第5話 聡君の実家にて(その3) ー私がすべきことー
(前回からの続き)
聡君の妹さんが微笑み、口を開いた。
「孝さんの夢って良いね。。。
私の場合だと、、、私の孫が兄さんみたいな兄がいて、、、
二人仲良く暮らしているってことかな。。。」
聡君のお父さんもお母さんも微笑み、同意する。
「あ! その夢、良いわね。。。
私も、そんな未来は見たいわ。。。」
「私も見たいな。。。
でも、100歳まで生きないと難しいな。。。」
「不可能ではないわ。。。
人間の最高齢の世界記録が120歳前後なんですから。。。」
「そうだな、長生きの目標ができた。。。」
私も、こいつ(=孝)の夢を自分に当てはめてみた。
『私の孫は、私みたいにおバカな女子大生だ。
でも、武のような弟がいて、優子のような親友がいる。
加えて、彼女には健司みたいな素敵な恋人がいる。
こうして、私の孫は【青春を謳歌】している。。。』
私もそんな未来を見てみたい!
だが、問題がある。。。
私は口を開いた。
「私も孝君のような未来は見てみたい。。。
でも、2つの問題があるな~。
家庭の問題と、勉強が苦手な問題があるの。。。」
こいつ(=孝)は戸惑いながら、私に問うた。
「家庭の問題って?」
私はパンデミックの頃、父が弟の見舞いもせず、葬式も出なかったため、口をきいていないと答えた。
さすがに、母のことまで話せなかったけど。。。
聡君のお父さんが自分の体験を話した。
「私は数千人の従業員を抱える、それなりに大きな企業に勤めている。
パンデミックの頃、
重役達は家に帰れず、自分の息子や孫に見舞いに行けず、
葬式にも出られなかったそうだ。
パンデミックによる経済危機で、会社は倒産寸前だった。
数千人の従業員を路頭に迷わせないため、やむを得なかったそうだ。。。」
聡君のお父さんは続ける。
「愛唯君のお父さんは県庁の幹部だっけ?
あの時、県民数百万人の生命と財産を守る瀬戸際にいた。。。
やむを得なかったと思う。。。
それに、自分の息子の見舞いもせず、葬式も出ないことが、
平気な親はいないよ。。。」
それは頭では分かっている。でも心が拒否する。
だから、頭を横に振りながら、答えた。
「それはわかっています。。。でも、、、でも、、、」
聡君のお母さんが和解を促した。
「わかっているのなら、謝罪すべきよ。
あなたはもう21歳の大人なのだから。。。」
聡君のお父さんが語る。
「きっと、お父さんも、心の中で悔やんでいると思うし、、、
愛唯君と和解したがっていると思う。。。」
私は無言でうなずいた。
そう、私は父に謝らなくてはならない。そして、母にも。。。
続いて、こいつ(=孝)は問う。
「勉強が苦手な理由って?」
私は、もともと理数系志望だったが、母に無理やり文系を選択させられ、I大学CCコースに入学したが、やる気がでないと答えた。
こいつ(=孝)は笑顔で私に提案した。
「CCコースのカリキュラムで、重要な部分だけ、学びなおしてみませんか?
僕でよければ、面倒見ます。
もし、学びなおしてもダメなら、
別の道を模索して、そこで頑張ってみたら、いかがでしょう?」
私は「別の道って?」と問うた。
こいつ(=孝)は答えた。
「要は社会に出て活躍すればいいんです。
CCコースを卒業して、
皆とは別の就職口を探して、そこで活躍してもいいんです。
他には、別の大学または専門学校に、入りなおすことも考えられます。」
聡君のお母さんも、こいつ(=孝)の意見に賛成だ。
「CCコースは実務的で就職率もよいので、
一度学びなおしてみるのが一番良いと思うわ。」
聡君のお母さんは続ける。
「学びなおしてダメで、
別の道を模索した結果、どうしても理数系の大学に行きたいのなら、、、
何年かかっても入りなおした方が良いと思うわ。」
私は慌てて問うた。
「えー!? それじゃ、高校の勉強をやりなおさないと。。。」
聡君のお母さんはすまし顔で答えた。
「いつまでも、悔いが残るより、ましだと思うけど。。。」
私は反論できない。
聡君のお母さんは話を続けた。
「たしかに、私が高校生だった頃、
女の子が理数系を選択するのは難しい風潮があったわ。
私の妹も理数系を選択したかったけど、
私の母から、
『女の子が理数系に行っても就職口がない』
って反対されて、文系を選択したわ。。。」
聡君の妹さんは興味深そうに問うた。
「えー、本当?
叔母さん、理数系に行きたかったけど、お祖母さんに反対されたの?」
聡君のお母さんは微笑みながら、聡君の妹にうなずいた。
聡君のお母さんはさらに続ける。
「でも、男性が100分の1になった現在、
女性も理数系を目指してもよい時代になっているわ。
むしろ、文系に進むより、就職に有利かもね。。。
どうしても、理数系の大学に行きたくって、
あなたのお母さんが反対するのなら、私に相談しなさい。
あなたのお母さんを説得してあげる。」
私は無言でうなずいた。
一度、学びなおしてみて、適性が本当にないのか、確かめてみないといけない。
適性があればそれでよいが、なければ別の道を模索しなければならない。
やるべきことはわかった。。。どれも容易ではない。。。
しかし、『容易でないから、実施しない』のは、今までと変わらない。。。
『容易でなくても、始めなくてはならない』のだ。
私は変わらなければならない。
なにより、、、『やるべきことがわかっただけでも、私の心は軽くなった』。
今朝の私、つまり優子に叩き起こされるまでの私は、とても無気力だった。(第1話)
だが、今はどうだ。。。
私にも『夢ができた』!
『やるべきことが分かった』!!
今朝の私と、今の私は大きく違う。
そう、『私は救われた』のだ!
私の夢は、こいつ(=孝)の夢を拝借しただけだ。
やるべきことを教えてくれたのは、こいつ(=孝)と聡君のご両親だ。
決して、こいつ(=孝)は私を救おうとしたわけではない。
こいつ(=孝)の生き方を見た『私が、私自身を救った』のだ。
私とこいつ(=孝)と何が違うのだろう?
こいつ(=孝)は私より少なくとも2つの点で優れている。
一つ目は、あの凶悪なウイルスに果敢に戦いを挑もうとする勇気があることだ。
だが、勇気があるだけでは、蛮勇になるだけだ。
二つ目は、その勇気を蛮勇に終わらせないため、知恵を絞ったことだ。考え抜いたことだ。
私は、そもそも戦いを挑もうとすらしていなかった。ただ怯えていただけだった。
私はいままでこいつ(=孝)を『最低な奴』と思っていた。
だが、違った。『最低な奴は私』だったのだ!
不意に私の目から涙がこぼれた。
後から振り返っても、この涙が何の涙だったかわからない。
やるべきことがわかったことの感動の涙だったのかもしれない。
夢ができたことのうれし涙だったかもしれない。
それとも、最低な奴と思っていたこいつ(=孝)に、敗北を喫した悔し涙だったのかもしれない。。。
だが、これだけは言える。
私は涙を流しながら、こいつ(=孝)に語り掛けた。
「孝君、改めて言うわ。。。
あなたが生きていて、本当によかった。。。
心からそう思う。。。」
あの時の涙は、私の心の中で、化学変化が生じた瞬間だった。
私の知る限り、こいつ(=孝)ほど、考えぬく男子クラスメートはいなかった。
こいつ(=孝)以外の男子クラスメートでは、私を救うことはできなかった。
こいつ(=孝)だから私を救えたのだ!
100分の1の確率に関わらず、
よくぞ! こいつ(=孝)が生き残っていた!!
凶悪ウイルスにより、私は恋人と弟を失う不幸に遭遇した。
でも、、、『こいつ(=孝)が生き残った』という幸運を得た。
その不幸中の幸いで、私は救われたのだ。。。
後に聞いた話だが。。。あの朝、
母は
『【なぜか】、もう一度だけ、優子さんに頼んでみよう』
と思った。
優子は
『【なぜか】、もう一度だけ、愛唯を登校させるよう、頑張ってみよう』
と思った。
私も
『【なぜか】、今日だけは、登校した方が良い』
と思った。
撫山教授は
『【なぜか】、愛唯君と孝君を組ませてみよう』
と思った。
つまり、【なぜか】が重なり、私は救われた。。。
まるで、何者かに導かれたかのように。。。
導いた者がいるとすれば、それは誰だったのだろう?
天国にいる恋人の健司だったのか?
それとも、天国にいる弟の武だったのか?
それとも・・・。