職難』だ。それも背景にある。。。
俊君は、まだ大学3年で、あの時は1月末だったが、
就職が困難であることに、悩んでいた。。。
外出が自由でないから、
企業訪問も、インターンシップも、容易でない。。。
『企業側の態度も、100分の1の男性というだけで、冷たかった』
そうだ。。。
就職で悩んでいた時に、拍子法行為のダブルパンチで、
『世の中に絶望』したのかもしれん。。。」
補足すると、100分の1の男性の就職難は事実だ。
外出の自由がないことによる、企業訪問やインターンシップが容易でないことだけが、就職難の理由ではない。
もっと本質的な理由は、100分の1の男性の従業員を、誘拐や拉致から保護する義務が、企業に課せられている。
つまり、企業は、男性従業員を雇うために、高い塀やセキュリティゲート等のコストを支払わなくてならない。
したがって、男性を雇うコストは、女性を雇うコストより、必然的に高くなる。
よって、企業はそのコストを嫌い、男性より女性を採用するケースが増え、男性の新卒採用率は極めて低くなる。
逆に、女性の新卒採用率は極めて高くなる(第44話、第45話)。そういった、男女差別が社会問題となっている。
言い換えれば、『就職活動において、100分の1の男性は厄介者扱い』されているのだ!
100分の1の男性が厄介者扱いされているのは、何もボランティア活動の参加拒否だけではないのだ(第45話)!!
100分の1の男性が厄介者扱いされているのは、何も飲食店での入店拒否だけではないのだ(第56話)!!!
社会のありとあらゆるところで、100分の1の男性は厄介者扱いされているのだ!!!!
そんな厄介者扱いされた上で、拍子法行為というトンデモナイことを命じられたのだ!
そのダブルパンチに耐え切れず、俊君は自ら死を選んでしまったのだ(第68話)!!
いや、正確にはダブルパンチ以上のストレスが、俊君に襲ったのだ!
ただでさえ、100分の1の男性は、全ての友人を亡くし、家族から切り離され、孤独なのだ!
全ての友人を亡くし、自分だけが生き残ってしまったという、罪の意識に悩んでいるのだ!
しかも、『100分の1の男性に対して社会は過保護だ』とのトンデモナイ誤解に晒されているのだ!
かつ、100分の1の男性は、企業や大学に軟禁され、簡単には外出できないのだ!
その上に、ダブルパンチが襲ったのだ!
ただでさえ、日常、高いストレスにさらされている上に、ダブルパンチが襲い、
俊君は自ら死を選んでしまったのだ(第68話)!!
話を戻す。
この撫山教授の個室での続く話で、私は100分の1の男性の『更なる真実』を知ることになる。
そう、あのときの私は、
100分の1の男性のすべての真実を知らなかったのだ!!
(次話に続く)
この物語のタイトルの一部に『絶望の社会』と書きました。
そして前書きに『過酷な社会』と書きました。
今話と次話にて、『40歳未満の男性が100分の1になった社会』が、生き残った男性にとって、いかに『絶望的で、過酷な社会』なのか、書くつもりです。
皆様、よろしければ、お付き合いください。