第37話 vs不届きな奴ら(その2) ー100分の1の絶望ー
(前話からの続き)
里子は竜二のことについて語り始めた。
「竜二は、サッカー部員で、
聡(=里子の元恋人)とはチームメンバーなんだが、、、
聡(=里子の元恋人)曰く、『あいつ(=竜二)は別格』なんだ。。。」
私は戸惑い問うた。
「別格って?」
里子は苦笑いを浮かべて答えた。
「聡(=里子の元恋人)曰く、
『あいつ(=竜二)はJリーグのあるチームのジュニアユースに所属』
していたんだ。
さらに、聡(=里子の元恋人)によると、
『竜二はジュニアユースに所属していたころ、
1度だけだが、U-15の代表候補として練習に参加したこともある』
らしい。。。」
私は驚きの声を上げた。
「うわー。。。」
里子は続ける。
「これも、聡(=里子の元恋人)の話なんだが、
『体外試合をするとたまに竜二を視察しに来る人がいて、
ユニバーシアードの代表候補に
名前が挙がっているという噂』
があったらしい。。。
そう、竜二はI大学男子サッカー部のエースだったのさ。。。
でも、I大学男子サッカー部は、約60名が所属していたんだが、
あのウイルスによって、竜二を除き、全員亡くなったんだ。。。」
久美子さんが里子の話を引き継いだ。
「竜二は、あのウイルスから、奇跡的に生き残って、
昨年の11月に退院したんだけど、
退院後、すぐに、竜二を除いて、男子サッカー部のメンバーが
亡くなっていることを知って、孤独に打ちのめされたみたい。。。」
ここはバカ(=孝)も同じだ(第6話、第34話)。たぶん、全ての100分の1の男性は、一度は孤独に打ちのめされるのだろう。
久美子さんは続ける。
「でも、竜二は、一旦は立ち直って、
2月の新規入校許可証を得てからは、1人でずっと練習していたんです。
その頃、竜二は、
『I大単体で男子サッカーチームを形成するのは残念ながら不可能だ。
でも、複数の大学から合同チームを結成すれば、
男子サッカーの練習や試合が可能になるかもしれない』
って、1人でずっと練習していたんです。。。」
私はその頃の竜二と、今の竜二のギャップがわからなくなった。
「その頃の竜二君と、今の竜二君が違いすぎるように感じるけど。。。」
久美子さんが答えた。
「部員数が数百名のサッカー名門の私立大学でも、
生き残ったのが数名という状況で、
サッカーは少なくとも11人揃えないといけませんから、
多数の大学から合同チームを結成しないと不可能なわけで、、、
それが、3月になって、100分の1の男子生徒がI大学の寮に集約され、
許可がないと外出できない状態になったじゃないですか。。。
公共交通機関の利用が原則禁止になったじゃないですか。。。
そんな状況では、
男子サッカーの合同チームを結成しても、
練習や試合はほとんど不可能になったんです。。。」
確かに、私はバカ(=孝)を気分転換のため、なるべく外に連れ出している。ほんの1時間連れ出すだけでも大変なのは、身に染みて分かっている。
サッカーの合同チームを結成するとなると、その大変さは、私が直面している大変さと比べて、何十倍も困難なことは容易に想像できる。多数の大学から1つの大学に集まって合同チームを結成するとなると、交通手段および付き添いも準備しなければならないから、1回集まるだけでも大変だ。しかも何度も練習する必要があるから、その都度、実施する必要がある。
また、モチベーションの維持のために、試合も時々行う必要があり、そうなると交通手段および付き添いも2倍になるわけで、久美子の言うとおり、合同チームの結成はほとんど不可能に近いだろう。。。
久美子さんは語る。
「たぶん、竜二は、
彼が目指すサッカーができない現実に、『絶望』したんだと思います。。。」
久美子さんは続ける。
「実は、竜二は、監督やコーチから、
女子サッカー部に交じって練習することを勧められたらしんですけど、、、
接触プレーが難しいため、竜二曰く、
『自分の目指すサッカーと違う』
ということで、拒否したそうです。。。」
久美子さんはさらに続けた。
「竜二は、失望のあまり、サッカー部の練習にも、
大学の授業にも参加していないんです。。。」
孝が語る。
「実は、竜二君のこと、寮の仲間から教えてもらっているんです。。。
もし、彼の立場になれば、多くの人は、
気持ちが萎えてしまうと思います。。。」
久美子さんの話で、私は竜二のことが分かった。でも、疑問が残った。
「久美子さん。竜二君が
『孝には頑張れる場所がある。でも俺にはないんだ!』
と言った理由はわかったわ。
でも、孝が目障りで、そして私も目障りと言った理由がわからないわ。
特に、私が目障りって言った理由が。。。」
久美子さんが答えた。
「たぶん、だけど、、、
竜二自身も頑張りたいと思っているが、頑張る場がない。
だから、頑張る場のある孝さんがうらやましいのだと思います。。。」
久美子さんは悲しみの表情となり続けた。
「竜二は、パンデミックの前から、
ルックスの良さと、I大サッカー部エースともあって、
言い寄る女子生徒が多かったんだけど、、、
そのころは言い寄る女子生徒をはねのけていたわ。。。
でも、3月になって、合同チームが困難と悟ったあたりから、
孤独と鬱憤で次第に女子生徒に手を出すようになったわ。。。
あろうことか、、、その手を出した女子生徒に、、、
寮でセッ〇スをすることも、しばしばとなったわ。。。」
久美子さんはさらに続けた。
「ここからは本当に推測なのだけど、
頑張る場のない竜二は、頑張っている孝さんより、
女子生徒にモテることで、自分を慰めていたのかもしれません。。。
でも、孝さんに愛唯さんという素敵な恋人ができたので、
竜二は孝さんにすべての面で負けたと
思うようになったのかもしれません。。。
実は以前から竜二は孝さんに寮で因縁をつけており、
孝さんに因縁をつけ始めたのは、
寮で愛唯さんと孝さんを見かけたあたりだったと思います。。。」
私は孝を見た。孝は黙って頷いた。
久美子さんは、再び、私と孝に頭を下げた。
「孝さんと愛唯さん。今回は本当にごめんなさい!
竜二については、私がなんとか立ち直らせます!
それで、勘弁いただけないでしょうか!」
里子がフォローした。
「愛唯、孝。 私からも頼む。
今回は久美子に免じて、許してやってほしい。
竜二のことは、よく知っている。
パンデミックの前は、竜二と久美子と聡と私の4人で、
大学近くの飲み屋で一緒に飲み食いした仲だ。
本当の竜二は、因縁をつけてシャツを破るような奴じゃないんだ。
きっと立ち直ってくれると思う。
今後、竜二については、私も見守ることにするから。。。」
仕方がないので、私は久美子さんの謝罪を受け入れることにした。
「里子がそこまで言うなら仕方がないわ。
久美子さんの謝罪を今回は受け入れることにする。」
久美子さんはほっとした表情で、
「私の謝罪を受け入れてくれてありがとうございます。
この通りです。」
もう一度頭を下げた。
そして久美子さんは課室を後にした。
久美子さんが課室から退出すると、里子が言った。
「実は、男子サッカー部だけでなく、
I大学の男子運動部は、部員がゼロか1人の状態で、
練習もままならない状態なんだ。」
里子は続ける。
「陸上とか水泳とかゴルフのような個人競技や、
テニスのようにもともと男女混合があった競技は、
女子と混ざって何とかなっているけど、、、
集団スポーツや、個人競技でも相撲とか柔道のような格闘系だと、
男子サッカー部と同じ状態なんだ。。。」
課室で勉強していた瀬名が話に加わった。
「孝さん、愛唯さん、里子さん、横からごめんね。
里子さんの話は、運動部だけじゃないの。
私は理数系に知己が多いから知っているんだけど、
理数系および技術系は、閉鎖直前に実験動植物を全部殺処分したし(第1話)、
閉鎖期間中に、変質しちゃった薬品や、
狂ってしまった精密計測機が少なくなくって(第1話)、
予算の関係上、それらの復旧が完了していないらしいの。。。
だから、学部生の演習だけでなく、4年生や大学院生の研究は
かなり制約がかかっているらしいわ。。。」
瀬名は続けた。
「そう言った設備だけじゃなく、
理数系や技術系は、研究室全体で一つのテーマを研究する
ケースも少なくなかったらしいの。。。
たとえば、研究室内で各スタッフに役割分担していたりとか。。。
でも、理数系や技術系は、男子学生がほとんどだったから、
男子学生が100分の1となったため、研究室の所属スタッフが
ほとんどいなくなって、役割分担できないから、
研究室の設備が復旧しても、従来の研究は実施不可能で、
研究テーマの変更を要するケースもあるらしいの。。。
また、学生だけでなく、若い先生が実質研究室を
切り盛りしていたところもあるらしく、そういう先生が亡くなって、
研究室の運営が不可能になっているところもあるらしいわ。。。
なので、研究テーマの変更どころか、
研究室の変更を要するケースもあるらしいの。。。
知っての通り、4年生や大学院生は2年留年しているわ(第1話)。。。
特に修士2年生以上は研究テーマや研究室の変更は
さらなる留年に繋がりかねないから、悩みは深いみたい。。。」
瀬名はさらに続ける。
「CCコースは授業が再開され、孝さんと愛唯さんのおかげで、
立ち直りが早かった方なの(第17話、第18話)。
それどころか、立ち直る目途さえ立っていない、
学部や学科や研究室も少なくないの。。。」
孝が答えた。
「実は、複数の女子生徒に手を出す100分の1の男性は、
竜二君のように集団スポーツの運動部に所属する学生の一部か、
立ち直る目途さえ立たない学部や学科に所属する学生の一部なんです。。。
竜二君のように、
『絶望のはけ口として、複数の女子生徒に手を出している』
一面があるんです。。。
ご存じの通り、僕ら、100分の1の男性には外出の自由がないし、
娯楽設備は学内にほとんどありません。
だから、絶望のはけ口を女の子に求めちゃっている男性がいるんです。。。
と言って、『許されることではない』ですけど。。。」
私が答えた。
「そういうことか。。。
もちろん『許されることではない』けど。。。
その絶望をなんとかしないと、不届きな行為は、なくならないわね。。。」
優子が話に加わった。
「孝、愛唯、里子、瀬名、横からごめん。
この前、私立大学に通っている小学校時代の同級生に会ったんだけど、
男子学生が100分の1となったため、学生数が激減したから、
私立大学は経営危機となって、その子は
『通っている大学が閉校になるんじゃないか?』
ってビクビクしていたよ。。。
ニュースで流れているけど、
幾つかの私立大学はすでに閉校になっているし。。。
私達が通っているI大学は、一応、国立大学法人のため、
あまり認識はないけどさ。。。
大学だけじゃないわよ、
私立学校は小・中・高も経営危機に直面していて、
多くの男子校が閉校になっているじゃない。。。
ほら、この地方の名門進学校だった、ES中学・ES高校も、SS中学・SS高校も
男子校なためか閉校になって、
生き残った男子生徒も転校を余儀なくさせられて、
ものすごいニュースになったじゃない。。。
I大学の状況は、私立大学の状況より、ましなのかもよ。。。」
孝はため息をつきながら答える。
「そうですね、私立大学より、ましなのかもしれません。
ただ、結局、男子学生が100分の1となったことが、共通原因です。
もう、大学単独では解決できない問題だと思います。」
竜二はパンデミックの痛手から回復していない、『取り残された者』なのです。
取り残された者、つまり頑張る場のない者にとって、頑張る場のあるものは羨ましく、ときには腹立たしい存在なのです。
一方、第26話の後書きで
神は祝福だけを与えず、試練も与える
と述べました。
久美子は恋人の竜二が、生存率1%にもかかわらず、生き残ると言う幸運(=祝福)を得ました。
でも、今、『失望して自暴自棄になった恋人の竜二をどうするのか?』という試練の中に、久美子はいるのです。
そう、久美子と竜二のカップルは今、試練の中にいるのです。
この世界において、この時点では、まだ大学の機能は、元に戻っていません。
そのことが、久美子と竜二の試練をより厳しくするのです。