第2話 いきなり、失望と、迷惑と
さて、優子に説得され、久しぶりにI大学に行くことにした。
大学が閉鎖されてから、I大学に通うのは1年以上前だ。
ああ、昨年10月に授業が再開されたんだけど、遠隔授業だったので、実際に大学に通ってはいなかった。
大学閉鎖前までは自動車による通学だったが、今回は公共交通機関での通学必須になっている。
私は不満をこぼす。
「だから、、、登校したくなかったんだよね~。」
というのも、車なら30分程度で自宅からI大学に通えるのだが、公共交通機関を用いるとなると、バス→電車→バスで1時間半程度を要するのだ。
面倒くさいのだ。加えて前回の話の通り、やる気がゼロだったので、大学に行きたくなかったのだ。。。
優子は私を宥める。
「文句を言わない。
新しい入校許可証の交付を受ければ、自動車の通学が可能になるんだって。」
私は渋々受け入れる。
「まあ、しょうがないか~」
私と優子はNOH市の市バスのバス停にならび、RS駅行きのバスを待った。。。
大学に行く間、バスと電車の中で、私と優子は会話し、女子生徒の一部が退学したことに話が及んだ。
優子が女子クラスメートが何人か退学したことを話す。
「CCコース3年の男子20名のうち19名が亡くなったんだけど、、、
女子も20名のうち5名が退学したんだって。。。」
私が答える。
「パンデミックによる経済危機で、いくつか企業が倒産したもんな~。。。」
優子は彼女と私が退学せずに済んだ背景を述べる。
「私(=優子)の父は大企業に勤めていたし、愛唯の父は地方公務員だし、
大丈夫だったけど。。。」
私が返す。
「とくに中小企業や非正規社員は厳しかったからな~。」
優子が国の救済策について述べた。
「国も授業料半額免除や貸与型奨学金で救済したんだけど。。。」
私がその救済策の結果について述べ、優子にお礼を言った。
「それでも、、、女子20名中、5人が退学しちゃったか。。。
優子。今朝、私の家に来てくれてありがとう。
私もその退学者になっていたかもしれない。。。(第1話)」
そう、大学に行きたくても、やむを得ず、退学を選んだ人もいる。
その人たちのためにも、私は大学に通わなくてはならない。
優子は照れくさそうに返す。
「いいよ。そんなこと。。。
でもさー、『100分の1の男性』は恵まれていると思わない?
授業料全額免除、給付型奨学金、学生寮に住む場合の寮費免除、
大学内での食費免除だって。。。
生き残ったから、とは言ってもさー。。。
すこし『贔屓が過ぎる』と思うけど。。。」
私は同意する。
「まったくだ。。。」
『100分の1の男性』とは、40歳以下で1%の確率で生き残った男性の総称だ。
『女子は困窮家庭に限り授業料半額免除』に対して、
『100分の1の男性は全員授業料全額免除』だ。
『女子が貸与型奨学金』なのに、
『100分の1の男性は全員給付型奨学金』だ。
これに加えて、
100分の1の男性は学生寮に住む場合では、
光熱費を含む寮費は全額免除と、
大学内での食費免除もついている。
まさに至れり尽くせりだ。不公平と思わない?
なので、昨今、テレビ等で、『100分の1の男性は恵まれすぎている』という報道が多い。
また、40歳以下の男性が1%に減少したに伴い、
30年間の時限立法として、男性は複数の女性と結婚することが認められた。
このことはキリスト教の影響が強い、欧米では大変な議論となったが、
やはり時限立法で一夫多妻が認められることになった。
なので、やっぱり、テレビ等で、
『100分の1の男性はハーレムを作ることができてウラヤマシイ』
という報道が多い。
ただ、1人の男性が100人の女性と結婚できるとは思えないので、
30歳以上40歳未満の未婚の女性は希望すれば、
精子提供が受けられるようになっている。
RS駅からIS駅まで電車に乗り、IS駅発I大学行きのバスに乗り換え、ようやくI大学についた。
久しぶりに大学に来た。私も優子も驚いた。様子が一変していたのだ。
まず、大学全体が高い塀、2~3mの高さの塀に囲まれていたのだ。
大学が閉鎖される前、つまりパンデミックの前は、せいぜい高さ1m程度の壁か、金網フェンスか、生垣くらいだった。
『開かれた大学』って雰囲気だったが、すっかり『閉ざされた大学』って感じになっている。
大学の入ると、バス停のあるロータリーがあり、
ロータリーからさらに中に入るにはセキュリティゲートを通過しないといけない。
これには今日交換されるICチップ内蔵の新規入校許可証が必要だ。
今日はセキュリティゲートに隣接する守衛所で旧入校許可証を見せて、特別に中に入れてもらった。
私はあまりのセキュリティの高さにあっけにとられ、優子に問うた。
「なんか警戒厳重だね。。。理由知ってる?」
優子も戸惑っている。
「さあ~?」
ちなみに、セキュリティゲートを通過しないと、構内の駐車場には入れない。
つまり、新入校許可証がないと、自動車通学はできないため、
今日は久しぶりに、公共交通機関での通学となった。
また、大学にはいくつか出入口があるが、
すべての出入口にセキュリティゲートと守衛所が設けられていたことは、
言うまでもない。
以前は、大学内の出入りは自由だったが、許可されたもの以外、
つまり教職員と学生と一部業者以外の出入りは原則厳禁になった。
この理由は、かなり後に分かることになる。
入校許可証の交換場所は事務棟の一室となっている。
ただし、一度に全生徒が集まると困るので、CCコースは本日の午前10時から、交換となっている。
9時50分となったので、そろそろ生徒が集まってくるはずだ。生き残った男子クラスメートは誰だろう?
私と優子は遠くから、誰が生き残った男子クラスメートなのか、見ることにした。
男子クラスメートが来た。。。お前か!!!(失望)
私の淡い期待は、失望に変わった。。。生き残った男子クラスメートは孝だった。。。
こいつ(=孝)は無精ひげに、髪はぼさぼさ、服はチグハグって感じで、『見た目は最悪な男』だ。
つまり、『不快な男』だ。
それにたまに口を開くと、理解できないことを言う『不気味な奴』だし、『変わり者』だ。
要するに、『関わりたくない奴』だ。
入学当初、話しかけてきたが、適当にあしらったら、その後は話しかけてこなくなった。
そのくせ、とてもまじめで、というか『クソまじめ』で、ほぼ毎日、授業がない日でも登校し、図書館やコンピュータルームで勉強している。
授業でやらないことも勉強している。なので、成績はとても良い。
というか、『2位を遠く引き離して、ぶっちぎりでトップ』だ。
当然、先生方の受けもよいが、私のような『おバカ』には、私のような学習意欲のない学生には、嫌味にしかならない。
成績については私の妬みである。
でも、この妬みと、不快な見た目と、不気味さが相まって、『私の評価は最低』だ。
なんで、生き残った男子が、こいつ(=孝)なんだよ。。。
ああ、、、登校して損した!
少なくとも、こいつ(=孝)に恋することは、絶対にない!!!
こいつ(=孝)のそばに里子がいる。
だが、私は里子がこいつ(=孝)を冷たい視線で見ていることが気になった。
「優子、里子の孝を見る視線が、とても冷たくない?」
里子は、身長は170cmくらいで、ショートカットの小麦色の肌の健康美人だ。
髪の毛はすこしクリーム色に染めている。
高校では運動部のキャプテンを務めたせいか、いかつい顔で、男勝りで、威圧感があるんだけど、女子クラスメートにモテる。
大学ではラクロス部に所属し、噂では次の次のキャプテン候補なのだとか。
彼女とは、ただのクラスメートであって、あまり親しくはない。
というより、私と優子は、いつも二人だけで遊んでいるので、女子クラスメートからすこし浮いている。
里子は、パンデミック前は、男子クラスメートの聡君と恋人同士だった。
確か同じ高校で、高校生の頃から付き合っていたはず。。。
聡君はここにいないことを見ると、パンデミックで亡くなったのだろう。
聡君は身長180cmくらいの長身で、角刈りのイケメンで、そのくせヒョウキンで人気者だったなあ。。。
聡君はサッカー部に所属していたはずだ。。。
なんで、聡君でなく、こいつ(=孝)が生き残ったんだ?
ちょっとおかしくない?
優子は答える。
「愛唯、何言っているの。。。
愛唯の視線も、里子と同じ、冷たいけど。。。」
私も優子を横目で見て指摘する。
「優子、そういうあなたの視線も、里子と同じ、冷たいわよ。」
私は正直に自分の思いを語った。
「正直、どうして、こいつ(=孝)が生き残ったんだ?って思った。
どうして、恋人の健司や、弟の武が死んで、
こいつ(=孝)が生き残ったんだ?という、怒りと失望がある。。。」
優子も正直に答える。
「私も、、、どうして、恋人の翔が死んで、、、
こいつ(=孝)が生き残ったんだ?という、怒りがある。。。」
私は里子の思いが分かった。
「つまり、、、そういうことね。。。」
私の言葉は曖昧だったが、優子には分かったようだ。
「ええ。。。」
たぶん、里子は『どうして、恋人の聡が死んで、こいつ(=孝)が生き残ったんだ?』という、怒りと失望があるのだろう。
私達(=愛唯、優子)は、里子だけでなく、女子クラスメート全員が、孝に対して冷たい視線でみていることに気づく。
「優子、里子だけでなく、全員、視線が冷たいよね?」
「愛唯、あんたもそう感じる?」
「優子、つまり、、、全員、そういう思いってことか。。。」
「まー、無理もないわね。。。」
あれ? 瀬名だけ、事務棟とは別の棟に走っていくぞ。。。
彼女は何がしたいんだ?
あ、瀬名は、身長は150cmくらいで、黒髪ナチュラルボブで色白のかわいい系の少女って感じ。
孝ほどではないが、頭がよくて、まじめな女の子だ。
そう、CCコースで成績2位は彼女だ。
定期テストの前とか、課題が出された時、いつも、手を合わせて拝んで「教えて!」って頼んでいる。
これまで『落第ギリギリの低空飛行』で済んでいるのは、彼女のおかげである。
ただ、、、定期テストの前とか、課題が出された時以外は、彼女と話す機会は、あまりない。。。
つまり、、、とりわけ親しいわけではない。。。
というより、彼女自身が、他の女子クラスメートと親しく遊んでいることは、あまり見たことがない。
ちょっと、内向的な子だ。
さて、今日登校した目的は、新規入校許可証を受け取ることと、撫山教授と面談することだ。
私と優子は入校許可証を交換した後、私は撫山教授の個室に向かった。
優子はバイトがあるので帰るとのことだった。
彼の個室の前に立つと、何やら話し声が聞こえる。どうやら何か話し合っているようだ。。。
私は少し待つことにした。
30分ほど待ったが、一向に終わる様子がない。
もういい加減、帰りたくなったので、撫山教授の個室に入って、帰宅を許可願おうと思った。
面談に来て、先生の都合で面談ができなかったのなら、私のせいではない。
あとで、単位が云々と言ってきたら、『先生のせい』と強弁しよう。。。
私はドアをノックして、入室した。
「先生、お話し中、失礼します。面談に来ましたが、ご多忙なら、後日にしましょうか?」
入室すると撫山教授はこいつ(=孝)と話をしていた。おい、なんで、お前(=孝)がいるんだよ。
そうか、、、こいつ(=孝)のせいで、こっちは30分待たされているのか。。。
と、、、心の中で悪態をつく。
撫山教授は困ったように、孝に語る。
「だから、、、それは個人情報だから、提供できん!」
だが、こいつ(=孝)は引く様子はない。
「でも、、、僕は、罪なき囚人か、籠の中の鳥になるんですよね?
そして、種牛か種馬の如くになるんですよね?
そうなる前に、行きたいんです。。。
是非とも、皆の、亡くなった男子クラスメート全員の、
住所と保護者の電話番号を教えてください!」
相変わらず、こいつ(=孝)のいうことは、訳わからん。。。
『罪なき囚人』とか『籠の中の鳥』とか『種牛か種馬』ってどういうことだ?
この、『訳わからん』こと言って、30分も待たされているってわけ? もう、勘弁してよー!
撫山教授は個室の奥の席から私を見て、話す。
「ああ、愛唯君か。。。
君と進級について話し合いたいから、30分ほど、外で待ってくれないか?」
私は不満を述べる。
「先生、、、すでに30分待っているんですが。。。」
撫山教授は困ったように話す。
「すまん。孝君が強情でね。
すぐ終わらせるから、あと10分でいいから、待ってくれないか?」
なにやってんだ、こいつ(=孝)は。。。
こっちを失望させておいて、迷惑までかけやがる。。。
だから、こいつ(=孝)は嫌いなんだ。。。
と、、、心の中で、八つ当たりをする。
しかし、、、せっかく、登校したんだ。。。もう少し待ってやるか。。。
「分かりました。10分ほど、外で待っています。。。」
私は個室から一旦出ようと、ドアに手をかけた、そのとき、撫山教授は突然、私を呼び止めた。
「愛唯君、ちょっと待って!」
そして、撫山教授は私にとんでもないことを、依頼した。
「愛唯君。
実は、孝君が亡くなった男子クラスメート19名全員の弔いを
したいそうなんだ。
孝君に同行してもらえないか?」
撫山教授は、こいつ(=孝)に、話しかけた。
「孝君。
愛唯君の同行を条件に、亡くなった男子クラスメート全員の住所と、
保護者の電話番号を教えよう。」
私は一瞬、耳を疑った。
冗談じゃない。こいつ(=孝)と同行して、亡くなった男子クラスメート19名も弔いに行くなんてごめんだ。
「先生、そんな大変な作業、御免です。
一体、何の権限で、そんなこと、命じられるんですか?」
撫山教授はすました顔で、条件を出す。
「愛唯君。
孝君と一緒に弔いに行けば、課題レポートを出したと見なして、
単位を与えようじゃないか。
男子クラスメートの住所と、保護者の電話番号は個人情報なのでね。
これから孝君のスマホにUploadするが、弔いが終わったら、
ちゃんと削除したことをチェックしてほしいんだ。
当然、孝君が別にスマホやパソコンにコピーしていないことも、
チェックしてほしい。
その報酬として、単位を与えよう。」
彼はにやりと笑い、促す。
「どうだ? 悪い話じゃないと思うが。」
単位は欲しいが、こいつ(=孝)と一緒は嫌なので、精一杯抵抗してみる。
「先生、課題のレポートは提出済ですが。。。」
撫山教授は机の引き出しから、レポートを取り出し、右手の人差し指と中指で挟み、ひらひらと振りながら語った。
「この中身のないレポートが、追追試の赤点を救済できるだけの、
価値があるとでも?」
私はぐっと詰まる。やる気がなかったので、適当に書いて、メールで添付して送付しただけのものだから。。。
反論のしようがない。しかし、それでも、私は抵抗を試みる。
「先生、レポートを再提出しますから、それでご勘弁を。。。」
撫山教授はあきれて返した。
「これまで何回面談をすっぽかして、どれだけ時間を無駄にしたと思っている?
もう、再提出を待つ余裕はない。単位を出す出さないを、
今日中に決めなければならない。」
私は返答に困る。面談を何度もすっぽかしていたのは、他ならぬ私だ。。。
撫山教授は、再び、提出したレポートをひらひらと振りながら、笑顔で迫った。
「愛唯君、君に二つの選択肢を与えよう。
一つは孝君と一緒に弔いに行って単位をもらうか。
もう一つは弔いを拒否して単位を落とすか。
どっちを選ぶ?」
優子の説得に応じて、今日登校したのは、進級するためである。
進級するにはこの単位を落とすわけにはいかない。
つまり、、、私は承諾する以外、選択肢はなかった。
渋々、合意するしかなかった。。。
「(嫌々な合意)ファ~イ。。。
弔いに行かせていただきます。。。」
行けばいいんでしょ、行けば。。。(あきらめ)
しかし、、、なんで、、、こいつ(=孝)と。。。(ヤケクソ)
後に撫山教授は語った。
「孝君の依頼、、、
つまり亡くなった男子学生の住所や、保護者の電話番号を教えることは、
個人情報保護の観点から望ましくなく、絶対に教えるわけにはいかない。
だから、孝君との話し合いは、平行線だった。
だが、愛唯君が私の個室に入ってきたとき、
【なぜか】『愛唯君と孝君を組ませてみろ』って考えが浮かんだ。
いまだに、なぜ、そんな考えが浮かんだのか、わからない。」