第3話 聡君の実家にて(その1) ー孝の涙ー
私とこいつ(=孝)は撫山教授の個室を退出した。
撫山教授は、いつ、誰の弔いをしたかの簡単な日誌を提出すれば、単位をくれると約束してくれた。
個室を退出すると、こいつ(=孝)が口を開いた。
「愛唯さん、すみませんが、『もう時間がありません』。
すぐに弔いを始めたいのですが。。。」
まったく、こいつ(=孝)の言うことはわからない。
なので、「時間がないってどういうこと?」と問うた。
こいつ(=孝)は頭を抱え、つぶやいた。
「しまった。これは皆は知らないんだった。」
こいつ(=孝)は頭を下げ、私に語り掛けた。
「すみません。
弔いを早く終わらせなければならない事情があるんです。。。」
やっぱり、訳がわからん。。。
こいつ(=孝)は困った表情で話を続けた。
「なんでしたら、僕一人で行きましょうか?
日誌は僕の方で作っておいて、愛唯さんに送付して、
愛唯さんから先生に送付してしまえば、バレやしません。。。」
こいつ(=孝)の提案はありがたいが、私は単位を確実にゲットしなくてはならない。よって、私は問うた。
「それが100%バレないって保証はある?」
こいつ(=孝)は困った表情のまま、顔を横に振り、つぶやいた。
「えー? それは、、、ちょっと。。。」
私はため息をついて答えた。
「じゃあ、付いていくわよ。
単位を落とすわけにはいかないの。」
こいつ(=孝)は恐る恐る、私に語った。
「それじゃあ、、、
一番最初に聡君の実家を訪ねたいのですが。。。
よろしいでしょうか?」
私はうなづき、「いいわよ。」と答えた。
幸い、聡君の実家はNOH市の地下鉄の駅の近くであることが住所録からわかり、私とこいつ(=孝)は、バスと電車を乗り継ぎ、聡君の実家へ向かった。
バスと電車では、お互い、無言だ。第一、私は、こいつ(=孝)と話したくないし。。。
孝は口下手なのだろう。。。
聡君の実家に着いた、事前にこいつ(=孝)が電話を入れておいたので、聡君のご両親と妹が出迎えてくれた。
しかし、、、その視線は冷たい。里子がこいつ(=孝)を見ていた時の視線と同じだ。。。
たぶん、、、そういうことなのだろう。。。
私達は、聡君の遺影のある部屋に通された。
聡君の遺影は、生前の彼の微笑んだ姿が映しだされていた。
こいつ(=孝)は遺影の前で正座し、作り笑いを浮かべ、語りだした。
「聡君、久しぶり。。。1年と4か月ぶりかな?
本当はもっと早く来たかったんだけど。。。
退院できたの、去年の11月なんだ。。。
1年あまり、入院していた。。。
回復したのは、去年の4月くらいだったんだけど。。。
まだワクチンができていなくて、、、
ワクチンを接種するまで、ずっとクリーンルームにいて、、、
退院はできなかった。。。
退院してすぐに、君が亡くなっていることを知った。
すぐに来たかった。。。
でも、僕のスマホに、君の家の住所と電話番号を、
登録していなかったんだ。。。
だって、パンデミック前は不要だったから。。。
念のため、登録しておけば、よかったよ。。。
今回、撫山先生に無理言って、
君の家の住所と、電話番号を教えてもらった。。。
やっと来れた。遅れてごめん。。。」
巻き込まれた私は迷惑だが、こいつ(=孝)の気持ちはわかる。
こいつ(=孝)は少し悲し気に語り続けた。
「聡君、『僕には時間がない』んだ。。。
本当は男子クラスメート全員に弔いしたいけど、できないかもしれない。。。
だから、どうしても、、、
最初に君に会いに来たかったんだ。。。」
こいつ(=孝)は涙ぐみながらも、作り笑いを浮かべ、遺影に向かって、話を続ける。
「もし、全員に弔いできなかった時、
これから述べる僕の思いを、皆に伝えてくれないか?
頼む。。。君にしか頼めないんだ。。。
何から、、、話そうかな?
ああ、退院直後ね、家の近くを散歩していたら、、、
『なぜお前が生きているんだ!』
って何度も罵倒された。。。
それも違う人から。。。その人達、同じ目をしてた。。。
だから、、、もう、口に出さなくても、、、
僕に何が言いたいのかわかるようになっちゃった。。。
実は今日、登校したら、、、
女子クラスメートから同じ目で見られちゃった。。。
彼女達が何を言いたいのかわかった。。。」
私は驚いた。意外とこいつ(=孝)は察しが良いのだと。。。
そして、、、辛いのだろうと。。。
おそらく、この家に来た時の、聡君のご遺族の目を見て、彼らの気持ちも察しただろう。。。
私はご遺族をちらっと見た。皆、驚いていた表情だった。
こいつ(=孝)は遺影に何度もうなずきながら、話を続けた。
「でも、それは仕方がないことだと思っている。。。
だって、
『僕が、生き残った人間として、ふさわしくない』
って、ことなんだから。。。
それは僕に問題がある。。。
だから、
『自分だけが生き残った罪』
として、受け入れなければならないんだと思う。。。」
こいつ(=孝)は両目から涙を流しながら、首を左右に振り、遺影に語り掛けた。
「戦うべき相手を間違えてはいけないと思うから。。。
戦うべきは罵倒した人じゃない。。。
ましてや、女の子達じゃない。。。
『戦うべきは、あのウイルスだ』と思うから。。。
僕はね、聡君をはじめ、皆の命を奪った、、、
『あのウイルスが憎い』んだ。。。
特に、君みたいな良いやつの命を奪った、『あのウイルスが憎い』んだ。。。
だから、奪われたものを奪い返して、
『あのウイルスに勝ちたい』んだ。。。」
こいつ(=孝)は静かな口調で遺影に話しかけていたが、突然激しい口調に変わった。
「いや、違う! 『勝ちたいじゃ駄目』だ!
奪われたものは奪い返さなければならない!
『あのウイルスに勝たなくてはならない』!」
こいつ(=孝)の口調は再び静かなものに変わった。
「そのために、僕の足らない頭で、、、
何をしなくていけないのか、2週間程、必死に考えた。。。
勝つ方法は見つかったんだけど、とても時間がかかるんだ。。。
僕の孫が、僕と同じ年齢に達するくらいの、時間がかかる。。。」
こいつ(=孝)は両眼から涙を流しながらも、無理に笑顔を浮かべ、遺影に語った。
「聡君、僕にはね、今、『実現したい夢がある』んだ。。。
あのウイルスに奪われた、
『パンデミック前の世界を取り戻すって夢』が。。。
具体的には、僕に孫がいるんだ。。。
その孫がね、僕みたいに、『クソまじめしか能のないバカ』なんだ。。。
でも、その孫は、、、
男子クラスメートそっくりな友人達と遊んでいるんだ。。。
その中には、当然、君みたいな素晴らしい友がいる。。。
そんな孫の姿を見るのが、僕の夢だ。。。」
こいつ(=孝)は涙を拭おうともせず、無理に笑顔を作りながら、話を続けた。
「この夢の実現に僕の命を使うって誓うよ。
夢が実現したら、天国で皆に勝ったって報告するよ。
その時は、皆で天国で祝杯挙げようよ。
音頭は君がとってよ。。。
パンデミック前みたいに、天国で皆でバカ騒ぎしようよ。。。」
こいつ(=孝)は両目から涙を流しながら、叫んだ。
「あのウイルスに戦うことをもって、
『僕だけ生き残ったことを許してほしい』!
そして、それを皆に伝えてほしい!
頼む! 君にしか頼めない!!」
感極まったのだろう、こいつ(=孝)は「あ゛~~~」と叫び、泣き伏してしまった。。。
気が付くと、私の両眼から涙が流れていた。
うっかり、、、もらい泣きしてしまった。。。
そして、、、『自分だけが生き残った罪』という、罪なき罪を背負っているのだと、初めて知った。
『自分だけが生き残るということはつらいこと』なのだと、これまで考えたこともなかった。。。
なにより、、、『戦うべきは、あのウイルスだ』という言葉と、『あのウイルスに勝たなくてはならない!』という言葉は、私の胸に突き刺さった。。。
聡君のお父さんが涙を流しながら、泣き伏した孝を抱きかかえ、孝に語った。
「孝君、君に罪はない。。。
そんな風に考えなくて良い。。。」
だが、こいつ(=孝)は顔を左右に振り、答えた。
「聡君が生き残るべきだったんだ。。。
僕が生き残ったのは間違いだ。。。」
こいつ(=孝)の顔は涙と鼻水で滅茶苦茶だ。
これまで言えなかった思いを、たまりにたまった思いを、全てぶちまけてしまったのだろう。。。
聡君のお母さんも涙を流しながら、孝に語り掛ける。
「ついさっきまで、そう思ってました。。。
『なぜ、あなた(=孝)が生き残り、
息子(=聡)は生き残らなかったんだろう?』
て。。。
でも、そのことと、
あなたが罪の意識を背負うこととは違う。。。
あなたは、息子の分まで生き抜いて頂戴。。。
わたしはこれから、
息子をいつまでも覚えていてくれる友人が、
一人でも生き残っていたことに感謝することにする。。。」
聡君の妹さんも涙を流しながら、相槌を打つ。
「そういえば、
兄さんにお参りに来た男の子って、孝君だけだね。。。
兄さん、友達多かったけど、孝君以外、全滅しちゃったかも。。。」
聡君のお父さんはうなずき、聡君の妹さんに語り掛けた。
「そうかもしれない。。。
孝君が生き残ったことを、幸運だったと喜ぶべきかもしれない。。。」
そういえば、武(=弟)にお参りに来た男の子はいない。。。
武の友達は全員亡くなった可能性が高い。。。
たった一人でも、、、覚えていてくれる友人が生き残っているだけでも、、、幸運なのかもしれない。。。
私も涙を流しながら口を開いた。
「孝君、ついさっきまで、私も、そう思っていた。。。
私は恋人と弟を失った。
今朝、大学で孝君を見たとき、、
『なぜ、孝君が生き残り、
恋人と弟は生き残らなかったんだろう?』
って思った。。。
でも、聡君のお母さんのおっしゃる通りよ。。。
そのことと、あなたが罪の意識を背負うこととは違う。。。
あなたに罪はないわ。。。」
そう、こいつ(=孝)に罪はないのだ。。。大変申し訳なかった。。。。
私は涙を拭かず、話を続けた。
「それと、あなたの言うとおりよ。。。
『戦うべき相手を間違えてはいけない』わ。。。
『戦うべきは、あのウイルス』よ。。。
『あのウイルスに勝たなくてはならない』のよ。。。
それに気づかせてもらっただけでも、
『あなたが生きていてよかった』と思う。。。」
私も『ウイルスと戦いたい』と思った。『ウイルスに勝ちたい』と思った。
いや、違う。私も『ウイルスに戦い、勝たなくてはならない』のだ。。。
そのことに気づいた。。。
こいつ(=孝)は最低な奴だが、悪い奴ではない。
そのことは分かった。。。




