第6話 100分の1の意味
(前回の続き)
聡君のお父さんは孝に訊いた。
「孝君は、ウイルスに勝つために、何をする気なんだ?」
孝は答えた。
「100分の1の男性しか、家庭での父親と、社会での男性の役割を、
子供に見せることができません。
ですから、
たった一人、生涯を共にできる女性と結婚し、子供を育て、
なるべく子供達に働く男性をアピールできる、職につきたいですね。。。」
聡君のお父さんは驚いた。
「一夫多妻を選択しないのか?」
孝は苦笑いを浮かべ、顔を横に振った。
「そもそもモテませんし。。。」
聡君のお母さんも尋ねた。
「ところで、孝君と愛唯さんは、どんな関係?」
私はあわてて答えた。
「私は、単に、撫山先生に付き添いを命じられただけで。。。」
聡君のお母さんは顔を横に傾け、つぶやいた。
「ふーん、、、恋人同士かと思った。。。」
私は笑って、「いやいや、そんなー」と返した。
心の中で、『孝は【最低な奴】ではなくなったが、恋愛対象ではない』と付け加えておいた。
孝の無精ひげ・ぼさぼさの髪型・不釣り合いな服装は、私の恋愛対象ではない!
あ、
先回まで孝のことを、心の中で『こいつ』とか『おまえ』とか呼んでいたが、止めることにした。
少なくとも『最低な奴』ではないことがわかったし、私を救ってくれた。。。
だから、昇格させることにして、これからは、心の中で『孝』と呼ぶことにする。
私と孝は、聡君の実家を辞することにしたが、聡君のお母さんから、
「聡の墓はここから歩いて10分くらいの距離にあるので、
是非とも聡の墓参りをしていって。。。」
と言われ、聡君の妹さんの道案内で聡君の墓に連れて行ってもらうことにした。
聡君の墓に着くと、聡君の妹は「それじゃあ」と言って、帰っていった。
孝は聡の墓に対して、しゃがんで手を合わせ、語る。
「聡君、しばらく来れないと思う。いつ来れるか、わからない。
でも、必ず、また来るから。。。」
相変わらず、孝の言うことは理解ができない。
『しばらく来れない』って何?
聡君の墓参りに来たくても、来れない事情が生じるってこと?
その事情って何?
聡君の弔いに付き添ってわかったことは、『孝はかなり先のことまで見通し、行動している』ことだ。孝は大学で撫山教授の個室から出た直後の私に対しても、聡君の遺影に対しても、『時間がない』と言った。
何かを予見しており、その何かに焦っている。。。
一体、何を焦っているのだろう?
孝が聡君の墓の弔いが終わったのを見ると、私は、率直に、ウイルスの勝ち方を考えたことを褒めた。
「孝君、すごいじゃない!
あのウイルスに勝つ方法を考えたなんて。。。」
孝の返事はそっけなかった。
「いえ、大したことでは、、、
頭の中でシミュレーションすると、自然と出てくる答えだったので。。。」
私は返した。
「謙遜はいらないわよ。
少なくとも他の男子クラスメートでは考えれなかったと思うわ。」
孝は苦笑いを浮かべて答えた。
「そうかもしれません。
でもね。僕には高校時代、
どうしても勝てなかった『化け物』がいたんですよ。
彼なら、あれぐらいのことは考え着くと想像できます。
彼は帝大の1つに進みましたが、
残念ながら、パンデミックの際に亡くなってしまいました。
でも、帝大や有名私大なら、
彼のような化け物がうじゃうじゃいるだろうから、
『化け物』は一部生き残っていると思います。
僕は所詮、『井の中の蛙』に過ぎないんです。。。」
孝の言うことはもっともだ。帝大や有名私学なら、孝の考えたことぐらい、思いつく者も少なくないだろう。
しかし、それでも私は反論した。
「そうかもしれないけど、、、
私なんか今朝まで無気力で何も考えられなかったわ。。。
パンデミックの後で、勝ち方を考えること自体、すごいことよ。」
それに対する反応は意外なものだっだ。
「愛唯さん、、、何を言っているんですか。。。
僕だって、ホンの1か月前まで、
『無気力で何も考えられませんでした』よ。。。」
私は驚き、「無気力って?」と尋ねた。
孝は答えた。
「退院してすぐに、大学の男性クラスメートだけだなく、
小中高の友人全員が亡くなったってわかりました。
退院したら、『僕は孤独なんだ』って思い知らされました。」
孝は彼のスマホを取り出した。
「このスマホに登録している、全ての男子の友人が亡くなってました。。。
そのとき、『100分の1の本当の意味』がわかりました。
スマホに友人が100人登録されていても、100分の1ですから、
生き残るのは1人前後です。
僕はあまり友人がいなくて、登録者数が数十人でしたから、
ゼロになっていました。
僕にはもう、一緒に遊んだり、一緒に飲む、
『友人はいない』んだって打ちのめされました。
悩みを打ち明ける『親友はいない』んだって、打ちのめされました。」
私もスマホを取り出し、登録されている女子の友人を数えてみる。
なるほど、私の場合、登録数は100件を超えていたが、あまり親しくない友人とかバイト先とかを含んでの話で、『それなりに親しい友人』と言えるのは、私の場合、数十人だ。また、『親友』と呼べるのは優子を含めて数人だ。
つまり、100分の1になれば、私でも『それなりに親しい友人』や『親友』はゼロになる。
そうか、『100分の1とは孤独になること』だったのだ。。。
なぜ、こんな単純なことに気が付かなかったのだろう。。。
孝は続ける。
「聡君の遺影の前で、
『なぜお前が生きているんだ!』って何度も罵倒されたって
言いましたよね。
そのうちの数人は、『小学生の時に一緒に遊んだ友人の母親だった』んです。
小学校の頃の、友人の母親数人から、僕を指さし、
『なんでこいつが生き残って、うちの息子じゃないの!』
って罵倒されたんです。
小学校の頃、友人の家に遊びに行ったことも多くって、
その時はとても親切に接してくれました。
その人達から、今、罵倒されるのはつらかった。
そのときは、
『なんで僕だけ生き残ってしまったんだろう。。。』
そして、、、
『こんな孤独を味わうなら、こんな罵倒を受けるなら、
あの時(=パンデミックの頃)、
皆と同じところに逝った方がよかった。』
って、思いました。。。」
私は聡君の遺影の前で、『孝に生き残ってしまったことの罪はない』と言った。
そして、今も『孝に罪はない』と思う。
だが、孝を罵倒した母親達の気持ちも、わからなくはない。
私は恋人と弟を亡くして、
『どうして恋人と弟が死んで、孝が生き残ったのか!』
と思ったのだ。
母親なら猶更だ。
むしろ、彼女達は、たまたま口にしただけだ。
おそらく、口にした母親達より、はるかに多くの母親達が同じ気持ちを抱いているだろう。
そして、
もし、仮に、私が孝の立場になったとしたら、
『私がもし、これだけの孤独と、これだけの罵倒を浴びせられたら、』と考えると、孝が『自分だけが生き残ってしまった罪』を背負ってしまうことも、無理からぬと思った。
たぶん、孝が負った心の傷は、相当深いのだろう。
孝はさらに続ける。
「もう、なんのやる気も出なくって、家でボーっとしていましたよ。
1か月くらい前まで。。。
だから、愛唯さんとそんなに違いはありません。。。」
確かに『無気力だった』という点では私と孝は同じだろう。。。
しかし、
私が受けた精神的ストレスと、
孝が受けた精神的ストレスを比較すると、
孝が受けた精神的ストレスの方がはるかに大きいと思う。
私は友達を失わず孤独にならなかったし、
近所の人から罵倒を受けたこともないし、
周囲から冷たい視線を向けられたこともなかった。
私は、ふと、孝が立ち直った1ヶ月前に、何があったのか気になった。
「孝君、1ヶ月前に何があったの?」
孝は答えた。
「ああ、母が僕に言ったんです。
『やりたいことができないとき、すべきことをしなさい』
って。
僕は
『僕がやりたくてもできないことって何?』
と聞きました。
そしたら母が、
『さあ? でも、あなたの場合、友達と会うことじゃない?』
と答えました。
さらに母に尋ねました、
『じゃ、僕がすべきことは?』
と。
そしたら母は
『さあ? それはあなたが考えなさい。』
って。
でも引き続いて、
『でも、私なら、
会えなくなった友達のために何をすべきかって考えるわ』
と。
そこで、
『友達のために、僕は何をなすべきか?』
って、考え始めました。
それが、1ヶ月前のことです。。。」
私は戸惑いながら、問うた。
「じゃ、ウイルスに勝つ方法を考えたのは。。。」
孝は何度もうなずきながら答えた。
「ええ、友達のために、友達がいた世界を取り戻すことが、
僕がなすべきことだと思ったからです。
まあ、他にも解はあるんでしょうけど。。。」
孝は話題を変えた。
「そうだ! 僕は愛唯さんにお礼を言わなくてはなりません!」
私は戸惑い、「え?」とつぶやいた。
孝は笑顔で私に語り掛けた。
「愛唯さんは僕に
『僕に罪はない』と『生きていてよかった』と
言っていただきました!
とてもうれしかった! ありがとうございました!」
そう言うと、孝は私に頭を下げた。
私は半ば照れながら返した。
「いいわよ。それくらい。。。」
むしろ、お礼を言わなくてはいけないのは私の方だ。。。
孝、あなたは私を救ってくれた!!(第5話)
私と孝は帰宅するため、地下鉄駅へ向かい、路線が違うため、そこで別れた。
私は地下鉄に乗りながら考えていた。
100分の1の男性は奇跡的に生き残ったのに、
『友人をすべて失う孤独』と、
『自分だけが生き残った罪』という罪なき罪に、
長い間耐えなければならないのだと。。。
今朝まで、私は100分の1の男性は、様々な優遇を受け、恵まれていると思っていた。(第2話)
だが、本当に恵まれているのだろうか?
孝の話を聞く限り、そうは思えなくなった。
一方、社会はこのとき、100分の1の男性に、『孤独という試練』だけでなく、さらに、『長くつらい試練』を与えようとしていた。
その『試練』が間もなく訪れようとしていた。
差し迫っていた。
孝の言うとおり、『時間がなかった』のだ。。。
この『試練』については、数話後に話すことになる。